〜第四章〜
どこか懐かしい香りと、暖かい温もりを手に感じて目覚めた。
「ん・・・・」
ぼんやりと目に飛び込んだ、昨日とは違う部屋に何か安心を感じた。
温もりを感じる手の方にゆっくりと顔を向けると・・・・
一瞬心臓が止まった。
ジュリアのすぐ横には自分の手を握りしめ眠る男が居た。
その男の容姿に目を疑った。
眠る男は、あの冷酷な男と似ていたからだった・・・
ジュリアは目をパチパチさせてもう一度見直した。
銀髪の髪ではあったが、全体的に短めでサラサラとした前髪が眠る男の瞳に掛かっていた。
ただ、鼻筋が通っている所や薄い唇はあの男と似ていた。
ジュリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
凝視しているジュリアの視線を感じたかの様に、男がゆっくりと瞳を開け目覚めた。
ジュリアは男の目覚めに硬直した。
しかし、開ききった男の瞳を見た瞬間ジュリアの硬直が取れた。
その瞳はあの男と同じ蒼い瞳だったが、その瞳には冷酷さなど微塵も感じさせないくらい
どこか切なげで、愛しそうな目をしていたからだった。
「あっ・・・・・」
戸惑うジュリアに気がついた男が、そっとジュリアの頬に手を当てた。
その手はとても暖かくジュリアを安心させた。
甘ったるい男の声が耳に入ってきた時、ジュリアはもっと安心を感じた
「大丈夫か?」
ジュリアは安心のあまりに涙を流した。
「どこか痛いのか?!」
ジュリアの涙を見た男は慌てた様子で問いかけた。
ジュリアは泣きながら小さく首を横に振った。
それを見た男はほっとため息をついた。
頬に当てた手の親指でジュリアの涙を拭うと
「良かった・・・・・」
と、安堵の表情を浮かべた。
ジュリアは少しづつ落ち着きを取り戻していった。
そして、男に問いかけた。
「あの・・・・貴方は?・・・・」
男は優しくジュリアの髪を撫ぜながら答えた。
「ん〜・・・・今は本名を言わない方が・・・」
「君も混乱しないだろうから・・・・・俺のことは、エルって呼んでくれ」
エルの返答にジュリアは少し困惑したが、
エルから伝わる安堵感を信頼してそれ以上問わなかった。
「エル・・・・一体・・・私は・・・」
そう言いかけたジュリアは怯える瞳でエルを見つめた。
エルは髪をゆっくりと撫ぜながら
「少しづつ教えていくから・・・心配するな」
「俺が来たからもう大丈夫だ」
「助けに行くのが遅くてごめんな・・・・」
「だけどこれからは、この身に代えてお前を守るから」
優しく微笑みながらエルが言った。
エルの微笑みと言葉に一瞬ドキンとした。
初めて会った男なのに、何故か安堵と信頼を自然と持つことができた。
そこのことに違和感も感じることなく・・・
「助かった・・・・」
と、心底思った。
すっかり落ち着いたジュリアを見て、エルが静かに起き上がった。
エルがベットから降りると、ふわりと甘い香りがジュリアの鼻を撫ぜた。
「いい香り・・・・」
その香りは、どこか懐かしくもあり一段と安心させてくれる香りだった。
エルはベットの足元の方角にあるクローゼットに向かった。
クローゼットの扉を開き、中から服を取り出した。
服を手にジュリアの元へ戻ってきた。
ジュリアはその服を見て驚いた。
「あれ?それは・・・私の服・・・」
エルは優しい表情で服を枕元に置くと
「勝手に入って悪いと思ったけど、君の部屋から持ってきたんだ」
エルの言葉に驚いた。
驚きながら横たわっているジュリアの側に座ると、エルが真剣な顔で言った。
「ジュリア、今の君は衰弱しきってる」
「もう自分の力で起き上がることもできないだろ?」
エルの言葉に我を取り戻したジュリアは起き上がろうとした。
まったく力が入らない全身に驚いた。
「・・・ほんとだ・・・・」
エルの整った顔がスーとジュリアの顔に近づいた。
「ジュリア、俺を信じて目を閉じて・・・」
ジュリアは言われるままに静かに瞳を閉じた。
甘い香りがまたジュリアの鼻をかすめた瞬間、暖かい唇がジュリアの口に触れてきた。
ジュリアはピクリと反応した。
完全にキスをされている事を悟った時、何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じた。
何かが流れ込むとジュリアの体が火照り始めた。
エルの口がジュリアから離れると、体の火照りも無くなった。
「もういいよ。さあ、目を開けて起きてごらん」
エルの言葉にゆっくりと瞳を開け、ゆっくりと起き上がった。
「一体・・・何をしたの?・・・・」
さっきまでまったく力が入らなかった体が、ジュリアの意思通りに動いた。
驚きと混乱しているジュリアにエルが冷静に言った。
「あっちに浴室があるから、ゆっくりお風呂にでも入って落ち着いておいで」
扉に指を指し言った。
ジュリアは言われた通り落ち着こうと、自分の服を手に浴室に向かった。
身に着けていた忌まわしい服を脱ぎ、少し熱めの湯船に入った。
「はぁ〜〜〜」
と、目を瞑り大きな吐息を吐いた。
それからゆっくりと目を開けた。
