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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
59/72

その52 「死の瞳」

胸が熱い。

熱を持つ何かが俺の胸にくっついている。

締め付けられるように痛い。

うまく呼吸が出来ない。

ぽた、ぽたっと俺から液体が零れ落ちていく。

こんなに暑いんだ。

汗に決まっている。

こんなに汗を掻くくらい暑いんだ。

だからさっきの言葉がよく聞こえなかったのも仕方が無い。

「はぁ……。やっと君に攻撃できたよ。本当は華蓮を■■た後、君も■■つもりだったのに、本当あの第二神おんなは厄介な存在だね」

先輩の口から何かよくわからないノイズが飛び出てくる。

あぁ、そうか。

これはあのノイズが見せている光景なのだ。

これが現実なわけがない。

こんな現実があってたまるか。

「なん……で………?」

漸く俺の口から言葉が出てくれる。

先輩がなにか否定してくれることを信じて。

これが夢である証拠を見せてくれると信じて。

「理由? 君の事が気持ち悪いから」

無表情のまま先輩の口から先ほどと同じ言葉が出る。

やっぱり夢だ。

先輩がこんな事言うわけがない。

「ねぇ、君は自分がどれだけ他の人から嫌悪されていたか知ってる? 端から見れば君はどれだけ異常な状況に居たのか。君の周りによってくるのは頭のおかしい人だけ。昔から君と仲良くなる人はまるで呪いのようにバタバタと死んでいく。確か最初の犠牲者は君のお母さんだったよね」

「何を……言って……?」

「解らない? 思い当たらない? 今までこんな事を本当に思ったことない? 『自分は世界中の人から嫌われている』って事を」

先輩が何を言っているのかわからない。

ノイズなんて被されていないはずなのに言語として理解できない。

意味のない五十音を適当に聞いているような感覚。

「君、鏡で自分の眼を見たことある? どれだけ気持ちの悪い眼をしているか。君の眼はね、死を写すんだよ。君を見た人は君の瞳の中にいる自分の死を見ることになる。だから君のお父さんは君を勘当扱いにして自分の側から離したんだよ。いずれ自分も殺される、って恐れてね」

――違う。

そんな訳ない。

そんなことは絶対に違う。

「……先輩は、そんな事を言わない。お前は……誰だ?」

「誰も何も私が薬師寺柚美奈本人。寧ろ君が見ていた私が偽りなだけ」

「――黙れっ!!」

俺は胸に刺さっている刃を漆黒に染め、霧散させる。

流れ出る血も傷も疲労もどうでもいい。

目の前の先輩の顔をして喋る生き物が目障りで、憎くて仕方が無い。

ぶっきらぼうながらも何の偏見も持たずに優しく俺に接してくれた先輩。

その先輩の姿を借りてこんな真似するなんて許せるわけがない。

俺は幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。

「自分に都合の悪いことには目を背けて、理想いつわりのために現実ほんものを壊す気?」

無表情ながらもどこか嘲る口調で先輩らしきものは俺からひらりと距離を取る。

偽りだと?

本物を壊す?

――俺の大事なものを壊してきた奴らがどの口でッ!!!

「――――――――」

それより早く俺は先輩らしきものに肉薄する。

そしてそのまま首根っこを右腕で捕まえた。

「ぐっ、………いいの? 私、死んじゃうよ?」

俺は先輩らしきものの言葉に耳を傾けず万力のような力で締め上げていく。

力は不思議と先輩らしきものを痛め付ければ痛め付けるほど湧いてきた。

「ぁくぅ、ふっ……ひゅぅ」

先輩らしきものの呼吸が徐々に細くなっていく。

なのに先輩らしきものの眼は無表情のまま俺を睨み続ける。

何だこいつは?

俺に殺されないと思っているのか?

―――だったら。

俺は右腕にマナを注ぎ、概念干渉を始めようとした。

その時、無表情な先輩の眼から一滴の涙が零れた。

「………っ」

その涙を見てふと冷静になる。

このままこいつを殺すのは簡単だ。

首をへし折るなり、概念で干渉するなりすればいい。

だがもし、こいつが先輩を洗脳しているだけだったら?

肉体は先輩本人のままで俺が傷つけているのは先輩本人じゃないのか?

そんな事が憎しみで満たされている俺の思考の片隅に浮かび上がった。

俺は反射的に手を離す。

「げほっ……げほっ………っ」

噎せ返る先輩らしきものを尻目に俺は左手で右腕を抑える。

俺は今完全に先輩を殺そうと?

