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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
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その61 「絶対なる世界の主」

 世界を見下ろす巨人が崩れ落ちる。

「はぁっ………はぁっ………っ!!」

 吾は極夜刀を杖代わりに地面に突き立て、肩で息をする。

 漸く“四体目”を排除したところだ。

 残る巨人は二体。

 そして―――。

「どうした? これでおしまいか?」

 未だ毛ほどもダメージを負っていない第四神のみ。

 此方は疲労が極限に達し、マナの底が見え始めていると言うのに。

 第四神と睨み合い、奪いとった世界は今や奪い取られる側へと変わっていた。

 たかが“防衛機構”4つを潰す間に趨勢は最早決したと言っていいだろう。

 指先の爪4つが、その本体より強いことなど無いのだから。

 力量差は圧倒的といえるこの状況。

 それでも吾は笑う。

「初めから敵わぬことくらい、理解しておるわ。それでも挑んでおるのじゃ、終わりな訳あるまい」

 吾は己を叱咤し、体を奮い立たせる。

 力量差など初めから百も承知。

 己の死を享受し、死んでも相手を殺す覚悟で挑んでいるのだ。

 魂の一遍が燃え尽きるまで……いや、魂の一遍が燃え尽きようとも止まる訳にはいかない。

 ――主様に“死ねて幸せ”だと思わせないためにも。

『月蝕牙―――奈落落とし』

 吾は極夜刀を第四神目掛け振り下ろす。

 最早上下の区別でしか無い概念となってしまったが、天と地が逆転し空から大陸ほどの漆黒の大地が落下する。

 攻撃しながら吾は主様の事を思い浮かべていた。

 ――主様は何時でも死を見ていた。

 自分では全くそんなことに気づいていないじゃろうが、その眼はずっと死を見ていた。

『失いたくない』『宝物だ』『この腕で護りぬく』

 何だかんだと言いながらその眼はずっと壊れた残骸(宝物)を見ていた。

 吾ら神に比べればその失ったものは無いに等しいくらい少ないじゃろう。

 それでもその亡骸に対する思いは吾よりも重かった。

 どこまでも苛烈でどこまでも清廉な思い。

 最早残骸でしか無いのに、それは至高であったと断じてやまないのだ。

 それが残骸であると知りながら。

 主様の抱える最大の矛盾。

 それは壊れたら戻らないと知っているのに壊れたものばかりを見て、腕の中の宝物を見ようとしていない所。

 “大切だから、宝物だから失いたくない”ではなく、“失ったものが何よりも至高だったから”今あるものを失いたくない。

 本当の価値は無くさなければ見えはしないものだから。

 それ故に主様は宝物を失ない、それをその腕に取り戻そうとした時に最大限に力を発揮する。

 取り戻せないと知っているのに、だ。

 吾の脳裏にあの殺戮の魔神の姿が思い浮かぶ。

 アレが主様にとって最も力を発揮できる状態なのが皮肉以外の何であろうか。

 それはなんとも歪な形。

 何かを奪われまいと願っているのに、奪われなければ力を発揮できないのだ。

 だからその眼は何時でも死を写す。

 そちらにあるものが主様にとって価値のあるものだから。

 主様の心象世界でみた宝物の残骸がその証拠じゃ。

 真っ当な精神の持ち主は壊れた宝物を心象世界に置いたりはしない。

 何故なら思い出の存在であるそれを壊す必要など全くないからだ。

 過去は過去、現在は現在。

 心象世界は時の流れを無視して思い出を蓄積していく。

 本人が壊そうとしなければ輝かしい思い出が陳列されるはずなのじゃ。

 だと言うのに主様の心象世界は、壊れた宝物ばかりを刻み続ける。

 まるでそれが正しいと言うように。

 思えば主様は初めから死地に飛び込もうとしていた。

 当然じゃろう、価値ある宝物(死者)を取り戻すためには、“そうするより他がない”のだから。

 ――だからもう主様に戦わせるわけには行かないのだ。

 良くも悪くも主様は死に近すぎるのじゃから。

