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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
44/72

その37 「網目模様」

「ねぇねぇカー君。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

もぐもぐとバナナを齧りながらややむくれ顔で此方を見る姉貴。

空になったバスケットを持ちながら、俺は背中に嫌な汗をかく。

「な~んでお見舞いの品がバナナ……それも一本だけなのかな。おねぇちゃん、もう少し色々と欲しかったんだけどなぁ。―――――――――網目模様とか」

憤りを表すかのようにバナナがあれよあれよと姉貴の口の中に飲み込まれていく。

明らかに俺を咎める視線を向けてくる姉貴に俺はどうしたものかと悩む。

コレは100%俺の所為であり、責任云々を擦り付けるつもりはないが。

100%非があるからこそどう謝罪するべきか、非常に困っている訳だ。

「いやそれはだな。色々と調子に乗り過ぎた所為と言うか………」

色々と言い訳がましいセリフを口にしながら、数分前の自分の行動を振り返る。

姉貴の面会謝絶が解かれた後、すぐさま病室に俺達は向かった。

命に別状は無いとは言われていたが、それでもやはり極度の疲労で昏睡状態に陥る程の消耗をしていたのだから心配になる。

だからと言うべきか、少し夢中になり過ぎたと言うべきか、お見舞いの果物の事がすっかり頭から抜けてしまったのである。

「くっくっく。すまんの、お義姉様。後で主様とその網目模様とやらを買いに行ってくるから今はそれで勘弁してくれ」

俺とは打って変わって御満悦の様子のパフェ。

白黒写真の様になった果物を俺にだけ見える様に弄びながら愉快そうに笑っている。

「ホント? じゃあ、それで赦す」

先程までの憤りが嘘の様に姉貴の顔がぱっと晴れやかになる。

何とも現金な姉だ。

元々網目模様メロンなんて無かったはずなんだが、とは言い出せずパフェと買いに行く流れになってしまった。

まあ、これで流れるなら安いもの、と言う事にしておこう。

「―――ところであの無機物はどうしたかや? 力尽きたかや?」

パフェの不穏な物言いに思わず睨みつける。

「…………おおっと、そんな怖い顔をするでない主様。冗談じゃ、其奴の神気は弱っておるが感じ取れる。主様も解っておろう」

「―――だったらブラックなジョークはやめろ」

刀剣化されたまま、微動だにしない天羽に視線を送る。

パフェの言う通り刀剣から流れる神気は弱弱しく、微弱な量を纏わせている。

「ミューちゃんと戦う時にかなり天羽に無茶させちゃったからねぇ、暫くは人型になるのも難しいと思う」

姉貴は手を伸ばし、そっと刀身を撫でる。

労わりと慈しみが溢れるその手は裂傷がまだ治りきっておらず、痛々しく包帯を巻かれていた。

自分は全然平気とでも言いたい様なその微笑みに胸がギュッと締め付けられる。

「……………………姉貴」

「ん? どうしたの、畏まって」

俺の真剣な様子に気付いたのか、天羽を丁寧に置き此方へ向き直る。

「―――ありがとうな。助けてくれて」

右手をしっかりと握りしめて精一杯の思いを籠めて感謝の言葉を伝える。

姉貴は一瞬ポカンとした表情をするが、直ぐに優しく笑いかけてきた。

「ふふ、お互いさまって言いたいとこだけど、素直に受け取るね。どういたしまして」

「……………………………ふん」

そんな様子を気に食わなそうに見つめながらパフェは鼻を鳴らす。

暫くそのまま無言のままだったが、ぼろい電気ケトルが加熱を終えた事を告げる様にカチャリと音によって遮られる。

俺は無言でその場から離れお湯を急須に注ぎ、作ったお茶を姉貴とパフェに配った。

「………話は変わるが、姉貴が第三神にダメージを与える事が出来た術。今ここでも使えたりするのか?」

二人とも唇を湿らせ、人心地ついたころで新たに話題を出す。

「ん~、術の理論上では可能だけど………」

と、姉貴はそこで言葉を切り、天羽を流し見る。

「……間違いなく私の体の一部と天羽が消し飛ぶと思う。でもカー君はそう言う事聞きたいんじゃないんだよね?」

姉貴の問いに首肯する。

「―――ああ、一週間以内……いや、あと3日4日でちゃんと使用できるか聞きたい」

「………3日4日かぁ。私の方の準備は出来るだろうけど、天羽が目覚めない事には何とも言えないのが現状かな」

「――――――そうか」

姉貴の答えに内心何処かほっとした心持ちになる。

「なら、これから話す計画をよく聞いてくれ。第三神・第七神を倒す為の計画だ」

                †

「―――良かったのかや? お義姉様を再び戦いの場に引き摺りだしかねん吾の案に乗っても」

近場のショッピングモールで網目模様メロンを購入した後、出口に向かう途中でパフェが独り言のように呟く。

「心情としては『良い』とは言えない。正直今でも無理やり縛って安全な場所に閉じ込めといた方がいいと思っているさ」

自分でも少し重い考えと思わなくもない。

だが、それだけ姉貴と天羽は俺にとって大事な存在なのだ。

失うなど想像でも考えられないほど。

「―――ならば何故じゃ?」

「無理に縛ったところで何かあれば姉貴は出て来てしまう。そして無理をしてでも戦うだろう。そんな事になる位なら予め計画に組み込んで無茶な選択を出来ない役割を与えていた方がましだと言うだけだ」

