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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
58/72

その51 「焦燥」

荒廃した街を俺達は飛び回る。

先輩は神社の神主さんに預けてきた。

安全な場所で言えば学校なのだろうが。

学校は俺達が入れない上怪我を治せる設備はないので初めから考えていない。

神社に先輩を預けて助かるかどうか、安全かどうかは分からないが少なくとも何もしないよりはマシだ。

それと先輩を神社の神主さんに預けた時に、俺は念の為に姉貴の腕の鑑定と保存もお願いした。

例えその結果が姉貴の腕だろうとも俺は信じることはできないが、それでも俺が持っておくよりはずっといいだろう。

「―――――――っ」

街を疾走しながら俺は肉が裂けそうなほど強く右手を握りしめる。

神となった身体能力を駆使し、目まぐるしく視点を動かす。

俺はもう一分一秒とて待ってはいられない。

何かしていなければ張り裂けそうな胸を留めておくことが出来ない。

肉体の疲労も、マナの回復も度外視して駆けまわる。

骨組みだけとなったビル。

一階より上が消し飛んだマンション。

いつの間にか出来たクレーター。

街を大きく分断する深い溝。

とにかく調べられる限り調べて回る。

時折パフェがなにか言いたそうに俺を見るが、結局は何も言わず黙ったままついてくる。

パフェの体は当然まだ癒えてはいない。

例え敵と遭遇しても戦えるだけの力を振るえるかどうかわからない。

パフェにしてみれば自ら処刑台に赴いているに等しい心境だろう。

だが、この時の俺はそんな事にすら気を配れないほど切羽詰まっていた。

「くそっ!! いったい何処にいるんだ?!」

俺は焦燥に任せて右腕を地面に叩きつける。

衝撃で辺りの瓦礫は吹き飛び、地に穴が開く。

だが、そんなことをしても心に虚しさと焦りが広がっていくだけだった。

「……主様」

パフェの悲哀な声も俺の耳からは零れ落ちていく。

――考えろ。

姉貴を攫った奴が何処に居るかを。

この街は粗方探し終えた。

見渡すだけならこの街全てを見たと言っても過言ではないだろう。

俺達が入ることが出来ないあの場所を除いて。

俺は瓦礫の平地と化した街中で、傷一つ付いていない学校を睨む。

第六神と第十八神の本拠地。

あいつらが姉貴を狙った可能性もゼロではない筈。

「今の俺の力ならあの学校の結界に穴を開けられるんじゃないのか?」

俺はパフェを振り返りもせず尋ねる。

パフェの顔を見なかったのは後ろめたいだとか、気まずいとかそういう感情ではなく。

俺自身がパフェの答えをさして必要としていなかったからだ。

「う…む、時間さえ掛ければ穴くらいなら、の。じゃが―――」

「――そうか、解った。ありがとう」

苦々しそうな声音のパフェの言葉を遮り、俺は学校へとかけ出す。

壊せると判ればそれで十分だ。

たとえそれで鬼が出ようとも蛇が出ようとも、情報は一歩先に進むだろう。

俺は加速し、一息で学校前へと跳躍しようとする。

「――――あれは」

だが、その直線上に歩いている人間を見つけ、減速した。

俺は驚かれるのを承知でそいつの側に降り立った。

「どぉわっ?!! 空から人が?!」

馬鹿でかいリュックを背負ったそいつは女子で俺の顔見知りの……如月だった。

「―――こんな所で何をしているんだ」

俺は出来得る限り刺々しくない声を出そうと心掛ける。

パフェはいつの間にか消えていた。

影の中から鼓動を感じる事から影の中に逃げ込んだのだろう。

「わ~、輪廻君だぁ。会いたかったよぉ~。ねぇ、聞いて!! 私、美少女一人自分探しの旅に行ってたんだけど、その旅から帰って来たら携帯は使えないわ、電車は動かないわ、タクシー居ないわでホント大変だったんだよぉ」

