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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
47/72

その40 「鬼ごっこ」

「―――はっ………はっ………」

断続的に息を吐きながら華蓮は全力で疾走する。

鈍臭そうに見える外見とは裏腹に、バイクや自動車と遜色ない速度で街中を駆け抜ける。

二人が始めたゲームのルールは鬼ごっことさほど違いはない。

逃げる側が鬼に触れられたら負けの単純なゲーム。

制限時間、範囲ともに無制限。

すなわち鬼が勝つまで永遠に終わらないゲームだ。

ゲームにおける公平さを初めから無視した不公平なゲームと言える。

その代わりにミュールヒル側にも制限はある。

彼女は今回も契約を結ぶことが許されず、また直接的なタッチ以外の事例で土地・建物を破壊することが出来ない。

そして開始からある一定時間以内は行動が許されないこと。

彼女に課せられた時間は100秒。

児童達の遊びならば十分に距離を稼げる秒数。

風の加護と天羽の加護を受けた今の華蓮の身体能力ならば数㎞は稼ぐ事が出来る。

普通の人間が相手ならばこのまま走り続けるだけでまず捕まえるのは無理だろう。

「60………61………62………」

ミュールヒルは退屈そうにしながらも、律義に秒数を読み上げる。

その秒数が今のところ華蓮にとっての死のカウントダウンと同等であると言える。

高々数㎞離れた所で、ミューヒルの前にはそんなものなど無いに等しいからだ。

もし、彼女ミュールヒルと同じ条件で鬼ごっことして成立させたいのであれば、あと数十倍の猶予を貰うか。

逃げ続けるのではなく隠れる、と言う選択をするべきである。

尤も、その選択をしたところですぐ追い付かれないだけで勝負に成るとは甚だ疑問だが。

「も、もうちょ~っと……時間………貰っと、けば……よかっ、たかな……ぁ」

声に弱音が混じるものの、それに反するように華蓮は走るスピードを上げる。

彼女とて無策で走っているわけではない。

前回ミュールヒルとパフェたちの会合中に途中まで気付かれなかったところを見ても、彼女の隠遁能力は非常に高い。

それを敢えて捨ててまでより遠くへ走っている以上、何か策があるとみるべきである。

「……………っ」

華蓮は前方に視線を走らせると、あるモノとの距離を確認する。

「98………99…………100!」

するとちょうどミュールヒルのカウントが100に達する。

カウント終了とともにミュールヒルは高く、前方へ跳躍する。

その勢いたるや、一足で華蓮の100秒間を無にするかの勢いで迫る。

「―――っ! 来たぞ、華蓮!!」

天羽の叫び声と同時に華蓮も振り返る。

高速で宙を飛翔し、弾丸のように迫りくるミュールヒルに対して華蓮は小袋を取り出す。

「――――よっ…と!!」

豪快に中身をばら撒くように振るう。

そして素早く印を結び術式を起動させる。

片手に収まる程度の小袋から辺り一面を覆うほどの白い粉塵が、まるで生き物のように袋の中身が飛び出してくる。

それにより華蓮周辺が一帯が視認できなくなる。

「…………? あー、そう言う事か」

ミュールヒルはその白い粉塵を見て、振り上げようとした腕を止める。

今ミュールヒルは粉塵を振り払うために腕を振り上げようとした。

この状況で華蓮を捕まえようと思うならばまずこの邪魔な粉塵を振り払わなければいけないからだ。

その行為自体は別段難しいことでもなんでもない。

片手で軽く神槌を振るうだけで綺麗さっぱり消し飛ぶだろう。

なのでミュールヒルは初め、華蓮の行動の意味がわからなかったのだ。

「これ、うちが気付かな詰んでたやろ」

ミュールヒルと華蓮の間には幾つか決められた事がある。

その中のひとつ。

『タッチ以外の事例で土地・建物を破壊することが出来ない』

ミュールヒルは今現在華蓮の位置を粉塵で見失っている状態だ。

この状態でミュールヒルが神槌を振るうということは即ち辺り一帯を吹き飛ばすことに他ならない。

