その26 「朔夜の姫」
じりじりと壁が迫る中、二人のせめぎ合いは両者互角の様相を醸し出していた。
片や五感の殆どを遮断され、外部からの神器の召喚を封じられ大幅に弱体化している第九神。
片や戦闘領域の殆どを己の概念心具で包み、空間全てを己が武器として最大限使用できる第二神。
ここへきて両者に隔絶していた能力の溝が埋まりつつある。
勿論これはパフェのマナが枯渇するまでの拮抗だが、徐々に天秤は傾きつつある。
僅かずつだが第九神の剣速が鈍り始め、それに伴いパフェの旋回速度が加速する。
得物が長すぎて、漆黒に減り込めば減り込むほどそれを振り切るには力を必要とするからだ。
パフェが相手の土俵で勝てなかったようにティルロインもまた純粋な削り合いではパフェに勝つ事が出来ない。
「どうした、これで終わりか? 虎の子を見せずにこのまま嬲り殺されたいのかや?」
「…………」
薄ら笑いを浮かべたまま、ティルロインはパフェの言葉を無言で受け流す。
現時点ではティルロインはどうしようもない状況と言えるだろう。
徐々に強くなるパフェと徐々に愚鈍となる自分。
例えそれが一時の劣勢だとしても一発で戦況を覆せる可能性を持つカノンの存在がある限り、安心などは出来はしない。
故に狙うは互いに同じ。
奥の手を相手に先にださせる事。
パフェはそれに己の奥の手をぶつける事によって絶好の機会をカノンへ作る事に繋がり、ティルロインはまたそれを凌ぐ事で次弾に来るであろうカノンを消し飛ばす事が出来る。
しかし、コレは随分可笑しな状況だ。
如何考えても第九神が不利な条件なのだ。
鬩ぎ合いでは徐々にパフェに分がある様になっている。
例え時間制限があろうともそのギリギリまでパフェは奥の手を出さなくてもいいのだ。
それに比べティルロインはどんどん状況が悪くなっていく。
切り抜けるには何か別の手が必要で、出し渋れば渋る程環境は劣悪になっていく。
ワンボタンで必殺技が出る様なゲームではないのだ。
技と言うのであればそれ相応の条件と時間が必要とされる。
その上で後出ししなければならないのであればコレはどうあっても下策としか言いようがないだろう。
だからこの状況はおかしいのだ。
挑発したのは誰か?
この鬩ぎ合いに以っていった張本人は誰か?
ほかならぬティルロインである。
その本人が敢えてこのような状況を望んだのだ。
ならば歪なこの形こそ彼の勝利への布石に他ならない。
そんな状況を感じ取ってかパフェに焦りが見え始める。
表情こそ変わらないが先の言葉が何よりの証拠となっている。
何が第九神をこの状況に誘ったのか皆目見当もつかないのだ。
状況だけみればパフェの有利は毅然として揺るがないのだから。
『月触樹――砲泉禍』
パフェが短く呟くと、疾走する漆黒の蔦に袋の様なものが出来る。
と言ってもティルロインからしてみれば目視など叶わぬものではあるが。
今も尚切り続けている剣先にその袋が掠る。
「――――っ!」
その瞬間袋は第九神の概念により消し飛ばされるより早く自ら弾けた。
果実の様に袋の中からは種子のような漆黒の弾丸が飛び出してくる。
「――散弾銃、いやホウセンカですか」
剣を振り切った直後に飛んできた弾丸を苦も無く手首の返しだけで叩き切る。
反応速度、剣速、どれをとってもそこらの神ですら反応できないレベル。
手応えすら無かったかのように漆黒の弾丸は消えていく。
そして最初から軌道がティルロインから外れていた弾丸が壁へと吸い込まれていった。
「なるほど、そちらが狙いですか」
ティルロインの呟きと共にぽん、と何かが弾ける音が響く。
別の果実が弾丸によって弾けたのだ。
それにより飛んできた死角からの攻撃にまるで見えているかのようにティルロインは反応する。
そして今度はティルロイン自身に当らない物までも叩き切った。
漆黒の壁を止めつつの迎撃だと言えば如何に第九神が可笑しな反応をしているか解るだろう。
だが、そんなところにまで余力を注げば壁の進行が早まるのは必然であり、結果更に攻撃が鈍ってしまうと言う負の連鎖へと巻き込まれる。
