〜第七章〜
「ジュリア・・・・早く俺を呼んでくれ・・・・」
心で呟きながら必死にあてもなくジュリアを探し続けた。
「ジュリアの声が・・・聞こえない・・・・」
エルの心は引き裂かされそうな想いだった。
エルが一瞬足を止めた。
何気なく横を振り向くと・・・そこには教会があった。
立派な教会ではなかったが、古くから建っている感じだった。
教会があるのに気が付いたエルは険しい表情で教会に入って行った。
扉を開き足を踏み入れると、神聖な気が立ち込めているのを感じた。
20歩程歩いた先にイエスの像が飾られていた。
壁には数枚のステンドグラスが太陽の光を浴びて、教会内を綺麗に彩らせていた。
エルは真っ直ぐ突き進み、像の前で跪いた。
瞳を閉じ、手を組み、うつむき祈った。
「神よ・・・・我に力をお与え下さい・・・・・彼女を救う為に・・・」
「神よ・・・・彼女を見守り続けたまえ・・・・」
エルの祈りが終わると、急に太陽の光が強くなった。
それはまるでエルの祈りに神が答えたかの様に・・・・
ステンドグラスの色が一段と濃く彩られた。
色が反射してエルの体を彩ると、エルの体に力が沸いてくるのを感じた。
「神よ・・・我が祈りを聞き入れて頂いたことに感謝します・・・」
神に感謝の言葉を言うとエルは教会を後にした。
エルは再びヤツが隠れそうな場所を探し続けた。
エルは必死に探しながら、心のどこかで何かが変わり始めていることを薄々感じ始めていた。
「この気持ちは・・・一体・・・」
その気持ちが何なのかエルは今はまだ気が付くことができなかった。
「ジュリア・・・・」
熱く締め付ける胸を押さえながら必死に探し続けた・・・
眠り続けるジュリアは混沌の暗闇にいた。
暗闇の中一人うずくまり苦しんでいた。
ジュリアの意識は苦痛だけだった。
突如一筋の光が上から注ぎジュリアの体に突き刺さった。
苦痛だけだった意識が徐々に和らぎ、暖かさを感じた。
「・・・・・・・」
そして少しずつ自分の意識を取り戻していった。
「あ・・・・たた・・・かい・・・・」
光は優しくジュリアを包み混沌の闇から開放した。
意識が段々とハッキリとし、ジュリアは目覚めた。
「ここは・・・・」
石でできた天井が目に飛び込んできた。
恐る恐る辺りの様子を伺った。
部屋全てが石でできており、窓にはガラスなど無かった。
胸苦しさを感じながら起き上がり窓の外を見た。
外を見た時、自分の居る場所の全貌が分かった。
それは断崖の上にそびえ建つ廃墟と化した古城だった。
もう・・・ジュリアには恐怖と言う気持ちが消え失せていた。
あまりにも現実感の無い今までの出来事・・・・
たくさんの恐怖・・・・
ジュリアは恐怖と言う気持ちをとっくに通り越していた。
自分の服がボロボロになり裸同然の姿をしていても動じることが無くなっていた。
「私は喰われるんだ・・・・」
ジュリアの心の中には絶望しかなった。
窓辺に座り込み床を見た。
そこには数枚の漆黒の羽と銀色に輝く一本の髪が落ちていた。
長い銀色の髪を手に取った時・・・・
「・・・・エル・・・・」
ジュリアはポツリと呟いた。
その声はすぐにエルの頭に木霊した。
「!!」
休むことなく探し続けていたエルが反応した。
「ジュリア!」
エルの胸が締め付けられた。
「ジュリア!もっと俺を呼べ!」
エルは必死に願った。
しかし、ジュリアの声はそれ以上聞こえて来る事は無かった・・・
エルは拳を強く握り締め、微かに北の方角から聞こえた声に向け走り出した。
日はどんどん暮れて行った。
ジュリアは窓辺に座り込んだまま外を眺めていた。
逃げることも考えず、服を身に着けることさえ考えず・・・・
呆然と外を見つめ、水平線に消え行く太陽を見ていた。
海に溶け込むように太陽が沈むと、静寂なる闇夜が一歩一歩近づいて来た。
部屋はもう・・・闇一色となり、ジュリアは暗闇の中一人座り込んでいた。
突然、背後に冷気を感じた。