「ならば塵芥らしく無残に消えろ」

 第四神の声で、吾の意識は戦場へと戻る。

 目の前の景色は漆黒の大地が今、第四神を飲み込まんとしているところだった。

「………………」

 第四神はそれを、埃でも払うかのように軽く手を払うだけで弾き飛ばした。

「っ?!」

 第四神の行動にだけに驚いてはいられない。

 槍を持つ二体の巨人は漆黒の大陸など意に介さず、こちらへ突っ込んできている。

 それを見て吾は、迎撃するため極夜刀を居合のように構えた。

『―――――月染ノ太刀・不知夜』

 刃から放たれた黒い斬撃が巨人の一体を両断する。

「―――――」

 しかし、両断されても巨人は止まらない。

 真っ二つにされ、消滅しながらもその槍の標準をこちらへ向け、振り抜く。

 これは機構であって、生物ではない。

 攻撃できる部分さえ残っていればなんの弊害もないのだろう。

「――くっ!!」

 大陸のような大きさの、二本の巨大な槍が吾の体と『世界』を貫いていく。

 防御など意味は無いと疾うに学習している。

 回避も無駄であり、大人しく喰らい、その分のマナを再生に当てた方がマシであるのだ。

「こっの―――っ!!!」

 槍に突き刺されたまま、吾は極夜刀をもう一体の巨人に投げつけた。

『月蝕花―――――黒姫』

 極夜刀が突き刺さった場所から地獄の花が咲く。

 刃を根の代わりにして対象をどこまでも吸い上げ、咲き誇る。

 みるみる巨大になっていく花と、萎れていく巨人を尻目に、吾は視線を眼前の敵へと戻した。

「次は……、貴様、じゃ……」

 吾は体の大半を弾き飛ばした槍を押しのけながら第四神を睨む。

 体の再生自体は問題ないが、総量の差が圧倒的すぎる。

『世界』と『世界』のぶつかり合いは、波と波のぶつかり合いに近い。

 神格の強さ、概念心具の精度も勿論あるが、袂を分ける要因なのは総量である。

 世界の量が多いということは即ち、攻撃範囲がそれだけ広いことを意味するからだ。

 世界の器と言う最大容量が決まっている以上、どれだけその器を満たせているかが総量を決定する。

 それで言うのであれば今、第四神は器の95%以上を満たす量の世界を展開させていた。

 残る領域全てを吾が支配したとしても、『世界』同士のぶつかり合いの決着は火を見るより明らか。

 つまり、吾ではどうやっても第四神の『世界』を器から押し出す事は不可能なのだ。

 ――ならば取れる手段はひとつ。

「………………」

 吾は無言で極夜刀を手元に戻し、構える。

 ――第四神本体を、ここで討つ。

 今も尚、押し合い、混ざり合う灰と黒の『世界』。

 その境界を見つめながら第四神は神気を更に開放させる。

「お前のような塵芥は俺の世界にも、この世全てに必要ない。目障りだ、いい加減消え失せろ」

 絶対なる世界の主が、片手に錨のような槍を出現させる。

 その槍から放たれる力は、先ほどの巨人と比べ2つ以上次元が違う。

 世界を塗り変え、第三契約により全ての呪縛から解き放たれた今の状態こそ、真の終焉神の全力である。

『破砕し、消し飛ばせ』

 第四神が命令を槍へと伝える。

 その瞬間、槍が鳴動し吾へと標準が向けられる。

『―――――月染ノ太刀・不知夜』

 吾はそれを弾き返そうと再び極死の斬撃を放つ。

 だが第四神はそれを払うどころか、見向きもしなかった。

「これは……っ?!」

 吾はほぼ反射的に後ろへ飛んだ。

 まだ相手の攻撃が放たれても居ないというのに、戦神としての本能が回避を選ばせた。

 そして吾は、その選択が正しいことをすぐに理解することになる。

「………………」

 第四神は槍を構えたまま不動。

 放たれた斬撃は、そのまま槍先へとぶつかる。

「――なっ?!」

 吾が技として繰り出した斬撃は、槍先に触れ雲の如く霧消する。

 相殺どころか、初めからそれは吾の眼にだけ映る幻のように消え失せた。

「消えろ」

 そして、何事もなかったかのように絶死の槍が第四神の手から放たれた。

「――――ッ!!!!!!!!!」

 掠ってすら居ないのに吾の体が弾け飛び、消える。

 槍の通る道、その周り全てが『絶対なる世界』へと塗り変えられ、“破砕し、消し飛ぶ”。