ミュールヒルが華蓮を見失い、明確に標的がわからない以上、タッチとはいえない。

勿論ミュールヒルが見失ったと自己申告しなければ、タッチと偽りそのまま神槌を叩き付けることも出来る。

「ま、そんなことせぇへんけどな」

そう一人言つとミュールヒルはそのまま粉塵の中に突っ込む。

傷付けられた自尊心プライドを取り戻すためにミュールヒルはこのゲームに臨んでいるのだ。

その彼女がルールを破ってまで勝利を掴もうとする事など有り得はしないのだ。

そんな事をするならば、そもそもこんなゲームを受ける必要すらないのだから。

「ミューちゃんならそうしてくれると信じてたよ」

ミュールヒルが粉塵に突っ込む瞬間、華蓮が粉塵から外へ飛び出してくる。

右手に天羽を持ちながら再びあの時見せた印を素早く結ぶ。

天羽を中心に前回よりもさらに多くの魔術陣が起動し、幾何学的な模様を陣同士で形成する。

『禁咒――――神代御供・心魂相剋』

術の発動とともに再び耳を塞ぎたくなる様な断末魔が辺りに響き渡る。

どこから攻撃が飛んでくるのか、見極めるようにミュールヒルは目を鋭く細める。

「―――ッ!」

その瞬間ミュールヒルを覆っている粉塵がうねりを上げながら凝縮する。

「実は定型の物じゃなくても発動条件満たせるんだよ、これ」

纏わり付いてくる粉塵に巨大な鑢で全身を隈なく削られるような痛みがミュールヒルを襲う。

一つ一つの威力は大したことないが、粉塵一粒一粒が隙間なくビッシリとミュールヒルの体を覆い、肉を削ぎ落としていくのだ。

ミュールヒルは堪らず宙で足を止める。

その隙に華蓮は再び走り出す。

「この程度で………止まるかっ!!」

咆哮とともに凝縮している粉塵からミュールヒルの腕が飛び出してくる。

が、直ぐに根本から粉塵が纏わり付き始める。

「っ!! 鬱陶しいっ!!」

突き出た手にいつの間にか神槌が握られる。

そしてミュールヒルは何の躊躇いもせずにそれを振り下ろし、体に纏わり付いてくる粉塵をマナを放出し消し飛ばそうとする。

「あっ、それ元鏡でもあるから注意……」

ミュールヒルの神槌から放たれる膨大なマナが無軌道に乱反射し、巨大な爆発を巻き起こす。

「ん、遅かったか。―――――まあ、これで少しは時間が……」

「―――稼がせへんよ。あんたにはもう手ぇは抜かへんからな」

全身の至る所から煙を上げながらも、ミュールヒルは気炎を上げる。

華蓮の進行方向を遮る様に降り立つ。

「あはは……………私相手にちょっと気負いすぎだよ」

前回とは違い遊びが見られないミュールヒルに華蓮は冷汗を流した。

                †

「ハァッーーーーハッハッハッハッ!!!!!!」

第七神の笑い声が四方八方から聞こえ、全身を覆う漆黒が千々に切り刻まれていく。

特定の型など一切ないであろう唯の斬りつけも、幾百、幾千、幾万と数を重ねれば技として昇華する。

今ベイグウォードは第六神や姉貴とは違った意味での剣技の極致にいる。

型も技もなく荒々しく振るうだけの剣が、数多の斬撃を重ねることにより絶死の剣撃を生み出している。

先ほどまでと違いみるみる総量が削られていく漆黒に俺は苦い顔をする。

今まで俺とパフェが大してダメージを受けていなかったのは偏に第七神が生身で攻撃をしていたからだ。

いくら契約を結び、概念により超速で攻撃しようとパフェには物理攻撃は大してダメージを与えられない。

これがパフェが第七神相手に優位を誇れる部分である。

その優位性が心具を使う事により一気に崩れてきたのだ。

「―――ちっ!!」

薄く分散した漆黒を辺りに振りまくことでパフェはその一帯を感知することができる。

それを共有することで俺もなんとか、第七神の位置をワンテンポ遅れて認識できているのが現状だ。

パフェは縦横無尽に飛び回る第七神目掛けて網のように漆黒を広げる。

第九神と違い第七神は線として動いている為、動く空間がなければ避けることはできなくなる。

どれだけ速く動けようとも物理的に避けることが不可能になれば攻撃は当たる。

そういった意味で広範囲攻撃が出来るパフェにとっては戦いやすい敵だと、思っていた。

