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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
50/72

その43 「極夜刀」

遡ること約一週間前。

薄暗い病室で俺はパフェと目の前の黒い物体について検証していた。

「…………見た目はただの白黒写真で撮った林檎だよな」

やっとの思いでSINを使い、概念干渉したというのに。

ただ黒く染まっただけの林檎にいまいち成功の喜びを感じられない。

『黒化』の概念、と言う訳でもないだろうとは分かっているが、目に見える変化がコレだけしかない以上そう思いたくもなる。

「うーむ。まあ、そうじゃのう」

俺の言葉にあまり興味無さそうにしながらパフェは生返事を返す。

俺のテンションとは対照的にパフェは興味津々で舐めるように黒い林檎を見ている。

それほど見るべき所があるのだろうか。

俺にはこの物体に興味を殆ど感じないのだが。

半ば興味を失った俺の前でパフェが次の行動に出る。

「……………ぺろ」

360℃、あらゆる角度で眺めていたパフェが突然黒い林檎を舐めたのだ。

舐めるように、とは比喩で言ったつもりだがまさか本当にするとは思わなかった。

「……………??」

先ほどの行動に何の意味があったのだろうと、パフェを観察していると。

眉間に皺を寄せ、『?』マークを頭に浮かべる。

「何がどうしたんだ?」

「いや………。もしかするとこれは………」

俺の声を聞いているのかいないのか。

曖昧な返事がパフェから返ってくる。

そして目の前で大きな口を開けて黒い林檎に齧りついた。

「お、おい」

得体の知れないものに齧り付くパフェに俺はぎょっとする。

「………………………っ!!!」

「―――大丈夫、なのか?」

齧りついたまま無言で固まっているパフェに恐る恐る尋ねる。

「……………なるほど、そう言う類の概念ルールか」

「……?」

「主様も喰ろうてみろ。なに、心配するな害はない」

俺の表情を読んでか、害はないことを付け加える。

「いや、俺はお前みたいに頑丈な胃を持っているわけじゃな……ッ!!」

俺の言葉を遮るように黒い林檎が飛んでくる。

避けて地面に落とすのはさすがにアレなのでキャッチする。

当然だがパフェが齧りついた後が残っている。

「よいからつべこべ言わずに喰うのじゃ。――――――嫌そうな顔をしても無駄じゃぞ」

「………………はぁ」

溜息を吐きながら再度黒い林檎を見つめる。

白黒写真のように変化しているせいで食欲が微塵も湧かない。

それでも食べなければ話が進まないのだろう。

人間だった頃?と比べ胃が頑丈になっていることを祈りつつ覚悟を決める。

口を開け齧り付こうとして止まる。

――パフェが齧りついた場所と正反対の場所にしとこう。

そう思い林檎を引っ繰り返す。

その様をパフェに鼻で笑われる。

そんなパフェを無視しながら改めて覚悟を入れて齧り付いた。

「…………………………?」

食感はまあ林檎だ、当然だが。

口の中に果汁が溢れかえって瑞々しい。

―――だがこれは。

「――何だこれ、味が全くしないぞ」

甘いわけでも塩辛いわけでも酸っぱいわけでも苦いわけでもない。

ただ只管に無味……とでも言えばいいんだろうか。

そんなことは有り得ない筈なのに、幾ら噛んでも食感しか感じない。

ただの水ですら味というものがあるのに、これからは全く味がしないのだ。

自分の概念がますます解らなくなる。

悩む俺をパフェはちらりと見ると、ゆっくり口を開く。

「少しヒントをやろう。恐らくじゃが、コレは主様の概念によって『味』を感じさせなくしておるのじゃろう」

パフェに何を当たり前なことを、と言いかけて口を噤む。

俺は今まで何を見てきた。

多いとはいえないが、自分の概念干渉を見る機会は何度かあった。

それらの様子を見て俺は停止系の概念だと思っていた。

能力含め機能の停止。

それで大まかな筋は通っていた。

今までは。

だがこれはそれに当て嵌まるルールではない。

これはそもそも考え方の視点がおかしいせいだ。

―――能力とは何だ?

足ならば歩くことか? それとも蹴ることか?

100メートル走り抜くことか?