涙を浮かべ両手を広げながら俺に抱きつこうとしてくる如月。

「――止まれ、それ以上近づくな」

だが俺は駆け寄ってくる如月を静止させる。

「えっ?! ど、どうしたの輪廻君。随分と怖い顔してるけど、私何か気に触るようなこと言っちゃった?」

如月は上目遣いで俺の表情を見ながらおずおずと喋る。

俺のそんな如月の質問を無視する形で言葉を重ねる。

「こんな街の状況で、隣町からタクシーも電車も使わず徒歩で帰って来たのか?」

俺は隣町から来たことを強調して尋ねる。

「え? う、うん、そうだよぉ。避難してきた人に大変なことになっているって聞いて、心配で……。でも、輪廻君が無事でよかったよぉ」

泣きそうな表情をしながらも如月ははにかんでみせる。

『主様、こやつは……』

パフェから思念で言葉が来る。

『……あぁ』

俺は首肯の思念を返す。

友人を疑うような真似はしたくはないが、どう考えてもこいつの話はおかしい。

学校から出てきたならいざ知らず。

姉貴を探している間人っ子一人見つからなかったこの街で、俺達の目をかいくぐってこんなところまで到達できるやつが果たして普通の奴だろうか。

どこか不自然な所が他に無いか、俺は探る。

「え~っと、ジロジロ見られるのは、決してい、いやじゃないんだけどぉ。その、恥ずかしいから―――止めて、欲しいといいますか……」

何やら一人勝手にもじもじしている如月。

見た感じも雰囲気も気配も、俺の知っている如月その人だ。

「でもでも、輪廻くんに見られて嬉しいと思う自分がいるのもまた事実で…………」

何やらブツブツ言っている如月を尻目に俺は如月に姉貴のことを聞くべきかどうか。

更にはこいつをこのまま学校に送り届けるべきか迷っていた。

今こいつは黒と断定することは出来ないにしてもかなり怪しい。

もしかしたら姉貴を襲った犯人と何らかの関係がある可能性がある。

仮に如月が姉貴を襲った犯人だと仮定すると、俺が探していることを知りながら俺達の前に出てきたことになる。

その目的は何だ?

俺達の監視? 誘導?

今の今まで姿を消していた奴がそんな事をする意味があるのか?

まとまらない考えに俺は心の内に苛立ちばかり立ち込める。

「あ、あのぉ、私から質問してもいいかな?」

「――――なんだ?」

如月は俺の表情を伺いながらおずおずと手を挙げる。

「街がどうしてこうなっているとか、輪廻君が空から降りてきたとか色々聞きたいことあるけど、とりあえず一つ。―――――――輪廻君は今なにをしてるの?」

「そんなことを聞いてどうするつもりだ」

俺がそう言うと、気迫に押されるように如月が肩を震わせる。

が、すぐ気を取り直すように口を開いた。

「えと、興味本位とかじゃなくて出来れば私も一緒に連れて行ってくれないかなぁって。この街に戻ってきたはいいけど、自宅も壊れてるしどしたらいいかわかんないんだよぉ。ねっ、お願いします、輪廻様!!」

頭を下げ両手を頭の上に合わせ、頼み込んでくる如月。

俺は如月の言葉を吟味しながら考えこむ。

着いて来たいということは俺達の監視が目的か?

いや、監視するだけなら着いて来る必要はない。

それならばやはり誘導か?

或いは俺達を油断させて攻撃なども考えられる。

どちらにせよこのままこいつを傍に置いておくのは危険だ。

「………………俺達は今学校に向かう途中だ。学校まででいいなら構わない」

俺は学校まで着いて来ることを了承する。

如月が学校に入れるかどうか、また俺が学校の結界を壊そうとした時どう言う反応をするかを見るためだ。

それにもし如月が白の場合は学校が一番安全な場所となるだろう。

「――――学校」

俺の言葉を繰り返し、如月はポツリと呟く。

感情を失ったかのような声に違和感を覚える。

「どうした? 学校に何かあるのか?」

「ぁ、ううん。何でもないよぉ。了解しましたぁ、一先ず学校までお願いします!!」

だが、何でも無かったかのように如月はいつもの調子で戯けるように敬礼する。

その姿に記憶に無いはずのある光景が重なる。

教室、放課後、如月と夜行。

『―――――――――――――』

―――っ。

俺が見た覚えがない光景が一瞬頭を過った。

眩暈は一瞬。

意味のない既知感だ。

そう切り捨て、俺は学校へと歩き出す。

それから道中半ばまで、俺は殆ど言葉を発せず歩き続けた。

如月はずっと俺に話しかけ続けていたようだが、おそらく俺は生返事しか返していないだろう。

頭の中には姉貴の事、終焉神の事、友人である如月達の事、それら全てが色々と絡み融け合い俺を蝕んでいた。

姉貴の事を考えるのならば今すぐ如月を放っておいて学校に向かえばいい。

しかし、怪しいとはいえ友人の如月をこんな危険な街に放置することは出来ない。

ならば如月を抱えて学校に向かえばいいのかもしれないが。

敵か味方か不明な如月を抱えて万が一敵だった場合俺の命はないだろう。

勿論不安分子だからといって如月を排除する非情さなど俺にはない。

要するに俺は己で抱え込んだ荷物の重さで身動きが取れなくなってしまっているのだ。

どれもこれも捨てることが出来ないのに、一刻も早く姉貴を助けなければいけないという相反する命令に神経がパンクし始める。

致命的な甘さを抱えたまま俺の心はどんどん剥がれ落ちていく。

壊れたポンプの如く心臓は駆け足で血液を流し続ける。

いけないと解っていつつも、焦る心と思考回路は止まらない。

少しでも気を紛らわせるために、俺は辺りを見渡す。

建物がほぼ無い今の街ではかなりの範囲を見渡すことが出来る。

いつもは建物に遮られて見えな周りの山すらも。

「――――ッ!!」

表面上の冷静さすら装えているかわからない今の俺の視界にソレが見えた時。

残された俺の思考能力は全て弾け飛んだ。

「そん……な」

姉貴を探している時はそこは意図的に外していた。

いや、外しているというよりそこはもう見ていたから見る必要がないと決めつけてしまっていた。

視界の先からは煙が上がっている。

つい先程はそこに居た時は上がっていなかったというのに。

―――糞がッ!!!

