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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
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その54 「黒死蝶」

「下がって、来るよ」

如月は俺に何も説明せず、俺を後ろへやる。

対する視線の先には、先ほど俺に目掛けた投げられた槍が此方に向かって飛んできていた。

上空から地上へ向かって投げられたというのに明らかに軌道がおかしい。

空間転移したのか、或いは生き物のように意思を持って曲がったのか。

どちらか定かではないが、アレは此方を目標にしているようだ。

「――――結界陣、起動っ!!」

如月の両腕が青く光ると、腕に回路のような線が走った。

「――――ッッッ!!!!!!!」

まさに間一髪というところで槍は不可視の結界と激突する。

激しい音と眩いばかりの火花を散らせ2つは拮抗している。

「何をしておる!! 主様こっちじゃ!!」

俺がその2つに魅入ているといつの間にか横に現れていたパフェに引っ張られる。

「無事だったのか? 敵はどうした?」

パフェの顔を見たことで俺の折れていた心に少し火が灯る。

「話は後じゃ。逃げるぞ」

パフェがそう言うやいなや。

結界が爆発し、粉々に砕け散る。

如月は軽く爆風に吹き飛ばされながらも、無傷で降り立つ。

「―――ッ!! あいつに助太刀しなくていいのか?」

爆風の余波を漆黒の影から見送りながら俺はパフェに叫ぶ。

「無理じゃ、助太刀した所で二人共殺されるのがオチじゃ」

「確かに強いのは解るんだが、そこまでなのか?」

如月は腕からビーム砲みたいなものを連射し、敵を牽制している。

端から見ても決して弱い威力ではない。

俺が第一契約を結んだ状態でもまともに直撃すれば重症を負うだろう。

協力すれば一泡吹かせれるかもしれない。

「アレは三キの一柱、第四神じゃ。吾が全快だったとしても白兵戦でアレに勝つ事はまず不可能。そんなレベルの相手じゃ」

だがそんな俺の思惑はパフェによって一刀に切り伏せられた。

「だったら尚更っ!!」

視界の先で錨のような形状の槍を盾にしている第四神。

余程硬いのか、槍には傷一つ付いた様子はない。

敵が強いのであれば尚更俺を助けてくれた如月を残して逃げる訳にはいかない。

――もう知り合いの死を見たくはない。

「主様を助けた彼奴も勝てぬ事くらい解っておろう。機を見て逃げるなり何なりするはずじゃ。彼奴が逃げる為にも吾らがとっとと退かねば話しにならん。―――――何、直ぐ会えるのじゃから気にするな」

