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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

I'm the [C]

作者:

親もいない、兄弟もいない。多分私の肉親のほとんどは交通事故で死んだのだと思う。この辺は交通事故が多くて有名な場所だから。

そんな天涯孤独の身だった私を交通事故から救ってくれたのは彼の妹だった。

そして、彼女は私の代わりに轢かれてしまった。


ある日、交通量が少ないとはいえ道路の真ん中あたりでガラス片が足に深々と刺さり私は動けなくなってしまった。そんな私に気付いた彼女は私に駆け寄ってきた。

しかし、運悪くわき見運転か居眠り運転の車がこちらに向かってきた。彼女が車の前に飛び出てきてもブレーキを踏まなかったということは、正常な状態ではなかったんだろう。

彼女は私を歩道にいた彼に投げ飛ばすと、笑顔で、

(良かった)と口を動かした。

 声は聞こえなかった。だって、



ド    ン      


グ    シ      ャ 

     


 っていう音の方がはるかに大きかったのだから。

彼は世界の絶望の全てが目の前で行われているような、いえ、実際に行われているのを目撃しながら、

「うぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

と嘆いた。

笑顔と嘆き…その対照的な顔の記憶はいつまでたっても私の脳裏に焼き付いて離れない。


気づいたら私はひっそりとした家の中で暖かい毛布に包まれていた。その場所で最初に聞いたのは彼の嗚咽だった。何もできない無力の私は彼がもう一度笑って暮らせるように全てをかけようと思った。











それから一年がたっていった。


私は彼と話すことも、文字を書くことも出来ない。炊事、洗濯などの家事も出来ない『やらない』ではなく『やれない』、『できない』のだ。しゃべれないだけであって彼の呼び掛けには声とはいえなくとも、音を出して反応したり、音のなるものを叩いたり、すぐに駆け寄ったりしている。必要最低限のコミュニケーションは何とか取れているといった感じだ。

それよりも深刻なのは、私は読み書き、発声ができないから学校はもちろん、ましてや働いてなんかもいない。彼はそれでもいいと言ってくれる。こんな守られてばかりの生活は少し申し訳ないけれど、彼の、

「ただ一緒にいてくれるだけで嬉しい」

と言う言葉についつい甘えてしまう。だから、彼が遊びたいと言うときはしっかりと遊んであげようと思う。


彼と買い物に行っても私は役立たずだ。荷物持ちにしても、お米はもちろん、ペットボトルすらも持てない。しかも、店内に入れないこともしばしばだ。役立たずな自分に嫌気がさし隣でふて腐れていると彼は必ず重い荷物を持っているにもかかわらず、私を抱きかかえてくれた。

「重くなったな。あんなにちっこかったのに」

 と、笑顔で言うのだけれど女性に対して重くなったは失礼じゃない?


 彼と散歩に行くとすれ違う人たちは私の金に近い髪を綺麗と良いながら撫でてくれる。そう言われ撫でられる私を彼は誇らしそうに、嬉しそうに見てくれている。

 たまに子供が乱暴に扱うとすごい剣幕で怒るので、大人げないと思いながらも、すごく嬉しくて頼もしいと思う。一回言葉もまだ分からない小さな子供に対してなんといっていいのか分からなくてオドオドしてる彼はとても可愛かった記憶がある。


 月に一度は行く彼の妹のお墓。

 彼の最愛の人で、私の命の恩人。

 世間一般には罪にとらわれるべきはあの車の運転手。けれど、私は自分が殺したと言っても間違いではないと思っている。彼は私を見捨てても仕方無いのに、愛を注いでくれる。凄く嬉しい反面、とても複雑な心境でもある。

 彼は私を怨まずに、ここに来るたび墓石にこう言っていた。

「お前が助けた命はお前以上に幸せにするよ。お前の娘みたいなもんだからな。ほら、あん時のチビだぞ」

 私を抱きかかえ、墓前に出した。私はいつも、

(ありがとうございます。彼は最近やっと落ち着いてきましたよ。私もきっと彼を笑顔でいさせ続けます)

 と、お礼と近況報告心を心の中で呟くのが恒例になっていた。

 人より霊感が強いといわれるけど、やっぱり霊は見えない。見えたなら何としてでも彼に伝えたいのになぁ。


 そうやって、日々それなりに楽しく過ごしていた。


 ある日、彼が庭まで私を連れ出して、一緒に遊ぼうと持ってきてくれたのはしゃぼん玉だった。

私は、

(そんな子供っぽいもので遊ぶの?)