「くっく、随分大人になったと言うべきか、冷徹になったと言うべきか。何にせよいい傾向じゃ」

「…………………」

ご機嫌なパフェに何も言葉をかえさずに出口へ向かう。

「――――主様」

あと少しで出口だと言うのにパフェに呼び止められる。

なんだと思って振り向くと、とある店の前で手招きされる。

視線を店に移して表情が固まる。

「のう、主様。――――――――――――吾、アレが欲しい」

固まっている俺に何時の間に近づいたのか、パフェが俺の裾を掴みながら猫なで声で囁いてくる。

引っ付いてくるパフェを引きはがしながらアレとやらに視線を送る。

洒落た店のショーウィンドウの中に、黒い三日月と白い満月を模したデザインのペアネックレスが飾られていた。

デザインとしては、まあ悪くは無い。

白い肌と黒を基調とした服と髪のパフェにはどっちだって似合うだろう。

問題は値段だ。

視線をそのまま値札に下げる。

こう言う物の相場など知らないが、とても安い値段とは言えない数字が並んでいる。

「―――――――本気か?」

「本気じゃ。色々と最後になるかもしれぬのじゃ、主様との思い出を何か残しておきたい」

「縁起でもないな」

まるで心中する前のカップルの様なパフェの物言いに肩をすくめる。

「死力を尽くして戦うが、負ける気は毛頭ない。じゃが、―――――――――――解るじゃろ?」

パフェと立てた計画を思い出し、言わんとしている事を理解する。

「――――あぁ、俺も何もかもが上手くいくとは思っちゃいないさ」

犠牲者零などあり得ないと解っている。

だからと言って何処が消える、何処が生き残る等と皮算用するつもりもない。

此処も一週間後には消えて無くなるかもしれないのだ。

「だから……の」

猫の様に俺の胸を軽く引っ掻きながらじゃれついてくる。

「はぁ…………………。こういう風に何か買うのは今回だけだからな」

パフェのおねだりに押される形で店の中に入ろうとするが、思い直して足を止める。

「?」

訝しむパフェを手招きし、耳元に口を寄せる。

「後出しで悪いが、一つ条件がある。――――――――ってな事を出来るか?」

「………………可能か不可能でいえば可能じゃが、何と言うか……………。いや、いい。主様が色々とアレなのは解っておるからの」

俺は真面目な話をしたつもりだが、パフェは心底呆れかえった顔で溜息を付く。

「――やってくれるって事でいいんだよな?」

「はぁ…………何でもしてやるからとっとと買ってくるがいい」

先程の猫被りは何所へやら、とぼとぼとそこらにあるベンチに向かうパフェ。

一気に老けこんだように見える。

見掛けは幼いままだが。

ベンチに座って不貞腐れているパフェを無視し、店の中へ入る。

「っ! ―――――――――いらっしゃいませ」

包帯ぐるぐる巻きの右腕とメロンを抱えている所為か、定員が一瞬引き攣った顔で挨拶する。

そんな事は気にせず、パフェが欲しがっていたものともう一つ目当ての物を適当に選び購入する。

幸いATMで限度額まで引き落としてきたからお金が足りないという事態は無い。

「ほら、買って来てやったぞ」

丁寧に包装された袋をパフェに手渡す。

「………ふん」

俺から袋を受け取ると、びりびりと袋を破り捨て、中の箱からネックレスを取りだす。

白い満月と黒い三日月を目の前に掲げ、パフェは見比べる様に左右に視線を走らせる。

そしてどちらがいいか決まったのか、白い満月の方を俺へ差し出す。

「――――そっちでいいんだな?」

念を押して満月の方を受け取ろうとすると手を被せられた状態で止められる。

「――――満月コレを吾に付けてくれ」

不機嫌でやる気の無さそうなままパフェから新たな指令が下る。

放っておいても良いが、その場合余計面倒くさい事になりそうなのでしぶしぶ従う。

満月の方を受け取り、パフェの後ろからネックレスを付けようとする。

勿論今まで異性どころか自分にすらこんな物を付けた経験は無い。

「――――正面からじゃ」

ぐるんと一瞬のうちにパフェの前と後ろが逆転し、後ろに回ったはずなのにいつの間にか正面で向かい合う形になっていた。

