〜第五章〜
満ちかけの月が暗闇の夜空に浮かぶ。
静寂が町を包み始めた頃、突如激しい音が鳴り響いた。
「ガシャーーーーン!」
無数のガラスの破片が遥か上空から降り注いだ。
地上に音をたてて散らばり落ちた。
超高層ビルの最上階で怒り狂う男がいた。
「どこに逃げたぁぁぁぁぁ!」
男の叫び声は静まり返った町に響き渡った。
「時間がない・・・・このままでは月が満ちる・・・」
息を荒げながら、男は部屋を後にした。
夜の静寂はどこにも平等に訪れ、静寂と共に眠るジュリアを包み込んでいた。
「ドクン!」
ジュリアの胸が急に高鳴った。
「うっ・・・」
高鳴りと共に突き刺さる様な痛みが走った。
ジュリアは胸を押さえ、うずくまった。
甘い香りがジュリアの鼻を掠った瞬間、突然体が中に浮いた。
痛みに耐えながら胸を押さきながら、驚いて顔を上げた。
視界に入ったのは、月夜に照らされた蒼く光輝く瞳だった。
「ジュリア、目を閉じて」
甘ったるい声がジュリアの耳をくすぐった。
ジュリアは言われた通りに目を閉じた。
また暖かい唇がジュリアの口に触れた。
流れ込んでくる暖かい何かは、胸の痛みを嘘の様に消し去った。
「さあ、これでもう大丈夫」
ジュリアはエルに口付けされる事に抵抗はなかった。
それどころか、その口付けが心地よかった・・・
初めて会った時からどこから沸いてくるのか解らないが、
何故か『安心』と、言う気持ちが溢れていた。
それは夢の中で手を掴んだ時に感じたものと同じだった。
少し頬を赤く染めてジュリアが言った。
「あの・・・エルは何者なの?」
エルは静かにジュリアをベットに寝かせて言った。
「ごめん・・・今は俺の正体を教えるわけにいかないんだ」
「君には不安にさせるけど・・・・頼む、信じて俺についてきて欲しい。」
エルの言葉に何故か無条件で信じる事ができた。
それは、彼から伝わるオーラの様なもののせいもあった。
普通の人間ではないことをジュリアは心のどこかで解っていた。
謎は多いが助けてくれていることは事実だったので信頼できた。
「わかったわ。助けてくれて有難う・・・」
ジュリアは少し恥ずかしそうに言った。
助ける為とは言え、その度にキスをされていたからだった。
「ジュリア、一緒に隣に眠ってもいいかな?」
突然のエルの問いに一瞬戸惑った。
「え?・・・・・」
エルは真剣な顔でジュリアに言った。
「宝玉はすでに悪に染まっていて、君は悪の力の影響を受けやすいんだ」
「俺が側にいれば少しは影響を軽減させてあげれる。」
「また悪の力の影響を受けて、胸が痛み出したら・・・」
「君はどんどん生命力を吸われ衰弱していってしまう・・・・」
「ジュリア、輪廻転生と言う言葉は知ってるかな?」
ジュリアはコクリと頷いた。
「本来人間は寿命を全うし、それぞれ魂の源へ戻る」
「魂はまたそれぞれの使命を持って現世に生まれ変わる」
「しかし・・・君のような場合、一度死んで別の力のせいで新たな生命を授かった」
「そういう人間が死を迎えると・・・・魂は消滅する。」
エルはベットに腰掛けながら言った。
「消滅・・・・」
ジュリアはその言葉に衝撃を受けた。
「そう、消滅してしまうんだ。消滅した魂はどこにも存在しない」
「無論、転生することもできない。」
ジュリアは愕然となり無言になった。
エルは横になりジュリアを優しく抱き締めた。
「だから、俺から離れないでくれ。ずっと側で俺が守るから・・・・」
「さ、もう少し眠るといい」
ジュリアの柔らかな髪を撫ぜながら、優しく包み込むように抱き締めた。
ジュリアはエルの胸の中で静かに目を閉じた。
心地よい温もりとエルの鼓動を感じながら、いつしか深い眠りへとついてた。
「待って!待って!!」
真っ白な雲が立ち込める中ジュリアが必死に走る。
彼女の視線の先にはぼんやりと雲に隠された人影があった。
「行かないで!!」
ジュリアは泣きながら走り続ける。
どんなに走っても走っても、その人影に追いつくことはできなかった。
「行かないでぇぇぇぇ!」
届かぬ手を伸ばし走り続ける中、その人影は全てを雲に呑まれるかのように消えてしまった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
バッとジュリアは目を覚まし、頬に伝わる涙を感じた。
「夢・・・・・・」
ジュリアは漠然とした悲しみの中、涙を拭いた。
隣に目をやるとエルが穏やかな顔で眠っていた。
エルの顔を見て悲しみがスーと消えていくのを感じた。
「あの夢は・・・一体・・・・」
ジュリアは無意識にエルの頬に触れた。
ジュリアに触れられエルがゆっくりと目を覚ました。
「ん・・・・どうした・・・?」
甘ったるい優しいエルの声がとても心地よく耳に響いた。
「あ・・・ごめんなさい・・・起こしてしまったね」
エルは無言で優しい微笑みを投げかけた。
ジュリアはエルの顔を見ていると心の奥底をくすぐられる様な気持ちになった。
見つめ合っているのが恥ずかしくなり瞳をそらした。
エルはゆっくりと起き上がった。
「朝か・・・ジュリア出かける準備をしてくれ」
ジュリアは頷きベットから起き上がった。
洗面所で顔を洗い鏡を見た瞬間ジュリアは驚いた。
赤毛だった髪が色が抜け、少しずつ白に変わっているのが分かった。
「何これ・・・・・」
