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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『da capo』
6/72

その5 「神々の黄昏」

「…………珍しいものじゃの」

「あなたと互角に戦えるものがいる事がですか?」

 大地を震わすほどの激戦をしているのにかかわらず、相変わらずへらへらと第九神は嗤う。

 余裕があるのだろう。

 現状だけで考えれば当然かもしれない。

 爆轟、凍結、衝撃、超重力圧。

 あぁ、それとあの忌まわしい槍たちか。

 吾は周囲を飛び回る羽虫のような数多の武器を視界に入れる。

 一つ一つは弱かろうとも、とっかえひっかえ手札を丁寧に切って戦場をコントロールするのだ。

 お陰で針で突かれる様に攻撃を喰らっていくのだから、此方としては堪ったものではない。

 ダメージ的に見れば減ったとは言えないレベルの減少。

 しかし、こちらの攻撃は分身しているかのようなスピードで出現し、消えてゆく彼奴には当らない。

 且つ時間が経つにつれて向こうは徐々に火力がレベルアップする仕様。

 精神的アドバンテージは圧倒的あちらが有利だろう。

 まだ爆心地にいた方が安全だと思えるような大火力戦の中、吾はぼんやりと考えごとをする。

 どうにも駄目だ。

 自分でも悪い癖だと解ってはいるが、止められないし、止める気も無い。

 どうやったら互角になるのだろうか、どうすればもっと戦えるのか。

 そんな馬鹿げた事を考え始めた時には最早引き返せない。

 終焉神の業とも言うべきもの。

 殲滅し、粉砕し、圧倒し、滅殺しなければ餓えるのだ。

 殺すだけでは物足りない。

 その魂の一片にわたる全てを犯し尽くさなければ何も感じないのだ。

 生き物が生を得るためには何かを殺さなくてはならない。

 弱い生き物は食われ、それを食ったものも更に強い物に食われる。

 ならば食事の概念の無い吾らは一体何を摂取するのか。

 なに簡単な問いだ。

 自分が頂点だと信じるなら己より少し弱い物を食えばいい。

 それは何か?

 人間?

 精霊?

 悪魔、天使?

 本当にそれが最上位?

