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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
37/72

その30 「恋人プレイ」

体を乗り出し、ストローから果実の搾り汁を吸う。

眼前には楽しそうなパフェの顔が20cm前後の距離にあり、非常に近い。

その口には俺と同じ様にストローが加えられていた。

この行為の名称はよく知らないが、アニメや漫画で恋人設定のキャラがやっていた気がする。

やった正直な感想としては飲みにくい、だ。

こんな事がコイツのしたかった事なのだろうか。

「……………楽しいか?」

じと目で眼前のパフェを見つめる。

俺は先程までの怒っているのか、真面目なのか、酔っているのか、よく解らないテンションをやめてもらう代わりに今日一日パフェの要望を出来る限り応える、という事で手を打った。

いや、打ったと言うより手を打って貰ったと言う方が正しいが。

「悪くはない」

パフェの前には注文したデザートのパフェがあり、パフェがパフェを食べていると言う文章だけでは何とも意味の解らない光景が広がっている。

「なら満足したか?」

「そんな嫌そうな顔を向けられて満足する訳ないじゃろ。吾を満足させたければ少しはサービスしたらどうじゃ」

唇についたクリームをぺろりと嘗めながら視線はまだパフェに釘付けのパフェ。

「サービスと言われてもな」

生憎と女性関係に手慣れている訳ではない。

そもそも周りにいる友人関係の女性からして参考にならない。

先輩、小霞、如月。

どれも普通の女子とは言い難い奴らだ。

「むっ、今主様別の雌の事を考えたじゃろ」

目敏く俺の表情を読み取って不機嫌そうな顔をする。

パフェの為に考えているのにそれすら不機嫌の種になるとは、一体どうすればいいんだ。

「そんな顔をするでない。少しからかっただけであろう。――――ほれ、口を開けよ」

と、パフェはスプーンを俺の口元に差し出す。

「……………?」

何なのだろうか。

これをあげるから機嫌を直せと言う事なのだろうか。

「あーん」

と、パフェは俺の唇にスプーンを付きつける。

「……………」

無言でそのスプーンを取ろうとすると避けられる。

パフェを見るとにっこりと笑っていた。

「ほれ、あーん」

身を乗り出し、口の中に捩じり込もうとしてくるパフェ。

俺はそれを阻止しようと、その手を今度こそキャッチする。

その瞬間、見掛けでは考えられないほどの力が左手に伝わってくる。

「「……………っ」」

無言でパフェと見つめ合う。

笑顔のままなのがなお怖い。

じりじりと押し止められたスプーンが前進してくる。

よくスプーンを見ると持っている部分が粘度の様にねじ曲がっている。

どれだけ必死なんだ、こいつは。

こうなってくると意地でも自分の手で食べたくなってくる。

そう思って左手にさらに力を込めようとした。

「………………………無理やり顎の骨を歪められたいのかや?」

パフェは壮絶ににっこりとほほ笑みながらぼそっと言葉を呟く。

その言葉に自然と顔が引きつる。

「…………………」

無言で恐々と口を開ける。

俺は先程の意気込むを即座に破棄し、暴力に屈した。

3日天下より儚い意地だった。

「うむ、よく味わって食うが良い」

嬉しそうにねじ曲がったスプーンを俺の口の中に突っ込みながら美味しいかどうか聞いてくる。

「…………」

無言で咀嚼するが、少し温くなったデザートの味なんて微妙としか言いようがない。

だが、ここで微妙とでも言えばパフェの機嫌が更に悪くなる気がするので黙っている事にした。

「…………思っていたのとなにか違うのう。人間の番はこうして愛を深める、と知識にあるのじゃが。う~む」

二、三回俺の口の中に無理やりスプーンを突っ込むと、飽きたのかパフェは首を傾け唸り始める。

正直すぐに飽きてくれて助かったという気持ちでいっぱいだ。

「………前から気にはなっていたのだが、お前の知識は何所から得ているんだ? もう教えてくれてもいいだろ。あの時とは状況が違う訳だし」

話題逸らしも兼ねて、ちょっと疑問に思った事を尋ねてみる。

自宅での箸の使い方もそう、妙な言葉遣いもそう、今食べている食べ物に対する知識もそう。

あの時も思ったが、何もかもがおかしいのだ。

パフェは自分で己の事を別の世界から来た神、と言った。

そしてパフェは土地から情報を得ているとも言っていたが、仮に土地から情報を得ようとも、本来は言葉も文化も思想も倫理観も見かけも全て、と言っていいほど一致しない他の世界の存在とコミュニケーションなど絵空事となるはずなのだ。