―――――つい先程までは。

「この程度じゃ無駄だって言ってんだろうがッ!!」

網の一部が一瞬のうちに裂け飛び、球体が大きく切り裂かれる。

俺は第七神の能力を少し思い違いしていたのだ。

奴の概念のうりょくは。

『相手よりも必ず速く動ける』

能力ではなく。

『どんな時でも絶対の速度を相対的に出せる』

能力なのだ。

だから第七神は攻撃を受けていようとも、攻撃をしてようとも決して減速しない。

手を掴まれようが、足を縛られようが第七神は加速する。

つまり、真当な手段で拘束することが不可能というわけだ。

パフェの言っていた『相対絶対速』の意味を今やっと本当の意味で理解する。

そしてそれは俺の概念のうりょくにとって非常に相性の悪い概念のうりょくであることを痛感した。

俺の概念のうりょくはまず前提として相手に心具みぎうでで触れる必要がある。

先程のような一発芸染みた不意打ちでもなければ、まず当たりはしないだろう。

その時点で最悪だというのに、触れても第七神の能力に殆ど影響を出せないのだ。

奴が俺の概念を片足に食らったというのに一向に速度が衰えていないのがその証拠だろう。

『本当にコイツと戦うのが正解なんだよな?』

確認と愚痴の意味を込めてパフェに思念を送る。

序に新たな妙案でも授けてはくれないかという期待もある。

『当然じゃ、吾を信じろ。必ず勝機はある』

自信たっぷりの口調でパフェは言葉を返す。

『じゃから主様は計画通り全身全霊を込めて攻撃してくれ。この勝負は主様の成功如何で決まるからの』

その言葉に俺はあの時の事を思い出した。

                †

「……主様の概念のうりょくも大方解ったところじゃし、本格的に作戦を立てようと思う」

時刻は遡り、約一週間ほど前。

華蓮がまだ起きておらず、架音達が果物に概念を使って調べた直後。

「初めからぶっちゃけるが、まず前提として第三神には吾等は敵わんと言う事を理解しといて欲しい」

「―――いきなり根底から覆る様な発言だな」

切り出しからとんでも無い事を言うパフェに架音は軽く肩を竦める。

「仕様が無いじゃろ、アレは第九神の時の様に主様が一発決めればKOするようなたまじゃないからのぅ」

パフェは気怠そうにしながら掌の上で白黒写真になった林檎をくるくる回す。

「解らないな。お前の今までの反応を見る限りあいつは遠心型なんだろう? だったらあの心具ハンマーにさえ当らなければ何とかなるんじゃないか?」

「いや……彼奴の場合は唯の神と少し事情が違っての。何と言うか、体が物理的にも概念的にも硬いんじゃ。それに――」

パフェそこで言葉を区切り、架音の右手を手に取る。

「アレは全身はおろか、アレの手足が繰り出す衝撃波にすら概念を載せる事が出来る。先程の『硬さ』による防御力に加え、全身から遠心型の攻撃を放つことができる攻撃力。触れなければ効果を発揮できん主様ではアレを止める前に心具みぎうでが粉々になるじゃろう」

パフェは心具を纏ったままの右腕を軽く啄むように撫ぜる。

「だったらどうする気だ? 逃げるって訳じゃないんだろ?」

「主様が文句を言わぬのであれば、吾としては主様だけを連れて別の世界へ愛の逃避行でもしたいのじゃがな」

パフェの言葉に架音は若干目を丸くする。

「一応この世界から俺も出られるのか?」

「絶対とは言い切れぬが、主様だけならば吾が今すぐにでも連れだせるやもしれん。勿論リスクはあるがの」

その事を聞き、何かに使えるかもしれないと考えこむ架音。

「―――――変に話が逸れたの。要するに初戦の選択は第三神ではなく第七神を選ぶ、ということじゃ」

こほん、と咳払いをし、パフェは脱線した話を元に戻す。

「第三神をどうするとか、どうやって一対一で戦うとか、色々疑問があるじゃろうが一先ず話を進める」

何か言おうとした架音をパフェは手で制する。

「奴の能力は簡単に言うと求心型概念による超加速能力じゃ。速度に特化してる分攻撃を当てるのは至難の業じゃろうが、防御性能は終焉神中でも平凡なため当てさえ出来れば勝てる」