 いつの世界にもその上の存在はある。

 全知全能、不老不死、永遠の支配者で、至高にして究極の存在。

 そう同族である神こそ吾らの至上の獲物。

 闘争し、血反吐を吐き、骨肉を削られ、なお食らいつこうとしなければ殺れない、これこそが食事。

 口元からだらしなく笑みがこぼれる。

 あぁ、愉快だ。

 ―――今夜は御馳走じゃ。

 迫りくる洪水の様な密度の攻撃を漆黒の杭で縫い、貫き、弾き飛ばす。

「くっく、吾と互角に戦えるものなど、珍しくもなんともないのは知っておるじゃろ?」

 前後上下左右と狂ったように出現しては消える第九神を、吾は蜘蛛の巣のように漆黒を張り巡らせ、徐々に包囲していく。

 超速で移動するタイプにする常套手。

 即ち速度で捕まえれないなら網を張って待てばいい。

 第九神に気付かれぬように先程までの攻撃と同じレベルの攻撃を展開する。

 本来なら最初からこう展開するべきだったが、先程までは受けに回らざる負えない事情があった。

 一つはカノンたちを護るためにそこそこの力を費やしていた事。

 一つは先程受けたダメージを修復していた事。

 この二つの要因の所為で受け身一方でしか闘えなかったのだ。

 ――つい先程までは。

「では、なにが珍しいのでしょうか?」

 彼方此方に出現しすぎて、何人も同時に喋っているかのような錯覚に吾は陥る。

「なに、先程の人間をなぜ盾にしなかったのかと思ってな。―――――――そのような事は得意じゃろ?」

 吾は嘲笑しながら己を中心に円を描くように漆黒の杭を出現させる。

 それはさながら何かの顎の様。

 そんな牙を連弩の様に次々と射出する。

「あなたを前にそんな余裕があるほど私は強くも無謀でもありませんよ」

 黒い雨が地表から上空へ降り注いでいるというのに、第九神はダンスを踊るかのように華麗に回避していく。

 月明かりがあるとはいえ、視覚情報を殆ど当てにできないであろう、この漆黒の杭を、この男は会話をしながらいとも簡単に避ける。

 ならばこの言葉は謙遜と取るべきだろう。

 この回避能力と、先程の丁寧な戦い方を考慮すると、一桁の数字を継承しただけの事はあると思えてくる。

 逃げるだけなら終焉神の中でトップクラスだろう。

 ほぼゼロ距離で投擲されている彼奴の神器を、吾はマントの様に纏った漆黒で防ぐ。

 投げてから彼奴が消えたのか、投げた神器が吾の前に出現するのか。

 最早そんな事は瑣事な事柄だ。

 銃弾、砲弾、剣、槍、光弾……etc。

 数えるのも馬鹿らしくなるレベルの神器、魔術が吾と数センチ変わらぬ地点から出現する。

 避ける事はおろか、視認すら間に合わない。

 亀の様に甲羅に籠り、防戦一方ならいずれ負けるのは目に見えている。

 しかし、勇敢に首を出し本体への攻撃を優先すれば、こちらのダメージは増える。

 ――ならばどうするか?

 答えは至極簡単であり、当然のことである。

 “それらすべて”を覆い、攻撃も防御もどちらも同時にすればいい。

 神器も彼奴も魔術も、普く全て回避できないほど速く絡みつき、削ぎ落とせばいい。

「あぁ………そう言えば一つ言い忘れておったな」

 吾と彼奴の間の時間が僅かばかり停滞する。

 ここまで来るまでに、なぜ気がつかないのか滑稽で仕方ない。

 本当に互角に勝負しているように見えたかどうか。

 ダメージを受けていたとはいえ、第二神パフェヴェディルム=ヒアス=ファノレシスが本当にこの程度だったかどうか。

「先程の互角に戦えるものといった件、『今の吾』と付け加えるのを忘れておった」

「なっ…に?!」

「概念心具第一契約『Ⅰstファースト-SIN-』」

『―――喰らい尽くせ』

 吾はぽつりと呟くと、周りの景色が時を止めたように止まる。

 ――第一契約。

 それは情報世界との契約。

 アカシックレコード、無量寿光、集合的無意識。

 呼び方は何でもいいしどうでもいい。

 所謂それらの情報世界にアクセスし、その自分の項目をこちらの世界へ一時的に具象化する事だ。

 こんな事を思った事はないだろうか?