「きた・・・・」
冷気を感じたジュリアの頭に自然と浮かんだ言葉だった。
「起きていたか・・・どうした?もう無駄な抵抗をするのを諦めたか?・・・クックック」
あざ笑いながら近づきジュリアの腕を掴み立たせた。
月明かりが穂のかにジュリアを照らした。
ジュリアは何の反応も見せず人形の様になっていた。
ルシファーは面白くない顔をして片手で軽がるとベットに投げつけた。
「ドサッ!」
ベットに投げつけられたジュリアはそのまま動かず、声一つ上げなかった。
「少しは反応してくれないと面白く無いな・・・」
ルシファーは漆黒の羽をしまいながらジュリアに近づいた。
何処か一点を見つめ、ルシファーの存在を無視するかの様な
ジュリアの態度にイラつきを感じた。
ベットに横たわるジュリアを乱暴に仰向けにさせた。
それでも反応しないジュリア・・・・
瞳を見開いたまま・・・ただ遠くを見つめていた。
ルシファーは試すようにいたぶり始めた。
鋭く尖った爪を、白い柔肌の首に突き立てた。
ジワリと血が滲み出る・・・・
ジュリアはどこかを見つめたまま表情一つ変えない。
「チッ!」
ルシファーは苛立ちに舌打ちした。
頭の中は今すぐにでも壊したい衝動に掻き立てられた。
その気持ちをグッと堪えながら、ジワリジワリといたぶり続けた。
突き刺した指をゆっくりと下へ下へとなぞり、胸の谷間まで引き裂き下ろした。
ぶわっと血が溢れ出てくる・・・
それでもジュリアは声一つ出さず横たわっているだけだった。
「いたぶりがいが無いな・・・・まぁ、いい。そうしていられるのも今だけだ・・・」
爪に着いた血をペロリと舐めると・・・
ジュリアの首を下から持ち上げ、溢れ出てくる赤い鮮血を吸うように舐め上げた。
そのまま傷口全体を舐めり上げると、出血が突如止まった。
首から胸元まで斜めに切られた醜い傷跡だけが・・・・ジュリアの白肌に残った。
口元に付いた血を舐めりながらルシファーは無言で飛び去った。
ルシファーが飛び立った後もジュリアは変わらず一点だけを見つめていた。
自分の神経を麻痺させ現実逃避するかの様に・・・・
しかし、一言だけ呟いた・・・・
「・・・エ・・・ル・・・」
ジュリアの声はまたエルに届いた。
エルに届いたジュリアの声は悲痛な叫び声に聞こえた。
エルの心に衝撃が走った。
「ジュリア!!」
ジュリアの名を言いながら、拳を強く握り締め体を震えさせた。
熱い想いがエルの心を支配した。
その瞬間、暗闇が漂う森の中が突然明るくなった。
小刻みに震えるエルの体から白い発光が溢れ出した。
発光は次第に強さを増しエルの体を包み込んだ。
眩い光がエルの姿を包み込むように消した時・・・・
「バサッ!!」
発光に包まれたエルの背中から真っ白な大きな2枚の翼が現れた。
森の木々がざわめきながら揺れだした。
真っ白の羽を大きく羽ばたかせると地面の葉が空に舞った。
「ジュリアァァァァァ!」
張り裂けそうな想いを胸に、天に向かって悲痛な声で叫んだ。
エルの心は次第に今までに感じたことの無い想いが沸きあがっていた。
「この・・・熱き想いは・・・」
エルは拳を強く握り締め、辺りの葉を舞わせながら天高く飛び上がった。
ほとんど満月に近くなった月がエルを照らした。
月の光に照らされながらジュリアの心の声を辿った。
「時間が無い・・・・ジュリア・・・・・どこにいるんだ!」
ジュリアの声は途切れたままだった・・・・
それでもエルは全神経を集中させ、声が聞こえてきた方角へ飛んで行った。
疲労が次第にエルを襲って行った。
しかし、エルは夜が明けても飛び続け探し続けた。
無情にも時間だけが過ぎていった・・・・
また・・・闇が夜空を覆う・・・・
闇に紛れてルシファーが姿を現す・・・・
ジュリアは眠ることさえ忘れ・・・・
廃人の様にどこか遠くを見つめ続けるだけだった。
「クックックック・・・」
ルシファーの不気味な笑い声だけが暗く冷たい古城に響き渡る。
