その46 「晦冥」
周囲に張り巡らされていた漆黒が今、パフェの元へ全て収束する。
文字通り次の一撃に全身全霊を込めるつもりだ。
対するベイグウォードもそれは同じで、どこにそんな力が残っていたのかというほどの神気が辺りに放出される。
両者ともに避ける気も防ぐ気もない。
真向からぶつかって敵を粉砕することだけを考えている。
それに共鳴し、右腕が今までで一番大きな力をパフェに送る。
『月蝕牙―――』
パフェが構えるとともにベイグウォードがスタートをきる。
瞬時にその姿が掻き消える。
が、パフェはベイグウォードを一切見ず、刃を振り下ろす。
『――――晦冥』
パフェが刃を振るった瞬間。
パフェの刃先から前方全てが闇へと変わる。
まるで突然視界を失ったかのように黒一色。
第七神も天も地も海も、風景全て呑み込み斬撃の領域に収めたのだ。
「これで……っ?!」
終わった、と確信する前に闇からベイグウォードが頭だけ無理やり飛び出してくる。
体は漆黒により黒く染まり始め、蝕み消え始めている。
だが、全身漆黒の干渉を受けていようと一向に厭いはしていない。
「――オオオオォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咆吼とともに漆黒の空間から肩が出、腕が出、足が出てくる。
あとは尻尾が抜ければ奴は自由になる。
――その前に今度こそ俺が止めを刺す。
パフェに借りた鞘を握りしめ、俺は前に出る。
その瞬間、俺はバランスを崩した。
「はっ??」
迫り来るベイグウォードを前に俺の体は無様に失速する。
突然の事態に俺の思考は停止する。
何だ?
何が起こったと言うんだ?
先ほど受けたダメージが今頃になってぶり返したのか。
それとも右腕がパフェに送った力が俺の最後のエネルギーだったのか。
原因は不明だが力が入らず俺の体は傾いていく。
――待てよ、巫山戯るな。
俺が、俺が此処で倒れてどうするんだ。
漸く見えたかもしれない勝利を俺が潰してしまうのか。
あり得ない、許されない、そんなこと起こっていいはずがない。
最後まで共に戦うと決めたんだろ?
動けよ、俺の体。
きっちりケリを付けて、生きて共にあの街へ帰るんだ。
思いとは裏腹に体は一向に進まず、無情に時だけが流れていく。
俺は必死に手を伸ばす。
その先に漆黒から完全に抜けきったベイグウォードが居た。
パフェは先ほどの一撃に持てる力を出し切ったのか、完全に脱力してる。
根性論でもご都合主義でも奇跡でも何でもいい。
頼むから動いてくれ。
ベイグウォードがこちらをつまらなそうに一瞬見た。
まるで哀れな逃走者を見るように。
その瞬間、心具が沸騰するかのごとく燃え上がる。
―――違う。
俺が、この腕で護ると決めた俺が逃げるなど。
取り零す状況を見てるだけなどあっていいはずがない。
俺自身に自分の祈りを否定させないためにも動いてくれ。
「―――動けって言ってるだろっ!!!!!!!!!!!!」
俺の叫びも虚しくベイグウォードとパフェが激突する。
―――その瞬間。
「一石二鳥? 漁夫の利? まあ、なんでもいいけど。―――――――私の為にどうもご苦労様、第二神、第七神」
いつか聞いた女の声と共にパフェとベイグウォードを一つの槍が貫いた。
「―――ッ!!!! てめェ、巫山戯んなよ!!! この場面、この局面で横槍だと? ぶっ殺されてぇのかっ!!!!!!!」
槍が突き刺さり、口から血を流しながらもベイグウォードは憤怒の形相でその女を睨みつける。
体に刺さった槍すら眼中にないかのようにブチブチと体を裂きながら空間を歪ませるほどの殺気を振りまく。
それを受けた尚、突然現れた女は口元に微笑を浮かべる。
「あら怖い。ぶっ殺されちゃ堪らないから無力化しなくちゃね」
