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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『da capo』
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その4 「もう一体の神」

 ―――あり得ない。

 俺は呆れて乾いた笑いしか出てこなかった。

 パフェヴェディルムと同じクラスの脅威がこんなにも近くに顕現しているなんて……。

 今日、この国は、この世界はどうなったんだ?

 こんな化け物たちの出現が連続するなんて、狂気の沙汰とは思えない。

 まるで俺達だけがパラレルワールドに放り込まれたかの様。

 そんな俺を他所に、天羽は注意深く男の持つ槍を見つめていた。

「そんな、天の瓊矛が『神名開放』……されている、だと?」

「天の瓊矛って、国産みに出てくるあれか? それに『神名開放』ってありえるのか?」

 信じられないものを見る様な顔で呟く天羽に、俺は問いかける。

 天の尾羽張があるのだから、天の瓊矛も実在することに驚きはない。

 問題はなぜ奴がそれを手にしているかと言う事。

 こいつらほどの力があれば奪い取るのは簡単だろう。

 だが、神器と言うものは神名を開放しなければそこらの名剣名刀とさほど変わりはない。

 しかし現実として奴は先程の俺と天羽と同じく神名まで開放して天の瓊矛を操っている。

 先程俺は天の尾羽張が人間には扱えないと言ったが、それは神なら扱えると言いたかったわけではない。

 天羽の様な神器を扱うには、神器に宿る神格に認めてもらう必要があるのだ。

 その上で扱えるだけのスペックが必要となるわけだが、天羽の言った事が本当ならあの男は天の瓊矛に認めてもらったと言う事になる。

 何がどうなって、今この街がこうなり、そして何処へいこうと言うんだよ?

 混沌とした状況に俺は混乱する。

「……そうだ。国産みの際に渾沌の大地をかき混ぜ、オノゴロ島を作った槍だ。それがどう言う訳か完全に『神名開放』されている」

 再び見極めるよう見ていた天羽が返答を返す。

 その表情は険しく、一片の余裕も無いことが読み取れる。

「成程の、どおりで吾の体に刺さるわけじゃ。―――――わざわざ吾のために混沌殺しを用意するとは、相変わらず臆病じゃの」

 パフェヴェディルムは俺達の会話を聞いて得心が行ったように息を吐き出した。

 詰まらん、と有らん限りの表現をするように。

 その眼は先程俺達に向けた目と違い、底が抜けるような殺気に満ちていた。

 俺はそれが自分に向けられていないと解っていても、思わず後退る。

「御冗談を……。あなた相手にこれだけしか用意してない私を誰が臆病と罵りましょうか? いや断じて否。創世の時を生きるあなたに今まで何体の神が狩られた事か、あなた自身が一番よく知っているでしょう?」

