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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『da capo』
4/72

その3 「闇」

 漆黒を更に塗り潰すかのような黒。

 影、闇、暗、裏、黒、夜。

 これらの総てを内包した存在が神社の中央に立っている。

『幻想』とは『現実』前には儚いもの。

 チョコレートの様に柔らかく、甘く、熱するとすぐに溶ける。

 本当にそうなのだろうか?

『幻想』とはそんなに脆いモノなのであろうか。

 いや違う。

『幻想』は強固で、理不尽で、『現実』と対をなす存在。

 故に先程砕けた『幻想』は『幻想』にて『幻想』にあらず。

 夢見る人が生み出した『幻想』であるからこそこうも簡単に砕けるのであって、『彼女』は簡単に砕けはしない。

『彼女』はゆったりと辺りを見渡すとほぅ、と息を吐く。

 感嘆でも驚愕でも無く、ただ息を吐いただけ。

 その瞳には何の感情も映しださない。

『彼女』の辺りにはまるで今絞り出したかのような真っ赤な血が絨毯のように石畳に広がっている。

 つい先ほど街中でも血だまりが出来ていた事から、今この街はろくでもない事が起きているのが解る。

『彼女』の瞳に光が灯る。

 その眼に映る神社に駆け込んでくる青年の姿に『彼女』の口元がつり上がる。

 これが初めて?

 それとも二回目?

 もしかしたら最後かもしれない。

 そんなこと彼も彼女も知りもしないが、二人が出会う事は必然。

 運命の赤い糸に囚われたかのように二人は会合する。

 それは恋人の様でもあり、勇者と魔王の様でもあり、また、ねじれの関係でもある。

 まずはお試し、これは彼女がどれほどかを知ってもらうための会合。


 †


 鳥居を潜ったら異界に辿り着いたかのよう。

 瘴気などと言う陳腐な物ではなく、恐怖そのものが漂っているかのような空気。

 いや、俺は本当に異界に着いたのではないか?

 見慣れた光景のはずが酷く未知感を醸し出し、風景に酔う。

 なぜこれにこんなにも近付くまで気づかなかった。

 俺はここまで踏み込んでしまった自分の数秒前の判断を心から呪った。

「うっ!」

 今もなお肌で感じる空気の重さとは違い、つい先刻も嗅いだような異臭に堪らず鼻を押さえる。

 しかし、俺はそれがミスだと気づく。

 ――ナニか………居る?!

 闇に同化しすぎて気付かなかったが、何か途轍もなくやばいモノが直ぐそこにいる。

 直感とか、本能とかそういうその他もろもろが怖いと訴えてきている。

 俺は先程漏らした声がソイツに聞こえない事を祈るばかりだった。

 だが無情にもその祈りは取り下げられる。

 うっとりと夕暮れを眺めていたそいつがこちらを向いたのだ。

「お主かや?」

 ソレが言葉を発するだけで、目が合う事すら億劫になる威圧が全身に掛かる。

 ――なんだッ、これッ!?

 やばいなんてレベルじゃない。

 そんな感想を抱いていても、俺の目は吸い込まれるようにそいつに向かう。

 絹より滑らかな長い漆黒の髪。

 真珠のようにほんのり白く光る肌。

 血のように赤い唇。

 そして深淵を覗きこむような深い瞳。

 全身黒一色の、漆黒のドレスを着た少女が、不機嫌そうにこちらを見ていた。

 現代離れしているが姿は人の範疇。

 それでもなお一目でヒトではない事を俺は悟る。

「お主が第九神かや?」

 ソイツは聞きなれない単語と共に目を細めて俺に問う。

「………………」

 俺の口は接着剤でくっ付けたかのように開かない。

 ――何を答えれば生き残れるのか全く見当がつかない。

 YESは駄目だ。

 理性も本能も抜きでも分かる。

 そう答えた瞬間俺は即死するだろう。

 だが、かと言ってNOが正解か?