パフェは掌から何処かの家の鍵を出してみせた。

その鍵を使う場所が合流場所、と言うことだろうか。

「――――わかった。だがその前に……」

パフェの言葉に了承すると俺はつい無意識で第四神のいる方角を見てしまう。

―――先輩。

「む、そう言えば柚美奈とか言う小娘はどうした?」

俺の感情を読み取ったのか、パフェはややトーンを落として尋ねてくる。

柚美奈、と言う言葉に胸が抉られるように痛む。

「―――死んだよ、先輩は。俺が殺した」

「………そうか」

責める訳でもなく、衝撃をうける訳でもなく。

パフェはただ淡々と先輩の死を受け止めた。

本音としては俺は先輩の遺体を取りに行きたい。

あんな巫山戯た戦場に先輩の体を置いておきたくはなかった。

だが、その自分勝手な行動はパフェを、そして如月を苦しめることになる。

死人に対する俺の身勝手な感傷で生きている二人に迷惑はかけられない。

俺は全身から血が吹き出しそうな思いで先輩から視線を切った。

「………いくぞ、主様」

「あぁ」

そして俺達はこの場から離れようとする。

「―――おい」

何百メートルと離れているのに、パイプオルガンを想起する荘厳さで声が響く。

「輪廻君、無視してっ!! 私が食い止めるから」

如月の必死の呼び掛けにもかかわらず、俺はその声に振り向いてしまう。

視界の先、常人離れした俺の視力が第四神の顔と手に持ったものを捉える。

「……止めろ」

震える唇から声が出る。

それは―――。

先輩の―――。

「ゴミを忘れているぞ」

――第四神は。

――何の躊躇もなく。

――先輩の頭を。

握り潰した―――。

柘榴の様に赤い血が第四神周辺にぶち撒けられる。

先輩の体は重力に従い倒れていく。

「――――ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

脳内からすべての思考が消え、血液が沸騰する。

俺は考える前に駆け出した。

「何をしてるの、第二神!! 早く止めなさい!!」

「言われんでもやっておるッ!!」

俺は如月の言葉も、パフェの心具も掻い潜り、ただ只管第四神へ突進する。

「ゴミはこうして潰して、消去さないと。世界が、汚れるだろ?」

第四神は俺の突進を一向に意に介そうとはしないで槍を先輩の体に向ける。

『消し飛ばせ』

「――――止めろぉおおおおおおおッッ!!!!!!!!!!」

手を伸ばす。

腕を伸ばす。

その先で。

先輩の遺体が跡形も無く粉々に。

――――消し飛んだ。

「てめぇえええええええっ!!!!!!!!!!」

俺は右腕にありったけの力とマナを込めて第四神に殴りかかる。

「何だ、さっきのゴミの関係者だったのか?」

全力の俺の拳は槍の柄の部分を間に入れられるだけで1ミリたりとも動かなくなった。

「―――ならゴミはゴミらしく纏めて消し飛ばしてやろう」

『消し飛ばせ』

奴がそう言った瞬間。

槍は生き物のように捩れると俺の拳を防いだまま、俺の体に迫ってきた。

「―――シールド展開ッ!!!!!」

如月の声が聴こえるとほぼ同時に俺の体は吹き飛ぶ。

俺はまともに受け身が取れず、地面を転がることになった。

「鬱陶しい鉄屑だ。大人しくスクラップにされればいいものを。――――――まあいい」

噎せ返る俺を見下ろしながら第四神は何かを取り出す。

だが、何であろうと関係ない。

俺はあいつを殺す。

どれほど力の差があろうが関係ない。

ご都合主義でも、卑劣な手でも、どんな力を使ってでもあいつは殺す。

「これもお前らゴミの関係者だろ? 壊れたが返してやろう」

ひゅんっと、何か拳2つ程度の棒状のものが第四神から投げられる。

俺は何が来てもいいように右腕で掴んだ。

――――ドクンッ!!

掴んだ瞬間、それから何かが流れ込んでくる。

これは―――。

―――これはッ!!!!!

刀身の無くなった刀の柄だった。

恐らく俺にとって最も思い入れのある刀の柄。

神剣、天之尾羽張。

天羽の残骸だった。

「ゴミはゴミでもそれなりに役にはたった、と言っておこう。飽くまでゴミの範疇で、だが」

どこまでも神経を逆なでするように言う第四神。

「………姉貴はどうした?」

奥歯を砕き、あらん限りの力で体をとどめながら俺は漸く言葉を口にする。

「?」

「この剣の使い手はどうしたって聞いてるんだよッ!!!!!!!!!!!」

俺の怒号で辺りの瓦礫が崩れる。

「あぁ、あのゴミか。アレならもうバラバラに壊されただろう」

第四神の言葉により俺の中の何かがぶちぶち切れていく。

俺の大切な思い出が。

祈りが。

宝が。

全て崩壊していく。

パリン、と言う音とともに右腕と天羽が砕け散る。

俺の意識は瞬間、魂もろとも焼き切れた。


                †


「っ!?」

最初に異変に気づいたのはパフェ。

彼女が予想した通り、架音の心は砕け散った。

こんな状況ながらも彼女の胸に去来したのは、僅かな安堵だった。

――主様は人間として心が壊れた。

ならばフィードバックダメージは負うが、この局面さえやり過ごせば主様は人間として生きていられる。

矛盾を孕んだ化け物になることはない。

時間は掛かるだろうが、ゆっくり癒やしていこう。

パフェはそう思っていた。

しかし―――。

「これは……」

砕け散ったはずの架音の右腕に考えられない量のマナが収束され始める。

一体何処から?

