その45 「共鳴」
――第六神と第三神が激突している場所からやや離れた地点。
何もない建物の屋上でそこから何者かが居るように声だけ発生する。
「第七神が第二契約……か。これは手を貸さないとちょっとやばいかもしれないかな?」
隠遁術か、或いは空間がズレているのか。
何にせよ其処にはナニかが居た。
たった今、4柱の終焉神が業の位階の戦闘をしているというのに、どこか楽しげだ。
ある種傍観者が出す楽観的な言葉。
巻き込まれないという保証などどこにもないというのに。
或いは強者が出す余裕の様なものなのかもしれない。
「――とは言っても、今の彼じゃあ干渉しても大した成果は得られそうにないからどうしようか悩むな」
自嘲するかのように声がする場所にノイズが走る。
何かをしているのか、或いは何もしていないのか。
それすらわからないが屋上の上をノイズが点々と移動する。
一頻り動いたら気が済んだのか、ノイズが止まる。
「さて、そろそろ舞台装置が動き出す頃だと思うんだけど、どうなることやら」
最早架音達に興味を失ったかのような口振りで、『声』が移動する。
「―――勤労な私はもう一仕事がんばりますか」
そう言うとノイズは掻き消えるようにその場から存在を消した。
†
「――っ!!!!!!!!!」
超速で突っ込んできたベイグウォードをパフェは漆黒の爪で迎撃する。
巨大化したことにより逃げるスペースは減ったが、体中から大剣を生やしているせいで頭を『無価値』にしない限り、攻撃は止まらなくなった。
再びチェーンソーのような音とともに漆黒の爪が弾かれる。
その身を高速で回転させ、向かう攻撃全てを弾き飛ばしているのだ。
先程からこっちが攻撃する度にこうやって回転して弾いている。
それに加え―――。
業の位階になったことで濃度と密度が桁違いに増えた漆黒の層が豆腐のように微塵に弾け飛ぶ。
「――ぐっ!!」
砲弾のように突進してきたベイグウォードをパフェは刀で受け流す。
その際パフェの肩辺りの肉が斬り刻まれ、削げる。
業の位階である神化系統の概念心具により全身が心具になったベイグウォードはどこで攻撃してもパフェにダメージを与えることが出来る。
走攻守全てが隙のない次元まで昇華しているのだ。
これで互角とはよく言ったものだ。
『――主様。これを持っていよ』
パフェの思念とともに何かが飛んでくる。
受け取るとそれは先ほどパフェが抜いた刀の鞘だった。
『アレに対して盾にできるものはソレと極夜刀しかない。主様にアレが攻撃してきたらソレを盾にして逃げるのじゃ』
左手にある鞘から凄まじいまでの神気とマナを感じる。
たしかにこれなら防げるかもしれない。
―――だが。
『逃げるつもりはない。お前が戦い続ける限り俺も最後まで共に戦う』
そう俺は宣言すると、鞘を握りしめベイグウォードに向ける。
『ふん、好きにするが良い』
口調はぶっきらぼうだが、照れた感情の思念が返って来た。
パフェにそう言ったものの勝機は全く見えない。
パフェに引っ張られて補正が掛かってはいるが、俺は第一契約のままだ。
手足が使えなくなっているとはいえ、全身心具となった今の第七神に対抗できるとは思えない。
いや、そもそもの奴の概念による絶対的な速度差をどうにかしない限り倒せないのはわかっていた。
だが今の第七神は全身凶器だ。
迂闊に手を伸ばせば俺の腕は骨すら残らず粉塵へと消えるだろう。
――どうする?
奴を捕まえるためには奴を止める必要があり。
奴を止めるためには奴を捕まえる必要がある。
この矛盾した2つの要素をどうやって突破する?