 自分はこんなものじゃない。

 もっとうまくいくと思っていた。

 ナルシスト気味な負け犬のセリフみたいな言葉だが、実は何もおかしな事はない。

 アカシックレコードに記載されている自分の設定と現実のスペックは違う。

 肉体や血による種族による阻害。

 土地や地場、環境から受ける影響。

 そして最も大きな壁となるのが世界を循環させる式である『理』

 神とは死んでなるものではない。

 信仰を集め、なるものではない。

 奇跡を起こし、人々を救い、なるものではない。

 血も肉も環境も法則さえも振り払い、本来の己の記述を現実に上書き出来るものこそ、神と呼ぶのだ。

 それは己を唯一の存在へと昇華させる。

 神とは種族の名称ではない。

 真実の己に至ったものの呼称だ。

 即ちこの第一契約とは今までの種族と離別し、神になるための契約。

 景色が砕け、辺りから一斉に咀嚼音が鳴り響く。

 煎餅の様にばりばり砕き、嚥下していく。

 この闇に触れれば塵ひとつ残りはしない。

「………ぐっ! ――――ふふ、ふははははははっ」

 第九神ティルロインの腕から鮮血が華の様に飛び散り、だらりと下がる。

 概念心具とは心体魂融合の対神域破壊兵器だ。

 コストに己の一部を使うが故、威力はそこらの魔術礼装とは次元が違う。

 神のみが使える神殺しの神器。

 それが概念心具。

 だが、当然リスクも大きい。

 破壊されればその神器に割いていた量に比例してフィードバックダメージを受ける。

 ティルロインの腕にダメージが行ったのはつまりそういう事だ。

「ははっ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」

 腕から流れる赤い血。

 それにつられる様にティルロインは更に笑い声を上げる。

 最早その声は狂気じみており、嗤っているのか、怒っているのかさえ分からない。

「そうですね、そうですよねぇ!! やはりこうで無くては。いやぁ、可笑しいと思ったんですよ。こんな簡単に事が運ぶなんて、ははっ、もう少し上手くいっていれば危うく『四帝』もこんな所か、などと恥ずかしいセリフを言ってしまう所でしたよ。出来ればあと少しだけ魔王に挑む少年の気持ちに浸っていたかったのですがねぇ。いやはや参ったものです。まさか私の第一契約状態と素の能力が互角とは、恐ろしいですねぇ」

 ティルロインは裂傷の入った腕を、まるで有名スポーツ選手にサインを書いてもらった少年の様に眺める。

 その風貌に似合わぬ少年の様な笑顔は、一層不気味さを際立たせていた。

「そうか、そうか……どうして他人のものである概念心具をここまで使えるのか疑問じゃったが、そういう事か」

 吾は笑いながらぼやいてるティルロインを無視し、一人で納得すると宙に浮かび上がった。

「――――何時まで遊んでおる」

 そして己の腕に陶酔しているティルロインを睨む。

 ゆらりと立ち昇る漆黒にティルロインはあわてて反応する。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。少しくらい愚痴に付きあってもいいじゃありませんか」

 ティルロインは両手を使い敵意が無い事を示すように大げさに降ると、再び微笑を浮かべる。

 そこには嘘のように腕の裂傷は消え、それどころか血の跡すら残っていなかった。

「今のでいくつ手が消えたのじゃ?」

 吾はゆっくりと目を細め、ティルロインの腕をしげしげと眺める。

「はてさて、何のことやら」

 ティルロインは頭を掻きながらじりじり後退する。

 と、途中で何かに突っ掛かるように止まる。

 ティルロインが振り返ってみるとそこには棒の様な太さの糸が伸びていた。

「あのぉ……、もしかしてこれは……」

 ティルロインは糸から離れようとし体を捻るが、固定されているかのように動かない。

「ふむ、適当に張っていればいつかは当ると思ったが、こんな形で当るとは…。―――――何はともあれチェックメイトじゃ」

 吾はニヤッと笑うと、辺りにあった糸をティルロインへと手繰り寄せた。


 †


 同時刻、俺たちは街の中心付近の公園まで戻ってきていた。

 わずか数時間にも満たない出来事が一昔のように感じられ、俺は流れ出る汗をぬぐい、ようやく安堵をつく。

 とは言え、姉貴の言った通り街中に今日の夕方見た狼が這いずり回っており、あまり安全とは言い難いが、少なくとも先程の異界よりはましな事は、誰の眼にもはっきりわかった。

 もしあそこにUターンするか、この街の狼を一人で相手にするかどちらかと問われれば、俺は迷わず狼を殺しに行く事だろう。

「確か待ち合わせはここのはずだが………」

 俺は簡素な割に無駄にだだっ広い公園の入り口で、辺りを見渡す。

 道は入り口からT字に分かれており、姉貴が来るとすればT字の三方向と公園内からで4パターンある。

 ――果たしてどちらから来るのだろうか。

 俺はもう一度辺りを見渡してみると、左の道から見覚えのある二人がこちらに向かって走ってきていた。

 俺の姉である華蓮と、ある意味今日の一番の幸運者ともいえる柚美奈先輩だ。

「あの…、カノン君。ごめんね」

 到着するや否や、姉貴と一緒に戦っていたと思われるドロドロな出で立ちで、先輩は上目遣いに俺に謝った。

 その目はうっすらと涙が浮かんでおり、今日の依頼を俺に変わって貰った事をどれだけ悔やんでいるか、容易に解った。

 どんな事があったかなんて俺は一切教えてないが、恐らく神社付近のあり様を遠くからでも見たか、聞いたのだろう。

 逃げる道中ですら時折爆音と閃光に見舞われ、何度ひやひやした事か解らない。

 そういう意味では今日、俺としては先輩と変わってよかったともいえる。

「……………あ~」

 俺は何と言っていいか解らず、頭を掻く。

 別に気にしてないとか、大丈夫だったとか言う事は色々ある様な気がするが、いざ口にしようと思うと上手く言葉にならない。

 ――なんと言えばいいのだろう?

