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(4)勇者の集うところ


 木剣を打ち合わせる音が稽古場に響く。奏者は、教練予定の空いている仮勇者達だ。

 稽古場の西側には、縄を巻いた柱が数十本立ち並び、熱心に一人稽古で打ち込んでいる者がいた。

「よう、ゴードン」

 汗だくで木剣を振るう大柄な青年が、かけられた声に振り向いた。

「お、おまっ!? 行ったんじゃなかったのか!?」

「行ったよ」

「じゃあ、何でここにいるんだよ!?」

「戻ってきたから」

 端的に応じるアッシュに、ゴードンはこめかみを押さえて確認する。

「ちょっと待て。召喚そのものはうまくいったんだよな?」

「ああ。ちゃんと行って、目的を果たして、無事に帰ってきた」

「そりゃ……、早すぎだろ」

「俺も驚いてる」

 うんうんと、アッシュがわざとらしく頷いて見せた。

「自分でも実感が湧かないくらいなんだ」

「語り部とも『共感』してるんだよな? 何も言われなかったか?」

「問題があるとは指摘されなかったけど、最初の召喚で日帰りは初めてだって言われたな」

「そりゃあそうだろ」

 同一世界へ再召喚された勇者であれば、短時間で帰還した事例はいくつもある。しかし、手探り状態となる初召喚で日帰りというのは最短記録であった。

「語り部はちゃんとした人か?」

「フィオーネさんだった」

「おおーっ!? 羨ましい」

 驚きの表情と共に、羨望の眼差しを向ける。

「一生に一度だからなー。我ながら運がいいと思うよ」

 我知らずアッシュの口元に笑みが浮かぶ。

「フィオーネさんはシオンさん付きの語り部だから、間違いないだろうな」

 勇者ギルドに所属する見習いの仮勇者達は、一度でも召喚されれば一人前の本勇者という扱いになる。このうち、召喚回数が一度きりという者の比率は数割にも及ぶ。

 そのため、最初に帰還した勇者は立ち合った語り部が行っており、二度目の帰還から専任の語り部が手配されるのだ。

「これでお前も本勇者か、おめでとう」

「ありがとう」

 先を越された事を妬む仮勇者も多いため、なんのてらいもなく祝うゴードンに、アッシュは素直に感謝する。

「そのわりに、あまり成長したように見えないな」

「そりゃあ、数刻しか経ってないからな……」

 通常ならば、艱難辛苦を乗り越え、数年がかりで目的を達成するものだ。結果だけは出しているものの、短期間で詰める経験などたかが知れていた。

 アッシュ自身が理解しているように、全てはあのお守りのおかげなのだ。

「そんなんで、よく達成できたな」

 さすがに苦笑を浮かべるゴードン。

「敵はどんな奴だった? 今のお前が、どういう方法で倒したんだ? それに、すぐ近くにいたのか?」

 百出する疑問にアッシュもまた苦笑で応じる。

「俺の場合、すごく状況が特殊だったからな……。まず、俺が召喚されたのは魔王城だったんだよ」

「魔王の城? なんでまた……」

「魔王に仕える魔導士が……」

「おいっ!」

 聞き覚えのある威圧的な声に、アッシュの言葉が途切れた。

 振り向いたアッシュと、その頭越しに相手を見たゴードンが、どちらも顔をしかめる。

「お前は今日、召喚される予定だって聞いているぞ。……ふん。怖くなってやめたんだな」

 すらりとした長身の青年が、侮蔑の言葉を投げかける。容姿が整っている分、不愉快そうにゆがめた表情が醜く感じられる。

「やっぱり、『目録』は間違っていたんだよ。俺よりも先に、お前が召喚されるなんておかしいからな。そもそも、お前如きが勇者に選ばれるはずがない!」

 明らかに本音が透けてみるキュレイフの主張に、腹を立てたアッシュもあえて舌戦に応じた。

「そんなに言うなら、真っ先に長老へ泣きついてこいよキュレイフ。自分を選んでくれない『目録』はおかしい。自分を選ぶように『目録』をいじれってな」

「……貴様っ!」

 怒りのあまり、血走った目の回りがピクピクと痙攣している。

「言い過ぎじゃないのか?」

「どこが? 向こうの方が言いがかりだろ」

「そういうことじゃなくて……」

 身を翻したキュレイフは、稽古場の隅で木剣を握ると、すかさず駆け戻ってきた。

「まずかったか……?」

「だから言ったろ」

 ゴードンは自分の握っていた木剣をアッシュの手に押しつける。

「じゃあ、がんばれ」

 言い残して、そそくさと離れていくゴードン。

 取り残されたアッシュ目がけて、キュレイフが襲いかかった。

