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(1)勇者召喚

 天井、壁、床、そのすべてが石に囲まれた一室で、その儀式は行われた。

 外界と断絶したかのように、室内は凛と張りつめた空気で満たされている。

 聞こえるのは、詠うような女性の声のみ。

 声は明瞭ながら、この国の住人であっても彼女の言葉を理解することは難しい。

 なぜなら、すでに失われた魔導言語による詠唱であり、彼女が蘇らせた古代の魔法を理解するには、よほど魔導に精通していなければ不可能な芸当であった。

 彼女の正面、一尋ほど先の床に、真紅の光が生じていた。

 魔力の光が渦巻き状の紋様を描き、力の集まる中央部に一つの穴が開く。

 床石にではなく、空間に、世界にこじ開けられたちっぽけな穴。

 それは、人一人がようやくくぐり抜けられるだけの大きさしかない。

 青白い光に包まれて、彼女の求めた相手がこの部屋に召喚される。

 出現したのは、十代後半といった年若い金髪の青年だった。

 旅の途中なのか、腰に剣を吊るし、背負い袋を担いでいる。

 キョロキョロと周囲を見渡した青年は、この場に一人だけ存在する相手に目線を止めた。

 彼を見つめるのは、澄んだ湖の様な深く青い瞳。理知的な容貌を持ち、黒みがかかった青い髪を背中まで伸ばした女性であった。

「俺を召喚したのは……あんたなの?」

 落ち着いた口調で発せられた問いかけに、女性は怪訝そうに応じる。

「その通りです。私の名はシステリプス。貴方にお願いしたいことがあったのですが、一つだけ確認させてください。貴方は空間転移の経験があるのでしょうか?」

「俺自身が転移したのは初めてだけど、俺の回りじゃ召喚っていうのはありふれたことなんだ。これも転移に備えて持ってきた」

 背負い袋に入っているのは、干し肉などの携帯食料や香辛料、ナイフや着火道具や薬草類。それに、砂金も一袋入っていた。

「なぜ、召喚されることを想定できたのですか? 予知のような力を持っているのですか?」

 表情には出さずとも、彼女が不信感を抱いているのは確実で、青年が慌てて否定する。

「違う、違う。……うーん。本当なら、召喚された理由を先に聞きたいんだけど、ここは俺の方から先に事情を説明するよ。俺はアッシュ。勇者見習いをしているんだ」


 アッシュの生まれたイグドラス世界には、『やがて世界を滅ぼす魔王が出現する』という予言が存在していた。

 そこで、来たるべき聖戦に備え、勇者育成機関として勇者ギルドが結成された。

 当初は、試験の合格者に教育を施すという、軍事学校のような形で運営されていたのだが、ある時、一人の生徒が行方不明になった。この事件が解決したのは、十年近く後の事だ。

 異世界へ召喚された彼は、十年もの冒険を経て無事に帰還を果たしたのだという。

 荒唐無稽な彼の説明を最初は誰も信じなかったが、鍛え上げられた彼の戦闘力は凄まじく、他者を圧倒した。彼は実力で自らの言葉を証明してのけた。

 これがきっかけとなり、戦争すらめったに起きないイグドラス世界は、勇者の育成に不向きであると判断された。

 勇者ギルドでは試行錯誤の末、勇者を召喚しようとする魔法を検出して、見習い勇者の実地訓練を目的に異世界へ送り込むようになったのだ。


「貴方の説明は理解したつもりです」

 納得してくれたはずのシステリプスの視線に、アッシュはひどく冷たいものを感じ取る。

「……ですが、根本的な疑問が一つあります。見習いを派遣したとして役に立つのでしょうか? 少なくとも、私の願いには適さないと思うのですが」

「いや、確かに俺は見習いだから実績はないけど、期待には応えられると思うよ。勇者ギルドは誰でも入団できるわけじゃなくて、勇者としての素質がある者しかスカウトされないんだ」

