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魔法使いの夢  作者: kina
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羨望の夢


 俺はいつもそいつに負けていた。

 足の速さも、さまざまなスポーツでも、学力でも、何をやっても勝てなかった。

 だから俺はそいつを憎んだ。自分の弱さをを棚に上げていることは自覚している。わかっていても、痛いほどにわかっていても、あいつがいなければ、こんなに苦しむことなどなかったのにと、そう思うのだ。

 ただ、一つだけあいつに勝てることがある。それがわかったのは中学生のとき、忘れもしない運動能力テストで長距離走をした時だった。いつも前を走っているあいつが後ろに見える。俺がゴールしてからあいつがゴールするまでのあの1分弱の時間を、俺は一生忘れないだろう。大げさかもしれないが、実際そう思うほどに嬉しかった。

 俺はその勢いのまま陸上部に入部した。あの時間をもっと長くするために俺はもっと速くなりたいと思った。

 勢いで入ってしまったから知らなかったが、うちの中学はそこそこの強豪校で、俺も大会で上位に入賞できるようになっていった。

 こうして俺は周りから注目されるようになる、はずだった。

 いや実際大きな大会の前後数日では注目を集めていた。しかし、それだけだった。

 俺たちの学年には他に常に注目を集めている奴がいたからだ。

 それが、いや、それもあいつだった。

 確かに小学生のころはあいつはすべてにおいて俺に勝っていた。だが決して注目を集めるようなやつではなかった。

 俺が大会で結果を残せるようになった頃、あいつはよく手品をやるようになっていた。それが子供のお遊戯レベルであればよかったのだが、あいつのはそんなレベルじゃなかった。あいつのそれはテレビで見るようなプロの手品師に負けないようなクオリティーで、さらにテレビとは違い、生で近くで見れるのだ。

 噂が広まるのは早かった。あいつが手品をやるようになってからわずか数日で、あいつの周りには多くの人が集まるようになった。

 また負けた。そう思った。こっちは必死に毎日練習して、多くの月日をかけやっと注目されるようになった。それをあいつはたった数日でさらっていったのだ。

 俺の憎しみはさらに強まった。

 高校に上がってもこの関係は変わらなかった。

 俺は変わらず陸上部に入り、大会ではもう少しで全国に行けそうなくらいにまでなった。

 あいつも毎日クラスで手品をやるようになり、そして手品でバイト先の店を有名にした。

 片や同年代だけでも全国に行けない長距離選手、片や金を稼げるプロ級の手品師。ジャンルが全く違うのでどっちが勝ちかなんて誰にも決められない。だが俺は完全に負けていると思った。これからもずっと、一生勝てないのだと諦めた。

 でも、それでもかてるというのなら、夢であればなんでも叶うというならば、


 俺はあいつに勝つことを夢にする


 「なるほど、いい夢だね」

 どこからか声がした。

 「とてもおいしそうだ」

 声からして女だろうか。

 「君はその人を憎んでいるといった。しゃあその夢は憎しみから生まれた夢なのかな?」

 彼女の姿は見えなかった。そもそも自分が今どこでどうなっているのかもわからなかった。

 「ちがうね、憎しみが夢になったらもっと苦い味になるはずだ」

 ただただ白かった。自分の手さえ見えやしない。

 「君のそれは羨望、憧れだよ。だから甘いにおいがする。しかも憎いと思ってしまうくらいに強い羨望だ。食べたらきっとお茶をお供にしたいくらい甘ったるい味なんだろうね」

 彼女の言っていることは何一つ頭の中に入ってこなかった。彼女も彼女で俺自身には何の興味も無い様だった。

 「でも私は甘いの好きだからね。苦いのはあまり得意じゃない。こんなに甘いのもどうかと思うけど、苦すぎるよりは甘すぎたほうがいい」

 スッと彼女の手が差し出された、気がした。

 「ほんとにいいんだね?確かに君の夢は叶う。相手がどんなに大きな存在になっても絶対にね。でもそのかわり、私は君の夢を食べる。かすの一つも残さない。それでいいね?」

 あいつに出会ってから俺は一度も勝てなかった。どんなに努力してもだ。それが今ここでうなずけば勝てるようになってしまう。そんな簡単なことで夢が叶ってしまう。

 嘘みたいな話だ。実際嘘なのかもしれない。それでも俺はすがりたかった。あいつに勝てるのなら俺は悪魔にでも魂を売ってやると思った。だから、


 俺は、彼女の手を取った。

 「じゃあ遠慮なくいただくよ」

 彼女は笑っていった。本当にうれしそうな声色だった。

 「それに、安心していいよ私は悪魔なんかじゃない。私はただの『魔法使い』さ」

 彼女の言葉を聞いて、意味を理解して、俺は笑った。笑いが止まらなくなった。俺自身が滑稽でたまらない。だって、

 

 『魔法使い』に勝つために魔法使いに頼るのだから。


 あいつに勝つためにあいつの力を借りるようなものだと思った。これじゃあ意味がないじゃないか。あいつに勝ったとしても、それはただ手加減されているだけだ。それに気づかずバカみたいに喜ぶだけだ。

 笑って、笑って、涙が出てきた。

 なんだ、夢が叶うなんてやっぱり嘘じゃないか。


 結局俺は、いつまでもあいつに勝つことはできないんだ。


 俺は笑った。俺は泣いた。笑い続け、泣き続け、俺の意識は次第になくなっていった。




 

 


連載を始めると急に忙しくなる不思議。

どうもkinaです。

週1更新を目指していましたがちょっと厳しくなってきました。

でもできるだけ早く書いて完結を目指していこうと思いますので皆さんどうかお付き合いください。

では、今回も読んで下さりありがとうございました。


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