 受けとめようとしたアッシュの木剣が、キュレイフの木剣で打ち払われる。

 キュレイフの追撃に、かろうじて斬り結ぶが、あきらかにアッシュが押されていた。

 そもそも、これまでの対戦成績はキュレイフの方が勝っている。アッシュが劇的に腕をあげなければ、勝率が逆転することはないだろう。

「この程度で召喚だと? 貴様に何ができる! 貴様に倒せるのは豚や鼠ぐらいのものだ」

 これまでのキュレイフの言動を考えると、こんなセリフも意外なものではない。

 しかし、アッシュは強い反発を感じていた。

 自分の剣技がキュレイフに劣るのは自覚している。正直、アッシュの主観で言ってしまえば、倒した魔王よりもキュレイフの方が強いとまで感じる。

 だが、それでもあしざまに罵倒されるのは納得できない。魔王と関わったのはほんの数分だけだが、それでもあの魔王はアッシュを認めてくれた。その命を奪った者として、侮られるわけにはいかなかった。

 改めて戦意を燃え上がらせたアッシュが、木剣ごと体当たりを仕掛ける。

 この瞬間に限り受けに回ったキュレイフは、それでもアッシュの攻撃を真っ向から受け止めてしまった。

 拮抗し、力の込められた木剣が、二人の間でギチギチと耳障りな音を立てる。

「馬鹿が! 生意気なんだよ貴様は、平民のくせに!」

 キュレイフを含めた数名のグループは、アッシュに対する態度が非常に悪かった。

 これには明らかな理由がある。

 この大陸には、大陸の面積の過半を領土とするロア王国を筆頭に、東側で国境を接するテュランデ王国と、南側の山脈を国境とする海洋貿易国家ポルトマ国が存在した。

 民主制をとるポルトマは別として、ロア王国とテュランデ王国には貴族が存在する。この二国の力の差は、貴族達の生活に直接的な影響を与えており、同じ爵位であっても領地や収入に大きな開きがあった。

 小国であるテュランデ王国の貴族達は、ロア王国の貴族に対する強い劣等感を持っており、勢い、自国の平民に対して高圧的に振る舞うことが多かった。

 対照的に、ロア王国の貴族は大国たる余裕からいたって寛容で、そのことが貴族と平民の関係を良好にし、国の繁栄にまで寄与している。

 ロア王国に存在する勇者ギルドも同じ気風を保っており、テュランデ王国の貴族出身者の言動は、ギルド内でも問題視されることが多い。

 キュレイフ達の一派は、このテュランデ王国貴族なのだ。

 そのうえ、出自だけで言えばアッシュはテュランデ王国伯爵家の人間なのだが、父が爵位を剥奪されたために、幼い頃から孤児院で育てられた。

 男爵家のキュレイフは、かつての家格が負けていることや、現在の身分の違いなど、いくつかの理由が重なってアッシュに強い敵意を抱いている。

 二人の確執はそれなりに知られており、興味深く目を向ける者もいれば、興味を示さず鍛錬に没頭する者もいる。

 大柄で髭を蓄えた壮年の男性が、風景を眺めるように戦いをただ見守っている。

「止めないのですか、コルネアス様?」

 傍らに経つフィオーネの言葉に、コルネアスは淡々と応じる。

「新勇者の力を見ておきたい」

「ですが、お伝えした通りアッシュ君の力は、宝具によるところが大きいです。宝具の無い状態では、目立った力はないと思いますよ」

「だからこそだ。あれの力試しをする以上、宝具の有無による違いを把握しておく必要がある」

「コルネアス様が試されるんですね」

「まあ、わしが適任だろう。それで、宝具を使ったときの強さはどれほどだった?」

「シオン様にも匹敵するかと思います」

「それほどなのか? あの枝にそこまでの力があるとは思えんのだが……」

「異世界の魔導士もとても低く評価していました。しかし、戦った際のアッシュ君の動きはあのようなものではありませんでした」

 魔王戦に比べて、はるかに劣る動きのアッシュは、キュレイフ相手に苦戦している最中だ。

「……試しの前に、怪我をされても困るな」

 コルネアスが、遅ればせながら制止の声を上げようとしたところで、奇妙な現象が生じる。

「あれは……召喚でしょうか?」

 幾度と無く見届けたフィオーネが、戸惑いを込めて口にする。

 最初の召喚こそ転移の間に限定されるが、世界間につながりが生じた二度目からは、場所は限定されなくなる。

 アッシュは二度目の召喚を受けて、再びイグドラス世界から姿を消したのだった。


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