 俺はこちらも地雷でしかない気がした。

 全身から嫌な汗が滝の様に流れる。

 ソイツの問いかけに対して永遠と思える時間、それを打ち破るように新たに誰かが鳥居を潜ってきた。

「カノン、大丈夫か?」

 俺が問いかけられてから一分か、五分か。

 或いはもっと短かったのかもしれない。

 遅れるように天羽が到着する。

 ソイツが天羽を確認すると同時に天羽もソイツを視認した。

「なっ……に!?」

 そして俺と同じように固まる。

 毀れ出る濃密な気配が、一睨みで天羽の纏っていた神気を霧散させる。

 そう、神である天羽でさえソイツと次元が違うのだ。

 まるで銀河と一国を比べるかの様。

 何が優れている劣っているを超越し、何を比べればいいのか解らないレベル。

 頭を過るのは、『なぜ?』という言葉。

 全身の産毛がハリネズミのように逆立つ。

「……………いや、言論で判断するのは無駄じゃったな」

 暫らくこちらを黙って観察していたソイツは、フッと笑うと何気なくこちらに手を向ける。

 その仕草があまりにも自然な仕草の所為でソレをスローモーションのように俺は見送る。

 まるで好きな子に握手を求められ、硬直する男子の様に。

「っ!!」

 理性を追い抜いて死を確信する。

 痛みや恐怖すら置き去りにして俺は死を本能的に悟ってしまった。

 向けられた手が『手向け』其の物だったからだ。

「カノンッッッ!!!!」

 天羽の怒号が耳朶に響く。

 反射的に俺は身体をびくっと震える。

 だがそのお陰で止まった時が動き出すかのように俺の時間が回復した。

 思考が回復すると同時に刀剣化した天羽が滑り込むように俺の手に収まる。

 それがどう言う意図なのか、俺は半ば無意識のうちに理解した。

「――――ッ!!」

 俺は『握る』と言う行為に全能力をつぎ込む。

 恐らくここまで真剣に『握る』と言う行為を行ったのは人生で初めてに違いない。

 ぐいっと剣に引き摺られるように俺の体が後方へ飛ぶ。

 ロケットもかくやと言った加速が俺を襲う。

 肩が脱臼しそうな力に俺は顔を顰めながら、バランスを崩しつつも何とか着地する。

 その瞬間今まで自分がいた場所が巨大な墨を垂らしたように漆黒に染まった。

 ――まるで元々そこは黒であったかのように。

 俺にそれを観察し続ける余裕はない。

 俺は“完全に”避けれたわけではないのだから。

「―――なっ!!!?」

 学生服の袖に黒い染みが一粒浮かんでいる。

 逃げる際に掠ったのだ。

 そして僅かに掠ったその部分、黒い染みが炎のように少しづつ周りを染め始める。

 恐るべき速度で。

 その悍ましさから俺は半ば狂気的にその掠った部分の上部を引き千切る。

「はぁッ……はぁッ……」

 何かは良く解らないが、アレはやばい。

 魔術や呪術で出せる理論限界を遥かに超えている。

 アレはあるだけで世界を軋ませるナニカだ。

 何処かに消されるのか、喰われるのか、死因に違いはあれどアレに飲まれたら確実に殺される。

 無意識のうちに一歩、二歩と足が後ずさる。

 ――なんだこれは?

 こんな物の前で一体どうしろと?