と、首を傾げると、彼は嬉しそうに、

「いくよ」

 と言って思いっきりストローを吹き出した。

 彼の口から延びるストローからは無数のしゃぼん玉の飛び出し、散り散りになりながら空へと昇っていく。

 それをただぼんやりとみている私に、

「あれ、割りに行かないの?」

と尋ねてきた。

 その顔は心底不思議がっていて、ちょっと不愉快だった。

 私は、

(そんなに子供じゃない!)

と、思いつつも、小さなため息をついて、彼に早く吹いてと急かすように地団駄を踏んだ。

「なんだ、最初だから驚いただけか」

 と、見当違いなことを言いながら彼はまたストローを吹いた。今度はさっきよりしゃぼん玉が大量生産された。

 私は彼の望むように、ジャンプをしながらしゃぼん玉を潰していき、高くて届かないしゃぼん玉に対しても無知な動物のようにジャンプし続けた。

 彼はそれが楽しいらしく、数十分は同じことを繰り返した。

 それから、

「面白いこと思いついた」

と言いながら彼が台所に行ったのをチャンスと思い、座って休むことにした。 正直、疲れた…。

 数分後彼が戻ってくると、今度は数ではなく質で攻める作戦らしく、大きな大きなしゃぼん玉を吹き出す。

 的がでかい分割りやすいと感じ、掌で横着して触ると、

(割れない!)

「あははははは」

 彼の笑い声に私は思いっきりしゃぼん玉を突いた。

 すると、手がべとべとになり、気持ち悪かった。彼は少し割れづらいしゃぼん玉を大量に作り出すと、私をニヤニヤ見てる。こうなればヤケだ。一度汚れればもう気にならない。私は残りのしゃぼん玉を割ろうと駈け出した。


 戦場をかける兵士のようにいくつものしゃぼん玉を撃墜した。


 けれど、まだ遠くにいる!


 私は!走る!


 あのしゃぼん玉を割るために!



 気づいたら家の敷地を出て、気づいたら道路で、気づいたら車が目の前に迫っていた。

 彼は私が遠くに行きすぎたと思って追ってきたのか、さっきの場所よりこっちにいた。


「――――」


 キィィィィィーーーー!



 ぐちゃ。



 彼が何かを叫んでいるが、それを聞き取ることはできなかった。






















 目が覚めると目の前に彼の妹が立っていた。

「やっと起きたね。あなた達が人より霊感が強いっていうのはどうやら当てにならないわね。アタシはいっつも二人の近くにいたんだよ?気付かなかったでしょ?」

 その言葉から、私は車に轢かれて死んでしまったんだと感じた。

「私は死んだの?え?しゃべれる」

 私は自分の今の状況よりしゃべれている事に驚愕してしまった。

「しゃべってるというより、テレパシーとかに近いのかな?なんたって幽霊だしね」

 彼女は幽霊になっても悲観はしてないように感じた。むしろ、私たちをひっそり見てて楽しんでさえいるようだ。

「えっと、その、あの時は私を助けてくれ―――」

「ストップ!お礼はいらないわ。アタシはアタシのやりたいことをやりたいようにやった。それだけなんだから感謝されると困るわ。それに、何だかんだで兄さんを悲しませてしまったんだから感謝されるのは辛い」

 確かに、彼女は私たちを見て楽しんでいた。けどそれは快楽の楽しみでなく、もっと別の楽しみなんだと思う。

「まぁ、暗い話はこれくらいにしてさ、アタシは一年間あなた達を見てたんだけど、多分兄さんまた悲しむと思うの。だからさ、兄さんに会いにいってくれないかな?一目、一言だけで良いから、兄さんに『来世でね』って伝えてきてほしいの」