それがなんだ、立場とか危機とか色々な問題で気にしてなかったが、改めて考えると順応し過ぎなのである。

「ふむ、そんな事が聞きたいのかや。簡単じゃ、吾の能力で其処らにおる中年の頭をこう……じゃな……」

詳しい描写は口にせずパフェはバレーボール大の物から何かを吸い取る様なジェスチャーをする。

こう蕎麦でも吸うようにずるずる~と。

中年のおやじ、頭、バレーボール、吸い取る、蕎麦、ずるずる。

思わずパフェがモザイクが掛かるグロテスクな行為をする光景が脳裏に思い浮かんだ。

その瞬間後悔した。

デザートとはいえ食事時という要因もマイナスだ。

「……………冗談………だよな?」

念のためと言うか、そうであってほしいと言う願望からか。

俺は少し間を置いてから聞き返す。

「ふむ、吾は冗談は好きじゃが、あまり冗談を言わんつもりじゃ。主様はこれを冗談にしてほしいかや?」

真顔で訊き返してくるパフェに俺はこの件についてもう何も言えなかった。

こんな事実知りたくなかった。

道理でおっさんくさい発言が多いな、とか思うより早くこれ以上その事について詳しく知りたくない、という感情一色に思考が染まる。

「そ、そんな事よりも、こんなことしていていいのか?」

何とか話を変えようとすぐさま別の話題を必死で考える。

「何がじゃ?」

「第三神と第七神だったか? そいつらがまた襲ってくるのだろう? こんな所でのんびりしていていいのか?」

「と言うと?」

「修業的なものをしないのか、という事だ」

的なものと言うよりそのまま修行だろう。

第九神との戦いで如何に自分が無力かを改めて思い知らされた。

左手を爪が食い込むくらい握りしめる。

「修行のぅ………大いに賛成したいところなのじゃが、うぅむ」

新しく取り替えた銀の匙で宙に何かを描く様にぐるぐると動かす。

奥歯に物が詰まった様なもの言いだ。

何か問題があるのだろうか。

と言うか、先程のスプーンはどうすれば。

「何か間違った事を言っているか?」

「間違いでもあるし、間違いでも無い」

俺の頭上にクエスチョンマークが出る。

「対策としては間違ってはおらんが、効率を考えると間違い、という事じゃ」

「もっと効率のいい方法があるのか、修行以外で」

身を乗り出してパフェの言葉を聞きいれる体勢になる。

「修行……と言っても精々長くても1カ月程度が限度じゃ。漫画の主人公じゃあるまいし、そんな短期間修行したところで焼け石に水じゃ。奴らが何年生きておると思っておる。一カ月なぞ奴らにしてみれば1秒とさほど変わらん期間じゃぞ」

気だるげにパフェを掬い、口に運ぶ。

詳しく説明する気のないパフェの態度の若干苛立つ。

「だが、何もしないより何かした方がましだろ?」

「その意気込みや良し。じゃが、主様がしようとしておる事は海で遭難してから泳ぎを覚えるようなもんじゃ。努力は認めるが負ければ何もかも終わりなのじゃ。吾の言いたい事解るかや?」