自信満々に言い切るパフェ。

「………………………………そこは普通防御が薄くないとおかしくないか?」

それとは対照的に架音はやや落ち込み気味に口を開く。

「主様が何を言いたいかよく解らぬが、概念で超加速しておる奴の防御が下がる理屈はないぞ」

「まあ普通に考えたらそうなんだろうが、な」

歯切れの悪い口調の架音をパフェは不思議そうに見つめる。

「―――何にせよ、第九神と違って奴等は慢心する。此方が劣勢である限り幾度かはチャンスが巡ってくるじゃろう」

架音は相手が慢心すること前提なのはどうなんだ、と言いたそうな顔をするがぐっと堪える。

「具体的には………そうじゃの。主様の概念で3~4回干渉出来れば今の吾の『カルマ』の位階で勝てる可能性は十分にある」

「当てることができなければ?」

「勿論その時は負けるしかないじゃろう。まともに殺り合って勝てる相手ではないからの」

遠い昔を想起するようにパフェは目を細める。

時間の経過とともに回復してきてはいるが、パフェは未だ本調子には程遠い状態。

本調子のパフェと同格の二神相手に正面から挑んでも勝てないのは道理だろう。

「じゃが、安心するがよい。必ず一回は当たる。主様の概念の特性か、心具の特性に依るものかは解らぬが、この概念心具みぎうでは正しく吾等の希望じゃ」

そう言いながらパフェはぎゅっと架音の右腕を抱きしめる。

「………その話か。個人的には半信半疑なんだがな」

「半分も信じているのであれば、そこに信頼を全乗せするがよい。心具は持ち主の心に答えてくれる、強く信じ込めば信じ込むほど、の。大事なのは心具に対する信頼とそんなもの関係無く出来るという自信じゃ」

「その代わり信じ込めば信じ込んだだけ、それが崩れた時のダメージが大きい。―――――――違うか?」

架音の返しにパフェはニヤリと笑う。

「その通りじゃ。だからこそ信じるのじゃ、己自身を。妄信的に信じるだけなら簡単じゃ、後先も何も考えず刃を只管砥ぎ続ければ良い。じゃが、それでは薄氷のように折れてしまう、壊れてしまう。主様は前回の戦いで壊れる痛みを知ったはずじゃ。痛かったじゃろう、苦しかったじゃろう、もう二度と味わいたくないはずじゃ」

「―――まあ、進んで受けるのは願い下げしたいな」

「そう思いながらも主様は戦うことを選んだのじゃ。じゃったらすべて信じるのじゃ、たとえ壊れても折れはしない、とな」

「あぁ、それは無論わかっている。俺達は負けるために戦うのではないからな」

                †

意識は再び戦場へと戻る。

今尚現在進行形でベイグウォードの攻撃は続いている。

パフェも幾つかの反撃を試みてはいるが、根本的にスピードが違いすぎる。

『侵蝕』の概念の関係により少しずつダメージを与えてはいるが、致命打までがあまりにも遠い。

このまま行けば確実にこちらが先にダメージ負けするだろう。

つまる所俺が何とかしなければこの局面は変わらないということだ。

――だが、どうする? どうすれば攻撃を当てれる?

我武者羅に攻撃を重ねるのは得策ではない。

範囲攻撃を俺は持たない以上出来るのはカウンターのみだ。

今はあいつに俺がそれしか攻撃手段がないと確信されてはいないだろう。

だが、それしか攻撃手段がない以上、攻撃を続けていればいつかはバレてしまう。

そうなればこちらの攻撃は全て読まれ、詰んでしまう。

かと言ってこのまま手をこまねいていても負けるだけだ。

ならば多少リスクはあっても道は己で切り開くしかない。

「ふっ!!」

ほんの刹那に満たない合間に攻撃を重ねてくるベイグウォードに俺は攻撃を合わせる。

漆黒から腕だけを出して腹部辺りを狙う。

パフェと感覚を共有しているとはいえ、大まかな位置すら速すぎて掴み取れない獣を捉えるのは極限の集中力を要する。

何度も連続で出来る芸当じゃない。

――だからこの一回で捉える。

「――――ッ!!!」

俺の腕が当たる寸前、逆方向に超加速してベイグウォードが離れていく。

それを追うようにパフェが追撃するが、当然掠りもしない。

「……外したか。だが今のは……」

今のベイグウォードの奇妙な挙動を見て俺は考えこむ。

「あぁ、じゃが今ので向こうもソレに気付いたの」

パフェの言葉に頷く。

これで俺達の考えがほぼ正しかったことが解った。

活路を見出すのであればやはりここに賭けるしかない。

俺は全身に巡らせていたマナを右腕に集中させる。

「――――成る程なァ。『感じる脅威なんて脅威じゃない』か、確かにその通りだな、フレイズヴァール。とことん愉しませてくれる餓鬼じゃねぇか」

いつの間にか上空に出現したベイグウォードが今ここにいないミュールヒルに語りかけるように独り言つ。

ネタがバレ始めている以上、猶予はもはや無い。

次に奴がこちらに向かってきた時が勝負だ。

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