パフェが戦況だけを見ればどんどん有利に傾いている様に見える。
しかし、焦れてきているのはパフェの方であり、第九神の余裕は未だ崩されていない。
これをハッタリと取るにはあまりにも状況が揃い過ぎているし、何より罠だとしてももうパフェは止まれないのだ。
パフェは両の目を閉じ、近くにいる相方に思いをはせる。
作れる機会はたったの一度きり。
その一撃に全てを賭けねばならない。
その為には己の段階で失敗などあってはならないのだ。
故に己は負けでいい。
カノンさえ勝てばそれで。
だからこそここで―――。
カッと眼を開くと同時に無数の果実が一斉に弾け飛んだ。
一つの果実から数十個の弾丸が飛び出す。
流石にそれら全てを叩き切る事はティルロインも叶わず、少なくない数が前後左右交差していく。
それが残った果実にぶつかり合い、弾け、新たに創られた果実へとぶつかる。
連鎖反応の様に空間が種子で埋め尽くされる。
それを見ても尚余裕の表情は崩さず、ティルロインは今ここで初めて剣を構えた。
「一つ、大道芸でも御覧に入れましょう」
まるで今から円舞でも見せるかのように静かに剣を前方へと突き刺した。
そう、突き刺したのだ。
まるでそこに見えない何かがあるかのように剣は空間に吸い込まれていく。
強い粘性の沼へと沈みこませる様にゆっくり少しずつ。
耳障りなハウリングと共にティルロインの周りの弾丸が次々と消えていく。
「己が概念を拡散させよったか」
パフェは己が弾丸が消えた原因をじっくりと見つめる。
六角の薄い硝子の様なものが第九神の周りに無数に展開されている。
そしてそこから発射される何かが次々と弾丸を消し飛ばしているのだ。
コレは何か。
新たに召喚された神器?
―――否。
コレは第九神のマナその物に他ならない。
本来概念はそれだけでは武器となり得ない。
それは心具と契約を重ねる事で漸く発揮できるものだ。
『SIN』レベルに限定すれば、の話だが。
概念が心具と契約を必要とするのは非常に伝導率が悪いからだ。
だが、概念が『KARMA』の位階に達せられるほど強くなると話しは変わる。
心具で無くても概念を載せて攻撃する事が可能なレベルになる。
「漸く削り合いを捨てたか。いや時間稼ぎが終わったと見るべきかや」
次々と消されゆく己が概念心具に眉を顰めながらパフェは呟く。
360度、パフェと同じく全包囲で発射されるそれは数こそ劣るが威力が違う。
漆黒の弾丸では相殺すらせずに漆黒の壁へとマナが突き刺さって行く。
先程の逆状態だ。
削り合いではパフェが断然有利なように、瞬間のぶつかり合いでは第九神のマナに業ランクの概念が宿るだけでこうも簡単に打ち破られる。
「来るが良い、第九神よ。この漆黒を壊して見せよ」
マナを打ち出す為に剣を止めた事により漆黒の枝は暴風すら生ぬるい、天体の自転の領域に近づいていた。
これが『朔夜の姫』の中でなければ街などとうに壊滅している事だろう。
故にこの漆黒に傷を付ける第九神の能力が如何に火力を持っているか解る。
だがそれでも漆黒を破壊する事は叶わない。
遠心型が攻撃に優れている様に求心型は防御に優れている。
故事の矛盾の様な関係だが、そもそも概念の押し付け合いはルールの矛盾が前提の成り立ち。
強い方が勝つと言った、最早理論ですらない言葉が全てなのだ。
「………」
パフェの言葉を聞いてか聞かずか。
何かを図る様に第九神は己が概念心具を引き抜いた。
それに呼応するように幾重にも別れた漆黒の枝が絡み合い二対の蛇を創り上げる。
顎は車を丸呑みにしてもあまりある大きさ。
漆黒の壁は何時しかとぐろを巻く蛇の胴と化し、二匹の蛇は今にも捕縛し、締め上げようと渦巻いている。
そして何より籠められしマナと心具の密が今までの攻防を一蹴に出来るほど膨大な量と濃度を撒き散らしていた。
正しく奥義と言えるそれは局面がクライマックスへと近づいている事を意味していた。
暴風を前に訪れる凪。
だがそれも数瞬。
堰が切れた様に双蛇は膨大な神気と共に膜の様に張り巡らせられた硝子ごと締め上げる。
「くっ…!!」
硝子が無残にも壊れるか否か。