思考を巡らしていくが、相手はそんな呑気に待ってくれる相手ではない。
「ほぉ、これを見てもまだやる気とは。いい根性してるじゃねぇか」
鞘を剣のように構えている俺を見てベイグウォードは唸るように感心する。
「―――だが邪魔だ。消えろ」
ベイグウォードの姿が一瞬眼前に見えたと思えば、俺は弾き飛ばされる。
「――――ッ!!!」
無意識に構えてた鞘が盾となったが、鞘を経由して尚体が拉げるような衝撃が加わる。
鞘周辺の肉は弾け飛び、俺自身も地平の彼方まで飛ばされる。
『主様っ?!!』
『……大丈夫、だ。少しやられた、だけだ』
噴き出る血を漆黒で抑えながら、パフェに直ぐさま思念を返す。
今、戦っているパフェに余計な心配をかけさせる訳にはいかないからだ。
「ちっ………、パフェと随分離されたか」
糸のように細くなった己の影を見ながら、俺はなんとか立ち上がる。
コレは俺とパフェの命の綱だ。
パフェも回復してきているとはいえ、あまり離れる訳にはいかないだろう。
彼方に見える二柱の戦いを見ながら、俺はパフェの元へ急ぐ。
剣と刀が激しくぶつかり合い、マナと神気が迸るのが見える。
超速で突進してくるベイグウォードを刃を盾にして防いではいるが、威力を殺しきれないのか突撃の度に体の一部分が抉られていく。
このまま攻撃が続けばパフェはいずれ再生できなくなる程衰えるだろう。
パフェもそんなことは解っている。
一体どうするつもりなのだろうか?
俺はパフェの真意を探るように見据えた。
†
「………くっく」
今も吾を気遣いながら必死に突破口を見出そうとしている主様に笑みが溢れる。
相も変わらず愛い奴じゃ。
だが残念ながら主様よ、この第七神を倒すのに真っ当な攻略法なんぞ無いんじゃよ。
攻撃と防御は主様が思っているほど無敵ではないが、この速度だけは終焉神クラスでもどうにかできる奴がおるのかが疑問のレベルじゃ。
吾は辺りを超速で飛び回っているベイグウォードに適当に当たりをつけて極夜刀を振るう。
が、ベイグウォードは弾きながら強引に突破してくる。
刃を振るう度に己の体は抉り取られる。
吾の体はかなり異質で、ダメージはもちろんあるが主様たちのように機能が傷害されることはない。
最悪妖精形態程度のサイズまで削られたとしても極夜刀さえ残っていれば戦闘は可能じゃろう。
じゃが主様の思っていることも事実で、このままいけば何れ吾の体は朽ちる。
「じゃがそれは貴様とて同じこと」
極夜刀が創りだす漆黒の斬撃を防波堤代わりにしながら、ベイグウォードの攻撃ルートを限定していく。
主様は自分がしたことは手足を使えなくしただけじゃと思っているようじゃがそれは違う。
今も尚、主様の概念はベイグウォードの体を干渉し続けている。
駆動部分がある限り奴の速度に衰えは然程感じられんかもしれんが、現実確かに効いている。
第二契約を結んでいるというのに第一契約時と比べ、多少の相対速力しか上昇していないのが何よりの証拠じゃ。
微々たるものじゃが、時間とともに奴の相対速力は必ず落ちる。
間違いなくこの戦いに大きく貢献し続けておるのじゃ。
そして吾が先ほど極夜刀でつけた傷。
概念心具ですら覆われず、腑を野に晒し続けている。
これが奴が使っている神化系統や覚醒系統の最大の弱点。
それはフィードバックの高さではなく、その部位を欠損すれば使用自体不可能になることじゃ。
攻撃・防御・速度、どれをとっても最高クラスの系統じゃが、それは飽くまで使用できればの話じゃ。
高い防御能力も生身の部分があれば関係はない。
既に細胞一つ一つにこびり付いた浸蝕の概念により奴は今も内臓から食われ続けている。
時間が来れば朽ちるのは奴とて同じことなのじゃ。
奴が言った五分とは詰まる所そういう事。
奴が吾を削りきれるか、吾と主様が奴を干渉し切るか。
消耗戦によって倒すしかない。
それがこの第七神を倒す唯一の術。
じゃから主様には悪いが今回は美味しいところは全て吾に持って行かせてもらおう。
「勝つのは吾らじゃ。この世界で沈むがいい第七神」
「ハッ! 吐かすな。てめぇこそそんな餓鬼に肩入れして力を失ったことをあの世で後悔するんだな」
†
漸くパフェの邪魔にならない程度の位置に近づいた俺は驚愕の光景を目の当たりにした。
絶望的な状況であるはずなのに溢れんばかりの活き活きとした表情で戦うパフェを俺は呆然と眺める。
第二契約を結んだ第七神に攻撃は未だ一度も当たっていない。
客観的に見れば何もない虚空を斬りつけては斬られるその様は滑稽に見えるかもしれない。
でも俺にとってそれは美しく心踊るものに見えた。
黒刀を振るい戦う女神と暴風を身に纏い、駆ける神獣。
その二柱の本気の戦いは胸を熱くさせる。
姉貴達のために勝つ方法を探さなくてはならないと解っているのに、俺は二柱の戦いを魅入っていた。
終焉を謳う神達の激突。
それは地を抉り、大気を震わせ、海を地平の彼方まで吹き飛ばす。
その力を惑星に向ければ大した時を経ずに滅ぼしてしまうだろう。
俺もいつかあんな風にパフェの横に立って戦える日が来るのだろうか?