今の現状にジュリアは・・・・もう夢と思う事はなく、
これは本当に現実なんだと実感させられた。
「大丈夫!私にはエルがついてる。私も頑張らなくちゃ!」
そう自分に言い聞かせ洗面所を後にした。
二人は昇ったばかりの朝日の中、力強く歩き出した。
緑豊かな森、どこからか聞こえてくる鳥の声、
木々から差し込む朝日、心地よい風、
それらを全身に受け歩き続けた。
数十分歩き森を抜けた。
「え?」
森を抜けるとジュリアは驚いて足を止めた。
足を止めた先にあったのは大きな立派な門だった。
驚きながら辺りを見渡すと、今まで居た場所は山の中などではなく・・・
敷地内の森だと言うことが分かった。
ジュリアは呆然と立ちすくんでいると、先に歩いていたエルが足を止め振り向いた。
「どうした?」
何食わぬ顔でジュリアに問いかけた。
「ここ・・・って・・山の中じゃなかったの?」
エルはクスっと笑いジュリアに歩み寄り言った。
「ここは仮の住まいだよ。大した事じゃない」
「さ、先を急ごう!夜になると悪の力が強くなる」
「日が出ているうちに少しでも先に進まなければ・・・」
そう言ってジュリアの手を掴み再び歩きだした。
「大した事じゃないって・・・・」
ジュリアはどこかの金持ちの息子なのかと思った。
エルに繫がれた手がとても温かく、離したくない衝動に駆られた。
「一体・・私どうしたんだろう・・・」
でも今はそんな事を考えている暇はなかった。
「駄目だ・・・今は一刻も早く・・・この宝玉を何とかしなくちゃ・・」
そう心に思いながらエルについて行った。
門を出ると一台の車が停まっていた。
二人はその車に乗り込み、今度は本当に山の中を走った。
「ねぇ、どこに行くの?」
流れ行く景色を見ながらジュリアが問いかけた。
「あぁ、まずは日本を離れる。」
ジュリアは驚いてエルを見た。
「え?日本を離れる?」
エルは運転しながら説明した。
「その宝玉を元に戻すには、『神の庭園』へ行かなくてはいけない」
「そこには神聖なる滝があるんだ。そこに入れば宝玉も元に戻る。」
ジュリアは胸元を押さえながら不安げに言った。
「神の庭園・・・ってどこにあるの?」
「それは教えられない。世界中どこの地図にも載ってない。その場所を知る者は・・・・」
そう言ってエルは言葉を詰まらせた。
「本当にすまない。全て話してあげられたら楽なんだが・・・」
「君に教えてあげられる事は数少ないんだ。分かってくれ・・・」
少し困った表情を浮かべたエルを見て、ジュリアは素直にエルの言葉を聞き入れた。
「わかったわ。話せる範囲の事は全て教えてね」
エルはコクリと頷き車のスピードを上げた。
数時間車を走らせ、飛行場に着いた。
そこでまたジュリアを驚かせる出来事があった。
エルは受付などせず、社員が出入りできる扉に何食わぬ顔で入り、そのまま滑走路へと出た。
ジュリアは驚きながらエルの後について行った。
滑走路へ出た二人は一台の水上セスナ機の前で止まった。
そのままエルはセスナに乗り込んだ。
ジュリアは戸惑い入り口で佇んでいた。
「ジュリア、早く乗って」
エルの言葉に促され乗り込んだ。
急ぐようにエンジンをかけ、早速飛び立った。
飛び発ったセスナは南の方角へ飛びながら、上へ上へと上昇して行った。
セスナは既に雲の遥か上空を飛んでいた。
日はすっかり真南に昇っていた。
「ジュリア大丈夫かい?」
エルはジュリアを気にかけて優しく声をかけた。
「うん・・・」
返事をしたジュリアだったが、内心は不安で一杯だった。
それを悟るかの様にエルがそっとジュリアの手を握ってきた。
「エル・・・」
ジュリアはエルの温もりに支えられた。
急に太陽の日差しがジュリアの目に突き刺さり、思わず目を閉じた。
ジュリアが再び目を開けると、いつのまにかセスナの高度が下がっていた。
突如、視界の先に島が現れた。
ジュリアは驚いて身を乗り出して島を見た。
「あれは・・・」
その島はまるで密林のように木々が生い茂り、
島全体から神聖な気を発しているかのようだった。
「あれが、神の庭園だよ」
そう言ってエルはセスナの高度を下げた。
そしてセスナは島の海岸近くに降り立った。
エルは操縦席から立ち上がり、扉を開け浅瀬の海に降りた。
「さあ、ジュリア降りておいで」
エルは手を差し伸べジュリアを誘った。
ジュリアがエルの手を掴んだ瞬間、勢いよく引っ張られた。
「きゃっ!」
エルは落ちてくるジュリアを受け止め、抱いたまま岸へと歩いた。
「エル・・・・いいよ・・・」
ジュリアは照れくさそうに言った。
エルはジュリアの言葉に反応を見せることなく歩き続けた。
「バシャ バシャ」
ジュリアは不安定な体を支えるようにエルにしがみついた。
エルに触れるたびジュリアは心の底で何かを感じた。
海の透明度は高く、真っ白な砂が海面越しにユラユラと見えた。
「さ、着いたよ」
そう言って優しくジュリアを真っ白な砂浜に下ろした。
「綺麗な所ね・・・」
ジュリアは島全体を眺めながら言った。
エルは自然にジュリアの手を掴み歩き出した。
ジュリアは心の中で嬉しさを感じていた。
「ずっと触れていたい・・・」
そんな想いがジュリアの頭の中に浮かび上がった。
エルの手を握り締めジュリアも歩きだした。
二人は島全体に広がる密林へと足を踏み入れた。