 大げさな身振りで男は空を仰ぐ。

 舞台で観客たちに自分をアピールする悲劇の主役の様に。

 同胞を偲ぶような表情を見せた男の眼は愉悦に浸っていた。

「くくっ、何を偉そうにほざいておる。その姿勢が臆病だといっとるのじゃ。第九神ティルロイン=コミット」

 無音でパフェヴェディルムは立ちあがる。

 先程の刺された事が嘘のように。

 それはハッタリかもしれない、しかしパフェヴェディルムを見ていると本当に何ともなかったかのように俺は思えた。

「これはこれは、私の名前を知って頂いているとは……。光栄ですねぇ」

「お主は有名じゃからのぉ、“殿”が最もうまい終焉神としての。どうじゃ、吾にも一手御教授してくださらんか?」

 袖で口元を隠しながら嗤うパフェヴェディルムの周りから、黒よりも黒い漆黒が渦巻き始める。

 それも俺達と戦った量とは比べ物にならないほど大量に。

 まるで世界を包み込むような広さと早さで。

「じっとしておれ。吾の近くがこの世界で一番安全じゃからの」

 ぼそっとパフェヴェディルムが振り返らずに俺達に呟く。

 俺達は黙ってその言葉に頷くしか無かった。

『堕ちろ』

 呪詛のような言葉がパフェヴェディルムの口から零れ出る。

 それと同時に山をも掴める巨大な腕が二本、挟み込むようにティルロインのいる場所ごと粉砕するかのように出現し、激突した。

 ――超速。

 速いなんてレベルじゃない。

 影は光によって自在に形を変え変化する。

 ならばこの闇も光速、またはそれに準じる速度であろう。

 範囲は対国、威力は一撃必殺。

 なんと言う出鱈目。

 もし、俺が彼女の敵側で立つなら、どれだけやり直しても埋めることのできない格の差。

「おぉ怖い………怖いですねぇ」

 ティルロインはまるで始めからそこにいたかのようにパフェヴェディルムの隣に現れ、嗤っていた。

「どうした? 避けるだけで攻撃せぬのかや?」

 避けられたというのに、パフェヴェディルムは涼しい顔でティルロインを見つめる。

「その槍を離していただけると出来るのですけどねぇ」

 いつの間にかパフェヴェディルムの後頭部に迫っていた槍の柄に黒い物質が鎖の様に巻き付き、宙に固定していた。

 あぁ、可笑しい。

 こいつらは狂っている。

 超速の一撃を避け、あまつさえ繰り出された反撃を互いに攻撃とすらみなしていない。

「ふむ、吾を解凍できるのは穂先だけか……。しかし、混沌を侵すとな、よくもまあ吾にそんなものを向けたものじゃ、その意味解っておるのか?」

 その言葉に呼応するかのように槍がまた消える。

「えぇ、えぇ、よく解っていますよ。闇夜の姫君」

 ティルロインの姿もまた消え、パフェヴェディルムの頭上に現れる。

 まるで時間を止めれるかのように男は変幻自在に出現し、消えてゆく。

「こんな趣向はどうです? 昼夜逆転なんて洒落ていませんか?」

 そう言うとティルロインの背後に六つの巨大な魔法円が浮かび上がり、まるで太陽が六つになったかのように辺りを照らしだし始める。

 一つ一つの半径がそこらのマンションより大きい。

 昼夜逆転どころではなく、瞼の上から目が焼き切られるような光が放たれ続けている。

 ティルロインが右手を鳴らすと、六つの太陽が取り囲むようにパフェヴェディルムに迫る。

 あまりの迫力に俺は心臓が攣りそうな位早鐘を打つ。

 迫力だけじゃなく、パフェヴェディルムとその周りにある漆黒に守られている俺たち以外が、その太陽によって一瞬で気化する。

「それがルミナの光の代わりかや? ずいぶんと頼りない光じゃの、魔術師の成り上がり風情が」

 それでも尚、空が夜なのは暗幕の様に分厚いパフェヴェディルムの漆黒のせいだろう。

 文字通り殺人光線と化した陽光をパフェヴェディルムの周りの漆黒が次々と飲み込んでいく。

「むっ……」

 6つの太陽全てを飲み込み、鎮静化させた所でパフェヴェディルムが眉を寄せる。

「やはりこの程度しか効きませんか……。 彼女に一番に似ている能力を選んで私なりにブレンドしてみた自信作だったんですけどねぇ」

 ティルロインは残念です、と肩を竦めて見せる。

「手札が多いと言うのは少々厄介じゃのう。――――――参ったの、あんまり愉快な事をせんでくれぬか? 鼠駆除のつもりが本気で狩りたくなってしまうじゃろ」

「生憎私には手札それしか能がないものでしてね。これでしか闘えないんですよ」

 再びティルロインの後ろに魔法円が浮かび始める。

 その様に疲れなどあり得はしない。

 たかがこの程度の攻撃、幾らでも撃てるとでも言いたい様に。

「初見は愉快じゃが、二度目は案外詰まらん。リテイクを要求するぞ」

 パフェヴェディルムが腕を振るうと一瞬でティルロインの体を魔法円ごと漆黒が包み込む。

『潰れろ』

 球体となった漆黒は間髪入れず一瞬で収縮する。

「おやおや、危ないです……ねぇっ!!」

 初めて男が声を荒げる。

 今までどこに移動したのかさっぱり分からなかったが、今度は俺にも解った。

 空間をゆがませるような何かが、男と共に出現したからだ。

『建てっ!』

 パフェヴェディルムが叫ぶと同時に、その周りに城門の様な漆黒の壁が建つ。

 今までの様な墨を垂らしただけのような形状ではなく、中世の王国を思わせるかのような荘厳な門が湧き上がった。