そんな刹那の合間に第九神は魔法陣を展開し、新たなる防壁を出現させた。
この程度のもので防げる攻撃で無いと知りながら。
事実出現したばかりの防壁は漆黒の蛇に触れた瞬間から軋みを上げている。
物理的な耐久力的にも概念干渉に対する抵抗的な意味でも役不足としか言いようがないだろう。
ならばこれが無駄だと言えば、そうと言いきれない事象が存在する。
僅か数秒とはいえ漆黒の概念干渉に耐えたのだ。
結果として、その数秒の停滞が起きる。
その数秒こそが第九神にとって待ち望んだ時間であった。
「……零」
防壁を突き破り、丸呑みにしようと大口を開けた大蛇の片割れが突然消し飛んだ。
「ぎっ!!!」
ここで初めてパフェが悲鳴めいた言葉を漏らす。
心具破損によるダメージは如何にその心具へ思い入れているかによって違う。
思い入れると言う事はその対象となる心具が幾つもあれば分散することを意味する。
そして余程狂気に満ちた精神をしていない限りある一定以上の量を超密度で保つのは難しい。
パフェの漆黒はカノンの右腕、第九神の長剣と比べるとあまりにも量は多い。
それはつまりパフェの心具は拡散していると言う事だ。
威力が低くなるデメリットと捉えがちだが、逆を言えば同じ量を破壊されてもダメージはさほど無いと言う事でもある。
幾多の心具を消し飛ばされようとも所詮は薄皮一枚。
且つパフェには己の心具が拡散しようが破壊されない自負があった。
だからこそこの破壊はパフェにとって予想外のダメージをもたらした。
まさか漆黒を凝縮して作りだした蛇が何の予備動作も無しに消し飛ばされるなどあるはずが無いのだ。
「なんじゃっ!? 何が起きた?!」
残るもう一匹の蛇を向かわせながらパフェは驚愕する。
間違いなく現時点で出せる最高の密度の概念心具を予備動作なしで消し飛ばせるなどあり得ない。
消し飛んだ大蛇の頭部を再生させながらパフェは思考を働かせる。
――焦るな、考えるんじゃ。
これ程の威力のある技がノーリスク・ノーコスト使えるのであればそもそも待つ必要など無い。
速攻で斬りかかれば奥の手など関係無く殺されていただろう。
故にこれは己と同じく今このタイミングまで発動できなかったものであると推測できる。
問題はこれを何時仕掛けたかという事と、幾つ使えるのかという事。
概念には完全上位互換が存在しない。
汎用性が高ければ高いほど干渉力は弱まり、専用に特化すればするほどその力は強くなる。
だから先程の攻撃は何らかのリスクかコストを必要としたはずだ。
敵の概念は空間を操作する能力。
主だった使い方は召喚と撤去。
別の地点に存在する物質を道具として召喚。
此方の地点にある物質を邪魔ものとして撤去。
別の地点からの召喚は朔夜によって封じられている。
そしてその逆も同じはず。
別の地点から呼び寄せるのも飛ばすのも不可能なのだ。
ならば撤去とはどこに撤去しているのか。
パフェは今までの闘いで何か見落としが無いか振り返る。
「――ぁかはっ!!!!」
思考を遮るように第九神と鍔迫り合いをしていたもう一匹の大蛇が三枚に下ろされる。
切り飛ばし胴から離れた瞬間、蛇の頭は消し飛んだ。
間違いなくティルロインの概念干渉を受けている。
それも概念心具で直接斬るより強力な概念干渉を以ってだ。
そしてやはり消し飛ばされた大蛇はこの空間内で何処にも確認する事がパフェには出来なかった。
――この空間内でそれも吾が感知できない地点、という事は即ち。
カチリと音を立てて思考のパズルが嵌る。
「未来……かや」
第九神の能力は同時空ではなく未来へ飛ばしているのではないのか、という結論にパフェは達した。
加え、決定的だったのが第一撃と第二撃の攻撃の仕方の違いだ。
一撃目は刺突の様な攻撃、二撃目は斬撃の様な攻撃。
先程の結論に達していなければ恐らく気付かなかっただろうが、それを踏まえ考えれば見覚えがあるのだ、この攻撃は。
一撃目はカノンに対する反撃に。
二撃目は己の攻撃に対する防御に。
つまり、攻撃を未来へ飛ばす事が出来るのだ。
更に飛ばす時間が長ければ長いほど威力が上がるのだろう。
