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(2)勇者が応じた理由

 棚に並んでいた巾着を取り上げたアッシュが、中に入っている数個の水晶球を目にする。

「これが武器?」

「『凍結の玉』と言って、ぶつけた敵を氷漬けにします。使用者と対象者の魔力によって、作用時間が変動します」

「これは?」

「『運命の小枝』ですね。よりよい選択肢へ導くという、幸運を招くお守りです」

「……ふーん」

 小枝に結んである輪になった紐を、アッシュが自らの首にかける。

「この剣にも、なにか変わった力があるのか?」

「人間の間では高値で売買されていたようですが、魔王様が相手では文字通り刃が立ちませんでした。刃こぼれが酷いため、鈍器として扱うべきでしょう」

「そんなものまで残してあるのか……」

「正面から挑む騎士であれ、この城に潜入した暗殺者であれ、絶対的な戦力差に怯むことなく、魔王様へ挑んだ者はすべて勇者として扱っています。血に染まった衣類は焼却しましたが、武具や防具の類はすべてここに保管してあります」

「暗殺者であっても、賞賛の対象なんだ?」

「そもそも、並の暗殺者ではこの城までたどり着けません。この城へ潜入できたなら、その事実を持って実力の証だと認めています。つまらない敵で魔王様を煩わせるわけにはいきませんが、雄敵との邂逅を妨げるのも無粋と考えています」

 現在二人がいるのは、魔王城内にあるひとつの倉庫であった。

 明らかに力が不足しているアッシュのため、魔王の力を詳細に説明したシステリプスは、装備品をそろえるべくこの倉庫まで案内した。至れり尽くせりに見えるが、アッシュへ肩入れしているというよりは、魔王を喜ばせるのが目的である。

「魔王に負けた人間の装備だもんな。期待するだけ無駄なのはわかってたけど……」

 落胆したようにため息をつくアッシュ。

 この世界に住む人間が耳にすれば、あまりの言いぐさに殴りかかったかもしれない。なにしろ、安置されているのは魔王に挑んだ勇者達の装備品なのだ。

 人類の希望を託された品々が、いまや、撃退した魔王の戦利品という扱いである。激戦の痕なのか、焼けこげていたり、欠けていたりと、損傷している品がほとんどだ。

「これらの使用を無理強いするつもりはありません。貴方にとって邪魔にしかならないのであれば、持参したその剣だけで戦ってください。使い慣れた武器や戦法の方が力も発揮できるでしょう」

「……さすがに俺の剣よりは役に立つと思うよ。それはわかってるんだ」

 勇者を名乗る割に、アッシュの武装は剣一本と非常に貧弱だ。

「勇者ギルドの宝物庫なら、伝説級の装備が山ほど唸っているけどな」

 強力な武器が出回っているというわけではなく、真相は全くの逆である。イグドラス世界では、戦闘技術が廃れたのと同様、製造技術も劣化する一方だ。

 つまり、勇者ギルドの宝物庫を満たしている様々な武具は、異世界で名を馳せた勇者達が持ち帰った品々なのだ。武器収集もまた勇者達の重要な仕事なのである。

 この倉庫に眠るのが魔王に敗れた武器であるのに対し、勇者ギルドの倉庫には魔王を葬った武器が貯め込まれているのだ。

「貴方の話を聞く限り、強制的に召喚されるのではなく、転移までには時間的余裕があるように思えます。それならば、装備を整える余裕もあったのではありませんか?」

「魔王を倒せる強力な武器なんて、俺たち見習いに預けるはずがないだろ。派遣される世界によっては、どんな貴重な武器も使えなくなる可能性があるし、そのうえ、壊したり盗られたりしたら取り返しがつかない」

