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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
34/72

その27 「決着」

『主様よ、吾のやるべき事はこれで終わりじゃ。活路みちは築いてきた、後は吾の首が刎ねられる瞬間に第九神を攻撃すればよい。何、案ずるな、先程のおとりの残留が主様の気配をうまく隠してくれるじゃろう。じゃから――』

死期を悟った老人の様な穏やかな思念が息を潜めていた俺へと届く。

俺は望んでいた決起の合図といささか毛色が違う事に戸惑う。

『待て、刎ねられた瞬間ってどう言う事だ? その体で概念心具の攻撃を喰らったら死ぬだろ』

『…………大丈夫じゃ、は死にはせん。身体の殆どは主様にある。じゃから再び主様の体から再生する』

微妙にニュアンスの違う言葉に一層焦燥してくる。

これじゃあまるで別れの挨拶の様だ。

『本当に大丈夫なんだな? 何か他に隠している事は無いよな?』

『…………くっく、女子おなごの秘め事を暴こうなぞ、人が悪いぞ。主様』

俺の問いに対し、短い沈黙の後返ってきたのはYESでもNOでも無い返事だった。

『―――その言葉は隠している、と言う言葉を肯定していると取るぞ』

『好きにとるがよい。じゃが、先程の吾の言葉に嘘は無い事は確かじゃ。さあ、構えよ主様。もう時間も無い。これでここ数日にわたる非日常りふじんに幕を引くがよい』

「――――ッ!!」

まだ色々言いたい事はあったが、それら全てを飲み込む。

パフェの言葉が嘘でないと言うならば、今なすべき事は第九神の打倒。

そう、だから今はそれに全力を注ぐ。

限界まで闇に同化し、希薄だった体をギュッと凝縮させる。

第九神を見据え、駆け出す。

感覚は大空を羽ばたく鳥。

崩壊する朔夜にまぎれて疾走する。

――速く、疾く駆け抜ける。

俺はあらん限りの力を振り絞り加速する。

契約は思った以上に体に馴染み、活力が溢れてくる。

――我慢を重ねた甲斐があった。

パフェが声に出して俺を呼び掛けた時の事を思い出す。

あの時パフェの声を聞き、飛び出しそうになる体を踏みとどめたのは他ならぬパフェの思念だった。

平時ならばあの時の矛盾に気付けたのかもしれないが、あの時俺はパフェの思念なしには止まれなかった。

だが、考えてみれば当たり前なのだ。

思念を使えば敵に知られる事無く連携が取れると言うのに、態々声に出す必要はない。

そんな事をする必要があるとすればそれはつまりブラフと言う事。

その様な絶妙なタイミングで第九神の背後に俺の姿形を似せた影を出せば引っかかるのも当然だろう。

俺の死体すら確認せずに安心しきっている第九神の背中に標準を定める。

第九神が心具を振り上げる。

これが振り下ろされた瞬間。

パフェを殺したと思って安堵した瞬間を狙い、第九神を攻撃する。

それが一番確実に第九神を倒す事が出来る方法。

敵が概念心具によって空間を自由に動ける以上チャンスは本当にこれが最初で最後だ。

なのに何故だろう、この胸騒ぎは。

晴れる事のない不安が永遠と胸中に渦巻いている。

その不安がより一層早く第九神へと加速させている。

パフェの言葉に本当に嘘は無かったか、何か履き違えた言葉は無いか。

眼前へ集中しながらぐるぐるとパフェの思念が再生される。

は死にはせん』

その時、パフェの思念ともう一人のパフェである『混沌の闇』の声が重なって聞こえた。

重なるも何も同じ体なのだから同じ様に聞こえるのは当然なのだが。

わたしは死にはせん/吾は死にはせん』

左右から同じ声の音質で別々の言葉いみで再生される。

そう、今までのパフェの一人称が違うのだ。

つまり、この答えが指す意味は……。

わたしは―――アレが折れた時、新たないしを創り出すモノ』

ハッと気づき、前を見据える。

距離はあと僅かだが、最速で振りおろされた場合一瞬足りない。

――間に合え、間に合ってくれ!

死への祈りか、勝利を確信した安堵からか。

片目を閉じ、ウィンクするパフェが思念と共に脳内に入る。

『ありがとう、さらばじゃ主様』

その瞬間俺の体はその一瞬を埋めるべく飛翔した。

俺達は互いに二心同体。

パフェは俺の為に、俺はパフェの為に対等な関係であると誓った。

命を掛け、この一瞬の為にパフェは戦ったんだ。

だと言うのに肝心の俺がこの体たらくじゃ話にもならない。

確実に第九神を倒す為?

だったら俺はそれを無駄にしない様パフェの言うとおりにする?

