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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
65/72

その58 「世界」

――微かに心具みぎうでが震えている。

俺はパフェが入っているカプセルに背中を預けながらぼんやりと思う。

如月が第四神と戦っているのだろうか。

誰のために?

何のために?

もう何もする気力が湧いてこない。

俺は只々虚ろな目で天井を見つめ続ける。

頭に思い浮かぶのは姉貴と先輩と天羽、そしてパフェのことばかり。

姉貴は家を追い出され一人生きていかなくちゃいけなかった俺を快く迎えてくれた。

先輩は口数少なかったが、他の人と変わらず俺に接してくれた。

天羽は何だかんだ言いながらも俺の心配をしてくれた。

パフェは出会いこそ最悪だったのかもしれないが、上手く付き合って行けていた気がする。

みんな、みんな俺にとっては掛け替えの無いものだった。

失いたくないから体を張って護ろうとした。

その結果がこれだ。

結局俺の指の隙間を通り抜けて全部零れ落ちた。

壊れたものは二度と元には戻らない。

復讐しようが何をしようが姉貴達は生き返らない。

もう俺に出来ることは何もない。

俺に残った最後の一つ。

パフェを失わないように逃げ続けるしか無い。

いや、それすらも言い訳なのだろう。

俺はもう生きる意味を見出せない。

十数年、奪われ続けるだけの人生。

努力しても何も為せず、悲しみと喪失感だけが俺に残される。

こんな人生に何の意味があるのだろう。

何の意味もありはしない。

だったらパフェに取り込まれて糧となったほうが有意義だろう。

こんなボロボロになるまで俺を護ってくれていたパフェに対するせめてもの罪滅ぼしだ。

「――――っ」

ポケットに入っていた首飾りが俺の脚にチクリと刺さる。

まるで俺を叱るように。

――でもなあ、パフェ。

俺はもうどうして良いかわからないんだよ。

住んでいた世界はボロボロにされ、大切だった人は皆死に。

このまま生き延びた所で何がある。

街の復興? 人類の復興?

馬鹿馬鹿しい。

そんな事に何の意味がある。

俺はそんな事の為に生きたいとは思えない。

俺が生きていたかったのは今も昔も変わらず、ずっと………。

「―――――――」

「………では」

突然俺の心の声に答えるように声が掛かる。

開いたまま死んでいた視界に光が入り込む。

――この声。

忘れるはずがない。

「っ!?」

俺は思わず振り向く。

「吾の為なら生きたいと思ってくれるかや? のう、主様」

そこにはボロボロになりながらも微笑むパフェが居た。

「ッ――!!」

俺はカプセルごとパフェを抱き締める。

声なんてもう何を喋ればいいか解らず、嗚咽しか出ない。

謝りたい、お礼を言いたい。

そんな感謝の感情で埋め尽くされているというのに、一向にその言葉が出てこない。

――あぁ、くそ、もどかしい。

感謝の気持を伝えられない口も、触れ合うことを拒むガラスも何もかも。

ただ幼児のように呻きながらガラスに縋ることしか出来ない。

俺は今ここでやっと、自分がどれだけパフェの事を思っていたのか思い知らされた。

“嫌われたくない”から優しくするのではなく、“側に居てほしい”から優しくしたい。

もはや俺の中でパフェはそういう存在だということを理解する。

具体的な説明はできないが、きっとこれが愛だの恋だのいう感情なのだろう。

「何という顔をしておるのじゃ。嬉しいのなら笑えばいいじゃろうに」

「ごめん、そして生きていてありがとう」

互いに示し合わせたかのように、俺とパフェはガラス越しに額を合わせる。

そしてそのまま俺達に無言の間が続く。

「「…………………………」」

数分前と同じ無味乾燥の部屋なのに、この静寂はどこか心地よかった。

「――――――――」

無言のままガラス越しにパフェと視線を重ねる。

それは沈黙ではなく無言の会話。

言葉を交わさなくても分かり合えているような、そんな錯覚を俺は覚える。

だが、そんな俺の思惑を否定するかのようにパフェは口を開く。

「なあ、主様。あの時の答え、今聞かせてくれぬか?」

「――もう、言わなくても分かるだろ。俺には……」

俺の言葉を遮るようにパフェが俺の前に出現し、抱きついてくる。

「一人は飽いた、跡形すら残っておらん友人の亡骸を見るのも飽いた。じゃから吾は探した。己を殺せる存在を、共に果てる事の出来るパートナーを。そして主様を見つけた。互いに殺し殺される様なケンカが出来、人や神も関係なく対等な関係で何時でもいちゃつける、そんな恋愛が出来る相手を。だから吾は主様に恋をした。――――どうか吾と愛し相手つがいになってくりゃれ?」