 先輩は初めて出会ったときから感情の起伏が少ない人だと思ってはいたが、こんなにも責任感が強い人だとは思わなかった事も、俺が言葉をうまくまとめれない原因の一つであった。

「それは天羽あいつに言ってください。俺は何もやってないのに等しいですから、全然気にしてませんし」

 そしてやっと出てきたのはこんな言葉。

 自分でももう少しマシな言葉があっただろうと思う。

 こんな時こそ、くさいセリフの一つや二つ出てきてほしいものだ。

 と俺は自己嫌悪しつつ、横目で天羽を見る。

 未だに俯いており、その表情はあまり読めない。

 どうした?と俺は声をかけようとするが、先に姉貴が駆け寄っていた。

 姉貴は天羽を抱きしめ、耳元で何かをぼそぼそと囁いている。

 姉貴に任せていれば大丈夫だろうと、俺は天羽から視線をそらす。

 ちょうどその時だった。

 夜空から月が、星が消えたのは。

 そして始まる。

 終焉の宴が。


 †


 その祝砲を告げるべく、漆黒の三日月が街を串刺しにした。

 街はクッキーの様に粉々に砕け、宙へと放り投げられる。

 生きている人間など、確認するまでも無い。

 音速旅客機に轢かれて生きている人間がいないように、どれもこれも赤い雨とともに落下するだけ。

 そんな光景を私はじっと見つめていた。

 人は危険と思われる地帯から離れ、見知った場所に帰ってくると少なからず安堵する。

 まるでそこが自分にとっての聖域であるかのように。

 どこにもそこが安全と言う保証がないのに、人は簡単にそれに縋る。

 土地に、地位に、繋がりに。

 運命の魔女である私はそれを眺める。

 ――何とかなる。

 そんな事を思っていたのだろうか。

 その結果がこれならば、何と儚い事だろうか。

 彼らは一体何のために頑張ったのだろう。

 一体何のために必死に戦おうとしたのだろう。

 少なくともこんな下らない争いに巻き込まれて死ぬためではなかったはずだ。

 私は少し物思いに耽りたく、真っ黒な空を見上げる。

 少し、お伽噺をしよう。

 昔、今はどちらも滅んだが、二つの国があった。

 一方の国は自由を愛し、互いの自由を重んじる事を理想としていた。

 もう一方の国は平等を愛し、家柄も貧困も無く、互いに平等な立場にいられる事を理想としていた。

 二つの国は出来たその時から対立した。

 どちらがいいとか、どちらが間違っているとか、そういう事を言いたいのではない。

 二つの国は、もとは一つの国だった。

 そこには自由が好きだろうが、平等が好きだろうが、一つの国で居られた。

 誰かが自由を愛せと言った。

 誰かが平等を愛せと言った。

 そう言われたから二つに別れた、ただそれだけの事だ。

 だから二つの国は本格的には争わなかった。

 お互いに理想については不干渉を決め込んだ。

 当然摩擦もあっただろう、当然多くの人々が死んだに違いない。

 しかし滅びるなどあり得ない。

 例えどちらかの国が片方の国を滅ぼそうとも、相討ちなどあり得ないのだ。

 ならどうして滅んだのか。

 答えは今さっき見た通りだ。

 上から二つの国を破壊できる不可避の爆弾が降ってきた。

 ただそれだけ。

 つまらない答えだっただろうか。

 だが私は思う。

 終わりとはこういう事なのだ。

 核戦争が起きようとも、地球温暖化で南極の氷が全て解け、殆どが海になろうとも、予想の範囲内だ。

 それが起きても大丈夫なよう、それが起きないよう手は各々で色々と打たれているのだ。

 だから終わりと言う物はいつも非現実的。

 天使が人々を裁断し、竜が暴れまわり、巨人が焼きつくし、善神と邪神が戦争を始める。