そう考えればすべて辻褄が付く。
概念が本人以外に完全に理解できない理由はここにある。
細かな制約や例外的なルールが盛り込まれている場合が多分にあるからだ。
「この推論が正しいとするならば絶好の好機は今のみ……か」
パフェは己の先程の負けを覚悟するほどの予感が正しかった事を理解する。
この後第九神が取った攻撃はしかと覚えている。
斬撃乱れ飛ぶ剣舞がもう暫らくすればやってくる。
それが始まれば近づく手段など皆無だ。
距離を取って凌ぐ選択肢もあるがそれでは相手の懐にカノンを送る道が断たれる。
一度インターバルを挿むと言う事は相手に更なる準備を与える事を意味するからだ。
そうなってしまえば時間の無いパフェたちの敗北は必至と言ってもいいものだろう。
「取れる手段は一つ、肉を切らせて骨を断つ、か。くっく、上出来じゃな」
自虐的な笑みを浮かべるとパフェはぱん、と両の手を重ねた。
『――縛!』
パフェの呪と共に頭を失い、唯の太いロープと化していた蛇の胴体がぎゅっと絞られる。
今の今まで高速で回転していたソレがその速度を維持したまま左右に引絞られる。
捉える気など毛頭ないとでもいいたい様な電気鋸状の鞭が超速に迫る。
「おおおおおおおおぉぉぉっ!!!!」
迎え撃つ第九神は迷わず蛇腹にサーベルを突き立てる。
互いが超速と超速でぶつかり合ったにもかかわらず、サーベルは歪む気配さえ見せず、大蛇を切り裂き続けている。
しかし、それも胴の中ほどまでの事。
貫通させ、両断せしめ様とした刃は強固な漆黒に阻まれ、止まる。
「…やっと捕まえたぞ、第九神」
旋回する胴の大半と速度を犠牲にパフェはティルロインを捕まえる。
その顔には小さいなりながら壮絶な笑みを浮かべていた。
第九神と接触した漆黒がじわじわと侵食を始める。
「捕まえた? 残念ながらまだ捕まってはいません…よっ!」
完全に捕まった様に見えた第九神の周りには超高密度のマナが突き刺した心具と共に漆黒の浸蝕速度を大幅に減少させていた。
先程とほぼ同じ状況であれど、どちらも互いのネタは見せ合った後だ。
今度こそ根競べとなるよりほかはない。
「マナで吾の心具の進行を止めるので精一杯じゃろ、時間の問題じゃ」
「時間の問題はお互い様でしょう。随分と空間が薄くなっていますよ?」
第九神の周りのマナが軋み、歪む度に朔夜の濃度が薄くなってきている。
出力を維持する為に最早空間に割く余力が無いのだ。
「じゃからどうした? 時間稼ぎも稼ぎ切れなければ無意味じゃ」
「えぇ、ですから私はこれで十分なのですよ。凡そ私の概念の詳細に気付いて居られるのでしょう? 次の攻撃までに私には漆黒はもう届かない」
あと僅かまで近づいた漆黒を目にしながら第九神の脳裏には次の瞬間切り裂かれる漆黒をイメージした。
これさえ凌げば朔夜は消える。
そうすれば如何にカノンが奇襲を図ろうとも逃げ遂せる事が出来る。
最悪引き分けに持ち込めるのだ。
ほぼ己の勝ちを確信し、第九神は笑う。
「……奇遇じゃのぅ。吾もこれで十分じゃ……なんせ双蛇はこの一瞬を稼ぐ為の攻撃じゃからの」
そう言うと同時に再生させたもう一匹の大蛇を侍らせながらパフェはその姿を現わした。
先程までの妖精の様な姿ではなく、人間大の姿で。
第九神の笑みが一瞬で凍りつく。
『月蝕牙―――』
瞼を閉じ、無手の状態で居合の様な構えを取る。
優雅にそして静かに、大蛇がその姿に見惚れるかのように融け、高濃度の空間となり追従する。
永遠を思わせるような圧縮された時の中、無手のまま架空の刃を振り抜く。
まるでその一振りを見せんがために時が自ら止まったような鮮やかさで。
それに合わせるかのように第九神を包囲していた漆黒が切り飛ばされていった。
「何……だ?」
消えゆく漆黒の残滓を見送りながら極限まで圧縮された時の中、第九神は確かに見た。
無手の刃が切った軌道上に描かれた一筋の閃を。
『―――夜刀』
刹那、言葉と共に時は動きだす。
真一文字に一切の無駄を排した一撃。
「馬鹿…なっ!!」
血飛沫と共にティルロインの体が傾いていく。
――何が起きた?
