その56 「均衡」
「均衡が……」
今もなお互いにノーガードで殴りあっている二柱を見て如月がポツリと言葉を漏らす。
ほんの僅かにだが、両者のパワーバランスが変わりつつある。
「ォオオオオオオオ――――――ッ!!!」
架音の右腕が第四神のコートの一部を黒く染め、削り取る。
「……………フッ」
第四神の鋭い蹴りが架音の上半身の肉を弾き飛ばす。
「―――――――――ッ」
肉が吹き飛ぼうが架音は一顧だにせず、左腕の極夜刀で第四神のコートを斬り刻んでいく。
第四神の業の位階の概念心具は強力無比である。
遠心型の『無価値』と求心型の『浸蝕』の概念干渉を受けても、未だ第四神本体にダメージが殆ど通ってない無いことから一目瞭然だ。
対する架音は膨大なマナと心具を元に超速再生しながら不死鳥のように戦い続けている。
自然と二柱の戦いは長引いていく。
周辺地域の破壊など、一顧だにせず余波で世界が削られていく。
不沈艦である二柱のマナが尽きるまでこの勝負が続くのだろうか。
その答えは否である。
架音の概念『無価値』は干渉すればするほど相手の能力を無効化することが出来る。
その結果どう言う事態が起こるのか。
「―――――ッ!!」
架音の攻撃を掠った肩から、第四神は血を吹き出す。
架音の概念心具と拮抗し切れず、第四神にダメージが通り始める。
そして少しずつではあるが、『無価値』と『浸蝕』の概念によって第四神の動きが鈍り始める。
現状五分な以上、均衡が崩れたほうが負けるのは自明の理である。
だがこのままで終わる第四神ではない。
「図に乗るなよ、塵芥風情が。そのような力を振り撒きながら神を名乗るなどおこがましい」
一喝と共に『無価値』と『浸蝕』の干渉を跳ね除けるように第四神から神気が弾ける。
それにより第四神の体に纏わり付いていた漆黒が全て弾け飛ぶ。
「塵芥は塵芥らしくマナへと消え、リサイクルされればいい」
ベルトから伸びる槍を一閃させると第四神は架音を地へ叩き落とした。
『貫き解体しろ』
第四神の命令とともに槍が追撃する。
落下していく架音との距離をグングン縮めていく。
「――――――――」
架音は叩き落とされながらも第四神の攻撃に対して攻撃で応じる。
高速で落下する2つが交わる。
「―――――――ッゴ!!」
槍は極夜刀で斬られながらも架音に突き刺さると、ミキサーのように架音をバラバラにし始めた。
ドリルのような、高周波音とともに架音の体が解体される。
漆黒の液体が辺りにぶち撒けられていく。
そしてそのまま架音は地面に叩きつけられた。
「―――――ッ!!!!」
その衝撃により、辺りに地震が発生する。
叩きつけて尚、第四神の槍は止まらない。
槍は未だ架音に突き刺し続けたまま、高速回転している。
「カノン――っ!!」
如月は思わず声を上げた。
しかし―――。
数秒と持たず槍は止まる。
今の架音は全身概念心具。
全身に攻撃すればするほど逆に干渉されるのだ。
漆黒に染まった槍が闇に溶けて消える。
そして、何事もなかったかのように架音の体は超速再生される。
「――――――――」
だが、すぐ反撃に出ると思われた架音が動きを止めた。
「限界が来た?」
如月は自分で口に出し、心で否定した。
未だ架音の周辺は闇が満ち、膨大な神気が溢れかえっている。
限界が来たなど到底思えない。
これは寧ろ逆だ。
「――――――チカラヲ」
誰に聞かせるわけでもなく架音が言葉を口にする。
その言葉が力を持つかのように架音に変化が訪れる。
どくん、どくんと世界が鼓動を始める。
いや、世界が鼓動しているのではない。
架音自身が胎動しているのだ。
まるで、何かを生み出そうとしているかのように。
現状でも超越存在であるのに更に莫大な量の神気が架音の体から放たれ始めた。
架音は限界ではなくもう一段階、殻を越えようと力を求めているのだ。
「っ!! いけない―――!」
如月は何かに憑かれるように高速で移動すると、架音を後ろから羽交い締めする。
「これ以上、これ以上の力は使ってはいけない!! 本当に戻れなくなってしまうかもしれない!!」
両手が黒く染まろうとも如月は架音を必死で抱きしめる。
超然とした神気を放ち続ける架音は、如月など眼中に入れず更なる力を求める。
敵を滅ぼし尽くすために。
最早誰も止められはしない。
ここに存在するのは相手を殺すことしか能が無い無謬の怪物なのだ。
「―――――――?」
そんな架音の動きに異変が生じる。
架音の左腕が何かを探し求めるように動き始めたのだ。
そして首元にある何かを掴む。
『絶対にさせぬぞっ!!』
架音の左腕からパフェの声が辺りに響く。
力の流れは変わっていないが、何かが起こったと如月は瞬時に理解した。
「――第二神?! ならばこれで。――――モード『王国』実行」
如月の体全てが回路のように青白い線で包まれる。
まるで巨大な何かの部品のように。
カチリと嵌まるように空間がズレる。
ここではないどこか、遥か彼方の世界に接続されていく。
そして空間と時空を超え、原初の世界より王国の扉が開かれる。
「王国の番人の名において命ずる、その心魂を捧げよ」