お湯に浸かっている胸元を恐る恐る見た。
そこには、最初の時と全然違う大きさと色の宝玉が見えた。
「一体・・・なんなの・・・これは・・・」
すっかり胸に埋まり、残り数センチになった小さな宝玉は・・・
もう・・・赤ではなく漆黒の黒に色を変えていた。
腫れ物に触るかの様に、そっと触れてみた。
ジュリアの体と同化した宝玉は取れる筈もなかった。
「はぁ〜」
と、ため息をついた。
お風呂から上がり自分の服に着替え、エルの元へと向かった。
エルは窓辺にあるイスに座り、外を眺めていた。
ジュリアはエルの横顔を少しの間見つめてしまった・・・
太陽の光に照らされて銀色の髪がキラキラとし、
蒼い瞳は何もかも見透かす様に外を眺めていた。
「綺麗・・・」
ジュリアの脳裏に浮かんだ言葉だった。
ジュリアはすっかり落ち着いた様子でエルの向かいのイスに座った。
ジュリアも窓の外に目をやった。
窓の外は緑豊かな森林が広がっていた。
「ここは・・・どこ?」
ジュリアがポツリと尋ねた。
「俺の隠れ家。緑が綺麗だろ」
エルが少し自慢そうに言った。
森林の緑がジュリアの心を癒してくれている様だった。
しばらく眺めた後、ジュリアが問いかけた。
「ねぇ・・・一体何が起こってるのか教えてほしい・・・」
ジュリアはエルの方を向いて言った。
エルは外を見つめたまま眉間にしわを寄せた。
「・・・・・・・・・・」
少し無言になったエルはゆっくりとジュリアの方を見た。
そして難しい表情を浮かべ語りだした。
「どこから話せばいいかな・・・・」
エルが悩んでいるとジュリアは少し身を乗り出して言った。
「これは・・・何なの?」
胸元に指を指し不安な顔でエルを見つめた。
「そうだね・・・簡単に言うと・・・それが君の命の源なんだ」
「え?」
ジュリアは目を丸くして驚いた。
一呼吸置いてからエルが言った。
「ジュリア、君は一度死んでるんだよ」
エルの一言に、フラッシュバックする様に記憶が呼び覚まされた。
ジュリアは無言になった。
「ジュリア、よく聞いてくれ。」
「君は一度死んだが、ヤツにその宝玉を埋め込まれ蘇った」
「だけど、ただ埋め込まれただけではない・・・・もう普通の人間としては生きられない」
無言になりながら真剣にエルの話に耳を傾けた。
「宝玉がヤツの仕業で埋もれて行ったのは分かってるね?」
ジュリアはコクリと頷きながら胸元を押さえた。
「ヤツに埋め込まれる度に宝玉の色が変わっていったのも分かってるかい?」
ジュリアはもっと深く頷いた。
「宝玉が色を変えたのは、ヤツが力を吹き込んだからだ・・・・」
「本来その宝玉は古より伝わる『神の涙』と言う物で、魔を払う石として存在した。」
「その宝玉は善にも悪にもなる特性を持っている」
「しかし、元々魔を払う為のもの・・・」
「悪が宝玉を手に入れたとしてもその力を使うことはできない」
「だが・・・・人間を媒体としてその力を吸い取る事ができる・・・・」
ジュリアはゾッとした。
「その宝玉を最後までヤツに埋め込まれた人間はヤツの糧となり」
「その存在すべてがヤツの力の源になる」
「そして、その身が果てるまで喰らい続けられる・・・・」
ジュリアは困惑と怯えた表情を浮かべ言った。
「喰らう・・・・って・・・?」
「直接食べるわけではないよ。存在全てが糧となるんだ」
「例えば涙一粒でもヤツの糧となる。だが、目に見える糧と見えない糧があるんだ・・・」
そう言ってエルは言葉を詰まらせた。
ジュリアは不安そうな顔でエルを見つめた。
「言いずらいのだが・・・・目に見える糧は理解できたよね」
「目に見えない糧はね・・・・」
「その人間と交わる事によって人間が出す特殊な気を吸い取るんだ」
「その気はヤツの力となる・・・・」
ジュリアはぎょとした顔した。
「えぇ!?交わるって・・・まさか・・・」
瞬きをすることさえ忘れ、目を見開いて言った。
「そうだよ。君が想像している通りだよ。」
ジュリアはイスにもたれ掛かり放心状態に陥った。
エルがスッとイスから立ち上がりジュリアの元へ歩み寄った。
「ジュリア・・・絶対俺が守るから・・・」
「しかし、そこまで埋め込まれてしまった宝玉はもう悪に染まっている」
「それを元に戻さなければいけない!」
「大丈夫。方法はあるから心配するな。」
そう言って優しくジュリアの手を掴み包み込むように握った。
手から伝わるエルの温もりを感じながらジュリアは不安を感じずにはいられなかった。
「不安がらないで・・」
エルは何もかも見透かす瞳でジュリアを見つめ言った。
ジュリアの瞳に自然と涙が滲み出てきた。
エルの瞳を見つめていると涙が溢れて止まらなくなった。
「あ・・・ごめんなさい・・」
ジュリアは必死に涙を拭った。
エルは優しい表情を浮かべながらふわりとジュリアを抱き締めた。
ジュリアはエルの胸の中で止まらない涙を流し続けた。
エルは何もかも包み込むように抱き締めた。
どれくらいの時間エルの胸で泣いただろう・・・・
いつしかジュリアは泣きつかれてエルの胸の中で眠りについていた。
その一時がどれほど幸福だったか・・・・