 あらゆる魔法を防げる盾があったとして、魔法の存在しない世界へ持ち込むのは無意味なのだ。そのうえ、紛失を恐れて持ち歩くとなれば、ただの足かせでしかない。

「貴方は魔王様との戦いを恐れていないようですが、逃走手段を持っているのですか? 元の世界へ帰還するための魔導具を所持しているとか?」

 システリプスとしては逃走を許すつもりがないため、転移用のアイテムは取り上げるつもりでいる。

「持ってないし、存在しないと聞いてる。まあ、そんな物を見習いに渡したら、緊急時にさっさと逃げ戻ってくるかも知れないだろ」

「そうなると、勇者が元の世界へ戻れる可能性は極めて低いのではないでしょうか? 今回の様に、帰還させる術が無くとも召喚は可能ですし、召喚先で奴隷のように使い捨てられることも考えられます」

 システリプスの問いかけは至極もっともで、勇者ギルドでも方針変更時に想定された事例であった。

「勇者ギルドでは転移修行を始める時に、魔法技術の粋を集めて『英雄目録ヒロイックレコード』という巨大な石碑を造り上げたんだ。噂では、過去に存在した全勇者の記録どころか、未来に生まれる勇者まで記されているって話でさ。この『目録』が、勇者の試練に適さない召喚魔法はすべて無効化しているらしい。さっき言った『標識』というのは、この『目録』につながっている端末のことなんだ」

 魔導士であるシステリプスは好奇心を刺激されたのか、興味深げに耳を傾けている。

「本来、召喚魔法のような力は、揺り返しという、同質で逆方向の力が働くらしい。『目録』はこの魔法に干渉することで、揺り返しが起きるのを遅らせているんだ」

「では、転移に類する魔法を使用せずとも、何かのきっかけで戻れるということでしょうか?」

「そうなる」

「例えば、召喚者を殺害するような?」

「まあ、それでも可能らしいけど、そんな手段を選ぶ勇者なんてまずいない。普通は、召喚者の望みを叶えることが条件になる」

「貴方が帰還するためには、魔王様との戦いは避けられないということですね。最初の質問に戻りますが、貴方は死を恐れていないのですか?」

 アッシュが軽く肩をすくめて見せる。

「戦ったからって必ず死ぬわけじゃないし、そもそも、勝敗だって実力だけじゃ決まらない。天変地異が起きて魔王が死んでも、生き残これたら俺の勝ちなんだ。剣術だろうが、魔法だろうが、策略だろうが、運であっても、『魔王を排除した』という結果があれば、勇者ギルドでは『魔王を退治した』と認められる」

「自力での勝利は難しいでしょうし、不確定な運をそこまで信じられるのですか?」

「『目録』による選択だから、ある程度は信じてた。まあ、不安だったのも事実だけどな」

「不安だった? 不安ではなくなったのでしょうか?」

「運が向いてきたかもしれない。これが手に入ったから」

 確信を持って告げたアッシュは、先ほど首にかけた『運命の小枝』を摘んで見せる。

「そのお守りにどれだけの力が……っ!?」

 システリプスの言葉が、驚愕で中断される。

 アッシュの投じた凍結の玉が、命中したシステリプスを薄い氷の膜で覆ってしまう。魔導師として優秀なシステリプスだが、種族的な理由によって凍結系の魔法とは非常に相性が悪いのだ。

「お、やっぱり効いた」

 唐突な閃きを実行に移したアッシュは、期待通りの結果となって満足する。

 先ほど口にした通り、『運命の小枝』は見習い勇者にすぎない彼を大きく変貌させていた。何が起きているのかまるで自覚しないまま、アッシュは正体不明の全能感に支配されていた。

 彼は、魔王城内に二つの強大な魔力を感じ取っている。一人は眼前のシステリプス。もう一人は、上階に存在する……おそらく魔王。

 アッシュは、将軍と戦って手の内を開かすよりも、奇襲をしかけた方が有利に働くと思い定めていた。

 いくつかの装備品を抱え込んで、アッシュは倉庫から飛び出していく。


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