 俺は戦う意思どころか逃げる意思すら砕け散りそうになる。

「おい、しっかりしろ。あいつを見ろ! あれはそこらの魑魅魍魎とも荒御霊とも次元が違う、瞬きした瞬間殺される存在だぞ!!」

 そんな俺を剣を伝い、天羽の声が内側から叱咤する。

 普段、姉貴以外が刀剣に触れる事を死ぬほど嫌う天羽が、あまつさえ俺の力を貸せと叫ぶ。

 それだけ今の状況は非常事態だと言う事だ。

 だが、言われなくてもそんな事は解ってる。

 どうしようもない事を理解したがゆえにこうなっているのだから。

 行き場のない思考に俺の頭に血が上る。

「じゃあどうするんだっ?! どうやったらあれに勝てる? 姉貴でもお前でも、いやそもそもアレに勝てる奴が存在するのか?!」

 じわじわと広がる黄泉の沼と少女に意識を集中させながら、俺は叫ぶ。

 こんな状況、叫ばずには平静で居られない。

 少女の方は今のところ動く様子が無く、じっとこちらの様を見ている。

 そんな様が俺の精神を追い詰める。

 緊張と焦燥感でいやな汗が冷え切った背中を流れる。

「戦わずにどうやって生き残るつもりだ!? いいから出し惜しみ無く霊力を剣に注げ。 勝てないとわかっていようが一番高い可能性に欠けるしかないだろう!!」

 八つ当たり気味の俺の声に感化され、普段は冷静な天羽まで怒鳴る。

 例え可能性が限りなく零でも、或いは零であっても。

 腹を括らなければ、ここで俺たちは死ぬ。

 そんなことは解っている。

 だからと言ってはいそうです、と言えるほど簡単な精神構造には人間は出来てはいないのだ。

 冷静になれ、冷静になれ、と頭に刷り込むように何度も俺は呟く。

 荒い息遣いは一向に収まる気配はなく、思考も一向にクリアにならない。

「ほぉ……初々しい奴らじゃの。最近は戦でも無駄口しか聞かぬから、新鮮じゃ。――――ほれ? 掛かってこぬのか?」

 初撃からじっと静観していた少女が嘲るように口を開く。

「っ! ……言われなくても」

 俺はやけ気味に天の尾羽張を握り締める。

 ――いい加減覚悟を決めろ、それしか道はないんだ。

 そして武者震いを振り払うように俺は全力で袈裟下に振リきった。

 両手から霊力が吸い取られるように剣に流れ込むと、剣先から神気の斬撃が飛ぶ。

 天の尾羽張は斬る事に特化している神器だ。

 それは神とて例外ではない。

 だが、あれ相手にどれだけのダメージを望めるか。

 俺は首を振り、思考の脱線を戻す。

 これで倒せるなんて夢みたいな事は思わないが、少なくともわずかな隙を作る事は出来る。

「――今のうちに逃げるぞ!!」

 俺は天羽が叫ぶと当時に駆け出した。

 天の尾羽張を握っている所為で脚力は人間の限界を軽く突破し、更に加速する。

 ――行ける。

 これなら神社からは逃げられる。

 何の反応も無い少女に俺は確信し、振り返らず神社を飛び出そうとする。

 たかだが数メートル、今なら瞬きするより早く駆け抜けれる。

 風を追い抜き、一直線へと鳥居から外へ出ようとする。

 そこへ――。

「逃がしてもよいが……、主らが第九神だと後々困るのでな。しばし付き合ってもらうぞ」

 刹那の合間に確かに声が聞こえる。

 少女の声に惹かれて、一瞬だけ視線を後ろに向ける。

 斬撃が迫りくる中、少女は左手を地に翳す。

 まるで少女の目には天の尾羽張の攻撃など存在しないかのように。

「っ……カノン、止まれ!」

 少女に気を取られていたいた俺は、天羽の声と共に突然体にあり得ないGが掛かり、ピタッと静止した。

 突然の事に文句を言おうと顔をあげたその瞬間、間欠泉のように辺り一面、囲むように墨の様なものが湧きあがる。

 先の黒い物質アレと同じだ。

 これに触れたら人生終了ゲームオーバーの時点でどうあっても逃がす気はないらしい。

 そんなレベルの攻撃がこの速度で且つ広範囲で繰り出せるのだ。

 笑うより他はない。

 俺はバックステップですぐさま漆黒の壁から距離をとる。

 すぐ少女のほうに向きなおると、先ほどの斬撃が流砂のように少女の右腕に飲み込まれていくところが見えた。

「くそっ、バケモノめ」

 退路も断たれ、反撃すら無効にされ、改めて次元の違いを思い知らされる。

 かなり詰んでいる状況だ。