『―――――――――――』
どくんと右腕が震える。
嬉しいや悲しいでは最早言い表せない複雑な感情が滾る鍋のように渦を巻いている。
「俺は………」
不意に出た言葉はそれ以上続かず闇へと溶ける。
「いや、今はよそう」
思わず握りしめていた拳を振り払い、思考を戻そうとする。
「………?」
その時ふと気づく。
右腕がいつも以上に軽いのだ。
いやそれだけではない。
かなり疲労が溜まっているはずの体はいつの間にか気力が充実し。
右腕は力強く鼓動し続け、更なる力を与え続けてくれる。
――これは?
その変化は俺だけじゃなくパフェにも訪れた。
「…なっ……ぐっ?!」
振るった極夜刀の黒い爪が初めてベイグウォードを弾き飛ばす。
ダメージはないが、初めてベイグウォードの攻撃を止めることに成功した。
『………む? コレは……共鳴かや?』
『共鳴?』
『確かなことは言えんが、主様の力が吾へ、吾の力が主様へ循環しておる』
パフェから受け取った鞘を見る。
こちらも俺の右腕と同じように鼓動し、力が流れ込んでくる。
――これが受信機になっているのか?
俺も思いが、『祈り』がパフェの心具へ伝わり、パフェの思いが、『祈り』が俺の心具へと伝わる。
回路のように力は駆け巡り、循環していく。
消費しているはずなのにベイグウォードが攻撃すればするほどパフェの力が増大していく。
まるで逆境をそのまま力に変えているように。
「なんだてめェら、まだそんな力があったのかよ。いいじゃねぇか、最高に楽しませてくれるなぁ、おい!!」
黒い爪に弾き飛ばされながら、ベイグウォードは瞬時に加速し、パフェに猛攻を仕掛ける。
狂気じみた嗤いとともに更にベイグウォードが加速する。
回避などもはや頭にないのか、最短距離を最速で踏破し、パフェに激突する。
「くぅ……ッ!!!」
大きく肉を削がれながらもパフェは笑みを崩さない。
絶対に負けないという思いと、この殺し合いを純粋に楽しんでいる感情が流れ込んでくる。
それに共鳴して右腕が鼓動する。
敵を倒すために更なる力をパフェに送る。
「先ほど言ったな、第七神よ。『そんな餓鬼に肩入れして』と。じゃが『そんな餓鬼』が今吾を支え貴様を追い詰めておる。やはり後悔するのは貴様の方じゃぞ?」
「後悔はしねぇが、まあ認めてやるよ。てめェの選んだ餓鬼は敵として見るに値する餓鬼だとな」
無限に続くかに思えた激闘に一時の凪が入る。
ベイグウォードは腑から血を流し、体から聳え立つ無数の大剣にも幾つもの傷が付いている。
対するパフェも薄くなった体を掻き集めなんとか維持しながら、数えきれないくらい傷と凹みの入った極夜刀を構える。
俺は何も言わずパフェの後ろに立った。
最後まで共に居ると言ったんだ。
これで俺だけいつまでも安全な場所にいたら嘘になってしまう。
「―――さあこれで」
「終わりとしようか―――」
†
――同時刻。
天上より上であり、地獄より下である場所。
或いは此処より内で此処より外である場所。
そんな摩訶不思議な空間に存在するものが目を開ける。
本来はソレに目など必要としない。
目は見るため、即ち情報を得るために存在するものである。
ソレは目を開かなくとも十分に情報を得ている。
ただ其処に存在するだけでそれは役割を果たしている。
ソレが目を開くということは詰まる所、その必要性が有るほど異常な事態が発生することを意味する。
「―――――――――――――――」
何かを呟くかのようにソレは音を発する。
その言語は地上に住む人間には到底理解し得ないものである。
もちろん此処に聞くものなど他にはいない。
開かれた眼が複数の何かを見詰めるように少しずつ移っていく。
その瞳は何を写しているのか。
ただ無機質にソレは見つめ続けた。