その44 「五分」
黒い閃光で視界全てが埋め尽くされたと感じた瞬間。
俺は弾き飛ばされて地面に叩き付けられていた。
海上で戦っていたはずなのに地面に叩き付けられたのだ。
おかしいと思い、辺りを見渡す。
どうやら近くの大陸や小島に叩き落されたわけではないらしい。
となると此処は………。
地質を見て気付く。
俺は今海底に叩き付けられたのだ。
「…………どうなった?」
ベイグウォードに斬られた傷口を押さえ、俺はよろよろと立ち上がる。
そこで見たものは………。
「はっ、なんだよコレ」
思わず乾いた笑みが零れる。
見上げると黒い巨大な柱が大気圏を突き抜けているかの様に地表に突き刺さっていた。
当たり一面の海を全て弾き飛ばし、大陸に罅を入れた攻撃がこれだ。
コレがパフェの第二契約時の力。
記憶の片隅にしか残っていないがコレが街を壊滅させた正体なんだろう。
最早無茶苦茶過ぎて笑いしか込み上げない。
こんな物を振り回して戦えばそりゃあ人類は滅亡するだろう。
その場から跳躍し、パフェのいる上空へと駆け上がる。
「――――――――殺し損ねたか」
パフェの隣に立つとギョッとするような言葉が聞こえてくる。
パフェの視線の先を見ると宙に腹部三分の一ほど抉り取られているベイグウォードがいた。
その残った腹部三分の二も漆黒に干渉されて少しずつ噛み千切られていっている。
両腕と片足は俺の概念によって使いものにならない。
客観的に見て、もう戦える状態じゃないのは明らかだ。
「ならとっとと止めを刺そう」
コイツをここまで追い込めたのは俺の初見殺しの概念に依るものが大きい。
ここでコイツを逃せば次同じように勝つことは出来ないだろう。
俺の概念をバラさせないためにもコイツは此処で殺さなければいけない。
「―――言われる迄もない」
一切の躊躇いもなくパフェは刀を構えた。
俺はチラリと街の方角に視線を送る。
姉貴達は大丈夫なのだろうか。
もし何らかの理由で計画がうまく行っていない場合俺達が第三神を倒さなければならない。
最悪街の住民、そして姉貴達ももう………。
ネガティブに陥りがちな思考をかき消す。
今俺に出来ることは姉貴達を信じて目の前のことに全力で当たるだけだ。
†
「…………………終わりや。一発で楽にしたる」
ミュールヒルは心具を構え、目の前の存在に向かって振り下ろす。
華蓮達に最早奥の手はなく、そもそも有ったとしてもそれを行うだけのマナがない。
架音達は遥か海の向こうであり、彼らの助けは期待できない。
詰まる所彼女は万策終わったのだ。
此処で彼女の命運を分けるものが有るとすればそれは運。
奇跡などではなくもっと自然な、起こりうる現象。
どうして彼女が態々此処に転移したのか。
こんな近くに一つ学校が在るだけの場所に何故転移したのか。
―――それは。
「――っ!!」
直ぐ側にある学校から飛び出してきた何者かにミュールヒルは蹴り飛ばされる。
「――目標地点へのターゲットの到達を確認。結界陣を起動します。後は任せます――――」
華蓮の直ぐ側に降り立ったものから無機質な声が響く。
それと同時に四方数㎞、ミュールヒルを囲むように六面体が出現する。
「! うちを閉じ込める気か」
徐々に覆われていく結界にミュールヒルは脱出しようと、まだ塞がっていない箇所に跳ぶ。
が、それより早く先ほどの声とは別の何者かが矢のように完成直前の結界内へ侵入し、ミュールヒルを再び結界内へ弾き返す。
「ちっ、次から次へと何やねんいったい!?」
空中で蹈鞴を踏みながらミュールヒルは止まる。
そして自分を吹っ飛ばした者を見ようと視線を上げる。
そこには―――。
黄金の髪を揺らしながら身の丈に合わぬ大剣を構える少年。
第六神ユートが居た。
「はぁ?! アンタなんで?! え? ちょっ、どゆこと?」
突然現れた夢渡に戸惑いを隠せない様子のミュールヒル。
現在進行形で閉じ込められているというのに、随分余裕がある、と言えるかもしれない。
ただ抜けているだけとも言えるが。
その隙に夢渡は四方八方が結界に包まれたことを確認すると、大剣の切っ先をミュールヒルへと向けた。
「突然で悪ぃけど、今からお前を倒すから。よろしく」
ミュールヒルを半ば無視する形で夢渡は宣戦布告する。
ミュールヒルが架音達へした時と同じく、夢渡も一切の交渉をする気配すら見せず宣戦布告を叩きつける。
そのセリフと完全に戦闘態勢に入っている夢渡にミュールヒルの戸惑いは止まる。
そして表情豊かだったミュールヒルの表情が凍りついていく。
「……………どーやら本気のようやな。つーとその後ろに見える学校…………。あぁそこに張ってる結界うちに壊されたくなかったんか」
今二人を包んでいる結界とは別の結界にミュールヒルは目を向ける。
「まあ、そんなとこだな」
「――――第六神。事前の打ち合わせをもう忘れましたか?」
頭を掻きながら対峙している夢渡に結界を維持している少女が注意する。
早く始めろ、或いは余計なことを言うな、と暗に言っているのかもしれない。
少女の真意は定かではないが、夢渡にはそれが伝わったようだ。
「わかってるって。俺だって色々思うとこがあるからな」
