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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
69/72

その62 「破界」

 戦場は刻一刻と熾烈さを極めていく。

 第四神の振るう神鎗の力が際限なしに跳ね上がっているせいだ。

 対する第二神パフェは喰らいつくどころか、徐々に弱体化していっていた。

 戦いとは名ばかりのもので、初めからこの戦いは第四神に依る異物の処刑場に他ならない。

 第二神の特性上タダでは死なないから、その処刑時間が引き伸ばされているだけ。

 だが、その屠殺ショーも徐々に終わりが見え始めてきていた。

「本当に何処迄も生き汚いな。見ているだけで反吐が出る」

 何度目の全身再生であろうか。

『世界』から再生するパフェを見ながら第四神が吐き捨てた。

 その再生速度も当初より遥かに衰えており、また完全に蘇生され切れなくなっている。

 誰の目から見ても、もう限界なのだ。

 大海全てをその身に従えようとも、太陽が僅かに近づくだけで蒸発するように。

 とてつもない総量を誇るパフェの心象世界も、それを遥かに上回る第四神の攻撃に晒され続ければ、何れ底は見えるというもの。

「何度……も言わせ、るな、死ぬ気……でやって、おるのじゃ。当たり、前じゃろ……」

 傷だらけの極夜刀を支えに、パフェは再び立ち上がる。

 最早気力しか残っては居ないのだろう。

 パフェは振るうべき武器を杖代わりにして、立っているのが精一杯だった。

「塵芥の事など元より理解できないが、これほど理解し難い塵芥も珍しい」

 侮蔑と嫌悪を表情に滲ませながら、第四神は物珍しそうに眼を細めた。

 逆転の手があるというのであれば初めに出すべきなのだ。

 第四神の力は戦闘開始から衰えるどころか上昇している。

 それに引き換えパフェの力は最早、『世界』を広げている神とは思えないほど衰えてきている。

 不意をつくにしても、今のパフェの力ではさしたる効果も望めはしない。

 ならば何かを待っているとでも言うのか?

 それこそ愚策というしか無いだろう。

 この“果てしなく続く”灰色の『世界』を前に、一体何を待とうというのだろう。

 故に第四神には今のパフェの行動が摩訶不思議で仕方なかった。

「くっく、貴様……に、何か、を理解っ……する、と言う気が、あった……ほうが、吾に、は意外……じゃ」

 ボロ雑巾となりながらも、パフェは不敵に笑う。

 勝ち目など全く見えないはずなのに、その目から闘志が失われることはない。

 全て悟った上での自殺行為?