 突飛な頼みに私は頭が追い付かず、ポカンと聞いてるだけしかできない。けれど、一つだけ疑問に思ったことがあった。

「なんで、あなたが行かないの?」

 そう、彼女は私に行けと言った。本来ならば彼女の役目なのに。彼女は難しい顔をして、

「アタシはね、死んでからの一年で死を受け入れて納得した筋金入りの幽霊なの。だから現世に体持って行くなんてできるわけないのよ。だから…お願い…」

 私は後ろめたさと、もう一度彼に会える嬉しさと、最後になってしまう悲しさと色々混じったよく分からない感情を持ってそのお願いにうなずいた。

「ありがとう。いってらっしゃい」


 その声と同時に目の前が光に包まれた。












気がついたら今度は新幹線の中にいた。


最初に違和感を感じたのは目線だった。普段よりだいぶ高い。

「あ、あ、あ」

声も出る。私はトイレに駆け込み鏡を見た。そこには、彼の妹と瓜二つの姿になった私がいた。唯一違うのは、髪の毛の色でそれだけは私の本来の金髪だった。

とりあえず、深呼吸。


落ち着いて、考えよう。


なんで、新幹線なのか?

列車からの景色を見る限りでは月に一度行く彼の妹の墓前に向かっている電車だから彼が墓前に向かっている新幹線で間違いないはず。


なんで、彼の妹の姿なのか?

ここに来る前に見た最後の人だから?これは考えても分からなさそうだから保留。


なんで、髪の毛だけ私オリジナルなのか?

自己主張で片づけていいや。


「よし!」

 何が何だかよく分からないけど、幽霊を見た後だからそんなに気にしない事にしよう。神様からのプレゼント、いや、この場合は閻魔様?とりあえず、ここに意味なく来るってことはないと思うので、彼を探してみよう。


 とりあえず、トイレを出て右に行こうか、左に行こうか迷う。

「うーん」

 左の方が車両少ないから先に左を見よう。と、勇んで入った目の前に彼はいた。あまりにも唐突な出会いに驚きを隠せなかった。

 もちろん向こうも急に金髪になった妹が入ってきたわけだから目を点にしている。

「あ、あの、その…。そ…そう、私、隣の席なんです」

 嘘も方便。次の駅までは誰も来ないだろうから座らせてもらう。

「そうなんですか。どうぞ」

 彼の優しい微笑みを見ながら隣に座った。いつも下から見上げることが多かった彼の顔を横から見るのはすごく新鮮な気分。

 物憂げながら窓の外を見続けるから。と、思いきや、窓に反射してる私の顔をちらちら見ている。何度か窓の反射越しに目が合う。

 女は度胸。ここは私が先手を狙う。

「あの、私の顔に何か付いてます?」

 彼は少しバツの悪そうに、

「いえ、あまりに妹に似ていたもので」

「そうなんですか」

 話せるようになったらきっとずっと楽しく話せるものだと思っていたのに、意外と会話は続かない。

「それにしても、綺麗な金髪ですね?失礼ですが、外国の方ですか?」

「ごめんなさい、物心つく前に両親と死別していたので詳しくは分からないんです」

「え…。無神経な質問ですみません」

 さらに彼はきまりの悪そうな顔をしてしまった。私は何とかしようと、

「いえ、気にしないでください。私も全然覚えてないくらいなんですから。ところで、貴方はどこに向かっているんですか?」

 話題を何とか変えようと試みる。

「あまり言いたくないような少し暗い話なんですが、先ほどの件もありますし、お話しますね」

 深刻な彼の顔に気圧され、

「い…いえ、無理に話さなくても…」

 と答えると、

「誰かに聞いてほしいのかもしれません。嫌なら途中で遮ってくださってかまいませんので」

 私はその言葉にうなずいた。


「僕の妹は一年ほど前に交通事故で亡くなったんです。その時に小さな子を助けたんです。初めはその子のことを少しは憎んでいました。けれど、妹が助けたその子を次第に妹の娘、まぁ、姪のように感じてきたんです。妹の代わりに立派に成長させようと…。

 ですが、つい先日不幸にも交通事故で亡くなってしまったんです。今度は歯止めが利きませんでした。その運転手に暴行してしまい、数日間警察のお世話にまでなってしまいました。最悪にもその間にその子の亡骸は埋葬され、今持ってるのはその子が常に着けていた鈴の付いたキーホルダーだけです。

