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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
48/72

その41 「一足一刀」

上空数百メートル。

その位置から見下ろしながらベイグウォードはゆっくりと大剣を構える。

構えるといっても、剣道のように正眼に構えるわけではなく。

だらんと手に引きずるように持っているだけだが。

それでも戦闘中は常時動いているこの男が静止して大剣を所定の位置に動かすということは『構える』と言う事に他ならない。

間合いも本来の倍以上。

距離などこの男にとって無きに等しいものではあるが、それでも好む間合いというものが存在する。

それを倍近く取るということは意識的であれ無意識であれ警戒していることにほかならない。

「……………………ハッ」

ギリッと音がしそうなほど噛み締めると、ベイグウォードは一転して笑う。

先程の一撃、自分は怯えたのだ。

もしかしたら危険かもしれない、と恐怖したのだ。

だからこそ反撃もせず後退した。

それは感情と呼ぶことすら有り得ないレベルの小さな発露。

思考の矛盾による違和感でしかないそれで、後退したことをベイグウォードは許せなかった。

格下の相手にこの自分が僅かでも物怖じしたという事実が彼のプライドに傷を付ける。

それと同時にだからこそ愉しいと彼は笑う。

相反する感情は彼の中で渦を巻き、掃出し口を求めるように心具に収束していく。

「――来るぞ。今までで一番大きな奴がな」

神気の高まりを感じ取ったパフェが漆黒をベイグウォードに向けて槍のような形状へと変化させていく。

次の攻撃は真っ向から来る故の対処であり。

それと同時にこうでもしないと次の攻撃は凌げないというパフェの判断からくるものだ。

「…………………」

架音は目を閉じ右腕に意識を集中させる。

逃げる気など毛頭なく此方も正面から真向勝負で激突するつもりだ。

つい一ヶ月前までは人の領域でしかなかったというのに。

今や神気を辺りに振りまき、人外の領域へと突入している。

三人の神気の高まりとともに辺りの時が圧縮されていく。

吹き荒れる風が。

飛沫を上げる波が。

徐々に凍りついていく。

「――――ッ!!」

架音が目を見開くと同時。

一足一刀の間合いを以って放たれる刹那の斬撃が今、疾走し始めた。

感知すら追いつかない圧縮された時の中。

今までで最も速い速度でベイグウォードが駆け抜けていく。

槍となって立ち塞がる筈の漆黒は一瞬で切断され。

障害物など無きの如く。

閃光のように一筋の線となって刃が通り抜けていく。

それはさながら断頭台の様。

目的のくびをただ一直線に刎ねに行く無謬の処刑機。

架音は必死に手を伸ばすが何もかもが遅すぎる。

指をわずかに伸ばすだけでそれはもう完了してしまった。

時間が平常に戻った所で架音が見たものは、首元の辺りから縦にゆっくりズレていくパフェの半身だった。

「クソッ!!」

パフェの体とともに崩れゆく漆黒を架音は手繰り寄せる。

漆黒を纏うように寄せながら、架音は一瞬パフェの方を見る。

が、直ぐにベイグウォードへと視線を戻す。

彼女の安否よりもベイグウォードの警戒を優先したからだ。

今ここでパフェでは敵の攻撃を凌ぎきれないとわかった以上、動けるものが別の対策を立てなければならない。

でなければ次、同じ一撃が来れば確実に全滅するからだ。

「―――――――――」

パフェを両断して残心をとるかのように止まっていたベイグウォードがゆらりと振り向く。

「退…け、主様っ!!」

崩れ落ちる半身に構わず、パフェは残った片手でタクトのように指を振るう。

それにより架音に手繰り寄せられた漆黒が架音を引きずり込み、中へと沈める。

「―――――はっ。……馬鹿が」

その様を見てベイグウォードは呆れたように嘲笑する。

そして先程のようにだらりと脱力した態勢で構える。

「―――――ッ!!」

鋭く悲鳴のような風切り音と共にパフェの首は宙を舞った。

                †

爆弾が爆発するような爆音とともに、散弾銃のように瓦礫が華蓮を襲う。

「――――っくぅ!!」

体中に新たな裂傷が刻まれていく。

もう既に華蓮の体には前回よりも多くの裂傷と打撲の痕が体に刻まれている。

時間的に言えば鬼ごっこ開始から大した時間は経ってはいない。

前回あれだけうまくミュールヒルの攻撃を交わしていたのにもかかわらずだ。

「ほら……タッチッ!!!」

轟っと唸りを上げて神槌が華蓮へと叩き落される。

その速度は今までのミュールヒルの攻撃速度よりも遥かに遅い。

「―――――ッ」