 いいや違う。

 この眼は本当に勝ちの目だけを見続けている眼だ。

 奇跡ではなく確かな光明として一筋の道を目指し続けている。

「―――――――」

 そう認識したからこそ、第四神は目の色を変えた。

 “塵芥”から“敵”へと。

 立つだけで精一杯のパフェを前に、第四神の神気は最高潮に高まっていく。

 疑いようもなく次が第四神の本気の攻撃。

 塵芥と言う程度の低い見積ではなく、神として、敵として討ち滅ぼすための一撃。

 ある意味第四神は今初めて、戦場に立ったとも言える。

「っ―――」

 その光景を前にパフェは薄く笑うのみ。

『殲滅し、破界せよ』

 第四神が纏う灰色のコートから幾つもの帯が伸びて、その手にある槍に連結されていく。

『世界』のバックアップを受け、『業』の燃料ほのおを注ぎ、『罪』をもって裁断す。

『絶対』の法則の下で、執行官自らその槍を振りかぶる。

 その威力の凄まじさを思い知らせるかのように、『世界』全てが激しく振動する。

 果てしなく続く灰色の世界の全てを足しても尚、圧倒する力が一本の槍へと収束する。

 回避など出来るはずがない。

 それは世界へと叩きつける一撃。

『世界』全てを攻撃できるというのに何処に回避しようというのだ。

 防御など出来るはずがない。

 それは世界を“破界”する一撃。

 防御諸共全て、等しく破壊し尽くす。

 故にこの一撃に対する正解は、同じ対界攻撃しかありえない。

 そして今のパフェにとってはそれすらも無意味だ。

 極限まで引き絞られた弓の弦の様に、第四神はその槍を振るうための構えが終わる。

「痕跡残らず消え去れ」

 裁断者の判決により、罪科の凶刃は振り下ろされた。


 †


 ――吾は一体いつからこの世に存在するのだろう。

 そう、ふと自問自答する時がある。

 知識はある。

 記憶もある。

 ただ自分が自分であると認識した瞬間だけがない。

 ひどく矛盾する、おかしな話だ。

 自分の生まれた瞬間を知っている。

 自分の学んだ全てを知っている。

 だが、吾が吾であるという自己を確立した瞬間だけがない。

 まるで何かの創作キャラクターのように。

 ――いや事実、創作キャラクターなのだったな。

 吾は主様の心象世界で初めて出会った、もう一人のわたしの事を思い出す。

 自分とそっくりで、けれども決定的に違うわたし

 吾はわたしにより生み出された。

 あちらがオリジナルであり、こちらはオリジナルより生み出されたキャラクター。

 その事に異議を唱えるつもりも、疑うつもりもない。

 オリジナルだろうが、キャラクターだろうが、吾は吾でしか無いのだから。

 しかし、別に疑うべきところが一つある。

『吾は一体いつからこの世に存在するのだろう』。

 もっと分かりやすく言うと『吾は一体いつキャラクターとして創られたのだろう』と言うことだ。

 自分が自分であるという瞬間がない以上、数日前でも吾は誕生し得る。

 では、吾の意見は本当に吾のものなのだろうか?

 もっと言えば、吾はその意見を言わせるために生まれたのではないだろうか?

 自分でも突拍子もない事だとはわかっている。

 だが、一つ。

 一つだけどうしても確かめなければならなかったのだ。

 どうして吾は主様を好きになったのか、と言う事。

 本当に吾は主様を好きだったのだろうか。

 契約なしの吾を死の一歩手前まで追い込めたとして、本当にそんな事くらいで好きになるのだろうか。

 吾を殺すだけなら第四神や第六神でも十分可能だろう。

 何故主様でなければいけなかったのか。

 そこに吾の意志があったのかどうか。

 それを違えてしまえば、この戦いの意義其の物を見失ってしまう。

 吾は主様との出会い、その後を想起する。

 ――あぁ、自分でももう解っている。

 自分がどのような設定キャラクターなのか。

 “恋に恋する旧神おとめ”差し詰めそんな所だろう。

 初めて目にする殺戮者いせいに心を奪われ、惚れる。

 それが自分にとって特別であるがゆえに。

 だけどそれは主様だから惚れたわけではなく、ただ自分の理想に合致する異性とくべつだから惚れただけ。

 いや、本当は惚れてすらいないのかもしれない。

 何事にも揺らがず動じず。

 表面上だけ取り繕う恋愛など、果たして恋愛と呼べるべきものだろうか。

 吾はずっとそれを考えてきた。

 吾は本当に主様を好きだったのか、愛していたのかどうか。

 ただ、定められた設定通りに、恋愛ごっこを楽しみたかっただけではないかどうか。

 ―――だから……。

 吾の意識が浮上する。

 体の感覚は痛みを超越し、最早無い。

 瞼を開くことすら億劫な状態で、辺りを見渡す。

 辺りは一面灰色の世界へ変わり果てており、吾の周りに残った僅かな漆黒の世界も灰色の虚無へと浄化されていっていた。

「…………………」

 次に吾は己の体に目を向ける。

 体は両手と胸から下はなくなっていた。

 先ほどの一撃は、生き延びれただけでも奇跡の一撃。

 まだ残っている部位があるだけ御の字というもの。

 その奇跡を生むために費やした力のことを考えると、再生出来る余力など残っているはずがない。

「まだ生きているのか」

 頭上から第四神の声が聴こえる。

 どうやら直ぐ側に居るようだ。

 ――終わりの時は近い。

 吾はそう確信する。

 後数秒足らずで吾は消え去るだろう。

「………………」

 第四神は無言のまま、足を振り上げる。

 最後まで吾を塵芥のように処分しようというのか。

 まあ、それもいいじゃろう。

 吾は塵芥として消えよう。

 ――――だが。

「―――――――ッ!!!!」

 第四神の足が振り落とされる。

 吾の胸の上で白い満月の首飾りが輝き、揺れる。

 ――だから確かめようと思った。

 わたしから切り離されることで、吾の意思をしっかりと確認したかった。

 ――恋に恋する乙女?

 ――恋愛ごっこ?

 ――好きだったかどうか、愛しているかどうかわからない?