「いつまでそうしているつもりだ?苦しいだろう?辛いであろう?」
「人間らしく・・・醜く泣き叫べ!我に命乞いをしてみろ!!」
片手でジュリアの首を絞め上げながらあざ笑った。
ジュリアは相変わらず反応を見せない。
「バシン!!」
苛立ったルシファーがジュリアの頬を力強く叩きつけた。
ジュリアの口元から一筋の血が流れ落ちる。
ジュリアの態度は人間らしくなく、ルシファーには少し神々しく感じられた。
「人間は弱き物・・・無能な神が創りだした玩具にしか過ぎん!」
「人間は己を一番愛する事しか出来ない・・・無知で無能な玩具だ!!」
「それなのに・・・これは何だ?我に楯突くかのように声一つ上げず・・・・」
「今までに餌になり損ねた人間は、我に醜い姿で命乞いをしてきたというのに・・・・」
「苛立たしい・・・・」
「やっと宝玉の力に耐えれる器を見つけたと言うのに・・・・」
「神が創りし物を・・・もっと汚し、泣き叫ぶ悲痛な声を神に聞かせてやる!!」
ルシファーは憎悪の表情を浮かべた。
ジュリアの首を掴んだまま顔を引き寄せ流れ落ちる口元の血を舐めリ、
そのまま彼女の口を塞いだ。
ルシファーに口を奪われても瞬きも瞳を閉じることもせず、微塵も反応しなかった。
冷たい口付けはジュリアの心をどんどん麻痺させながら凍らせた・・・
口付けし終わったルシファーが突然態度を変えた。
ジュリアを優しくベットに寝かせ隣に横になった。
そして愛しく髪を撫ぜ始めた。
「ジュリア・・・・」
ジュリアの耳元で愛しそうに優しく囁いた。
今まで何の反応もしなかったジュリアがピクリと指を動かした。
「ジュリア・・・聞こえているんだろう?」
「ジュリア・・・・ジュリア・・・」
繰り返し、繰り返し、優しく耳元で囁いた。
その時、ジュリアの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた・・・
ルシファーはその涙をそっと舌で拭取った。
涙を拭取られると同時に止めどなく涙がこぼれ落ちた。
流れ落ちる涙を見たルシファーは静かに体を起こした。
大事な物に触れる様に、そっとジュリアの顎に手をかけた。
ジュリアの顔を自分に向け、愛しそうに口づけをした。
さっきまでとは対照的な口付けにジュリアは遂に反応した・・・・
ピクリと体を動かし、どこか遠くを見つめていた瞳が動いた。
瞳はゆっくりとルシファーの瞳を捕らえた。
目と目が合ったルシファーがゆっくりと唇を離した。
ルシファーの唇がジュリアから離れると、力ないジュリアの手がルシファーの頬に触れた。
そして悲しげな瞳を浮かべた・・・
それを見たルシファーがガバッと体を起こした。
「アハハハハハハ!神の創りし人間など脆いものだ!」
顔を天井に向け大口を開けて笑い、歓喜に満ちた表情を浮かべた。
そして、冷酷な視線をジュリアに向け言った。
「いよいよ明日だ・・・貴様が反応しなければ面白くない!」
「これで明日はじっくりと楽しめそうだな・・・・クックック」
ジュリアの瞳はずっとルシファーの瞳を捕らえ続けた。
その瞳は何かを語っていた・・・・
「明日はどうして欲しい?」
「先程みたく優しく愛でて欲しいか?それともいたぶって欲しいか?」
「クックックック・・・・アハハハハハ!」
ジュリアは一瞬たりとも瞳を逸らさず見つめ続けた。
ルシファーは高笑いを残し闇に消えて行った・・・
ジュリアは心の片隅でエルを想い続けていた。
その想いは微かにエルに届いた。
エルはその微かな想いを辿り必死に探し続けた。
「時間が・・・ない・・・・」
迫り来る満月の夜に焦りながらあらゆる空を飛び続けた。
エルは少しづつジュリアに近づいてはいた・・・・
しかし、微かな気を辿って探すには限界があった。
夜が明け・・・・そしてまた夜が訪れる・・・・
エルは絶対に諦めなかった。
その姿はもう・・・・
使命だけで探し続けているエルではなかった・・・・