俺が己を削ってでも護りたい対象を自分の手で?

「はぁ………はぁ………はぁ………」

呼吸がどんどん荒くなっていく。

自分の右腕がどんどん得体の知れないものに見えてくる。

これは本当に俺の祈りか?

これは本当に俺の願いか?

何をすべきなのか、何が間違っているのか、何が正しいのか。

考えれば考えるほどわからなくなってくる。

「俺は………」

首を振り思考を止める。

姉貴や先輩達、そしてパフェを護る。

それ以外の選択肢はないし、あってはいけない。

――そうだ。

だから今ここでこいつを殺す選択肢はない。

先輩を取り戻すためにも。

「やっぱり優しいね、架音君。本当に。――――本当に都合がいいよ」

どこから出したのか、先ほどとは別の太刀で先輩は斬りかかってくる。

俺は既のところで躱す。

「先輩、聞こえてるんだろ? 俺が必ず助けるから」

先ほどの涙。

あれはきっと先輩のものだ。

俺はそう信じ呼びかける。

「必ず助ける? じゃあ死んでよ」

終焉神達と比べるとかなり遅いが、普段の先輩では考えられないほどの鋭さで斬りこんでくる。

俺はそれを避けながらどうやって先輩を無力化するか考えていた。

先輩は治癒術に関してはトップレベルだ。

手足の骨を折る程度じゃあ直ぐに動けるようになるだろう。

やはりここは意識を奪うしか。

先ほど先輩に刺された傷を抑えながら俺は隙を窺う。

「ねえ、本当に死んでくれない? 君の姿を見るだけで胸がムカついて仕様が無いんだけど」

先輩は大きく踏み込んで刃を振りかざす。

「――――ッ」

大振りの刃が俺の耳付近を掠める。

――チャンスだ。

俺は一気に先輩との距離を縮める。

そして左手で先輩の首元に手刀を落とした。

「――――っ」

うまく気絶したのか、先輩は踏み込んだ勢いのまま前に倒れる。

「……っと」

俺は倒れて怪我しないように先輩を受け止めた。

先輩位の手から刀が零れ落ちた。

先輩の体は力が抜け完全に弛緩している。

これなら大丈夫だろう。

――さて、パフェの方はどうなっているか。

俺は先輩を抱えたままパフェ達が戦っている方を向こうとした。

その瞬間先輩の体がぴくりと動く。

「ッ?!」

俺はどちらが反応したのか一瞬わからず反応が遅れる。

「――――ッ!!!」

その結果下腹部が深く斬り裂かれることとなった。

「気絶したフリか。……………随分姑息な手を使うな」

零れ出る血を漆黒で覆いながら俺は先輩にそう言う。

俺がそう言うと先輩は初めて顔を歪ませ表情を変えた。

「フリなんかじゃないよ。私は今さっき君に気絶させられた。これは揺るぎない事実」

怒っているような、泣いているような。笑っているような。

どうとでも取れる顔で先輩は囀る。

「面白いもの、見せてあげようか? ―――――私にとっては面白くもなんともないものだけど」

そう言うと先輩は自ら服をたくし上げ、腹部を露出させた。

そこには―――

「………なんだよ、それ」

人の肌とは似ても似つかない醜悪な異形のモノが先輩の腹部に張り付いていた。

「ここだけじゃないよ、背中にも足にも腕にも。―――そして頭にもこれと似たようなのが埋まっているの」

コンコンと先輩は自分の頭を小突く。

「コレはね私が命令違反する度に私の体を食べるの。ぶちぶちと血肉と臓腑を、私が痛がるように食い散らかすの、私が泣き叫んでも気絶してもお構いなしに。そして食べた物の代わりにその場所に体を広げて食べたものの機能を果たすようになるみたい」

淡々と話を進める先輩に、その話す内容に俺は息が止まる。

「私も最初は抵抗したんだよ? 君は確かに気持ち悪かったけど嫌いじゃ無かった。華蓮は友達としても仕事仲間としても好きだったしね」

「誰が、そんなモノを」

俺の言葉を聞いていないのか、先輩は告解するかのように口を開く。

「私頑張ったよ。体中を食べられても君達の事は言わなかった。苦しくて痛くて気絶してもすぐ痛みで起こされて。何度も自殺しようとしたけどその度に無理やり自分の体を自分で治癒させられて生き返らされた。生きる事も死ぬ事も叶わなかったけど、それでも私はすぐに君たちが助けに来てくれるって信じてずっと頑張ってた」