 そこで滅びようが滅びまいが、終わりであり、滅ばなかったら新たに始まるだけだ。

 さあ、プロローグは終わりだ。

 そして一気にエピローグへ。

 この物語は現時点をもって終了する事を宣言する。

 この後、神たちによるひと悶着があるのだが、今見たところで何の意味もなさない。

 理解などできるはずがない。

 どうしてこうなったのか、どうしてこうなるのか。

 全ては私にも解らない。

 だが少しだけわかる事もある。

 この世界は所謂バッドエンドで終わると言う事だ。

 まだ何も知らないあなたにその一端だけを再び見せよう。

 この物語の本質であり、また謎でもある部分を。

 この物語はまずエピローグから語らなければならないのだから。


 †


 荒廃した街、生きとし生けるものが死に絶えた町。

 入り込む朝日だけがその土地の生き物としての動きを見せる。

 影は死んだ。

 町の中央に黒ずんだ少女とその傍らに青少年が一人、転がっているだけだ。

 第二神パフェヴェディルム=ヒアス=ファノレシスと輪廻架音。

 まだ互いに辛うじて生きてはいるが、それは瀕死で生きていると呼べる状態ではない。

 特に彼女の方はそんな次元を超越している。

 ならば死んでいる?

 それは否。

 ただ単に彼女に死の概念がないから死なないだけだ。

 いや、それもここまでだ。

 朝日によって彼女の体は徐々に薄れつつある。

 彼女自身命を失う事はないが、やがて体は霧散し、そこらの空気と変わらぬ存在になり果てるだろう。

 彼女の目は最早何も映さない。

 ただ目の前の人一人が背を預けられる程度の小さな壁を見つめるだけ。

 そこは唯一この街としてのパーツを感じさせる場所であった。

 揺り籠の様にその場所の周りには、彼女が残した漆黒が今も渦巻いていた。

 まるでそこに誰かが座っていて、それを護っているかのように。

 彼女はもう何も語れない。

 体を動かす事も出来ない。

 ただただ壁を見つめるだけ。

 もう、彼女には壁すら見えないのかもしれない。

 それでも彼女は最後に壁を見ていた事は解る。

 彼女は何を思いながらそれを見つめていたのだろう。

 この世界に来て間もない彼女が見つめるほどの価値のあったものだろうか。

 そこで私は彼女の最後についての思考を止め、今なお死へと進行している彼へと目を向ける。

 体はかなり崩れており、容器としての役目を果たせていないほど凄惨な状態だ。

 私はそんな彼の体に大きな布の様な物をかぶせる。

 意識が戻ったのか、悲しみに彩られた彼のその瞳が私を捉えた。

「………………」

 彼は自嘲する様に口を歪ませる。

 もう良い。

 ひと思いに殺してくれ。

 その仕草は私にそう言っているように見えた。

 私は手に神威の槍を出現させる。

 そして彼の心臓の真上に穂先を向ける。

 彼はYESとでも言うように安らかに笑い、目を瞑る。

 穂先が彼の心臓へと沈みこんでいく。

 これにて終幕。

 圧倒的な力を持ち、同族の神すらも圧倒した彼女。

 その彼女ですらこの劇で生き残る事が出来なかった。

 この不条理極まりない劇を。

 これは私が用意した劇。

 俳優も配役も彼らの自由。

 ただ、私一人が観客席にいるだけ。

 さあ、戻ろう。

 再び楽しい時間へ。

 私は壁をそっと撫ぜ、空を見上げる。

 あぁ、今日は雲一つない青空だ。


第一章はこれで終わりです。本当は第一章まるまるプロローグにしたかったのですが、思ったよりも長くなってしまい、第一章とさせていただきました。

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