パフェに匙を向けられながら俺はゆっくりと頷く。

いくら努力しようと結果が伴わなければそれはやらない、という選択肢とさほど変わりはしない。

無意味とは言わない。

それが次に、はたまたその次に繋がることだってあるだろう。

だがそれは次があればの話だ。

俺達に次があるかなんてわからない。

いや、かなりの確率で負ければそれは即ち死を意味するだろう。

それは解る。

だが、それならば一体どうしようと言うのだろうか。

「なら一体どうするつもりなんだ?」

「休む」

「―――は?」

思わず聞き返す。

「じゃから休むと言っておるじゃろ」

パフェが何を言っているか理解できない。

いや、休むこと事態は理解できる。

俺の右腕とパフェの体は第九神との戦闘でボロボロだ。

だからと言うべきかそもそも治すと言う事は当然なのだ。

俺も怪我の身で無理をして修行、とまで言うつもりはない。

「……何を伝えたいのか今一つ解らない」

俺はお手上げ状態と、肩を竦めて見せる。

パフェは呆れた様に溜息を吐くと、背凭れに深く身を預け、座り直す。

「――まさか主様は忘れている訳ではあるまいな。吾は誰じゃ? 何故こうして身を窶しておるのじゃ?」

「………あ」

ここでパフェの話が繋がる。

「漸く理解したかや」

呆れながらパフェは再びパフェを口に運び始める。

「だが、それはそんなに効果があるのか?」

俺はかなり冷えている水に軽く口を付け、喉を潤す。

パフェの提案はそもそも修行と同時並行可能なはずなのだ。

何せ修行するのは俺だけなのだから。

それを差し置いてとなると、よっぽどの効果を期待できるのだろうか。

「少なくとも主様が修行するよりははるかに効率がよい。一週間もあればそうじゃの…………全快とは言わぬが、ある程度の力は回復するはずじゃ」

「だが、それは俺だけ修行しながらでも出来るはずだろ?」

なにより――。

と新たに浮かんだ疑問を続けたいところを一旦踏みとどまる。

これを聞けば一気にこの場はややこしくなってしまうからだ。

暫し逡巡する。

そんな様を見てパフェは無言で続きを促してきた。

ならばそれに甘えて先程の問いを一時保留にし、新しく湧いた質問に答えてもらおう。

「なにより――。それが出来るのだったら何故第九神の時同じ事をしなかったんだ?」

俺が修行するより遥かに強くなる。

パフェはそう言ったのだ。

ならば第九神を態々誘き出したりせずに姉貴達と籠城してしまえばよかったのだ。

結果論だが、姉貴の結界はきちんと第九神を欺く事に成功している。

それはつまりかなりの時間を稼げたと言う事だ。

修行に関しても態々街中でやる必要はなかっただろう。

「――主様は空間を自由に行き来できる能力者と試合の様に戦うのと、サバイバルバトルの様に生き死にが決まるまで何時までも戦うのとどちらが良いと聞かれた場合後者が良いと答えるのかや?」

「そんな訳な……い……。――――――――あぁ、なるほどそう言う事か」

即座にパフェの言葉を否定し、納得する。

相手の能力を考慮する事をすっかり忘れていた。

「そうじゃ。確かにその方法を取れば吾はかなり回復できたじゃろう。じゃがその代わりに『かなり弱っている』から『そこそこ弱ってる』程度と判断され、向こうの戦法は一撃離脱のヒットアンドアウェイへと変わったであろうな。それで四六時中気を張らねばならん状況にでもなってみろ、吾はともかく主様らがじわじわ追い詰められ、何れ衰弱するに決まっておる。そうなると殆ど詰みの様なものじゃ。じゃからほぼ確実に痛手を与え撤退させる事が出来るあの方法を取らざる負えなかった訳じゃ」

パフェの言う通りそんな状況になれば先にダウンするのはこちらだろうなと確信できる。

俺が頷くのを確認するとパフェが口を開く。

「それで先の保留にしておった質問じゃが、その前に主様に概念心具についてもうちっと詳しく説明する必要がある。―――――――が、先に甘味じゃな」

パフェはパフェの最後の一口を頬張ると、メニューを楽しそうに眺め始めた。

そんなパフェを見て小腹がすいた俺も、何か頼もうと思いメニューを広げるのであった。

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