如月の事も姉貴の事も頭の隅に追いやり、全力で駆け出す。

山中にある神社へと。

「――――ッ!!!」

怒りで視界が真っ赤に染まる。

自分に対しても敵に対しても今まで抱いたことのないレベルの怒りが神経を焼き切っていく。

どうして誰も彼もが俺の腕の中からものを奪っていく。

何故ささやかなものすら俺には持たせてくれない。

世界は一体俺からどれだけ奪おうとすれば気が済むんだ。

この僅かなものすら護ることが叶わないというなら俺は――。

「―――――」

ドクンと右腕が波打つ。

黒でも白でもない新たな色が俺を再構築し始める。

疾走する俺の前に弾き飛ばされた鳥居が突き刺さる。

「邪魔だ!!」

俺は右腕で鳥居を粉砕すると、減速すること無く神社に降り立つ。

神社の社務所からは炎が上がっており、辺り一面は破壊されていた。

その中央、炎から逃れるように這い出たのか、先輩が倒れていた。

「先輩!!」

俺はすぐさま先輩に駆け寄ろうとする。

『!! 主様横じゃ!!』

が、その瞬間何かを察知したパフェの声に反応し、俺は真横に飛んで躱す。

俺が直前まで居た場所には幾つもの武器が突き刺さっていた。

「これは………」

俺は瞬時にあの神を想起する。

第九神だ。

だがあいつは第三神の攻撃で死んだはずじゃ?

「避けたか。意外と冷静だな、輪廻」

訝しがる俺の前に全身ローブを纏った人物が現れる。

俺の名前を知っているということは見知った人物か?

――いや。

俺は自分の中でその思考を強制的に打ち切る。

誰であろうと関係ない。

こいつはぶっ倒す。

俺は右腕を敵に向けようとする。

『無視せよ、主様。早く柚美奈の元へ行くがいい、此奴の相手は吾がする』

パフェはそれを遮るように俺の影から出て、俺を背にローブの人物と対峙する。

『…………悪い』

俺はパフェの体調の悪さを見て見ぬふりをし、先輩の元へ駈け出す。

パフェが睨み付けているせいか、ローブの人物が俺に何か仕掛けてくることはなかった。

俺は先輩の横に辿り着くと、伏せている先輩の体を仰向けにする。

「架…音…君?」

薄っすら開いた先輩の瞳に僅かな光が灯る。

――よかった、まだ十分気力は残っている。

俺は先輩が一分一秒を争う状況でない事を確認し、一先ずほっとする。

「お互い説明は後です。今は一刻も早く此処から……」

俺は先輩を抱き上げその場を離れようとする。

しかしその前に先輩が急に俺の胸元をギュッと掴んだ。

俺はその手を振り解こうとした。

敵の能力が未知数。

パフェがどれだけ持つかはわからない以上、俺は先輩を安全な場所に移した後一刻も早く加勢に入るべきだからだ。

だが、俺のそういった考えは先輩の次の言葉で粉々に打ち砕けた。

「あ、いつが……、アイツが華蓮を……」

その言葉を聞いた瞬間。

俺の中の魂と右腕が瞬間的に沸騰し、燃え上がる。

一時でも逃げるという考えは瞬時に破棄され、怒りと憎しみが心から溢れだし右腕に注がれていく。

理性は焼き切れ。

敵を倒す事、この一色のみの命令が体を埋め尽くす。

俺は先輩を置いたままローブの人物へと向かおうとする。

「いか、ないで……。もう、危ない…ことは、しないで」

先輩のその言葉で僅かばかりの理性が回復する。

今にも暴発しそうな右手を抑えこみ、俺は言葉を吐き出す。

「必ずアイツを倒して戻ります。だからほんの少しの間だけ待っててください」

出来得る限り優しく先輩の手を掴むと、ゆっくり解く。

それを見ながら先輩は悲しそうな顔で何かをポツリと呟いた。

「やっぱり、華蓮の方が、大事……なんだね」

「え?」

俺が聞き返すと、先輩はいつもの無表情な顔に戻った。

「なんでも、ないよ。最後に一言だけ、いいかな?」

「えぇ」

「ずっと言いたかったの。初めて会った時から私は架音君が――――――」

先輩が体を起こし、グッと俺に近づいた。

俺は戦闘中だと言う事を忘れ、先輩の顔に意識を奪われた。

泣いているような、笑っているような何処か空虚感漂う顔に。

「――――――気持ち悪くてしょうがなかったよ」

ドスンという衝撃とともに俺の体をなにか熱いものが貫いた。

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