ならば林檎はどうか。

先ほどの道理に当てはめるなら『味』が能力でなければならない。

だが、林檎に能力などはない。

だから食い違う。

同じ概念によって干渉された林檎と手足では作用が違うと言う事はないだろう。

概念は原則1つなのだから。

この事から俺の概念はもっと本質的なものに作用していると考えられる。

「………………」

俺は無言で黒い林檎を握り締める。

マナを徐々に右腕から林檎に注ぎ込み、概念干渉させていく。

まず変化が現れたのは色彩。

次は質感、輪郭の順に次々と『林檎』として定義できるものがなくなっていく。

最終的に出来上がったのは黒くて何かよく解らない物体だ。

そこにそれが『在る』のは確かに判る。

だが、林檎がここに『有る』と言うのが言われても解らない。

それは林檎が林檎であるための本質的な何か……言葉を当て嵌めるならそう、『価値』を失っているからだ。

その瞬間俺の中でカチリと嵌る音がする。

「価値………『無価値』か」

自分で呟いた言葉がそのままストンと収まる。

他の言葉でもあり得た筈なのに、不思議と俺はそれ以外の語句の可能性を考えられなくなった。

いや、コレ以外の言葉がありえないことを確信したのだ。

「ほぅ、その分だと至ったようじゃな」

パフェはニヤリと笑いながら最早何か分からない黒い物体になった林檎を俺の手から持ち上げる。

「あぁ、まずコレで間違いない。今までの出来事も相手を『無価値』にしていたと考えれば色々説明がつくしな」

天の瓊矛で貫かれても大してダメージを受けていなかったことや、第九神を攻撃して動作ができなかったこと。

そして今ここにある黒く染まった林檎のことなど。

思い返した記憶と現状が一致する。

だが、全て解った訳ではない。

いくつかの疑問が脳裏に浮かんでくる。

「―――黒く染まったのは色彩の価値がなくなったせいだが、質感や輪郭より早かったのは何故だ?」

普通の林檎と黒い林檎でジャグリングして遊んでいるパフェに疑問をぶつけてみる。

「う~む、それはじゃのぅ」

唇に指を当て、パフェは唇をへの字に曲げる。

その後ろでは変わらず漆黒がジャグリングを続けていた。

「………吾が適当に理由付けしても良いが、実際の所その部分は主様にしかわからぬ部分じゃ。法則性があるのかもしれぬし、例外なだけかもしれぬし。吾に言えるとしたら他にも色々試してみよ、と言うしかないの」

「結局のところ経験則で測るしかないのか」

「いや、そうではない。まだシンの力を扱いきれていないだけで、どこまで出来てどこまで出来ないかはいずれ感覚的に解るようになるはずじゃ。――――恐らくじゃが」

なんとも不安になるような言葉を口にするパフェ。

取り敢えず色々試すために辺りの物から概念干渉を始めてみる。

パフェはそんな俺の様子を何も言わずに眺めていた。

――――それから数十分後。

結論から言うと殆どの物に干渉することは出来なかった。

机もベッドも掛け布団もコンクリートの壁も鉄パイプも。

僅かに干渉できたものは見舞いの果物と草臥れた観葉植物だけ。

「…………どういうことなんだ?」

うんともすんとも反応しない右腕とコンクリートの壁に思わず疑問という名の降参の言葉が口に出る。

もしや有機物にしか反応しないのだろうか、とも途中考えたが。

天の瓊矛に干渉できた時点でそれはおかしい。

一体これらの共通点は何なのだろうか?

助けを求めるようにパフェをちらりと見ると、片目を閉じて難しい顔をしていた。

だが俺の視線に気付くと、深呼吸するように息を吐きだし片目を開ける。

「……………命じゃ」

俺の心をいつもの様に読んでいるのか、パフェがボソリと呟く。

「主様の概念が干渉できるか否か、その境目は恐らく命じゃ」

まるで知っていたかのようにパフェは気怠そうな声で話す。

さっきと言っていることが違うパフェ。

また何か隠しているのだろうか。

それとも俺がパフェの言葉を理解しきれていないせいなのだろうか。

「どういうことだ? コレは俺にしかわからないんじゃなかったのか?」

俺の言葉にパフェは一旦頷いてみせる。

「そうじゃな、正確には主様にしか解りようがない。じゃが、主様の概念干渉を一度でも食らっていれば話は少し別じゃ。特に吾は前の主様の力と今の主様の力を両方知っておるわけじゃからな」

「たとえ主様が変わっても昔の主様の力が無くなる訳でない。吾にこんな限定がない以上、コレは主様の根源に起因する能力ルールじゃ。吾の魂と混ざったとしても変えられはせんよ」