これほどの量、人間はおろかそこらの神ですら比べ物にならないほど多い。

困惑するパフェを他所に、異変は拡大する。


                †


―――ドクンッ。

架音の異変に共鳴するように此処にあるものが鼓動を始める。

それはそこに在ることだけを求められ。

ただそれだけのためにそこに居た。

世界ここであって世界ここでない深い檻の中で。

それは眼を開く。


                †


崩れたビルの縁に腰掛けソレは戦局を楽しむ。

まるで待ち望んでいたものを見るかのように。

姿形は辺りには見えない。

ただノイズのようなものがソレを表す唯一の手がかりとなっている。

「さあ、見せてよ、君の本気。もう、加減は必要ないんだから。全部、全部壊しちゃって」

ノイズは楽しそうに笑うと観戦を続けた。


                †


祈りの否定とはその者の過去の否定。

長い年月と付き合いを経て、地層の様に重ねていくのが心象世界だ。

その彩りは一人だけでは増えはしない。

絵画のように他人という色を重ねなければ一色しか存在しない世界。

架音にとっても何にも代えがたい世界。

それを架音は自ら壊した。

心象世界と現実の差異に耐え切れなかったのだ。

現実の壊れた宝物に目を向けたくなくて。

かと言って心象りそうの世界にある壊れていない宝物にせものにもしがみつきたくなくて。

現実は見たくない。

でも死人は生き返らない。

壊れていない宝物にせものはここにある。

でも宝物ほんものはもう壊れてしまった。

本当に大切だからこそ華蓮と柚美奈の死を偽りにしたくない。

でも、その現実を享受することは出来ない。

矛盾した思いがどこまでも積み上げられ、世界を再構築していく。

意識等疾うに溶けている。

何をやっているか、本人に自覚すら無いだろう。

ただ願うのは一点のみ。

「力だ。あいつを殺せる力をくれ」

己の心象世界を破壊しながら、元の祈りとは真逆の事柄を願う。

此処は架音の心象世界の中でも最下層に位置する場所。

答えるものなど己以外にいるはずがない。

―――だと言うのに。

「くっく」

どこまでも滑稽なその様を笑う声がする。

それも可笑しくて可笑しくて堪らないといった、笑いを堪えるような笑い声だ。

「やはり偽善者じゃのう。大切なモノをすべて失ってみなければ解らないとは」

「―――――っ!!!!!!!」

架音の意思に呼応して世界が揺れる。

「あの時わたしは言ったはずじゃ。力があるなら初めから出せ、とな。出さなかった結果がコレじゃ。見ている此方としては滑稽でたまらぬわ」

混沌の闇アザトースは笑いを堪えるだけで、揺れなど一切頓着していない。

世界の揺れなど、絶対的事象存在である彼女にとって些末なのだ。

「力をよこせ。ありったけの力を」

架音の声に呼応して世界は形を変えていく。

敵抹殺のためだけに、世界を再構築しているのだ。

文字通り全身全霊、輪廻架音のすべてを掛けて戦うつもりなのだ。

そしてその上で更に力をよこせと、吠えている。

際限などはない。

どこまでも貪欲にただ力を求めて。

それを見ながらアザトースは嬉しそうに口を歪めた。

「いいじゃろう。わたしの力、惜しみなく使うがいい。誰と誰に喧嘩を売ったのか、身の程を解らせてやろうぞ」

架音はその声に反応して右腕を伸ばす。

アザトースは嬉しそうに笑いながら架音の右手をとると、右腕に吸い込まれていった。

「――さぁ、闘争ころしあいを始めよう」


                †


現実世界でも異変が起きる。

架音が意識を失ってから一秒たりとも経過はしていない。

壊れた右腕と天羽の欠片は一度宙に分散すると、混ざり合うように架音の右腕に取り込まれ始める。

「心象世界を。再構築して、おるの……か?」

黒く、無機的な装飾を施された腕は消え。

どこまでも深く暗い、有機的な悪魔の腕に形を変えていく。

護るのではなく殺戮の心具へいきへ。

「や、やめよ。主様、そんな事をしたらッ!!」

パフェは辺りなど形振り構わず、架音を止めに行く。

こんなことをすればどうなるのか。

その結末が解っているからだ。

相手抹殺だけの為の心象世界を作ったとして。

それを達成したらその世界はどうなる?

崩壊するか、もうすでに殺しているのに抹殺を命とする殺戮の神が生まれるだけだ。

そのどちらにせよ、もう輪廻架音と言うパフェの好きな存在は消えてしまうだろう。

両者ともに気付いては居ないが、パフェとアザトースの意見が別れたこと。

これが彼女の運命を変える大きなターニングポイントとなった。

「お前も……」

パフェの声に反応して、架音は左手を向ける。

「―――来い」

架音がそう言うと、がくんと、パフェの体はコントロールを失う。

「なっ!?」

自由の効かなくなった体にパフェは驚愕する。

アザトースと契約を交わしたあの日から、架音はパフェにとって己の心具のようなものだ。

パフェが架音から一方的に感情を読んだり、体の中に隠れたり、また架音がパフェの攻撃を喰らわないのはコレに起因する。

本来であればすべての行動を制御することも出来る。

勿論パフェは架音の生の反応を見たいがためにそんなことをすることはない。

しかし力さえあればコレは逆の立場から行うことも出来るのだ。

つまる所これが意味するのは一つ。

そう、ここに来て架音とパフェの力関係が逆転を起こした。

「待て、主さ……」

パフェの声虚しく架音の左腕に取り込まれていく。

戦闘形態のような共闘としての全力ではなく。

今、支配者として共同体ふたりの全力を引き出す。

「概念心具第二契約『Ⅱndセカンド-KARMA-』」

どこまでも深く、どこまでも冷たく、辺りを凍りつかせるような声で架音は詠唱する。

「―――ッ!!!!」

「…………」

付近で戦っていた二人はどちらが言うまでもなく、はるか後方に跳躍した。

「そん……な?!」

絶望するような声を漏らしたのは如月。

「ほう……、これは……」

眉一つ動かさず、淡々と見据えるのは第四神。

両者の感想は違えど、先にいるものは同じ。

「―――――――――――――」

右腕までであった心具は全身に浸蝕し、体に纏わり付いている。

人であった姿はもはやなく、全身漆黒に染まった人型の化け物。

左腕からは腕と平行するように漆黒の刃が生えている。

形はやや違ってはいるが、これはパフェがカルマの位階で使った極夜刀だろう。

そして背中からは蝶の羽のように漆黒が噴出する。

『怪奇日蝕――――黒死蝶』

ふわりと、架音の体が浮き上がる。

死の翅を羽ばたかせて足元から奈落が広がっていく。

足元だけではない。

翅の鱗粉が舞う範囲全てを徐々に漆黒に変えている。

黒死病のように黒い斑点がポツポツと空間に広がっていく。

―――ここに。

殺戮の魔神が誕生した。


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