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06:再会

 仕事の依頼を受けてから一週間後、首都。約束した日時に合わせ、ロゼッタはミールから報酬である魔動人形を受け取るために訪れていた。

「――着きましたよ、ロゼッタさん。準備は整っていますから、早速始めますね」

 魔動人形協会の離れ。ロゼッタとミールの二人がその地下に向かう階段を下りきると、そこには広い空間があった。床に彫られた溝に水が流され、魔法陣が展開している。壁にも細工がしてあるようで、ぼんやりと放たれた白い光がこの場所を照らしている。魔法の光だ。

「うわぁ……」

 ロゼッタには壁に刻まれた魔法陣や床に彫られた魔法陣が一体何を目的として作られたものなのか理解できる。書物の中で見ることはあっても、実際に使用されているところを見るのは初めてだった。目を丸くして辺りをまじまじと観察する。

「できた人形を大事にすると、誓えますか?」

 部屋の中央に立つと、ミールはロゼッタに問いかける。他に人間はいない。

「誓いますわ」

 唾をごくりと飲み込んで、ロゼッタは答える。魔法陣の珍しさに気をとられて本来の目的を見失うところだったが、目的を思い出して緊張しだす。ロゼッタはどんな人形が生まれてきても、それがミールが作ってくれたものならばそれでよいと納得していた。

「わかりました。気に入ってくれることを期待していますよ」

 ミールは優しげな口調で言うと、両の瞳を閉じて精神を集中させる。

 壁に描かれた魔法陣が発する光が弱くなり、急に薄暗くなる。突然に巻き起こった風に、ロゼッタは自慢の長い髪を押さえた。肌がぴりぴりとするのはミールが放つ魔力の強さを示している。気を抜いているようには全く見えない様子に、ロゼッタは片手を胸に当てた。期待と不安が入り混じったような感覚。ミールが人形を作っているところを見たのは、今まで誰もいなかったのではなかったかとふと思う。これから目にすることは一生忘れることはないだろうと感じながら、ロゼッタはミールの様子を静かに窺った。

「――この世を創りし 神々よ 今ここに 我が力を持って 新しき器を用意されたまえ」

 呪文に呼応するかのように、ミールの足元にあった魔法陣から生きているかのごとく闇が動き出す。まるで無数の手がうごめいているかのようだ。ミールの髪が風で揺れている。闇の手は彼の髪をなで、そしておとなしくなった。

 ――闇がはじけた。

「……予想外のものが出てきましたね」

 ミールは苦笑する。闇が晴れて出てきた不恰好な生まれたての魔動人形を持ってロゼッタに近付くと、不思議そうな顔をしていた彼女の手にそれを載せた。

 ロゼッタの手のひらから伝わってくる小動物に触れているような肌触り。色は白と黒の二色のみだ。どちらかというと卵に近い形状の胴体に、鳥によく似た翼が生えている。嘴もついているから鳥に最も近いが、翼を持っているくせに指がはっきりしない手足を持っている。ぬいぐるみのそれにそっくりだ。

「観賞用、ですか?」

 指先で人形の頬を撫でると、気持ちの良い感触が伝わってくる。

「少なくとも、戦闘には不向きでしょうね」

 眠っているかのように目を閉じている人形をちらりと見て再び視線をミールに向ける。

「――私の技術なんてそんなものですよ。期待していたところ、申し訳ないのですが」

「えっと……そういう意味ではなくって……」

 ミールの台詞に、ロゼッタは戸惑う。全く予想もしていなかった姿に、頭が受け付けないでいるらしかった。ある種のショック症状である。

「あなたの身近にいたコッペリアが特殊なんですよ。彼はどんな種類の人形でも器用に作ってしまうから。同じコッペリアと言っても得手不得手があります。観賞用に長けている者、演芸用に長けている者、人型に慣れている者、動物型に慣れている者……本当に様々なんですよ。で、私が得意としている分野がその子です」