 先程からまだ一歩も動いてない少女に俺達は向き直る。

「これで詰みかの?」

 漆黒よりさらに濃く黒い髪をかき上げ、少女はチェックメイトを宣言する。

「まだだ」

 退路を断たれ、攻撃を無力化されるだけでチェックをかけられてはたまらない。

 そう言うかのように天羽は一度小さく鳴動する。

 そして天の尾羽張は心臓のように鼓動を打つと、俺の頭上限界まで昇る。

 それにつられて俺の腕も限界まで引き延ばされる。

 瞬時に俺は天羽が鞘を開放するのだと悟る。

「………カノン、歯を食いしばって耐えろよ」

 天羽の冷たく侮蔑する顔が一瞬脳裏に浮かぶ。

 地響きが起こり、辺り一帯激しく振動し始める。

『我が神名は天之尾羽張神。その昔、焔の神を切り落とした嘆きの剣。我が刃を以て分化し、新生せよ。我は普くを斬り、化生す刃なり』

 天羽の詠唱と共に湯水のように俺の体から霊力が流れ出る。

「――グゥっ」

 意識まで持って行きそうになるほどの量に、俺は思わず苦悶の声が出る。

 天羽は別に今まで出し惜しみをしていたわけではない。

 言わばコレは苦肉の策なのだ。

 俺では解放した天の尾羽張をまともに扱えない。

 しかし、こうでもしないとあのバケモノに抗うことすら出来ない。

 無茶ではあるが、一時の強化で僅かな時間の生を掴むための策。

 俺は砕けそうになる腰に鞭をうち、無理やり立たせる。

 カチン、と何かが外れる音がし、右手にあるものがまるで羽を広げるように展開し始める。

 コレになった天羽は姉貴以外の人はまず使えない。

 冗談ではなく人として扱えるキャパシティを超えているからだ。

 いくら霊能力者だと言っても体は人間だ。

 過ぎた出力は己が身に跳ね返り、破壊する。

「それが主の抜き身か、――――――綺麗じゃの」

 左右対称な二対の日本刀を峰の部分を先端から鏡合わせの様に繋げた形状になった天の尾羽張を見て、少女は眼を細めて呟く。

「煽てても何も出ないぞ? ―――――――――行くぞ、カノン」

「相変わらずスパルタだな。こっちは立っているのがやっとだってのに」

 そう言いながらも俺は正眼に構える。

 大量の霊力が現在進行で無くなり、意識は朦朧とするが体自体の体力は残っている。

 意識さえ保てれば何とか扱える、と言った所か。

 所々ぶれる視界を、俺は痛みで無理に覚醒させる。

 天羽と完全に繋がれた状態になった事から脳の演算速度が格段に低下している所為だ。

 改めて柄を握りしめる。

 先程の状態と比べ、刀剣が驚くほど軽い。

 本当に羽根になったような軽さだ。

 それを見た少女は嬉しそうにニヤッと笑った。

 ―――来る。

 次の瞬間、足元から無数の蔦の様な墨が貫くように飛び出してくる。

 無傷で躱せたのは前回と攻撃パターンが同じだったお陰だ。

「ノーモーションか。鬱陶しいっ!!」

 普段の俺ではありえない速度で蔦を切り捨てると、少女に向かって飛ぶ。

 ―――斬れる、なら本体も……。

 足を囚われないように注意しながら石畳の上をジグザグに駆け抜ける。

 一瞬で眼前に肉薄しそうな勢いの俺を少女は相も変わらず愉快な見世物でも見る様な眼で見ている。

 それを見て俺は苛立ち、加速する。

「くくっ……オーバーリアクションは嫌いでの」

 不意に少女は悪戯っぽく笑うと右手を俺に向けて掴むような仕草を見せた。

「ッッッ!!!!」

 ――まずい、まずい。

 少女の手の動きを見た瞬間、本能が叫ぶ。

 ――やばいのが来る!!

 アレを“見てから行動”すれば絶対に直撃する。

 そう確信できるほどの悪寒が体全体に広がった。

 俺は体を痛めるのも構わず、無理やり真横に転がる。

 間一髪、俺の体をかすめるように電車のような大きさの黒い塊が、通り過ぎて行った。

 ―――腕だ。

 一瞬で消えたが巨大な腕が見えた。

 俺は呼吸を忘れてそれを見送る。

 出鱈目過ぎてこの少女の強さの底が一切見えない。

「真正面から突っ込む奴があるか、危うくお前と心中するところだった」

 耳鳴りを起こしそうな天羽の声が頭にガンガン響く。

 だが、そんな小言を気にしていられるほど俺には余裕がなかった。

 さっきまでつい鼻の先にいた少女が消えていた。

 どこだ? どこに行った?