「――冗談じゃない」

宝物に優先順位を付けるのが嫌だから己を削って、人間を辞めてまで力を手に入れたんだ。

その俺がパフェを捨てる道を選ぶのなら、初めからそうしている。

心具に込められた祈りの強さが力となるならば今こそ力を発揮してくれ。

取り零さぬよう、無くさぬ様、伸ばした腕で掴み取る。

姉貴も天羽もパフェも先輩も全部。

「なっ?!」

第九神が気付くより一瞬早く背中から貫手が突き刺さる。

背筋を突き破り、心臓を鷲掴みにする。

概念心具による攻撃を受けた第九神の体は衝撃により、硬直。

「チェックメイト。詰まれたのはあんただ」

右腕の概念心具から心臓へ。

心臓から更に周辺の組織へ。

概念が伝播し、機能を停止させていく。

そして今振り下ろさんとした左肩付近の筋肉が慣性を無視して停止する。

「パフェッ!!」

僅かに残った搾りかすの様な余力でパフェに漆黒を飛ばす。

間一髪パフェを包み、乱舞地帯から脱出させる。

「吾好みのドラマチックな展開じゃのう」

力無く笑った状態でパフェはそんな言葉を吐き出す。

とても死を覚悟した直後とは思えないセリフに苦笑いを禁じえないが、それも一瞬。

「それは終わってからだ」

素早く左手でパフェを包み込むと、更なるマナを右腕に送りつける。

―――えろ、えろ、えろ。

呪詛の様な祈りと共に共鳴した概念心具が一層強く鼓動する。

傷付ける事をせずただ只管に相手の無力化を図る概念。

それは死と似ている。

肉体が幾ら無傷であろうとも動かなければそれは死んでいるのと同じだからだ。

「ガッ!?」

心臓を中心に、血管を伝いじわじわと体が停止していく感覚は極大の嫌悪感を催すに違いない。

「ははっ、まだ生きて…居られたとは、意外…ですよ」

概念干渉により徐々に停止していっているはずのティルロインが体を捩じり、半身だけ此方を向く。

「俺も…意外だ。まだ喋れる余裕が…あるなん、てな」

疾うにマナの使用が限界を超えた状態で、俺は第九神を捕縛し続ける。

俺の概念は強力かもしれないが、それは飽くまでパフェが居る事が前提の能力だ。

直接的な殺傷能力を持たない以上、ほぼ停止させなければ貧弱な俺の身体能力で闘うこととなる。

いや、その前にマナを使い切り、今度は俺が動けなくなってしまう。

だからここでコイツを離す訳にはいかないんだ。

一センチでも多く停止させようと右手に思いを込める。

それと同時に第九神の左手首が動き始める。

「しかし、惜しかったです…ね。もう一歩、遅ければ…心具に込めたマナを使った、直後で硬直…している、私を楽に…止めれたと、言うのに」

苦しそうではあるが、やや嬉しそうにティルロインは言葉を吐き出す。

左肩をほぼすべて停止させているので実質その先の機能も停止した様なものだが、何らかの方法を使い第九神は動かしているのだろう。

それに伴い、掲げられていたつるぎの剣先が俺の右腕へと迫ってくる。

軌道は腕を輪切りにするように垂直に。

体を狙った攻撃ならまだしも、これを避ける為には腕を離さなければならない。

「逃げなくて…よいの、ですか?」

挑発するかのような声が俺に届く。

速度は無くとも遠心型の概念心具。

僅かに触れるだけでどうなるかは俺自身がよく知っている。

――手を離していったん距離を取るか?

それへの恐怖からそんな言葉が頭をよぎる。

「―――――逃げる? 有り得ないな」

頭に浮かんだ妄言を振り払い、右手を更に強く握りしめる。

遠心型はこちらも同じ。

そんな事をすれば奴自身もダメージが行くはず。

寧ろ俺の概念の特性上最高威力で干渉されるのは最初の数秒のみ。

それさえ耐えきれば、こっちのものだ。

震える右腕を叱咤し、奥歯を砕けそうになるくらいに噛みしめる。

時計の秒針の様に円運動を続けながら迫る剣。

そのつるぎがゆっくりと俺の腕に触れる。

「―――――――――ッッッッッ!!!!!!!!!」

その瞬間声にならない絶叫が俺の口から溢れ出す。

身を鋸で削る痛みとは比較にならないレベルの激痛が腕から、心から発せられる。

瞬時に脳は沸騰し、視界は真っ赤に染まる。

心具が、祈りが削られているのだ。

心具に込めた思い、信念、心情、思い出。

その他もろもろがシュレッダーの様に切り刻まれていく。

身体的苦痛により心を折るのではなく、直接心を破壊しに来ている。

初めて受ける精神の痛みに記憶が、人格がバラバラに飛びそうになる。

「主様……」

パフェの悲痛そうな声すらも掠れて殆ど聞こえない。

だが、それでも右手の感覚だけは残った神経全てを注ぎ込んで留めていた。

絶叫しながらも、血を吐きながらも右手は離さない。

どんなに痛く辛かろうとこれを離す訳にはいかない。

この痛みこそが俺の選択した道なのだから。

筋肉を切り裂き、骨格まで到達した剣はそこで初めて概念干渉が弱まる。

徐々に徐々に天秤の拮抗が崩れる様に第九神の心具が停止していく。

「……はぁ……はぁ……はぁ」

筋肉を切られ、力の入らなくなった右腕に無理やり力を込めなおしながら、俺は第九神を見据える。

痛みとマナの使い過ぎによる疲労で今にも倒れそうな自分を傷だらけの精神で支える。

今にも崩れそうな襤褸で支え合った瓦礫の塔ではあるが、それでも支柱パフェが居る限り折れる訳にはいかない。

――もう少しなんだ。

もう少しで第九神の主要部位が止まる。

それまで持ってくれ、俺の心具いのりよ。

「こ…れは、完全に、予想外…です、ね。この、わた…しが、第二、神…では、なく、人…間に、ここ、ま…」

そこまで喋ったところで第九神の喉が停止する。

剣を動かしていた左手首もほぼ止まり、漸く概念心具の進行が止まる。

「これで……終り……だ」

残ったすべての力を振り絞り掴んだ心臓を捩じ切った。


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