如月はその状態のまま架音の左腕に手を伸ばす。
強大な力と力の本流が渦をまき、如月の体へ吸い込まれていく。
瞬間、辺りは焼き切らんばかりの光で覆われる。
「くっ――――!」
「――――チカ――ラ、ヲ」
閃光の中、架音の体が形を変えていく。
「戻ってきて、カノンッ!!」
如月がそう叫ぶと同時に光が弾けた。
†
「あーあ、余計なことしてくれちゃって」
一部始終を見ていたノイズは遠くの光を見つめながらつまらなそうにぼやく。
「此処からが本当に面白いところだったのに、拍子抜けだよ」
ため息を吐きながらノイズはその場から移動を始める。
最早その場の興味が失せた、とでも言うように。
「―――――まあ、いいや。今回はこのくらいで。有益な情報も手に入ったことだし、お楽しみは次回に回しますか」
その言葉を最後に螺子曲がった空間が元に戻るようにノイズも掻き消えた。
あとに残るのは廃墟となった街並みのみ。
それが居たという残滓も痕跡も、何も残ってはいなかった。
†
眩い閃光がなくなり、その後の光景が映し出される。
そこには人間の姿に戻った架音とパフェが倒れていた。
二人共先ほどの戦闘で力を使い果たしたのか、意識が戻る気配はない。
「塵芥同士仲間割れか?」
先が溶けた槍を回収しながら第四神は冷ややかに呟く。
第四神には第三神や第七神の様に強い敵を倒したい、と言う意識はない。
塵芥があるから掃除をする。
言ってしまえばこれだけの行動原理で動いている。
神を塵芥とし、掃除してまわる。
機械のように冷徹に、悪魔のように残酷に。
第四神も先ほどの架音とは別ベクトルではあるが同じ殺戮の魔神。
神を殺すための神である終焉神の中でも特に相応しい神であるといえるだろう。
そしてそれは当然今の架音達を見過ごすわけがないことを意味する。
「纏めて消し飛ばせる、好都合だ」
第四神は先が溶け、歪な形となった槍を構える。
対する如月は架音達を自分の後ろに庇い、受け止める構えを見せる。
その表情には若干の焦燥が滲んでおり、予断の許さない状況である。
『貫……』
槍に命令を与えようとした所で第四神の手が止まる。
勿論架音たちに慈悲を与えようと思ったのではない。
新たな乱入者の登場に手を止めざる負えなかっただけだ。
第四神、如月共にある一点に視線を送る。
「―――遅い。連絡したら直ぐ来てよぉ」
責めながらもひと安心した声で如月は新たな乱入者に声をかける。
「っるせぇ、俺はお前の下僕じゃねぇよ。つーか、キャラがブレてるんだよ。どっちか一本にしやがれ」
ジャラジャラとその者が動くたびに金属音が辺りに響く。
「じゃあ、やっくんと呼ぶ方のキャラで」
「一遍お前のOS真っ新にしてやろうか?」
体中に銀細工の装飾を身につけた赤城夜行がそこに立っていた。
「次から次へと塵芥共が湧いてくる。流石に鬱陶しすぎるな」
「そりゃあこっちのセリフだ。こんな辺境の世界にゴキブリの様に次から次へと湧いてきやがって、俺の仕事が終わらねぇじゃねぇかよ」
第四神と夜行は睨み合う形で対峙する。
その下では如月が第四神に目を向けたまま、架音とパフェを両腕に抱え込んでいた。
「――――私は第二神と輪廻君を別の場所に移動させる為に一時離脱する。異論はないよね?」
二人を抱えたまま、どこか緊張する面持ちで如月は夜行を睨む。
夜行は第四神に視線を向けたまま、背中で答える。
「異論は色々あるが、優先順位は解っているつもりだ、今はとっとと行け。―――――だが、第二神の事はコイツを片付けた後、必ず決める。いいな?」
じりじりと後ずさりしている如月に、夜行は念を押す。
如月は黙って頷くと、吹っ切れたように第四神を気にすらせず一目散に駆け出した。
「………………」
隙があると見たのか、第四神が如月の背後から襲いかかる。
「おおっとッ?! そうは問屋が卸さねえよ」
いつの間に現れたのか、夜行の片手に握られた棒が蛇のように第四神に絡み付こうとする。
「――――っ」
第二契約状態の架音の概念心具ですら然程意に返さなかった第四神が、攻撃を中断しソレから避ける。
その僅かな間に、高速で移動する如月の姿が掻き消える。
「――良い判断だ」
第四神に避けられて尚、楽しげに嗤う夜行。
両者、間合いを測り直すかのように先ほどの倍以上離れた間合いで相対する。
だが、第四神は名残惜しむようにまだ如月達が居た方を眺めていた。
「……途中で放棄は余りしたくはなかったのだが、致し方ないな。まずはこの塵芥から処理することとしよう」
第四神は呟きと共に如月が消えた位置から視線を完全に外す。
そして殺意を心具に込めると夜行と正面から対峙した。
「上等だ、やってみろ」
銀細工の指輪が変形し一本の槍へと変わり、夜行の手に収まる。
元が銀細工の指輪だというのに、その槍は白銀とエメラルドグリーンで色付けられており、まるで蜃気楼のように辺りを霞ませる。
第四神のビリビリとした神気に髪を揺らしながら夜行はその槍を構える。
そして――。
「概念心具第二契約『Ⅱnd-KARMA-』」
夜行の詠唱とともに二戦目の火蓋が切って落とされる。