 素早く視線を走らせる。

「どうじゃ? お主の望み通りモーションとやらをつけてやったぞ」

 いつの間にか背後に移動した少女がさも愉快に笑う。

 少女の行動毎に真白に成りそうになる思考を必死に手繰り寄せる。

 まだだ、まだ俺たちは死んではいない。

「心遣い痛み入る。――――――泣けるほどにな!」

 俺はすぐさま体勢を立て直し、少女に斬りかかる。

 ここまで追い詰められても出る自分の軽口を表彰したい気分だ。

 小細工も、逃げも、コイツには意味がない。

 天羽の力を借りて、人間では不可視な速度で斬り付けているにもかかわらず、小女はそれを難なくよける。

 しかも十数閃、唯闇雲に振るうわけではなくフェイントも織り交ぜ最高速で繰り出される斬撃が、いともたやすく避けられていく。

 ――不味い。

 斬りつけながら俺は無意識に言葉が溢れる。

 本格的に手が無くなってきた。

 いや、最初から手が無いとでも言うべきか。

 俺と天羽が今やっている事はただの再確認だ。

 無駄だと解っている事を、一縷の望みにかけて確認しているだけだ。

「くっくっく、愉快じゃ。ここまで地力に差があるのに、お主達の目には負ける恐怖がほとんど映っておらん。―――――どうしてじゃ? 若き人間よ」

 まるで幼児と遊ぶ親のような足取りで、少女は次々と斬撃をかわす。

「諦めたらお前は助けてくれるのか? 命乞いをしたらお前は見逃してくれるのか? 違うだろ。お前は俺たちを逃がさない。なら、俺たちは勝つしかないだろ、例え宝くじに当たるより勝率が低くても……ってな事をこの神剣様が言ってるんだ。なら、俺もそうするしかないだろ?」

 俺は軽愚痴を叩きながら、必死に生きて残れるルートを探す。

 一か八かで壁を突破して逃げてみるか?

 いや、無駄か。

 俺は即座にその案を捨てる。

 “突破できないと諦めた”んじゃない。

 仮に突破出来たとしても、その方法じゃあ俺たちはこいつから逃げる事が出来ないから捨てた。

 俺はどうしようもない焦燥感からか、柄を強く握りしめる。

「…………私はそんな言葉遣いをした覚えがないぞ」

 俺の焦りが伝わったのか天羽も軽愚痴を返す。

 天羽も十分理解してるのだ。

 これは始めから結果が決まっている出来レースだと。

 そしてそれでも尚、諦めるわけにはいかない事を。

「成程、道理じゃの」

 少女は突然、舞曲の終わった踊り子の様に停止する。

 その姿はカーテンフォール中でもアンコールの絶えない人気演奏家の様に美しかった。

 俺は一瞬罠かと逡巡するが、いつでも相手を殺せる奴が罠を張る意味は無いと、斬りかかる。

「はぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 全身の力すべてを使い、俺は右斜め上から円月を描くように斬り伏せる。

 いや、斬り伏せたはずだった。

「――――ふむ、悪くない」

 少女は身じろぎもせず、天の尾羽張を片手で受け止めていた。

 俺の全力の一振りを、俺に掴まれたとすら認識させずに。

「吾はお主らが気に入った。お主らが第九神だろうと最早気にせぬ、どうせそんな事は些細な事にすぎぬしな。―――――――――吾は第二神、パフェヴェディルム=ヒアス=ファノレシス。終焉を司る者の一人ぞ」