振り下ろされる神槌に合わせるように刃を当て、華蓮は自ら弾き飛ばされる。

だが前回と違い、大きく弾き飛ばされず若干後退する程度。

そこにミュールヒルの振り下ろした神槌が散弾銃のように地面の瓦礫を四方へ弾き飛ばす。

「――まっ、ずいなぁ」

迫り来る瓦礫を見ながら華蓮は口をへの字に歪める。

風の魔術で防護しているとはいえ、幾つかは掠ってしまう。

それによる出血と体力の低下で次の攻撃は更に多くの瓦礫を受けてしまう。

そして大した距離の稼げずに着地する華蓮のところに再びミュールヒルの神槌が迫る。

悪循環のスパイラル状態だ。

ミュールヒルはすぐに勝負を決めようとせず、敢えて加減して攻撃することによって華蓮を追い詰めているのだ。

それはさながら狩りのよう。

獲物を逃がさないよう、じっくり弱らせていく。

本来の彼女の戦い方からすると非常にらしくない戦いではある。

が、裏を返すとそれはつまり彼女が戦い方を選んでいられないほど華蓮を認めていることになる。

余裕が無いとはまた違う、完全に慢心していない状態。

華蓮からすると非常に戦いづらい状態。

それでもここまで華蓮が生き残っているのは偏に彼女の神がかった戦闘センスのおかげだろう。

『禁咒――――神代御供・心魂相剋!!』

懐からナイフ程度の大きさのモノを取り出し、印を結びながらミュールヒルに投げつける。

「おぉっと、危ないわ」

三度目の正直とでも言うのだろうか。

ミュールヒルは攻撃を止め、真横へ大きく躱す。

前回ミュールヒルの体に刻まれた魔術印は疾うに消えている。

従って今回は曲がりもせず、放物線を描いて落下していった。

「チッ、ブラフやったか」

ミュールヒルは投げられたものを警戒しつつ、一歩でも先へ進もうとする華蓮を視界の隅に収める。

「………はっ、ぁ……はっ……ふぅ……」

息をするのも苦しそうにしながら華蓮は一歩でも先を急ぐ。

勝ち目など到底ないと思えるこの鬼ごっこ。

それでも希望を捨てず動き続けるのは架音達に対する信頼からか。

「――――ッ!!」

華蓮は傷口が擦れるのも構わず真横に転がる。

そのすぐ側を振り子のように神槌が横切ってくる。

『禁咒――神代御供・心魂相剋!!』

転がった体制のままミュールヒルに再びナイフのようなものを投げつける。

今度はそれを読んでいたのか、軽くバックステップをしてミュールヒルは避ける。

投げられたナイフのようなものは乾いた音を立てて瓦礫に転がる。

「はぁ? これもブラフ? あの状況で? ―――――意味わからん」

まるで珍獣でも見るかのような目つきでミュールヒルは華蓮を見る。

迎撃にブラフを使うのは当然理解できる。

だが、相手の攻撃後のスキを狙った攻撃をブラフにするなど到底理解できるものではない。

「っと、するとこれは………」

こちらに構わず逃げる華蓮の疲労具合をミュールヒルは観察する。

明らかに先ほどの状況と比べ、疲労が増している事がわかる。

加えてミュールヒルは気付いていないが、華蓮は先程の2つの攻撃で大量のマナを消費している。

つまり先程の攻撃はブラフでない可能性が高い。

そしてそれが事実の場合、華蓮の反撃が避けられれば避けられるほど体力の低下を意味する。

己の所有するマナの量が膨大過ぎて、華蓮のマナの増減すら気付かないレベルのミュールヒルでもその事に気づく。

「―――なら」

このまま攻め続けるのが最速で華蓮にタッチすることに繋がる。

「………」

ミュールヒルは直ぐ様華蓮へと駆け出す。

地形を壊さないよう空中を跳ねるように飛びながら後ろから華蓮を狙い撃つ。

「っ……も、少し……か、な」

少しでも跳ぶタイミングを間違えるだけでミンチになるというのに華蓮は寸分狂わず、振り落とさえる神槌を回避する。

神業と言うよりは最早未来予知じみた何かだ。

まるでそう決められているかのように次々と振り下ろされる神槌をギリギリで避けていく。

だが、最初の頃と比べその動きに精細さがなくなってきている。

ミュールヒルからすれば漸くだが、華蓮に限界が見え始めてきているのだ。

このまま行けば遠からず華蓮は一歩も動けなくなるだろう。

「はっ………はっ、………ホント、キツい……な…ッ!!」

数秒か数分か、あるいは数十分か。

数多の攻撃を避け続けた華蓮の体勢が崩れる。

この前の影響か、足場が脆くなっており崩れたせいだ。

万全の彼女であるならばそれでも動けたかもしれない。

だが彼女の体力は最早限界ギリギリまで来ており、いつ倒れてもおかしくない状況だった。

ゆっくり崩れていく中、華蓮は瞬時に三方へ視線を送る。

「余所見してて大丈夫か? 避けんと当たるで」

その隙を逃さずミュールヒルは華蓮目掛け神槌を振り下ろす。

当たるその瞬間。

「――――っ!!」

ぼんっ、という小さな爆発とともに華蓮の体が後方へ僅かに弾かれる。