 “そんな事はない”。

 なぜなら今。

 命の燈火が消えようとしている今、この瞬間。

 この瞬間、それでも吾は主様の事を好きで愛していると言えるのだから。

 今こそ世界に、高らかに宣言できる。

 “主様のことを愛している”と。

 吾が消えようともこの思いは潰えたりしない。

 今もこの胸に、永遠に燃え続けている。

 主様から“初めて貰ったもの”と共に。

 ――そうじゃ、吾は独りではない。

 主様からもらった力が、思いが、愛が、ここに確かにある。

 目を見開き、敵を見据える。

 今こそ待ちに待った唯一の勝機。

「さあ、吾の最も大事なものをやろう。とくと受け取るがいい。――――――これが吾のとっておきじゃ!!」


 †


 第四神の足が踏み降ろされるその瞬間。

 パフェの胸部で異変が起きる。

「ッ!?」

 第四神の表情が驚愕で歪む。

 目の前の存在に力など残っていないことは一目瞭然。

 捨て置いても確実に死ぬだけのダメージを受けている。

 反撃などあろうはずもないし、仮にあったとしても無敵に近い第四神の武装コートを打ち砕くことなど不可能だろう。

 だと言うのに第四神は足をほんの一瞬止めてしまう。

 それは未知なる物への警戒と、ソレがあまりにも異様だったからの結果だ。

 パフェは今にも死にそうな顔をしながら、眼だけは恍惚の表情で己の胸部を見ていた。

 第四神が何もしていないのにもかかわらず、パフェの胸部は既に裂けている。

 そしてそこから純白の何かが突き出されるように出現していた。

「何だこれは……?」

 第四神にとって初めて見るソレは、異様としか言いようがなかった。

 なぜならソレは既に死んでいる。

 気配も脅威も全く感じない。

 感じるのは唯一つ。

 白の祝福。

 ソレは純白の色に愛や希望や友情、救いを載せ、全てのものを祝福していた。

 だからだろうか。

 第四神はここへ来て初めて、己の世界以外のモノに『塵芥』以外の感慨を浮かべることとなる。

 その感慨こそが第四神を一瞬止めたものの正体。

 そしてその一瞬が明暗を分けた。

 振り下ろすはずだった足を一瞬止めたことにより、純白のソレが先に第四神の体へと触れる。

「っ?!」

 ソレが第四神の体に触れた瞬間、絶対無敵を誇った武装コートがまるで何処かへ飛ばされたかのように消失する。

 何でもない握手をかわすかのように、ソレは第四神のコートを掻き消していく。

 異変はそれだけではない。

『――――――――』

 灰色の『世界』が、主の手を離れ、白へと溶け始める。

 拮抗も、防御も、ソレを前に意味を持たない。

 何故ならソレは本来“死者を掴むための腕”なのだから。

『取りこぼしても抱きしめていたい』『それは至高だから離したくない』

 本人すら認めてはいないだろうが、ソレは人間、輪廻架音が心の奥底で抱き続けた真の精神こころ

 故にソレに掴まれたものは“死者”となる。

 聞くものが馬鹿馬鹿しくなるほどの矛盾した条理の逆転。

 しかし、それを実現させるのが概念心具という武装であり、システムである。

 だが、如何に強力なルールぶきを発現させたところで、相手はその最高峰の『世界』とそれを統べる王。

 それが通る道理はない。

『世界』を倒せるのは『世界』でしか無いのだから、逆説的に純白のソレは今、『世界』であるといえる。

「主様が吾の力を使えるというのならば、その逆も然りじゃ」

 パフェは架音の左手を第四神に押し付けながら笑う。

 何故純白のソレが第三契約状態である第四神にダメージを負わすことが出来るのか。

 それは同じく第三契約状態のパフェが使っているからに他ならない。

 だが、それだけでこんな出力が生まれるのだろうか?

