ひとつの灯り
放課後、いつも行く場所がある。
小さい頃よく遊んだ公園を抜けた先の高台だ。そこでは街全体が見渡せる。
私がそこへたどり着くと、四月の生暖かい湿ったような風が髪をなでた。
私はそこで、陽が落ちるまでの数十分間、一人で過ごす。何をするわけでもない、ただ赤く染まる街を見るだけ。
視界が広くなったような気がして、それだけで何も考えずにすむ。
私は目を閉じ、街の音だけ聞いていた。すると、すぐ後ろから自転車の鈴の音がした。
「奏衣?」
聞き覚えのある声。幼なじみの高城稜平だ。
「・・・稜ちゃん」
「久しぶりじゃん。何してるの、一人で」
「別に何も。ぼうっとしてただけ」
稜ちゃんは自転車から降り、こちらへ近付いた。
「変わってないな、奏は。お前、昔から一人でこういう所にぽつっといるのが好きだったよな」
無邪気な笑顔で言う。途端に、昔私の姉、雪姉と三人で遊んだことを思い出した。
「そこの公園でよく遊んだろ。雪と三人でさ。最初は三人で遊んでたのに、ふと気がつくと奏が少し離れた所で俺と雪を眺めてたもんな」
「・・・そうだっけ・・・」
確かにそうだった。あんまり楽しそうに雪姉と稜ちゃんが笑っているから、入りづらくて、ただ二人を眺めていた。
「稜ちゃん、高校楽しい?」
ふいに聞いてみたくなった。今、雪姉と稜ちゃんは同じ高校に通っている。稜ちゃんの顔が優しい表情に変わる。
「うん。楽しいよ。奏も来年受験だもんな。お前も俺らの高校に来なよ」
街がだんだん赤色に染まる。
「私は・・・高校に行かないかもしれない」
稜ちゃんの顔も夕日に当たって赤色になる。私は目を細めた。
「高校行かない?どうしたんだよ、奏。何かあったのか?」
「・・・・・」
心配そうに私の顔を覗きこむ。とうとう私は視線を反らしてしまった。
「なんか嫌なことでもあったのか?雪はなんも言ってなかったけどな」
「違うよ。そんなんじゃない。ただ私、大勢の人がいるとこって苦手だし。働いたりしたほうが少しはましかなぁって」
稜ちゃんの動きが止まった。もう春とはいえ、まだ寒い。少し身震いした。
「ホラ、さっき稜ちゃんも言ってたでしょ?私は一人でいるのが好きだったよなって。ホント、そうなんだよ。私は一人でいるのが性に合ってるみたいだから」
「馬鹿言うなよ」
稜ちゃんの声が大きくなった。今度は、私の動きが止まった。
「そんなんで高校行かないとか言うな。人と関わらないで生きていけるわけないだろ?どこ行ったって、そんな場所なんかない。どうしたって人と関わらなきゃいけないんだよ」
私の頭の中で、クラスの子たちが浮かんでいた。全て、私のことを馬鹿にして笑っている顔だ。
「・・・だって嫌だよ。他人と関わりたくなんかない。私のこと、普通じゃないって馬鹿にされるだけだもん。そんな人たちの中にいるぐらいなら、最初から一人でいる方がいいよ」
「奏・・・クラスの人たちとうまくいってないのか?」
「・・・・・」
稜ちゃんにだけは知られたくなかったのに。涙が溢れてきた。
「奏、お前はクラスの奴とか周りの人間が嫌いって思うかもしれないけど、多分、それは違うと思う」
「・・・・え?」
「奏が一番嫌いなのは、自分なんだよ。大勢の中にいるとさ、一番自分が見えてくるんだよな。奏はそれが嫌なんだ。一人でいたいって、そういうことだろ?」
「・・・・・」
さっきまでは、クラスの子たちの顔が浮かんでいたのに、急に思い出したのは、小さい頃の稜ちゃんと雪姉だった。
楽しそうに笑う顔。汗までが太陽の光に反射して眩しい程。
近付けば近づく程、距離を感じた。
だから、遠くから眺めていた。
「私は、雪姉と稜ちゃんがうらやましかった。明るくて、目に映るもの全てが楽しいことだって言ってるみたいで。でも、二人の中に入ろうとすればする程、自分の暗さが目につく気がした。だから、一人でいたかったの」
稜ちゃんの顔に、再び優しさがともる。まるで、稜ちゃんが太陽みたいだ。
「俺は奏のこと、好きだよ。でもそれは、一人でいる時の奏じゃなくて、時々俺に見せてくれる笑顔とか、そういうとこ。だから、そういう奏がだんだんいなくなるんじゃないかって、心配だった。他人とぶつかってはじめて自分が生まれるんだよ。他人と関わらないってことは、自分を殺すってことだ」
私は、自分を殺そうとしてた。他人と関わることを避けて。でも、ちゃんと見てくれる人がいたんだ、私にも。
稜ちゃんは手で自転車を押しはじめた。
私もそれについていく。
あたりは、もうすっかり暗くなっていたけれど、心地よい風が吹いていた。
街の灯りがいつもより輝いて見えた。
初めて投稿してみました。拙い文章ですが、何か感じでくれれば嬉しいです(o^-^o)