女がぱちんと指を鳴らすと、ベイグウォードの辺り全ての空間から光の矢のようなものが出現する。
「じゃあね」
「―――糞がァアアアアアッ!!!!!!!!!!!」
逃げ場のない数千、数万の矢がベイグウォードに降り注ぐ。
絶対的に相対的な速度を出せる第七神が為す術もなくその身に矢を受け続ける。
消耗していたとはいえ、俺達があれだけ苦労した第七神の能力を、コイツは何の苦労もせずあっさりと突破したのだ。
一体コイツは何なのだろう。
パリンという音とともにパフェとベイグウォードの心具が砕けて消える。
それに伴い俺の身体能力の上昇も解ける。
パフェの第二契約が解除されたせいだ。
「さて、落ち着いたことだし改めて自己紹介でもしましょうか」
女は無造作に突き刺さった槍を抜く。
支えを失ったパフェとベイグウォードが重力に引かれ、落下し始める。
「―――ッ!!」
俺は急いで体勢を立て直し、パフェをキャッチする。
第七神がそのまま落下していくが、今はそれどころじゃない。
「一応初めましてと言っておこうかしら。私は終焉を司る神の内の一人、第十八神コーソフィリアルアーク。――――私に見覚えがあるかしら?」
薄いベールに包まれている女は自分を第十八神と名乗った。
第十八だと?
いったい終焉神は何体居るんだ?
そしてこの声……。
「―――お前、あの時の声か?」
第六神ユートと戦っていた時に止めに来た女の声を思い出す。
「あの時がどの時か知らないけれど、たぶんあなたの思っている通りよ」
俺の発言に面白そうに笑いながら女は肯定する。
間違いない、コイツはあの時のやつだ。
だが、何故今になって現れる?
浮かんだ疑問を即座にかき消す。
第三神をこいつらにけしかけたのは俺達だ。
あの学校を護るため俺たちを排除に来たとしてもおかしくはない。
第三神を足止めするため仕方なかったとはいえ、こういった事態も想定しておくべきだったか。
想定したところで何も手段がなかったのは事実だが。
「―――また俺を勧誘する気か?」
俺はそんなことは有り得ないと思いながらも声を出す。
パフェも俺も先ほどの戦いでかなり消耗している。
少しでも会話を引き伸ばして時間を稼がなければ、戦うことは疎か作戦を立てることすらまともに出来ないからだ。
「あら? 私達の陣営に来る気になったの?」
意外そうな顔をしながら女は言葉を返す。
「………第二神を殺さないって条件ならな」
パフェをできる限り後ろへ抱える。
これ以上のダメージはさすがにパフェでもヤバイ筈だ。
「別にその条件でもいいわよ」
「………なに?」
上手い話など無いのは前回知っているにもかかわらず、俺は聞き返す。
時間を稼ぐ為でもあるが、興味を惹かれる話であるのも事実だったからだ。
「殺さなくても彼女を何とかする方法はあるからね。寧ろ殺さないほうがこっちにとっても簡単ね。――――で、どうするの?」
「ッ!!!」
ゾッとするような冷たい瞳で第十八神は冷笑する。
そして今悟る。
こいつは始めから俺のする回答がわかった上で遊んでいるのだ。
俺が時間稼ぎのために会話を引き延ばしていると知った上で。
「どうしてそこまで第二神を排除しようとする。第二神がお前らに何をしたっていうんだ?」
それでも俺は目の前の第十八神に問いかけずにはいられなかった。
次々と襲い掛かってくる終焉神。
間引きだ何だと理由を聞かされても理不尽に襲われることの納得にはなりはしない。
俺は時間稼ぎで会話を続けなくちゃいけないこの状況を利用して、疑問に思っていたことを吐き出す。
「…………逆に聞くけど、なんであなたは彼女を守るのかしら? 命を救われたから? 一緒に戦ってくれるから? 自分を愛してくれるから?」
「それは………」
否定しようとして言葉に詰まる。