 何故ならその様に『世界』から保証されているから。

「ま、まだ……」

 弾け飛びながらも辺りの漆黒をかき集め、吾は再生し始める。

「しつこい塵芥だ」

 だが、完全に再生し終える前に吾の体は再び消滅し、僅かな破片が辺りに飛び散る。

 その存在すら感じさせない速度で、第四神が踏みつぶしたのだと、吾は体の大半を消滅させられながら認識した。

「ぐうぅ――――ッ!!」

 吾は飛び散りながらも極夜刀を振るうが、文字通り歯がたたない。

 振るわれた刃は、第四神の纏うコートに傷一つつけるどころか、逆にこちらの刃が欠ける始末。

 そしてその間も第四神の攻撃は止まりはしない。

 その拳が、その脚が、その槍が振るわれるたびに吾の『世界』がみるみる削られていく。

 ――なんだこれは?

 世界の押出しが無理なら白兵戦で本体を仕留める?

 よくもまあ、コレ相手にそんなことを思えたものじゃと。

「っ―――!! ぐふっ、ごほっ――!!」

 フィードバックと幾度と無く体を消滅させられたダメージで、吾は血を吐く。

 同じ第三契約状態であるのに、サンドバッグになることしか出来ない。

 そんな戦闘にすらならない実力差に、吾は改めて状況が絶望的だということを確認する。

 仮に、第四神の攻撃を避け、凌げたとしても、主様ですら殆ど突破できなかった第四神の防御を、どう突破しようというのだろうか。

 現状の吾では第四神本体の撃破など夢のまた夢である。

 命のタイムリミットを燃え上がらせながらも吾は耐え続ける。

 ――負けたくない。

 ――死にたくない。

 もう一度主様に会うまでは――。

 概念たましいを燃やし、心具こころへと火をくべ、燃え上がらせる。

 どれほど差があろうとも、どれほど状況が絶望的だろうとも、吾に諦めるという選択肢はない。

 吾が愛する人もまた、そうしてここまで来たのだから。

「終われぬ、このまま無駄死にするだけでは終われぬのじゃ」

「無駄死に? ――――違う、お前たち塵芥は無駄だからこそ、抹消されねばならないと何故理解出来ない」

 振るわれた槍を、吾は奇跡的に極夜刀で防御する。

 だが、鍔迫り合いなど起こらず、彼方へ吹き飛ばされた。

「―――っ!!」

 極夜刀に亀裂が刻まれるが、体は無傷だ。

 吾は極夜刀を構えると再び第四神へ向けて口を開く。

「………貴様の認識全てがこの世の全てと驕ってはおらんか? 貴様のその理論事態が、貴様の言う塵芥から見れば下らぬ“ゴミ”でしか無いことを何故解らん」

「塵芥が吐き出すものなど塵芥でしか無い。そこに汲み取るべきものなど何もありはしない」

 言葉を交わしているようで、ズレる違和感。

 それも当然だろう。

 第四神は恐らく吾の言葉など便所の落書き以下の意味でしか受け取っていないのだから。

 故にその言葉は語りかけるというよりは独り言に近い。

 奴の世界を見れば分かる。

 他者が存在できる余地がありながら、何もない世界。

 その歪な世界のあり方を見れば。

 ――水清ければ魚棲まず。

 この世界の言葉じゃが、第四神という存在はコレの終点におるような存在じゃ。

 何処迄も清く潔癖で、一点でも汚れるものを決して許さない。

 それでいて己が汚れ仕事をするのを構わないという矛盾。

「貴様は自分の『世界』を見て何とも思わんのか? 貴様の思う綺麗な世界は、唯の何もない空っぽの空間でしか無いのじゃぞ」

 無駄と解りつつも吾はそう第四神に問いかける。

「それがどうした。塵芥が居ない以上、何を憂う必要がある」

 その矛盾を抱えた上で神として、超高次元で第四神の世界せいしんは安定している。

 全てにおいて高水準で纏まっている第四神に死角はない。

 それでも吾は、ソレを切り崩すための僅かな光明を、血風の中探さなければならなかった。

 ――主様との別れを、主様と交わした会話の全てを、無にせん為にも。

「まだ、とっておきの物がこのなかにはあるのじゃから……」

 吾は第四神に気付かれぬようそっと呟くと、全神経を第四神の動向に集中させた。

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