「―――――――――――――――っ!!!!」

 その瞬間、凄まじいの一言に尽きる何かが衝突した。

 音は無音だが、その振動が空気を伝って爆風の様に俺と天羽にも伝わる。

 俺は薄目を開けて男の方を見ると、その側には列車大の禍々しい装飾の砲台がそびえ立っており、その先からは紫色の煙が噴き出していた。

 パフェヴェディルムや俺達にこそ届かなかったが、その衝撃により先程パフェヴェディルムが出した門は、パラパラと欠片の様な物が零れおちている。

 二度目が来れば門も俺達もただでは済まないだろう。

「これはこれは……。『激震』の概念かや、随分と懐かしい物を持ち出してくるもんじゃ。―――――くっく、なるほどの。お主の概念おおよその見当がついた」

 魔界の砲台の様な物を見ながら、パフェヴェディルムは懐かしむよう眼を細める。

 砲弾を防いだ漆黒の門が、沼に沈むよう消えていった。

「それは困りますねぇ。ただでさえ、地力に差があるのに概念を見破られては勝ち目はないじゃないですか」

 降参を思わせるセリフを口にしながらティルロインは笑う。

 まるで自分の勝ちは揺るがない結末だと解っているかのように。

 何を考えているか解らないその様に、パフェヴェディルムの顔から笑みが消える。

 その隙を突くようにガコンと派手な音を立てて、魔界の砲台に次弾が装填される。

 そして再び桁違いの魔力が砲台に集まり始め、大気が怯える様に超振動し始めた。

「………二度目は詰まらんと言ったのが聞こえておらなかったのか?」

 パフェヴェディルムは己に向けられた砲台を冷たく睥睨する。

 それを無視するかのように、砲台は震え、弾丸が発射される。

 その砲弾を前にして、パフェヴェディルムは短く呟いた。

まれよ』

 ――その瞬間。

 巨大な砲台すら遥かに凌駕する漆黒の大津波が一瞬で弾丸ごと砲台を飲み込む。

 意外でも何でもなくそれは当然の帰結。

 幾ら威力があろうともパフェヴェディルムの一撃は必殺。

 防御に回らなければ彼女が負ける要素は何もないのだ。

『――――っ!! ――――っ!!』

 呆れるほどに壮絶なる二神の戦いに意識を奪われていた俺は、携帯のバイブによって目が覚める。

「………姉貴か」

 携帯の画面には『輪廻りんね 華蓮かれん』と表示されていた。

 通話ボタンを押し、耳にあてる。

『もしも~し、カー君生きてる? 生きてるなら大声で『おねぇちゃん愛してるぅぅぅぅぅ!!』って言ってみて』

「くたばれ、糞姉貴」

『ひどぉーい、折角心配してる愛しのおねぇちゃんにその言いぐさは無いんじゃないのかなぁ? でもでもぉ、おねぇちゃんは解ってますよぉ、カー君がツンデレでシスコンだって事くらい』

「……………」

『あっ、怒った? 場を和ますおねぇちゃん渾身のジョーク滑った?』

「……良いから用件を言え、こっちは今爆心地にいるんだよ」

 こんな状況だからなのか、俺は普段通りの華蓮の態度に安堵を覚え、場違いな軽い笑みを浮かべる。

『あちゃ~、やっぱり神社が爆心地になっちゃってるんだ。ん~、困ったなぁ、今街でも件の狼が大量発生しててね、今通話しながら戦ってるんだけど、どうにも数が多くて被害者が増える一方なんだよ。出来れば来てほしいかなぁ~、なんて。あ~、命が危なそうなら無茶しないでね。余裕があったらでいいから』

 最早なんとリアクションをとっていいのか俺には解らなかった。

 だんだんこの状況が全て夢に思えてくる。

 一難去ってまた一難ならまだしも、雪崩のように難問が降り注いでくるのだ。

 厄日どころの騒ぎではない。

 ――あーくそ、神も仏も悪魔もくそったれだ。

 問題しか起こさねぇ。

 俺は現実逃避したくなる頭をたたき起こし、今できる事を考える。

 ――今何が出来る?

 ちらっとパフェヴェディルムのほうを見る。

 パフェヴェディルムは俺達のためか、先程から一切の攻撃を神社の外に逃してはいない。

 そうしなければ今頃街は空襲にあったようになっていただろう。

 つまりここさえ脱出できれば街に戻る事は出来ると言う事だ。

 パフェヴェディルムは相変わらず嵐の様な攻防の中心にいたが、俺の視線にすぐさま気づくとウィンクして、顎で鳥居を指した。

「……………」

 そこから行けと言う事なのだろうか。

 と言うか、あのさなか俺の声が聞こえたのだろうか?

 俺の心の声に答えるかのように、鳥居までの道に漆黒の通路が出来る。

 あまりの都合の良さに俺は笑いたくなった。

 だが、直ぐに気を引き締める。

 迷ってる暇はない。

 どうせここにいても何も出来はしないのだから。

 姉貴にすぐ行くと告げ、携帯を切る。

 そしてすぐさま携帯を仕舞うと、天羽に向き直った。

「おい、しっかりしろ。我が家の神剣様だろ?」

 俺は未だに自失している天羽の肩を揺する。

 俺が電話で華蓮の事を口にしていたにもかかわらず無反応だったと言う事は、余程ショックだったのだろう。

「あ、ああ……そう、だな」

 俺はまだ半分意識を失っている様な天羽の手を強引に掴むと、出口へと駆け出す。

 パフェヴェディルムに心の内で礼を言いながら、もう脇目も振らずに鳥居を飛び出した。


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