魔術か、あるいは爆弾か。

何らかの手段を用いて華蓮は自爆してみせたのだ。

「――かはっ!!」

神槌の風圧で更に吹き飛ばされ、受け身も取れず転がりながらも華蓮は天羽だけはしっかりと握り締める。

そして左手で印を結びながら何とか天羽の切っ先をミュールヒルへ向ける。

『禁…咒――神代…御供・心魂、相剋っ!!』

「っ!?」

華蓮の言葉と共にミュールヒルは一瞬身構える。

が、そのまま動く気配のない華蓮。

「マナ切れか、なんや知らんけど。今度こそブラフみたいやな」

地面に這いつくばったまま動かない華蓮をミュールヒルは悠然と見下ろす。

「はぁ……、はぁ……、どう……かな……?」

泥だらけの顔を上げ、華蓮は不敵に笑う。

明らかに体力が尽きかけているというのに。

まだ何かあるのでは、と思わせれるだけの輝きが目にはあった。

「これで鬼ごっこは終いや。………………………………って言いたいとこやけど」

ミュールヒルは神槌を振り上げた所で手を止める。

「??」

手を止めるミュールヒルを怪訝な表情で華蓮は見つめる。

「ホンマの狙いはこれやろ?」

くるりと体を反転させると、その遠心力のままにミュールヒルは神槌を背後の何かに叩きつける。

「――――――――ッ!!」

耳を劈く様な絶叫が一瞬聞こえたかと思うと。

その音ごと神槌の一振りが薙ぎ払った。

「…………どうして、わかったのかな?」

今の術のせいか、脱力した顔で華蓮は尋ねる。

今先程何が起こったかというと。

ミュールヒルが初めブラフと思い、避けたナイフのようなもの。

それが再びミュールヒル目掛けて飛んできていたのだ。

前回はミュールヒルに直接魔術陣を描くことにより。

今回は天羽に魔術陣を展開させることによりその間にいるミュールヒルを間接的に狙うことにより誘導させて。

華蓮は力なく腕を下ろす。

「言ったやろ? アンタ相手に手は抜かんってな。空打ちで消えてなかった時点で再利用される可能性くらい考えるし。あとは意識してソレの気配をずっと見てたってわけや。ネタがわかれば結構追いやすいしな、ソレ」

僅かだが、傷の入った神槌の具合を確かめながらミュールヒルは華蓮へ振り返る。

「…………さっきの術、生き物……いやもっと言えば魂を持った存在にしか効かんねんやろ?」

「………」

「一番初めにうちの肌に傷を付けた時から気にはなっててん。どうしてこんな事が出来るんやろうな、ってな」

今はもう痕すらついていない右腕に視線を巡らせながらミュールヒルは饒舌に語る。

「二回目に受けたときやな、アンタがナニを媒体にしてるかわかってん」

粉塵のような、華蓮が『鏡』と言った物体をミュールヒルは想起する。

「この世界で祭り上げられてる神を媒体にして作る罰当たりな爆弾。その術の正体はそんなとこやろ?」

「……………………」

ミュールヒルの質問に華蓮は答えない。

いや、沈黙という答えを取っているとも言える。

つまりそれは口には出せないが『YES』と言うことなのだろう。

「うちは偉そうなこと言える質やないけど。あんた、涼しい顔してエグいことしてるな」

愉快そうな顔をしてミュールヒルは笑う。

それは決して華蓮を小馬鹿にしているわけではないが、華蓮にとっては眼の色を変えるに足る言葉だった。

「…………あなたが………っ」

ミュールヒルの言葉に華蓮はボソリと呟く。

戦闘中すらどこか気の抜けた緩やかな声音だったのが、明らかに怒気をはらんだ質に変わる。

「世界を壊そうとするあなたがそれを言うか」

普段の口調では考えられない強い物言いで華蓮はミュールヒルを睨みつける。

今の今まで満身創痍だった華蓮の体にマナが僅かに回復し始める。

「そうそれや、アンタのそういう本気の表情が見たかった。んでどうする? さっきの仕込んでた2つの屑神はもう消したし、ネタ切れやないんやったらとっとと奥の手出したほうがええで。でないと―――」

神槌を肩に載せ、ミュールヒルは冷たく華蓮を見下ろす。

「アンタにタッチして、宣言通りこの街潰すから」

「させな、い。私が、そんな……事、絶対に、させない」

平伏するようによろよろと華蓮は震える体を起こそうとする。

だが、立ち上がる力は残っていないのか両腕で体を起こした状態で止まる。

「ふん、なら止めてみせぇ!!」

こんな状態でも闘志の折れない華蓮にミュールヒルは笑いながら神槌を振り上げる。

「……これが、私の、とっておき。――――――――」

華蓮は最後に何かを独り言のように付け加える。

それに伴って両腕の魔術陣が起動し始める。

ミュールヒルが神槌を振り下ろす瞬間、辺りは眩いばかりの光りに包まれた。

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