「……ミールさんって、意外と可愛い物好きなんですね。親近感が湧いてきますよ」

 ロゼッタは笑いながら視線を手のひらで眠る小さな人形に合わせる。

 愛嬌のある顔とはいえないように思えたが、一目見たら忘れられないような顔をしている。出てきたときには戸惑ったが、ロゼッタはその人形と契約したいと心から思っていた。

「これでも庶民派のつもりだったんですけど?」

 おどけて言うミール。そして顔を見合わせて、二人で笑う。

「――その人形を私が作ったってことは秘密にしておいて下さいね」

「えー、どうしましょう?」

「あなたは口外しませんよ、きっと」

 冗談っぽく答えたロゼッタに、ミールは自信たっぷりな様子で断言し、優しく微笑む。

 ロゼッタは笑うのをぴたりとやめた。心を読まれたと思ったからだ。

「何故、そう思うのです?」

 真面目な表情だが、口調はまだ冗談を含んでいるかのような軽い調子。動揺しているのを悟られないための演技だ。

「あなたの気持ちが、すでに私に傾いているから」

「……」

 うぬぼれたことを言わないでと返すことだってできたはずなのに、ロゼッタは呆気にとられて台詞が出てこない。これでは肯定しているのと同じだ。

「否定しないんですね」

 ミールは上機嫌な様子。

 ロゼッタは自分が真っ赤になっていることに気付く。

「からかわないでください」

 挑発されて出てきた台詞は声が上ずっていた。情けないとロゼッタは思う。視線を外してロゼッタは続ける。

「わ、わたしを落としたところで、良いことなんてありませんよ」

 墓穴を掘っているようだとロゼッタはますます反省する。舌を噛んでしまったのが痛い。

「そう決め付けないでください。私は私なりにあなたを認めているのですから」

 言って、ミールは寂しげに微笑みながら続ける。

「私がいるところまで上がってきてください。それまでずっと待っていますから」

 頭をそっと撫でると、ミールはやってきた階段に向かって歩き出す。

 ロゼッタは彼の台詞の意味を考えながらしばらく黙っていたが、気持ちが落ち着いてきたところでミールの後を追って歩き出す。受け取った人形はまだ手の中だ。

「そうそう。――あなたの研究の件、保留にしておきました。発表すると混乱を招きかねないと判断した結果です」

 階段を上りながら、誰も人がいないうちにミールは伝える。

「中途半端なことはしないで欲しかったのですが」

 ロゼッタは声の調子を抑えて言う。他人に聞かれたくはなかった。

「私に裁いて欲しいと思ったから直接渡しに来たのでしょう? ですが、そう簡単にはいきませんよ。個人の問題として片付けられませんから」

 口調はいたって真面目で、仕事のときのそれと全く同じだった。

「わかりました。――そういえば、魔動人形協会の新部門の状況はどうなっていますか?」

 ロゼッタは話題を変える。これを訊きたくてわざわざ首都に滞在していたといっても過言ではない。目的の一つだった。

「来年度から始動予定です。人材が集まっていないことが気がかりですが」

 ため息交じりのミールの台詞を聞いて、ロゼッタは彼のいる数段先まで一気に駆け上がる。そこで立ち止まるとミールを見つめた。

「わたし、始動日まで修行をします。ちゃんと仕事ができるように、気持ちに整理をつけておきます。だから……そのときは呼んで下さい」

 決意の固さが窺える表情。ロゼッタのその宣言に、ミールは驚いて足を止める。

「どんな心境の変化ですか?」

 声にも驚きが混じっている。ミールの表情は不思議そうだ。

「ローズ家の次期当主としてふさわしい力を身につけたいのです。わたしが納得する形で父様に認めて欲しいですし。――それに、あなたの力になりたい」

 ロゼッタの目はまっすぐで迷いがない。

 ミールはその目を見て嬉しそうな表情を作る。

「了解しました。あなたの席を用意してお待ちしております。ローズ家当主も喜ぶことでしょう」

 ミールの答えに、ロゼッタは晴れた表情を作る。とても心が穏やかだ。これからが大変だろうと予想されたが、出だしとしては申し分ない。

「はい。必ず役に立てるように頑張ります」

 ぺこりと頭を下げ、上げたときには次の階段に足を掛けていた。ここから新しい物語は動き出す――。


【了】


ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

この物語は第一回ルルルカップに投稿し、落選した作品です。

テーマは「恋と冒険は乙女のたしなみ」でした。

その雰囲気が少しでも出ていればなぁ、と思います。


他にもルルルカップに投稿した落選作品は公開していきますので、

興味のある方はよろしければご覧ください。

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