あの時の台詞を殆どそのままにパフェは俺を見上げる。

期待と慈しみを込めた視線で。

俺の答えはもう一つしか無かった。

「―――ああ。最後まで、共に生きよう」

俺はパフェを抱きしめ返し、そのまま唇にキスをした。

「…………んっ」

パフェの口から微かな吐息が溢れる。

閉じていた眼を開くとパフェの雪のような肌に、ほんのりと赤みがさしている。

そして闇のように深い、黒い瞳がじっと俺を覗きこんでいた。

俺は視線を逸らさずにパフェと見つめ合う。

「――くっくっ」

パフェがニヤリと口角を釣り上げると、俺を床に押し倒した。

「お、おい――っ!!」

床に押さえつけられ、戸惑う俺を見下ろしながらパフェはキスの雨を降らせてきた。

抑えきれない感情を表すように。

鬱憤を晴らすように。

瞬く間に俺とパフェの口周りが唾液塗れとなる。

パフェは口元を拭いながら満足そうに俺を見下ろす。

「先程の言葉、しかと魂に焼き付けたぞ。―――もう逃さぬからな」

「あぁ、もう一人ぼっちにはしないでくれ。―――俺もさせないから」

俺達は互いの顔を見ながら笑うと、欠けたピースを手繰り寄せるように先程より深く抱き合った。

もう二度と欠けぬようにと、夢中で……。


                †


「のう、主様。この世界を出て、吾の世界に来ぬか?」

どれほど時間が経ったのだろうか。

俺に抱きついたままのパフェが声を出す。

「お前とだったら何処へだって付いて行くさ」

俺は優しくパフェの頭を撫でる。

この世界に未練がないわけではないが、今は此処から離れたかった。

「―――――ッ」

脳裏にこの数日の出来事が蘇る。

此処には悲しい思い出が多すぎる。

「……………」

俺は無言でパフェの頭を撫で続けた。

「――――ん~」

パフェが俺の胸板にぐりぐりと顔を押し付けてくる。

まるで猫の匂い付けのように。

パフェのそんな姿が可笑しくって、少し苦笑が溢れる。

暫く俺はパフェにされるがままにされていた。

「……………主様も吾の胸に顔を埋めても良いのじゃぞ」

じゃれついていたパフェが、ふと頬ずりを止めると、突然そんなことを言い出した。

「埋めれるような物じゃないだろ、お前の胸は」

そう俺が即答するとピキリとパフェのこめかみに青筋が立つ。

俺はすぐに意図していない失言だと気づく。

「…………結ばれて早々、吾と喧嘩したいのかや、主様は」

「いや、そんなつもりはないんだが、な」

俺はパフェの胸元に視線を送る。

僅かな起伏しか無い、なだらかな丘だ。

それでも抱きつけばさぞかし気持ちが良いだろう。

――だが俺には……。

俺は諦めるようにパフェの胸から視線を外す。

俺の言ったことは嘘ではない。

しかし、俺はそういうことを言いたかったのでもなかった。

俺のその様を見てパフェは溜息をついた。

「主様はもっと吾に甘えてもいいのじゃぞ」

「………………壊れて、しまいそうで怖いんだよ。誰かに甘えるのは」

思いっ切り抱きついた瞬間硝子のように砕けてしまいそうで。

優しく抱え込むしか出来ない。

俺の腕は誰かに縋れるようなものじゃないから。

「…………大丈夫じゃ」

パフェの言葉とともに、ふわりと甘い香りに包まれる。

俺はパフェに頭を抱えらたのだと、少しして気がついた。

頬に当たる柔らかい感触が気持ちいい。

母親が幼子をあやすような手つきで頭を撫でられる。

「吾は少し強いくらいが好きじゃ。壊れそうなほど強く抱きしめてくりゃれ?」

「―――――っ」

頭を撫でられたまま、俺は恐恐と、ゆっくり確かめるようにパフェに抱きつく。

――温かい。

生きているという鼓動を感じる。

パフェがここに居るということを俺に教えてくれる。

もしかしたら俺は、自分の為に生きてくれる誰かを探していたのかもしれない。

俺の心に突き刺さっている刺が砕けて消える。

「――――――ありがとう」

俺の瞳から一滴の涙が落ちて消えた。


                †


「どうした? こんなもんかよ、第四神さんよ」

地面に叩き落とされた第四神に夜行は墓標のように巨大な槍を突き立てていく。

一発穿つごとに巨大な穴が出来上がり、第四神を地中深く埋めていく。

勝負はかなり夜行が押しており、第四神は劣勢に立たされていた。

それもそのはず、第四神は連戦であり、架音から受けた心具への傷が大量に残っているからだ。

しかも架音の概念はダメージを与える系ではなく能力全てを無効化する系統。

そんな状態で第二契約状態の夜行と渡り合えているだけでも超絶な状況なのだ。

「―――そろそろ終わりそうですね」

そんな状況にダメ押しとばかりに如月も加わる。

その体は背中から無機質なウィングを伸ばし、体中回路のように青い線が走っている。