「―――でも」

そこでぎろっと先輩が俺を睨む。

冷たい無表情。

それは伽藍堂な先輩の感情の一部に微かにこびり付いた負の感情。

先輩は操られているはずだからこの話は嘘の可能性が高いのに俺は先輩の話から耳を逸らせない。

「君は助けるどころか気に掛けてすら居なかった。『必ず助ける?』薄ら寒いよ。一週間以上私を放置した君がくれた連絡は『華蓮を助けてほしい』だった。助けて欲しかったのは私なのにね」

自嘲する口調なのに変わらず先輩の表情は無表情のまま。

俺は学校の潜入していた先輩の安否を定期連絡のメールだけで終わらせていたことを今更ながら後悔した。

――だが後悔してもそれはもう。

「だから私は壊れてしまった。もう耐えられなかった。壊れた私に残ったのは『やっぱり君の近くにいると不幸になる』って思いだけ」

「だから、ねぇ。架音君、私がコレから解放されるには架音君を殺すしか無いの。今度こそ私を助けてくれるよね? 私を不幸のままにしないよね?」

先輩の問に俺は即答することが出来なかった。

必死に脳味噌をフル稼働させる。

もう誰一人として自分の知っている人は死んでほしくない。

どうすれば助けられる。

先輩についた異物を無価値にしたら先輩が死ぬだけだ。

概念心具じゃなくても脳に取りついている以上取り除けば事実上の死となる。

また、あのグロテスクな生物を先輩の体に植えつけたやつを殺した所で先輩は戻りはしないだろう。

――ダメだ。

俺には先輩を助ける手段が……ない。

かと言って俺に先輩を殺す選択肢はない。

それは俺の心具いのりの存在意義そのものを壊す選択だから。

どれだけ状況が悪くなろうとも大事な人をこの手にかける選択肢はあってはいけないんだ。

俺はパフェの方に意識だけ向ける。

パフェなら何とか出来るかもしれない。

だが―――

繋がっている影からパフェの感情が感じ取れる。

普段はパフェの感情はパフェが意図しない限り読み取れないようになっている。

それが今やパフェの心情が手に取るように解った。

痛み、苦しみ、敵愾心、俺への心配、そして後ろめたい感情。

この影を通してパフェの気持ちを感じ取れるほど今パフェは劣勢に立たされているというわけだ。

それも当然だ。

パフェはまだ戦える状態じゃない。

だと言うのに俺に何一つ文句を言わず先輩の元へ向かわせてくれた。

そんなパフェに助けを求めるなんて出来やしない。

あぁ、そうだ。

俺はコイツも死なせる訳にはいかない。

だから俺が取れる選択は――――

「……………さっきの言葉は嘘じゃない。俺は、必ず先輩を助けるよ」

俺はあることを決め、先輩の目を見る。

中にある先輩の本当の真意を見るために。

「じゃあ、死んでよ。もう苦しいのも痛いのも嫌なの」

刀を握りしめ先輩は一歩、また一歩と俺に近づいてくる。

『“はい”か“いいえ”だけでいい。早急に答えてくれ』

俺は一歩一歩近づく先輩を見ながらパフェに思念を送る。

『俺が死にそうになったらお前の概念で俺を完全に取り込むことは出来るか?』

嘗て第三神がパフェに言っていた言葉を思い出す。

パフェはその気になれば俺を取り込んで復活することが出来るということを。

『出来るが、何をする気じゃ? まさか主様……』

『―――有難う。頼ってばかりだけど先輩の事お願いする』

――そして、ごめん。

「もう避けない。抵抗もしない。先輩の望み通り、俺は死のう」

両手を広げ俺は何も攻撃しないことをアピールする。

俺が死にかければパフェは俺を完全に取り込んで回復するだろう。

先輩は俺を殺せて開放される。

その後生き残れるかはパフェと先輩次第だけどきっと大丈夫だと信じている。

「……………」

俺の心臓の上に刃が突き立てられる。

俺はそれを穏やかな目で見送った。

死んだら姉貴に会えるのだろうか?

出来れば会えないほうがいいな。

姉貴にはまだ生きていてほしい。

俺なんかよりずっと賢くて才能があり、人に愛される人だから。

そして―――

「――――――っ」

先輩と俺の距離がゼロになった。

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