もし、その瞬間を見ていた人がいれば悲鳴を上げるか卒倒していただろう。

悲鳴や騒ぎたてる声が聞こえないので、幸いな事に誰も見ていなかったみたいだが。

「はいはい」

お座成りな返事をしながらベンチに座ったままのパフェに合わせる様に、膝を曲げ、見つめ合う様な形でパフェの首に手を伸ばす。

シミどころか塵一つ無いパフェの白い首筋に改めて人間離れしている事を思い知る。

「………何故、吾が満月こちらを選んだか解るかや?」

ネックレスを付けるのに俺が悪戦苦闘していると、パフェが思い出したようにポツリと呟く。

「―――――自分が欠ける事の無い存在だからか?」

パフェの質問に何も考えもせず適当に答える。

「くっく、可笑しな事を言うの、主様は。吾は遥か昔から欠けておるよ。満ちる事無く永遠に……の」

パフェの熱を持った瞳が俺の視線を釘付けにする。

本当はパフェが何を言いたいか、凡そ解っていた。

ただ、言うのには小恥ずかしく、外れていれば大恥を掻くから言いたくなかった。

カチリと音がし、ネックレスが上手い事付けられる。

やっとこれで解放されると、体を上げようとするとパフェに手首を掴まれる。

「…………主様。そのまま満月を見てくりゃれ」

パフェに言われるがまま視線を下に向ける。

「―――――っ!!?」

その瞬間額に生温かく柔らかいものが触れる。

条件反射的に俺は顔を上げる。

「…………お礼じゃ。人間の雌はこうして雄に感謝の気持ちを示すのであろう?」

そこには顔を真っ赤にしつつも、いつもの意地の悪い笑みではなく本当に楽しそうに笑みを浮かべるパフェがいた。

「―――――この国ではあまり無いが、まあ、海外ではそう言う習慣もあるかもな」

パフェと目が合った瞬間、パフェの目を見てられなくなり、早口で自分でも何を言っているか解らない言葉と共にそっぽを向く。

神になりかけの影響か、心臓は言うほどドキドキしない。

手汗もかかないし、耳も熱くならない。

それでも饒舌し難い何かが胸の底から込み上げてくる。

「―――こっちを向いてくりゃれ」

その言葉と共に俺の首にパフェの腕が回される。

「なっ! ―――――おい」

くすぐったさと恥ずかしさから思わず振り向くと、じゃらりと金属の感触が首に伝わる。

「うむ。よく似あっとるぞ」

我が事の様に誇らしげにしながら、上目遣いで見上げてくるパフェと視線が合う。

胸には三日月のネックレスが鈍く光を反射し揺れる。

十分見たはずなのにパフェは俺の前から動こうとせず、何かをねだる様に俺の顔を下から見上げ続ける。

もしかして先程のお礼とやらを俺にやれと言うのだろうか。

心なしか突き出されているパフェの額に視線が行く。

そこへ吸い寄せられるように俺は………。

「―――――――――痛っ! な、なんじゃ?」

指でパフェの額を軽く弾いた。

「気は済んだろ? 馬鹿な事をしてないで帰るぞ。メロンが駄目になる」

涙目で此方を睨むパフェを無視して出口へと向かう。

背中に怨嗟の籠った視線が浴びせられる。

思念から滲み出る罵詈雑言に溜息を吐きながら振り返る。

「別にこれで終わりじゃないんだ。この先は俺の『答え』を聞いてからでも遅くは無いだろ?」

パフェと殺し合い、その夜に交わした言葉を思い出す。

あれから大した日数も経っていないのに、何か月、何年も一緒に過ごしたように感じる。

それだけ濃密な時間を過ごした、と言う意味でもあるし。

俺の中でパフェの占めるウェイトが大きくなったと言う事でもある。

俺の言葉が伝わったのか、肩を落としながらパフェはこちらに向かって歩き出す。

「やれやれ、上手い事いかぬものじゃの。不愉快にはならぬが可愛さ余って憎たらしさが込み上げてくる。じゃがまあ、何れこの満月の様に………」

その際、何かブツブツ言っていたが俺にはよく聞き取れなかった。

ただ、大事そうに満月のネックレスを摘みあげて、挑む様な眼で見つめていたのが印象的であった。

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