「…………」

 反応の薄いシステリプスに、アッシュは重ねて言い募る。

「それだけじゃくて、召喚に応じる人間を決めるのは『標識』と呼ばれる魔法の石板なんだ。だから、俺が選ばれた時点で、俺にしかできないことや、俺であるべき理由があるはずなんだ」

 断言するアッシュだが、実は意図的に伏せた内容もある。

 実際のところ、派遣勇者のうち一割ほどは未帰還のままとなっていた。冒険の半ばで命を落とした可能性もあれば、単に目的の達成まで時間がかかっているだけかも知れない。

 イグドラス世界では、派遣先の世界を観測する術がないため、勇者達が何を成したか知るためには、彼らの帰還を待つしかないのだ。

「……わかりました。それならば貴方にお願いしましょう」

「で、目的はなに? やっぱり魔王退治?」

「退治ではありませんが、魔王様と戦ってもらいます」

「……魔王『様』? 壊れてるのかな?」

 首を傾げたアッシュが、首飾りに埋め込まれた宝珠に触れる。

 元の世界では身分証明がわりにしか使っていない『勇者の首飾り』だが、異世界へ転移した後は翻訳の宝珠が必要不可欠となる。発言者の思念などを読みとって、わかりやすい言葉に置き換えてくれるのだが、その翻訳が間違っている不安に駆られたのだ。

 歴代勇者達の逸話で一番多いのが、『魔王(と称される敵)』退治なのだが、この場合、召喚者は魔王側の迫害などを受けた人間なので、普通ならば敬称をつけたりはしない。

「はい、魔王様です。なによりも強者との戦いを欲するあの方は、数多の魔族を打倒し、魔王にまで上り詰めました。人類との戦いは心躍るものであったようですが、気がつけばこの大地の九割を魔王軍が制圧し、人類は個体数を大幅に減らしています。もはや、人類に反抗する術はなく、少なくともこの先十年以上は魔王様に匹敵する戦士が生まれることもないでしょう。そんなおり、異世界から勇者を召喚するという伝承を耳にした魔王様は、異世界ならばご自身に匹敵する強者がいるのではないかと、思いつきました」

「……ちょっ、ちょっと待って!」

「はい」

「…………」

「…………」

 アッシュが確認するのをためらう間、システリプスは律儀に待ち続ける。

「つまり、魔王は全力で戦える敵が欲しくて、勇者を召喚しようとしてた?」

「その通りです」

「その勇者というのが、俺?」

「その様です」

「ここは魔王軍の中……とか?」

「魔王様の居城で、一般的には魔王城と呼ばれています」

「……………………」

「……………………」

 唖然とするアッシュに、やはり無言のままシステリプスが対峙する。

「いや、ありえないだろ、それ! 勇者といっても、召喚したての人間なんてそんなに強くないぞ!」

「私にも貴方が強いとは思えませんが、召喚の対象は『魔王様を喜ばせる強者』です。『標識』とやらが正しいのであれば、貴方にはその力があるのでしょう」

「いや、ないって! あるわけないだろ! いくらなんでも、いきなり魔王はない! 普通は配下と戦うのが先で、魔王が出てくるのは一番最後でないとおかしい!」

「その点は大丈夫です」

「大丈夫?」

「弱者を魔王様にお目通りさせるわけにはいきませんから、事前に実力を計る予定でした。この後、貴方には将軍の一人と立ち合ってもらい、その実力を証明してもらいます」

「……なにが大丈夫なんだ?」

「ですから、魔王様と対決してもらう前に、肩慣らしの相手を手配してあります」

「全然、大丈夫じゃない! その将軍も……強いんだろ?」

「はい。並の人間ならば千人でも相手取って戦えるでしょう。私も大魔術を使えば、その程度なら簡単に葬れます」

「魔王って、それより強いんだよな?」

「もちろんです」

「俺を……、今すぐ元の世界へ送り返してもらえない?」

 逃げ道を探そうとするアッシュに、これまで通り感情のこもらない声でシステリプスはあっさりと答えた。

「貴方を召喚した目的は、魔王様と戦ってもらう事です。敗れて死ぬのがわかっている以上、送り返すための魔法など開発してはいません」


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