何故ならコイツの言った通りの理由で俺はパフェを護っているからだ。
「彼女があなたを守るのはただの気まぐれよ。面白いおもちゃを愛だの何だのと理由をつけてその気になって遊んでいるだけ。私達からすれば第二神はそこの第七神や第三神と何ら変わらないって言うのに、第三神を私達に押し付けて排除しようとしているあなたが第二神を頑なに守ろうとするのは理解できない。第二神はあなたの平穏を奪った元凶其の者なのよ?」
確かにこの女の言っていることは正論だ。
パフェが俺の平穏を奪った始まりであるのは事実。
だが――。
「最初はただの気まぐれだったのかもしれない。それでも今は違う。俺とコイツは確かな信頼と絆でつながっている。―――――お前たちのような神には解らないかもしれないがな」
そうだ、始まりこそ敵だったのかもしれないが今は違う。
最早完全には戻らないかもしれないが、それでも俺達の平穏を戻すためにパフェは命を懸けてくれている。
たとえそこにパフェの利己的な理由が混ざっていようとも俺にはそれだけで十分だ。
「へぇ………『絆』……ねぇ」
第十八神の口元に浮かんでいた笑みが消える。
蜃気楼のようだった女の気配が一気に膨れ上がる。
「……………もういいわ。そこまで染まってしまったあなたにもう『価値』はない」
深い失望の言葉とともに女は俺を冷たく見据える。
「せめてもの慈悲よ。今死ぬか、あとで死ぬかだけ選ばせてあげる」
パフェと第七神を突き刺した槍が俺の心臓へと向けられる。
「………くっ」
どうする?
コイツの能力は未知数だが、先ほど第七神を貫いた槍だ。
まともに避けれる代物じゃないだろう。
ならダメージ覚悟してでも右腕で受け止めるしかない。
――こんな所で死ぬ訳にはいかないのだから。
「『こんな所で死ぬわけがない』って顔をしているわね。でも残念ながらちゃんと死ぬわよ、私がこの槍を放つだけであなたはどんなに抗おうが為す術もなく死ぬ」
俺の思惑を、心を全て読んでいるかのように女は断定する。
何なんだこいつは?
第三神や第七神と違って戦うことが目的なわけではない。
第九神のように自己の為でもない。
この第十八神とやらは一見何か目的が有るようでそれが曖昧なのだ。
パフェを何が何でも排除したいのであれば、俺なんかに構わず直ぐ倒してしまえばいい。
俺を殺したいのであればこんな選択肢など突きつけず、さっさと槍を放てばいい。
「お前は……お前は何なんだ? 何故そんな選択肢を突きつける? 俺を殺したいなら脅しなんか掛けずにさっさと殺せばいいだろ?」
言動と行動があまりにもチグハグだ。
何を考えているか全く読めないところに恐怖を感じる。
「…………それは自分で考えなさい。考える頭が付いているでしょ? ――――――――――さあ、どうする訳? 今此処で死ぬか、暫しの安息を経て死ぬか。どちらがいいか選びなさい」
有無を言わさぬ圧迫の選択肢に俺は一つの選択をする。
「……俺は此処で死ぬ訳にはいかない」
「そう、後者の道を選ぶのね」
顔は無表情のままだったが、何処か悲しみを含んだ声に聞こえる。
そんなに俺を殺したいのだろうか。
だったら何故その選択を俺に委ねるんだ?
訳がわからない。
「あぁ、だが死ぬのは当分先になるな。俺はコイツと姉貴達を護りきる」
意趣返し、と言う訳ではないが。
思い通りには行かない、と言う意味を込めて言い返す。
だが、女は俺への興味を失ったのか背を向ける。
「――――――1つ予言しておくわ。あなたは必ず私に殺される。あなたのしていることは地獄を先延ばしにしているにすぎないってことを覚えていなさい。それじゃあ、『またね』」
一方的に言うだけ言って第十八神の女は消える。
脱力とともに落下する俺の脳裏には、第十八神の言葉が消えずにまるで呪いのように、突き刺さった。