大きく見開いた目が捕らえた情報を再生する。
闇の中に生じた亀裂が如き奈落。
その奈落に見える黒線から閃光の様なスピードで斬撃が飛び出したのだ。
結果、一切の防御手段と回避行動すら許さず黒閃の牙が裁断せしめた。
「……主様っ!!」
パフェが叫ぶ前に第九神の後ろに既に攻撃態勢に入っている影が現れる。
第九神は斬撃のダメージで体勢が崩れ、硬直しており、完全に無防備となっている。
「こんな……こんな所で……っ!!」
体裁を崩し、うめく第九神。
影に気付いたところで最早間に合わない。
間を置かず伸びる右腕。
心臓を狙ったその貫手は何の障害物も無く背後から滑り込む。
美しく息のあった連携。
パフェは見事役目を果たし、カノンへとつないだのだ。
最初で最後の好機へ。
完全に決着がつくと思われたその瞬間、第九神の口が三日月の様に歪む。
「――――負けると思いましたか? 残念ですが読んでいましたよ、あなたが奥の手を温存するここまで。私の概念は心具自体も飛ばす事が可能です。つまり――」
崩れた体勢のまま口端から血を流しながら第九神は笑う。
「――こういう事です」
影の攻撃が届く寸前。
突如出現した長大のサーベルが襲撃者の胴体を切断する。
「――っ!!!!」
悲鳴すら上げる暇なく上下に分かれ掻き消えてゆく。
肩で息をしながらパフェはその光景を苦々しく見ている事しか出来なかった。
これでパフェが勝利する唯一の手段は消え失せた。
そんなパフェの心情を表すかのようにパフェの体に罅が入り始める。
硝子の様に、鍍金の様に、次々と剥がれおちてゆく。
「終わりです。先程の一撃が文字通り奥の手だったのでしょう? もうあなたに攻撃手段は残されていない。私の勝ちです」
晴れ渡っていく空間を見ながら饒舌にティルロインは高らかに勝利宣言する。
軽傷と呼べるレベルのダメージではないにしろ致命傷ではない。
まだ戦おうと思えば十分戦える程度だ。
対してパフェの姿はみるみる剥がれ落ち、先程までの妖精大の姿に戻っており、満身創痍で今にも倒れそうな勢いだ。
誰が見ようと最早パフェに戦闘を継続する余力が残っている様には見えない。
勝敗はここに決したかに見えた。
「随分と……饒舌になったの、第九神。倒してもいないのに勝利宣言など、やられ役の三下の様じゃぞ?」
苦しげに息を吐きながら呻くパフェ。
負け犬の遠吠えにしか見えないその様を、ティルロインは一瞥する。
「三下……ですか。構いませんよ、それで。死んだ相手に勝利宣言など虚しいものでしょう? ―――剣撃の乱舞まであと僅か、それほどお望みとあらばその閉幕に相応しい、斬首と滅斬により真っ赤なカーテンを下ろして御覧に入れましょう」
左手に心具出現させ、振りかぶる。
それを見て左目を閉じながら意味深な表情を浮かべるパフェ。
「じゃから貴様は三下なのじゃ、第九神」
パフェが笑うと同時に、辺りに肉が裂け、血が飛び散る音が響いた。