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存在迷子

作者: 水瀬

 ・・・・・・なあに?ここ、どこ?

 真っ暗闇の中で、少女は心細げに首を動かす。周囲は絵の具を塗りつけたかのように真っ黒で、何が何だか分からない。

 真夜中も光溢れる世界にいた年端も無い少女は恐怖に怯えた。

 なんとかせめて自分の姿を視認しようとするが、それすらも不可能で、自分の手すら見えない。

 なんなの、と涙が滲みそうだった。






 暫くたって、ちょっとだけ現状が分かるようになった。

 時々、真っ暗なところが裂けて、違う色が見えるのだ。

 そこからは多分、外が見えた。だって、見慣れた景色だったから。

 私はそれをずっと覗いていた。

 お父さんもお母さんも友達も誰もいなくて寂しくて、気が狂ってしまいそうな中、ただそれを見ている間だけは、私は少なくとも何かに関われているような気がしたのだ。

 もっともそれは、酷い勘違いだったのだけれど。






 時間は分からないけれど、隙間から見えていた友達とかが大きくなっていたから、きっと何年もたったのだろう。

 そうして私は分かってしまったのだ。この隙間から見えているのが何なのか。

 見えてるのは。この視界は。――私だった。

 正確には、私を乗っ取った存在だった。

 私を乗っ取った存在は、本意じゃなかったらしい。最初の頃は「どうなってるの!?」「ここどこ!?」「えええええ私違うよ別人だよおおお」などと言って、部屋で転がっていたから。

 でもそんなの関係ない。関係、ない。この女が私を乗っ取ったというのは、変えようの無い事実なのだから。


 「結香ー、早く学校いこー!」

 「うん、今いくー!」


 声が聞こえる。いやなものが見える。

 見たくないし、耳もふさいでしまいたいけれど、そうしたら私は何もやることが出来ない。私は自分で自分が存在しているのかも分からない。

 だから、胸を焦がす憎悪を抱きながら、ただただ、じっと見つめるのだ。

 そこは私の場所。それは私の名前。返して、そこは私の場所。ああどんどん変えられていく。ピーマンが食べられるようになったのねえ、ってお母さんがいう。私を奪った女は苦笑している。違うの違うの、それはあの女なの、私はまだ食べられないの。違うの、違うの。お母さんの中で私はピーマンが食べられる子になった。違うのに。部屋が変えられていく。私の好きだった机も服も、もう小さくなったからって処分された。枕元のお人形も、あの女が苦笑交じりに「――いやあ、いくら外見が若くても私の中身からすればねえ・・・」とかいって捨てちゃった。酷いよ酷いよ。数学が得意になったんだなあって、先生が言う。対して歴史は下がったなあと。違うの、違うの、違うのよ、私は歴史大好き。数学なんて嫌いなの。違うの、それは私じゃないの。やめて先生、違うの、あれは違うのよ。あああの女が好き勝手に私を塗り替えていく。私のはずなのに構成要素がもう私じゃなくなっていく。遠のいていく。やめてよ、やめてよ、やめてよう。私そんな進路いやよ。私が行きたかったのは、私の、ぼんやりとした夢だったけど、私のなりたかった将来は、違うのよう。

 かえして、よう。

 瞬間、光が満ちた。






 「じゃあまた来るからね、安静にしててね?」


 ベッドに据わった私の前で、私の友人だという相手が心配そうに問いかける。それに対し、私は頷いて見せた。

 今度はアルバムも持ってくるからね、と、私の友人でない私の友人がいう。

 私はそれに、乾いた笑みを返した。

 この人たちにとっての私は、私じゃなくて私を奪ったあの女なのだろう。周囲から見ればあの女が私で、本当の私は私ではなく別人なのだ。

 周囲にとっての結香は、もう私ではないのだ。

 私は消されてしまった。


 「早く、記憶を思い出してね」


 私はまた、それに頷き、手を振って見送った。

 ずっと返して返してと思っていたけれど、もう私の場所なんてどこにも無かったようです。

 周囲は皆、示し合わせたように「早く思い出して」という。あの女とは違う私の食の好みに、行動に、仕草に、落胆したような色を浮かべる。

 もう結香は、私じゃなかった。

 私は上書きされて、消されてしまった。

 本当は私が、私だったのに。

 もはや憎むことすら疲れてしまった私は、窓を開けて、爽やかな風を頬に当てた。

 空は青空。

 ああ本当に素晴らしい。

 素晴らしい―――自殺日和だ。

 そうして私は窓枠に足を掛けて。

 お葬式でもきっと、本当の私を思って泣いてくれる人なんてどこにもいないのでしょうね、と思った。

 みんなきっと、あの女のために泣くのでしょう。


憑依系トリップに乗っ取られちゃった可哀想な子の話。見事にうわがかれてしまって、周囲に自分の居場所なんてありませんでしたよ、と。

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