「……そうか」

いまいち納得できないが、パフェがそう言っているので一先ず額面通りに受け取っておくことにする。

終焉神とそいつらの心具・神器に効くことさえわかっていて、それ以外には効かないという前提で考えておけば問題ないだろう。

「―――ところで、何時までその林檎で遊んでいるつもりなんだ?」

俺が色々している間もずっと林檎はパフェの頭上を舞い続けていた。

目障り、とは言わないが目の前で飛び続けていると少しは気になる。

「ふ~む。主様、少し右を向いてみよ」

俺の質問には答えず、パフェは訳の分からない指示を出してくる。

理由を聞いても仕方が無さそうなので言われるがままに右を向く。

「――――――?」

言われた通り右を向いていると頭になにか飛んでくる。

無理をすれば直接受け取ることも出来たが。

こんな所でそんなことをすれば床とかを傷つけることになるので頭でトラップしてキャッチすることにする。

「…………林檎だったやつか」

手には漆黒の黒い物体が握られていた。

「どうじゃ? 何時投げられたかわかったかや?」

「いや、突然過ぎてわからなかった」

「なら今度は吾に投げ返してみよ。後ろを向いておるから」

「? まあいいか」

後ろを向いたパフェに言われた通り投げ返す。

俺の時とは違って投げてくるのが解っているのだから、当たることはないだろう。

しかし、一体何を調べようとしているのだろうか。

そうこうして見ているとパフェの後頭部に林檎だったものがぶつかる。

ように見えたが、後頭部辺りから出た漆黒の腕が受け止めていた。

「やはりじゃな」

何やら納得しているパフェの後ろ姿に僅かばかりの侘しさを感じた。

「??」

「いや、すまんの主様。この『無価値』の概念が付加された物質がどのような性質を持つか知りたくての」

「あぁ、それで投げたり投げさせたりしてたのか。で、何がわかったんだ?」

「それはじゃな―――」

                †

「…………ぁ?」

己が切った黒い物体を見てベイグウォードは一瞬唖然とする。

それは架音の腕などではなく、そもそも斬った感触さえしない気味の悪い物体だったからだ。

「――どういう……ッ!!」

ベイグウォードは透かさず後ろを振り返るが2テンポ遅い。

「残念だったな、さっき斬った俺は本物だ」

先程斬り飛ばした漆黒の残滓から黒い腕が飛び出してきてベイグウォードの右腕を掴む。

ベイグウォードに斬られた痕が残ってはいるが、動きに支障は見られない。

「――ッ!!」

一度掴まれた時と同じ轍を踏まないためか、ベイグウォードは体を捻り左腕で裏拳を放つ。

架音は防御する暇など無くまともに左肩に入る。

「――っ、くっ」

不協和音と共に架音の肩の骨が折れ、拉げる。

吹っ飛びはしないが、掴んでいた右腕が離れる。

いや、離したと言った方がいいかもしれない。

「こっちも………ッ!!」

己に入ったダメージなど気にせず架音はベイグウォードの左腕を掴みに行く。

「馬鹿がッ!! 俺に二撃目は当たらねぇんだよ」

架音の右腕が離れたことにより超速でそこを離脱しようとするベイグウォード。

架音の体に戦闘ジェノサイド形態として纏わりついている漆黒が左腕を拘束しようと動くが、加速し始めたベイグウォードにそんなものは通用しない。

縛鎖を引きちぎり架音から離れていく。

『月蝕樹―――哀暗冥澱アイアンメイデン

その瞬間パフェの呪詛の声が響く。

「てめェッッ!!!!!」

ベイグウォードが咆吼し、見たその先には。

上下左右一面隙間なく覆うように埋め尽くされた剣山の生える針葉樹林だった。

「さて、普段なら心具で斬り裂いて進めば終いじゃが。今回はどうするかや? ――――――その右腕で」

進めばその特性故に一切の減速を許さず体を漆黒の刃が斬り裂き続けるだろう。

「――糞がっ!!」

唯一の逃げ場、真後ろへ一切の減速をせずにベイグウォードは跳躍する。

当然そこには。

「二撃目は当たらないようでも三撃目以降は当たる、ようだなっ!!」

架音の貫手がベイグウォードの左肩に突き刺さる。

「―――ぐぉッ」

衝撃でベイグウォードの右腕から心具が零れ落ちる。

その瞬間架音の周りに纏わりついていた漆黒が消え、戦闘ジェノサイド形態が解かれる。

時間的に限界が来たわけでも、終わったから解いたわけでもない。

これは―――。

「概念心具第二契約『Ⅱndセカンド-KARMA-』」

パフェの詠唱が響き渡る。

戦闘ジェノサイド形態を解いたのは第二契約を結ぶための布石。

前回第二契約だけ結んだ時よりも遥かに強い神気がパフェから放たれる。

その右手に前回見せた大蛇が前回よりも遥かに小さいサイズで現れる。

マナが足り無くて小さいわけではない。

今回は影を象る必要がないからだ。

いや、前回は影を象るだけで精一杯だったのだ。

大蛇はパフェの腕の中に収まりその姿を一振りの刀へと変える。

この真打の斬撃が作り出す影を摸すだけで。

『皆既日食――――――』

漆黒よりも闇よりも黒い黒刀をパフェは構える。

コレがカルマの位階のパフェの概念心具。

要塞系統、その銘を。

『―――――――極夜刀』

鞘から刃が放たれた瞬間、辺りの空間、地形、海は弾け飛んだ。

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