 これから、妹の墓のところにこのキーホルダーを埋めに行こうと思ってるんです。そうすれば二人とも向こうでさみしくないと思いますし…」

 最後の方は涙でかすれている声だった。

「長々とすみません。暗い話でしたでしょう?」

 震える声に私はいつの間にか彼を抱きしめていた。

「ねぇ、私は幸せだったよ。一年間貴方が私に愛を注いでくれたから今こうして会いに来れたんだよ?神様だか閻魔様だか分らないけど凄い奇跡でしょ?」

 彼は直感で理解したのだろう。

「あ…はは、姿が全く違うから誰だか分らなかったよ。あんなに小さかったのに急に大きくなってさ。もう、抱きかかえられないよ」

 涙で震える声。私は彼の背中に回している手に力を入れた。

「僕があの時シャボン玉で遊ぼうとしなければキミはまだ生きられたのに。恨んでいるんだろう?」

「そんなことない!恨むわけない!」

「ありがとう…ありがとう…」

 彼の頬を伝う涙をいつもみたいに舌でなめとった。

「ははは、その姿でもそうやるんだね。なんだかすごく照れるな」

 そう言われると確かにすごい光景だと思い赤面してしまった。

「う…癖が抜けないんだからしょうがないじゃん」

 彼はそっと頭を撫でてくれた。いつもみたいに笑顔で、慈しむように、毛を流すように。それから妹の墓前まで今までしたかった『楽しく話す』をしていた。親子のように、兄妹のように、恋人のように。


「着いたな」

 彼は名残惜しそうに言った。

「うん」

 でも、私は名残惜しそうにしてはいけない。もう死んでる身の私にそんな資格はない。そして、これからはここで彼の妹と仲良く暮らすのだから。

「また月に一度は来るからさ」

「うん」


「寂しくて二人揃って化けて出てくるなよ」

「うん」


「だからさ、泣くなよ」

「うん」


 私の頬に涙が伝わる。泣くなよと言われても無理だ。やっと望んで手に入れた普通の体。それなのにもう終わってしまう。望めば望むほどやりたいこと、未練がわき出てくる。

 でも、それじゃだめだ。

 私は涙をぬぐい、精いっぱいの笑顔を作る。


「大丈夫!もう泣かない。だから心配しないで。貴方は早く彼女でも嫁でも子供でも作ってみんなで私たちに会いに来て」

「あぁ…」


(なんだ、貴方も泣いてるじゃない)

 そう言ってあげたいのに声が出なくなった。そっか、もう終わりなんだ。

 

 ひょい。


 私の体が抱き上げられた。

「やっぱ、お前はその格好の方が似合ってるかもな」

 彼の腕に抱きあげられ、私は最後に、


ぺろ。


 彼の涙を舐めた。彼は泣きやまなかった。どうやらとどめを刺してしまったらしい。彼の眼にはもう私は移ってない。腕には温もりが感じられないのだろう。


 ひょい。


 彼の腕からまた抱きかかえられた。

「お疲れ様。ありがとね」

 彼の妹だった。

「アタシの言いたいこと言ってくれてありがとね。アタシもさ、兄さんが自分の家族を作ってくれるのを今一番望んでんだ」

(そうなんだ)

「うん、私も兄さんも孤児院出身でさ。血の繋がった家族を作るのが夢だったんだ。別に血がつながってないから偽物っていう気はないけど、天涯孤独の身としては血縁関係ってのに憧れててさ。うん」

 彼女は照れ臭そうにそう言っていた。

(血は繋がってなくても私たちは家族だったと思うよ。一緒のお墓に入るっての言うのはそういうことだよね?)

「あはははは、そうだね、アタシ達は家族だよ。兄さんは後から来るからほっといて、今暫くはここで一緒に暮らそう?」

(うん)


 私は嬉しかった。彼らの幸せを壊したも同然なのに家族と認めてもらえたことが。


 いつの間にか私の思っていることが彼女に伝わってるけど、感謝の意味を込めて一言だけお礼を言おう。

 しゃべれないけど、伝わると思う。

 私は大きく息を吸って、あふれんばかりの感謝の意をこめて口をあけた。


「にゃあ!」


 彼女は微笑みながら私の頭をなでてくれた。


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