陽気に笑っていた夢渡の雰囲気がガラリと変わる。
「何や、お前見たことない顔やな。どこの誰や?」
そんな夢渡の雰囲気は無視してミュールヒルは下にいる無表情の少女に視線を送る。
「……………………………」
少女はその言葉に反応する素振りすら見せず、聞き流した。
「黙りか、まあええけどな。―――――――――終焉神じゃないならほかは随分限られてるし」
―――それに。
と、ミュールヒルは視線を夢渡に戻す。
そこには過去架音達と対峙した時とは比べ物にならないレベルの神気を発した夢渡がいた。
「本気のアンタと戦える機会なんて滅多に無いからな。うちも久しぶりに本気出せそうや」
そう言うとミュールヒルの神気も夢渡と同じレベルまで跳ね上がってくる。
最早二神の激突は不可避。
非常に強力な結界に阻まれているため直ちに辺りの空間に影響はないが、それでも結界の中の空間が異常だということは感じ取れる。
その二人の神気の高まりが最高点達したと思われた時。
二人の口からほぼ同時に詠唱が零れる。
「「概念心具第二契約『Ⅱnd-KARMA-』」」
爆発するかのような衝撃に結界内は揺れた。
†
「―――――――――――抜いたな、剣を」
二撃目の月蝕牙が天を裂いて出現した瞬間。
俺は地獄に繋がれた神獣の唸り声を確かに耳にした。
突き立てられた漆黒の牙は地を割り、海を蒸発させる。
速度、威力、範囲どれをとっても俺の見てきた中で最高レベルの攻撃だ。
だと言うのに唸り声が途絶えない。
怨嗟と歓喜が交じり合い、復讐の念が音を紡ぐ。
―――殺してやる、殺してやる、殺してやるぞ、と。
怒りに震え、斬り殺せる相手に喜び、戦える敵を祝福し、己に纏わり付く者を憎悪する。
一分一秒でも長く戦っていたいのに、一分一秒でも速く殺したい。
矛盾した凶念。
その矛盾した凶念が至上の感情と言わんばかりにソレから溢れ出てくる。
もう動けるはずがないというのに。
もう戦えるはずがないというのに。
俺の右腕の鼓動は早くなるばかりで一向に止まってくれない。
「―――手はもう使えねぇ」
死にゆくはずだったベイグウォードから決壊したダムのようにマナが溢れ出してくる。
「ふっ!!」
ベイグウォードがいるであろう場所にパフェが斬撃を連続で叩きこむ。
「―――足も片方は使えねぇ」
漆黒を辺りに漂わせているはずなのにベイグウォードの位置が補足しきれない。
「―――腹は少し欠けちまった」
「――ッ!! 見えなくてもここなら……」
俺は地面に突き刺さったままのベイグウォードの概念心具に狙いをつける。
速くて捕まらないのならば、元を『無価値』にしてやればいい。
俺が大剣に向かって腕を伸ばした瞬間、剣はガラスのように砕ける。
「っ?!」
「―――だがこれで………。これで漸く………」
両の腕をだらんと無気力に垂らしたままベイグウォードは嗤う。
その足元に先ほど割れて消えた大剣が出現する。
「!! させるかっ!!」
パフェは刀を振りかぶると、演舞するかのように三閃、弧を描くように大きく振るう。
その刃の軌跡から巨大な漆黒の爪が現出し、ベイグウォードに襲いかかる。
「―――漸く俺とてめェらの差が無くなった。これで五分だ。今度は俺の剣を見せてやるよ」
迫り来る漆黒の爪を物ともせず、ベイグウォードはまだ動かせる足で大剣を跳ねあげると、口に咥える。
後数メートルで斬撃が当たるというのに何時まで経ってもベイグウォードに攻撃が届かない。
まるでそこに見えない分厚い壁でも有るかのように近づけば近づくほど斬撃は鈍化する。
「概念心具第二契約『Ⅱnd-KARMA-』」
詠唱とともに漆黒の爪がベイグウォードへと到達する。
その瞬間。
チェーンソーのような何かを連続で斬り続けている音が悲鳴のように辺りに鳴り響く。
一点へ集中した三つの爪は軌道ずらされ、各々別の場所へ飛んでいく。
「遅かったか………」
パフェの呟きとともに俺は漆黒の爪に囲まれるように立っているソレの姿を目にする。
全長は7,8メートル程だろうか。
先ほどの人型の姿とは似ても似つかぬ四足歩行の獣がそこに居た。
俺の知っているもっとも近い生き物で言えば狼だろうか。
だが、全身から突き出た稲妻型の剣が最早どんな生き物も似つかせない風貌に変化させていた。
それが地獄から這い出たような禍々しい神気撒き散らせながら、こちらを睨みつけている。
「これが第七神の………」
「あぁ、コレが奴の業の位階の心具。主様の上位互換の系統である神化系統じゃ」
目を細め、パフェは油断なく刀を構える。
今のベイグウォードから感じる神気は第九神やパフェよりも強い。
あそこまで追い詰めておきながらまだこれだけの力が残っていたのだ。
全力で最初から開放していればどれほどだったか、想像するだけでも身震いがする。
突然、ベイグウォードは大きく息を吸い込むように顎を開く。
「――オオオオォォォォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
脳震盪が起きそうな大音響の咆吼で、俺とパフェは数メートル後退させられる。
「――来るぞ」
「あぁ、解っている」
これが俺たちと第七神の第二ラウンドの開始の合図となった。