 急速に力を失いつつも、第四神の脳内に疑問が浮かぶ。

「いや…………そういう事か!」

 第四神は純白のソレと、パフェを見比べて瞬時に理解する。

 ――コレは命を吸い上げ起動しているのだ、と。

 ダメージを受けて行っているのは第四神だけではない。

 同様にパフェもまた、残りの生命をソレに吸い上げられていっている。

 パフェは今まで無策で、ただ黙って第四神の攻撃を受け続けてきたわけではない。

 第三契約の己を糧に、架音の左手を強化していたのだ。

 たった一度、この機会のために。

 己の命まで捨てて。

 第四神は何故自分がこの薄汚い塵芥を『敵』として認識しようとしたのか、今はっきりと理解する。

 ――あぁ認めよう、コレは自分を脅かせるだけの存在だ。

「――――ッッッ!!!!!!」

 さながらブラックホールのように純白のソレに、第四神の『世界』とマナが吸収されていく。

 死者を掴む手に掴まれた第四神は、その力を最前線で受け止めることになる。

 その手に触れるコートから肉体から、次々と死へ塗り変えられ始める。

「――だが此方とて同じ位階である『世界』。抗せぬ道理はない!!」

 裂帛の気合と共に第四神の神気が弾ける。

「くっ」

 その神気を浴びながらパフェは顔を歪める。

 如何に純白のソレが強力であろうとも、抗することは出来る。

 現にソレは第四神の世界の影響を受け、崩壊を始めている。

「………………ッ!!」

 全身から命を吸い取られながらも第四神は確固たる手つきで槍を構える。

 自らの手でソレを破壊しようというのだ。

『諸共砕け散れ』

 命令を受けた槍が、その命を果たそうとソレ目掛け突撃する。

 先ほどの一撃ほどの威力ではないが、それでも今のパフェを何十と鏖殺できる程の威力の神鎗が煌めいた。

『――――――――』

 ガラスが砕けるような音と共に、純白のソレにひびが入る。

 だが―――。

「っ――――」

 第四神の口端から血が零れ出る。

 攻撃したはずの槍は、ひびを入れるだけでソレに吸い込まれ消えた。

 純白のソレに防御能力など無い。

 故にソレはケタ違いの攻撃能力の差に依ってもたらされた結末だ。

 攻撃は最大の防御。

 純白のソレは、まさにその言葉を体現したかのような在り方であった。

「くっく、やはり命令が不履行になると、その分のチップが跳ね返ってくるようじゃな」

 顔半分を架音の左手に取り込まれながらも、パフェは愉快そうに第四神を嘲笑った。

 あと少しで己が取り込まれ消えるというのに、その表情に迷いなど一切ない。

 それどころか相も変わらず恍惚とした表情を浮かべ続けている。

 純白のソレの強さを一番知っているのは、他でもない食らったパフェだ。

「――――――っ」

 体の半分が引き釣り込まれかけながら、第四神はソレの異常性に眼を見張っていた。

 第四神の攻撃を受け、ひびまで入ったというのにソレの威力は一向に衰える気配がない。

 ――いや、それどころか寧ろ増している。

 第二神と第四神の力を吸収しているから?

「――いや、違うな」

 第四神は即座に否定する。

『逆転の手があるならば初めに出すべき』

 第四神の考え方は今も変わっていない。

 こんな手があるのであれば最初に出すべきだったのだ。

 ならば何故第二神は出さなかった?

 そこに疑問を覚えれば導き出される答えは一つ。

 第二神は初めから出さなかったのではない。

 第二神は初めからは出せなかったのだ。

「………………」

 第四神が考察しているさなか、パフェはソレの現状を把握しきっていた。

 世界に依る干渉と先ほどの一撃。

 間違いなくソレは壊れていっていた。

 ソレに防御というものはないのだから。

 それに加えて使用者であるパフェも、吸収とダメージでもう長くはなかった。

 しかし、それに比例するかのようにソレの輝きは一秒一秒、強く、より強く輝きを増している。

 まるでたからに近づいていく事の歓喜を表すかのように。

 パフェは僅か数週間ではあるが、その身にソレを宿し続けてその性質を理解していた。

 ソレは使用者が死に近づけば近づくほど威力が跳ね上がるものだと。

 だからパフェは初めからは出せなかったのだ。

 己が死にかけなければ先にソレが壊れると理解していたから。

 だから瀕死に瀕死を重ねた絶体絶命の状況。

 その状況が来るまでソレに己を食わせ耐え続けていたのだ。

 そして今、死のほんの一時前のこの時。

 第四神すら圧倒する力を造り出すことに成功したのだ。

「なるほど、お前が事切れるのが先か」

「――貴様が吸い尽くされるのが先か」

 互いに口元に笑みを浮かべながら、視線が交差する。

「消えろ―――」「消えよ―――」

 お互いに幾ばくも余裕はない。

「「勝つのは――――」」

 これが最後だと信じて。

「―――俺だ」

「―――吾らじゃ」

『世界』に衝撃が響き渡った。

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