第二契約状態の二柱と違い、神気こそ振りまいていないが。

圧倒的物量を思わせる存在感を放ち、個で軍の形相を成していた。

架音を助けるために対峙した時と違い、これが彼女本当の臨戦態勢といえる。

まるで機械のような姿に夜行は特に反応するわけでもなく第四神を見つめる。

「お前、人に遅いとか言っておきながら自分も遅れてんじゃねぇよ。それも一番いい部分をかっさらうタイミングで」

「彼の記憶の封印に手間取りました。――それも失敗に終わりましたが」

「チッ、結局いいとこ取りしに来ただけじゃねぇか、それ」

夜行は舌打ちし、悪態をつく。

「私はそういうものには興味が無いので止めはお好きにどうぞ」

そんな夜行の態度も気にせず、如月は無表情のまま両手を広げる。

如月の両手に幾重もの魔術陣が起動していく。

その数、周辺一帯を埋め尽くさんばかりの量だ。

それら全てが第四神の方を向き、ロックする。

『天上の鎖』

如月の声と共に重なりあう魔術陣から雨のように大量の鎖が第四神へと伸びる。

周辺一帯の空間全てが鎖に依って覆われる。

それは宛ら天と地をつなぐ柱のように。

『聖なる者を包む布』

その上から更に、大津波のような量の布が第四神を拘束していく。

天を地を繋ぐ鎖の柱を飲み込み、雪崩のようにその全てを白く染め上げてゆく。

「王国の番人の名においてゲート開放。―――モード『ティファレト』実行」

仕上げに入るように、如月の体に何処か別の次元から強大な何かが流れ込んでくる。

瞬間、超大の神気とともに周辺一帯に変化が起き始める。

時が止まるようにその地帯一体が世界から切り離され、空間が停止し始めたのだ。

天も地も柱も布も、第四神を拘束したまま全て凍結する。

これは二種類の魔術的縛鎖に加え、時の縛鎖をそこに加えた三重の封印なのだ。

「――然程長くは持ちません。やるなら今です」

無表情のまま第四神を拘束した如月が隣にいる夜行に呼びかける。

「言われるまでもねぇ」

夜行は新たな槍を取り出す。

その槍は槍というにはやや歪で穂先に拳のような物がついており。

突き刺すというよりかは突き潰すと言った使用法が正しい物だった。

「さぁ、これで終いにしようぜ」

夜行がそれを振り回すと、辺りのマナ全てがその槍に収束される。

それがその槍の性質。

この槍は“乾坤一擲でしか投げれない”のだ。

夜行は第四神目掛け、文字通り全マナを載せ、全力で投げつけた。


                †


「―――流石に、力を使いすぎたか」

身動きが一切できない状態で第四神は迫る攻撃を見詰める。

乾坤一擲、全マナを載せた夜行の攻撃は、防御しようが反撃しようが今の第四神では凌ぎ切れないことは一目瞭然であった。

『――――――――』

祝福か、嘆きか。

世界が鳴動する。

その鳴動に合わせて、第四神は瞳を閉じた。

「―――――――これは……大きな掃除がいるな」

第四神がそう呟くと停止した空間内で、第四神の周りだけ更に時が圧縮されたように時間の流れが緩やかになる。

「ッ!?」

如月が止めた空間に亀裂が走る。

そして第四神の体から世界を覆い尽くさんばかりの量で神気が垂れ流され始める。

「まさか、こんなとこでんなもん使う気かっ?!」

夜行の言葉と同時に幾重もの巻き付いた鎖と布に罅が入り始める。

その量、第二契約状態の夜行とそれに劣っていない如月の神気を足してもまだ足りない。

神とはいえ一個体が比することなど出来ない領域。

それは一つの超越。

それは誰も手の届かない頂。

それは終焉神クラスの神が到達できる最後の位階。

それは概念心具の究極展開。

―――それは即ち。

如月の魔術陣も夜行の心具も全て硝子のように砕け散る。

心具のように心象世界の一部を具象化するのではなく、心象世界総ての具象化。

その術の名は――。

「概念心具第三契約『Ⅲrdラスト-ARCHETYPE WORLD-』」

目を見開き、第四神は終焉の詠唱を歌い上げる。

瞬間、最早爆発とは呼べない規模の超大の物量が膨れ上がる。

それは新たな世界の祝福を告げる産声。

世界に新たな世界が流れ出る。

人も街も国も大陸も惑星も宇宙も。

全て全て一つの理に塗り替えられていく。

それは最上級の神に許される新たな世界の創世術。

終焉神とは、戦うことで世界を滅ぼす神ではなく。

世界を新たに創めることで既知の世界を終焉おわらせる神なのだ。

――今新たに誕生した世界の名は。

『絶対世界 -審判の支配者ジャッジメントルーラー-』

ここに、『絶対』の法則を元に世界は創生される。


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