男とか女とかそういう問題ではない
さらっと読んでみてください。一読で意味がわかったあなたはすごい。作者も久しぶりに読んだら、意味がわからなかった(笑)
はい、そうです。
ええ、確かにあのときは死のうと想ってました。
いや、死ぬしかないと想ってました。
…だってそうでしょ?
何年一緒にいたと想ってるんですか?
あの4月7日から、7年経った8月9日まで、あの人と共に過ごした日々だったんですよ。
いえ、時間が問題ではないですね。
…うん、そうだ。
何十年一緒にいても、その日々が薄っぺらい倦怠期の夫婦のようなモンではなかったんですよ。
毎日が濃密で、甘く、辛く、発見があり、落胆があり、ときめきがあり、迷いがありました。
背中を向けて寝る日も、今考えると幸せだったと言えるんでしょう。
今じゃ、このベッドは大きすぎますしね。
寝返りがね、打てなかったんですよ。
寝相が悪い人でね、いつも私が端に追いやられて。
布団もね、全部持っていってしまうんですよ。
そうそう、毎日の食べるものでもよくケンカしました。
私は朝はパン党なんですよ。ええ、あの人はご飯党でしたね。
食卓にはいつもパンとご飯がありました。
それだけならいいんですよ。炭水化物同士ですしね。
問題はおかずです。
どうやって納豆でパンを食べろって言うんですかね?
…ま、いちごジャムでご飯も食べれないでしょうけど。
ケンカするほど仲がいいって言うんでしょうかね?雨降って地固まるかな?
仲直りした時はいつも手をつないで近所の居酒屋に行ったんですよ。
ちょっと汚い店なんですが、いいつまみが置いてあるんですよ。
特に、あの人は角煮が好きでしたね。ちびちびやりながら、ずーっと角煮。
そこの角煮がまたおいしいんですよ。しっかりとからしがのかったのが出てきてね…
…っと、お腹空いて来ちゃいましたね?角煮、ありますよ。
私は食べますよ。どうです?
いやいや、遠慮なさらないで。
…けっこうおいしいでしょ?自家製なんですよ。
作り方にコツがあってね。
…えっ?そういう話はいい?
わかりました。で、何の話でしたっけ?
…ああ、そうだ。死のうと想った話ですね。
確かにあのとき、死のうと想いました。
もうこの世にいてもしょうがないかなって。
睡眠薬って何粒くらい呑めば死ねるか知ってます?
よくハルシオンと呑むとか言うじゃないですか?
…私、詳しくなかったんですよ。
昔出た、「完全自殺マニュアル」とか読んでおけばよかったですね。
けど、痛いのはいやだったんですよ。包丁とかね。
だから悩みましたよ。人に迷惑をかけるのもいやだったんで。
だってそうでしょう?不動産屋さんも、自分の物件に死体があったらいやでしょう?
かといって、公共の場で死ぬのもいやでしたし。
…なんでそこまで思い詰めたかったって?
いや、だから、辛かったんですよ。
自分の身体が半分になる感じがして。生活の一部どころか、大半を占めていましたから。
知ってます?胎児って、胎盤を自分で作るんですよ。
細胞分裂をして、胎盤を作り、へその緒をつなげて自分の命を維持するんです。
だから、子どもはお母さんと同じ身体だったんですよ。
へその緒を切るって事は、身体を二つに分けること。
例えるならそんな感じです。自分の身体をまっぷたつにされた感じ。
それは、死のうと想って当然じゃないですか。
…ええ、でも、いざって時に想ったんです。
「私が死んだら、半分のあの人はどうするんだろう?」
だって、そうですよね。半分になった私がいるって事は、半分になった相手もいるんですよね。
じゃあ、困るじゃないですか。あの人も。
だから、死なないことにしたんです。
ええ、生きるってすばらしいですよね。
寝て、起きて、ご飯を食べて、美しいモノを見て。
ええ、半分だったときは、それも真っ黒でしたけどね。
何を食べても味はしないし、何を見ても感動しないんですよ。
不思議なモノですね。
…ええ、今は半分じゃないです。
大体、半分食べたので、0.75ってとこですかね?
だんだん世界が輝きだしたんです。今まで黒かったモノが、色めきだしたんです。
全部食べたら、もっともっと楽しい人生が送れると想いますよ。
全部食べて、早く1になりたいんですよ。
…あぁ、そうだ。さっきあなた食べちゃいましたよね?
角煮。
…あ、だめですよ。私、1になれないじゃないですか?
今なら、まだ、胃にありますよね。
返してください。
あ、でも消化された分は…
全部食べちゃえばいいのか。
んじゃ、うんこも食わなきゃなんねーじゃん!というツッコミに対しては、「んじゃ、食べてる!」と胸を張って言いたいと思います。
…だめだこりゃ。