 名乗り上げたその姿は神の名にふさわしく、凛然としていた。

 その様に俺は瞬き一つ分心を奪われる。

 つい先程まで俺達を殺そうとしていた相手を、だ。

 馬鹿なのはわかっている。

 だが、どうしようもなく美しいと感じてしまったのだ。

 生き物として神として、恐らく最高位に位置するであろう彼女が名乗る姿が。

「俺は架音、輪廻架音だ」

 思わず名乗りながら俺は有りっ丈の力を天の尾羽張に込める。

 壊したかった。

 ―――これを。

 ―――コイツを。

 ―――神を。

「私は天之尾羽張神、普段は天羽と呼ばれている」

 天羽も同じ気持ちなのか、握る柄からはマグマの様な脈動を感じる。

「架音に、天羽か………。いい名じゃ、主らの覚悟に免じて今回吾はもうこれ以上はせぬ」

 パフェヴェディルムと名乗ったそいつは辺りを囲んでいた黒い物質を引っ込めると、敵意がないことを示すようにもう片方の手をひらひら振った。

「そんな都合のいい話を信じろと?」

 俺は剣にくわえた力を緩めず、パフェヴェディルムを睨む。

「どちらでもよい、どうせお主らには吾を傷付ける事は出来んのじゃから」

 そういうとパフェは剣を掴んでいた手を離す。

 急に放された俺はそのままパフェヴェディルムに斬りかかる形になってしまう。

「くっ!?」

 鈍い感触と共に切り裂いたという手応えが返ってくる。

 だが………。

「これでわかったじゃろ? 吾は最初から避ける理由すらないのじゃ」

 剣はパフェヴェディルムの体にめり込むように止まっていた。

 血はおろか、傷一つ無い様で、だ。

 まるで泥沼の様なパフェヴェディルムの体から俺は剣を引き抜く。

「カノン、信じるしかないみたいだ」

 天羽は刀剣化を解くと、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

 闘いにすらならなかった事にプライドが酷く傷付いたのだろう。

「……………はぁ、そのようだな」

 俺は冷たく息を吐き出し、若干力を抜く。

 とはいえ、完全に目の前のコイツを信用したわけではないので周囲への警戒は怠らない。

「そんなに怖い顔をするでない。折角の容姿が台無しじゃぞ、カノン?」

 スルリとパフェヴェディルムは俺の懐に入ると、猫なで声で俺の頬に手を添え、囁く。

 天羽が一瞬睨んだ様に見えたが気のせいだろう。

「元々怖い顔だ、ほっといてくれ」

 そういって払いのけようとするが、雲を捕まえるがごとく避けられる。

 本当にこいつは何なんだ?

 例え神であろうと易々切り裂く天の尾羽張を容易く受け止め、この神社の………。

 そこまで考え、俺は気づく。

「おい、あんた。何でこの神社が血に染まってたんだ? まさか神社の人を殺したのか?」

 誰がやったかを考えれば目の前のコイツが第一容疑者だろう。

 俺はじゃれついてくるパフェヴェディルムを懐疑に眼で睨む。

「………吾は知らぬ。吾がここに降り立った時には既にああなっていたからの」

 だが、素知らぬ顔でパフェヴェディルムは否定した。

 そして俺の表情を見ながら、しかし誰がやったかはおおよそ見当がつくがの、と真剣な顔で小さく付け加えた。

「じゃあ、そいつはまだ………ッ!!」

 俺が言いかけた瞬間、パフェヴェディルムにドンっと突き飛ばされる。

 それも車を跳ね飛ばすような力で。

「ッく……いきなり何を……」

 そんな状態ですぐに口をきけたのは、スタンバイ状態とはいえ、未だに天羽と繋がっていたお陰だ。

 鞠のように地面をごろごろ転がりながら、俺は文句を言おうとパフェヴェディルムを睨んだ。

「――――えっ!?」

 そこには胸から棒状のものを生やしたパフェヴェディルムが片膝をつき、空を睨んでいた。

「すまんのぉ、カノン。先程からいるのは解ってたのじゃが、どうも正確な場所の特定が間に合わなくての。取り敢えず吾の近くに主らを置いておけば安心かと思ったのじゃが…………くっ」

 ぼたぼたとパフェヴェディルムの口の間から血が流れ落ちる。

 薄暗くなってきて見えにくいが、棒状のものはどうやら槍で、天の尾羽張で傷付かなかったパフェヴェディルムの体を突き刺し、貫いているようだった。

 一体どういう事なんだ?

 ついさっきまで俺達はこいつがこの世で至高の存在と疑わないほどの圧力を感じていた。

 俺達との戦いだって俺達がギリギリ死なないラインまでしか力を出していない事が解るほどパフェヴェディルムには余裕があった。

 そんな存在のパフェヴェディルムがどうして……。

「くっく、どうやら裏目に出た様じゃの……」

 唇からこぼれる血を袖で拭い、パフェヴェディルムは愉しそうに笑う。

「裏目に出たって……口から血を吐いて大丈夫なのか?!」

「なに、この程度で死ぬほど吾は可愛い存在ではない。今し方己の血が赤いと再認識したくらいじゃ」

 パフェヴェディルムは自分を貫いている槍を掴むと引き抜こうとする。

 が、触る前にそれは消えた。

「消失系の概念か? ………思ったより厄介じゃな。――――――のう、第九神」

 パフェヴェディルムの声につられて、俺と天羽も顔を上げる。

「―――今日はとてもついている。夜とは言え、こんなに明るい条件下であなたと戦えるのだから」

 日が沈み、やっと輝き始めた満月を背にするように白いスーツ姿の男が血濡れた漆黒の槍を携え、空から見下ろしていた。

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