その65 「Notturno capriccioso」
「――――あれから何年経ったのだろうな」
俺はベットの上でボンヤリと天井を眺めながら独り言つ。
第四神を倒し、あの世界を脱出してから幾星霜。
俺はパフェとアザトースと共に第二神の名を受け継ぎ、今でも終焉神との戦いに明け暮れる日々だ。
終焉神は『世界』数だけ転生を果たすことが出来る。
結局のところ俺達は第四神の残機をひとつ減らしただけに過ぎず、また厄介な終焉神も他にまだまだ居ることを知った。
平和とは程遠く、俺が求めた安息の日々は今はない。
それでも俺は今の日々を選んだことを後悔していない。
一人にしないと約束したのだから。
どれだけ辛いことがあっても、その痛みを抱いて歩いて行くと決めたから。
――姉貴、天羽、先輩。
今となっては遠い記憶だ。
けれど何時までたっても色褪せることはない。
みんなみんな俺と同じ時間を生きていた。
何年経とうと俺が彼女らと一緒に居た瞬間は消えはしない。
掛け替えのない思い出として、今もこの胸に残り続けている。
「とっとと起きて下さりやがれませ」
突然丁寧なのか乱暴なのか、判断がつかない声が掛かる。
見るとベッドの脇に作り物のような無機質な眼をしたメイドが立っていた。
「あぁ、もうそんな時間か」
俺は体を起こすと、ベッドから立ち上がる。
今日は第一神との会談があるんだった。
俺はメイドが持ってきた服に袖を通すと、支度を始める。
「くれぐれもパフェ様に恥をかかさぬよう、お願い申し上げます。―――まあ、貴方如きではそれも難しかろうとは思いますが」
「――その毒舌は何とかならないのか?」
その際中、澄ました顔で毒を吐いてくるメイドに、俺はため息をつく。
こいつは事あるごとに俺に難癖をつけてくる。
どうやら俺がパフェの隣にいるのが気に入らないらしい。
なんでコイツを俺付きのメイドにしたのか、パフェの行動には未だに理解に苦しむ。
「コレは失礼、つい事実を口にしてしまいました。ご容赦くださいませ」
「………………」
俺は解毒を諦め、部屋を出る。
それに付き添い、メイドも三歩後ろをついてくる。
しかしまあ、毒はいつものことだし、こんな奴でも俺は嫌いにはなれなかった。
どことなく天羽に似ているせいだろうか。
――あっちと違いこっちは腹の底まで黒そうだが。
表情には出さず、俺は心の奥で苦笑する。
「何か仰いやがりましたか?」
そんな俺のモノローグを読むようにメイドが声をかけてくる。
こう言う所までアイツとそっくりだ。
「……なにか聞こえたのか?」
「なにか仰りたい気配を察して申し上げたまでです。貴方の言うことであれば一語一句記憶に刻みますので、どうぞ吐露しやがってくださいませ。“私は”気にしません」
『私は』を僅かに強調して言うメイド。
どうせ俺が失言すればすぐパフェに報告するつもりなのだろう。
「……………はぁ」
俺はため息をつく。
――前言撤回しよう。
やっぱり嫌いだコイツ。
「―――主様っ!! ここにいたかっ!!」
そんな遣り取りをしていると、急にパフェが出てくる。
因みにだが、あれから研鑽を積んだおかげで今ではパフェとの影の距離も、大陸を跨いでも大丈夫なようになっている。
だから今はある程度は別々に行動しているわけだ。
「そんなに慌ててどうした?」
「どうしたもこうしたも、第一神がもう来ておる。さあ、行くぞ」
パフェが俺の手を取り、走りだす。
「おい、おい、そこまで急がなくても……」
「いいのじゃ、今日も第一神に吾らがラブラブな所を魅せつけてやろう」
半ば引きづられる形で俺はかけ出す。
あれから何年も経つのに、俺の鋼の両足と左手は未だ健在だ。
パフェはコレを見る度に型式が古いから変えろというが、そうはいかない。
コレはもう俺の一部なのだ。
古くなったから、便利だからと変える訳にはいかない。
例え壊れようとも、俺はこいつを一生使い続けるだろう。
それが命をくれた彼女に対する俺の精一杯のお礼だ。
「――――それと」
俺を引きずっていたパフェは突然立ち止まると、音もなく追従していたメイドへ振り返る。
「好きなのはわかるが、主様にちょっかい出すのは程々にせよ。吾の影とは言え、おいたが過ぎると吾も看過せんぞ」
パフェの言葉を受け、メイドがほんの僅か硬直したように見えた。
だが次の瞬間からは何事もなかったかのように、メイドは無表情のまま口を開く。
「―――お戯れを。私はただ心配で……」
「ほう、では吾の『世界』から吾の力を最も色濃く受け継いで生まれたお前が、吾とは別の嗜好と申すのか」
そんなメイドをじわじわ嬲るように、問い詰めていくパフェ。
「…………………これ以上の詰問はお許し下さい。立場は弁えておりますから」
無表情のままお辞儀をするメイドに、パフェは意地の悪い笑みを浮かべる。
こういう所はアザトースそっくりだと思う。
アザトースは今も俺の腕の中で眠りについている。
と言ってもずっと眠っているわけではなく、気が向けば起きてくるという形でだ。
起きる度にパフェとひと騒ぎを起こすので、俺としてはパフェが居ない時に出てきてほしいと最近は思っている。
――まあ、それも汲み取られることはないのだが。
「それくらいにしておいてやったらどうだ?」
真偽は一先ず於いておいて、メイドが可哀想なので俺は助け舟を出す。
それに第一神を待たせている以上、あまり時間を食うわけにもいかない。
「まあそうじゃの、浮気されたわけでもないしの。じゃが、一応釘はさしておかんとな。なにせ吾の娘じゃ、急に拉致監禁などされてはかなわぬしの」
どんな娘だ、と思いながらも俺は聞き流す。
ここで突っ込んだらまた話が長引くからだ。
未だ頭を下げ続けているメイドを背に、俺達は歩き出す。
「安心しろ、俺はお前を一人にはしない。約束、破ってないだろ?」
角を曲がり、メイドが見えなくなってから俺は口を開いた。
そんな俺の言葉を聞き、パフェは再び笑う。
「そこは心配しとらん。じゃが長い旅路じゃ、少しぐらいの決裂も愛を育むファクターになる。―――――この意味分かるかの?」
パフェの言葉で俺は合点がいく。
通りでパフェの懐刀だったあのメイドを俺の専属に変えるわけだ。
初めからその為に準備していたわけだ。
「要するに娘を噛ませ犬にするつもりなのかお前は。―――鬼だな」
「愛しの主様を少し分けてやるのじゃ、そのくらいは当然じゃろう?」
「そううまく行くとは思わないがな、いろいろな意味で」
「それはそれで構わぬ、吾ら二人で歩むことに意味があるのじゃから、辛苦も甘んじて受けよう」
晴れやかな天気のような笑顔、という訳ではないが、俺達は笑い合う。
きっとパフェの言うとおり、これからもずっと一緒に歩いて行くのだろう。
長い長い旅路。
願わくば果てが同じ一つであるように。
Demise ~終焉物語~第二章『Notturno capriccioso』如何だったでしょうか? 第二章はこれで終わりです。色々と納得の行かないことも多いと思いますが、これも架音とパフェの掴みとった結果の一つです。少しでも祝福してくれれば幸いです。ここまでご愛読ありがとうございました。
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