その25 「右腕」
――掴み取りたい、取り零したくない。
そんな祈りと共に俺の概念心具は強く鳴動する。
ソレとは別に真逆の概念が鼓動する。
祈りと共に齎されたこれは何か。
第九神に躍りかかりながら考える。
第三神の時は相手の動きを抑制する能力。
その程度だと思っていた。
――しかしこれは一体……。
己が概念のあり方に不信感を抱きそうになる。
思考を振り払うように手刀を振りかざす。
瞬間第九神の姿が掻き消える。
「――ッと!!」
目標地点より僅かにずれた場所から第九神が出現した。
抉る様に突き出された長大の剣を漆黒で逸らし、右腕の概念心具で弾き飛ばす。
此方が弾いたにも拘らず、右腕の薄皮一枚と漆黒は霧散した。
求心型が硬度による削りだと言うのであれば、遠心型は溶解液だ。
防御すら攻撃となるので攻撃をさせる事すら攻めとなるのだ。
「――――ッッッッ!!」
心象領域が僅かにだが削れた事に痛みよりまず先に吐き気を催す嫌悪感がくる。
俺の祈りを汚すなど許さない。
と、内に居る自分とは別の何かが吼え叫んでいる様な感覚。
その怒りに呼応するようにパフェの放つ漆黒の刃が俺ごと第九神を襲う。
視認はおろか、音すら当てにならない斬撃。
何処からくるのではなく、何処からでも来れると言う多種多様に富んだ攻撃。
そんな多角的な攻撃にもかかわらず俺には触れても一ミリも切れず、また圧に飛ばされる事も無い。
何故ならこれは俺の漆黒でもあるからだ。
「――クッ」
軽い苦笑と共に第九神は僅かに転移しながら電柱より長いサーベルを左手で軽々と振るい、全て弾き落とす。
それに巻き込まれる前に、そのリーチと威力に舌を巻きながら闇を纏い、隠遁する。
単純な地力では向こうが圧倒的有利なのだ。
故に単純な得物同士の撃ち合いでは攻防意味を為さない。
「……如何した? もう少し遠くに出現しなくていいのか?!」
己の位置をばらさない様注意深く動きながら第九神を挑発する。
これで見当違いの方を攻撃してくれば儲けものだが、そううまくはいかないだろう。
「遠くに? あまり苛めないでもらえますか。あなた方がここを此の様にしているおかげで私にとっては今、近く以外は存在しない物と変わらないのだから」
再び認識できなくなったであろう俺とパフェに称賛に近い皮肉口調で答えた。
案の定第九神は辺りを見渡すだけで追撃をしてこようとはしない。
追撃する事のリスクを理解しているのだろう。
この空間朔夜の姫は外と内の関連性を完全に断つ。
外の世界の情報を一切漏らさぬ特性は外へ向けた行動すべてを浸蝕し、無効化すると言うモノ。
したがって座標指定しなければならないであろう彼の空間転移の業はほぼ無力化したと言える。
それが証拠に彼は殆どその場から動けずにいるのだ。
完全に地の利を経た事で俺達は地力のハンデを覆し、互角に戦える舞台まで駆け上がったのだ。
そんな相手に追撃をしないのは当然と言えば当然だろう。
――あぁ、パフェの言う通り初めから第二契約を結んでいたらこう言った展開にはならなかっただろう。
もし始めから全開であったならば向こうも警戒し、コレに閉じ込める事など出来なかった。
パフェの事をある程度知っているのであれば第九神ならばコレに閉じ込められるのだけは絶対に避けたかったはずだ。
改めてここまでの展開を何も言わず信じ切っていたパフェの慧眼に感心する。
そして未だ綱渡りの最中であると強く実感した。
「主様、大体感覚で解っているじゃろうと思うが言っておく。この空間はあまり長くは持たぬ。概念以外は『KARMA』の領域にある故『SIN』とは比べ物にならんほどマナの消費が激しい。吾が作れる機会は一度きりが限度じゃ」
パフェの思念が届く。
『SIN』を使っている今だからこそわかる。
コレは非常に燃費の悪い物なのだ。
俺が『SIN』を維持するのに自身のマナを少し使っているが、殆どはパフェのマナで補われている。
その少しでさえ俺にとっては枯渇までのカウントダウンを確かに感じるレベルだ。
その更に上を使っているパフェの消費は言わずもがなだ。
焦って迎撃されるなど愚の骨頂だが、悠長な事は言ってられない状況だ。
「ふむ、なるほど。大雑把ですがからくりが読めてきました。あなたの概念が」
此方の状況を知ってか知らずか、得心がいったという大仰な仕草でティルロインが呟く。
その眼が向ける視線は俺達ではなく己の概念心具である電柱の様なサーベル。
「系統としては遠心型の無効化系。その腕で触れたモノの能力の無効化、又は強奪、曖昧模糊……と言ったところでしょうか」
ティルロインは軽くサーベルを振るいながらその軌跡に眼をやる。
完全に闇が満ちているこの空間で、反発する遠心型であるソレは銀の軌跡となって幾何学的な模様を描き出した。
ティルロインは幾つかの可能性を提示したがそれらの結果はだいたい同じで、まだ完全に掴みきれていないとは言え俺が掴んでいる感覚の本質に近いと言える。
こんなに早く判明するのも当然と言えば当然だろう。
攻撃に関しては求心型と一線を画している遠心型の欠点ともいえる所。
一度当ててしまうと相手を己の概念上書きし尽くす性質。
つまり、己のルールを掲げ、極大の自己主張をする羽目になるのだ。
それ故、大まかな部分は殆ど理解されてしまう。
それだけに隙をついた一撃は心臓を貫き、致命傷を与えておきたかった。
「概念としては非常に強力。私もこんなルールであれば……と思えるほどです。まあ、無い物ねだりですが」
時間を稼ぎたいのか、第九神の独り語とめいた対話は続く。
「しかし、何を特筆するべきかと言えば神性の高さ。―――第二神の後押しがあるとはいえここまで己がルールを押し付けれるとは、称賛を通り越して驚愕の域ですよ」
その言葉を受け、緩やかに流れていた漆黒が一瞬停滞する。
コレは……怒り? それとも焦りか?
感情というには余りにも薄い揺らぎの様なものだが、確かにパフェは僅かな感情を発している。
そこで気付く。
――これは、パフェだけを挑発しているのか?
俺には意味の解らない単語にパフェが反応したところだけを見ると、第九神の意図はパフェのみの挑発に思えた。
それとも俺に聞かれては不味い何かが存在するのだろうか。
――いや、今ここでパフェを疑えばそれこそ敵の思うつぼだ。
一瞬浮かんだパフェに対する懐疑心をかき消す。
ここで考えるべきはパフェの行動についてだ。
パフェがただの安い挑発に乗るとは思えない。
ならばこれは自身を囮に使ったパフェの作戦か?
思念ではなくパフェの心具である漆黒からパフェの感情を読み取ろうとする。
本当にこれが勝つ為に必要な行為かを見極める為。
「……………任せて大丈夫か?」
僅か数秒の逡巡の内、思念を飛ばす。
「当然じゃ、己の役割は弁えておる。なぁに心配するでない。これでも尽くす性質での、男の立て方くらい心得ておる。昼夜問わず主様を導いて見せようぞ」
先程の感情の発露など毛ほども見せず、パフェは思念内でケタケタ笑う。
呆れるほど気楽な態度にこっちまでも肩の荷が下りた様に気が楽になる。
本当にコイツは……。
と呆れて溜息を零そうとして己が微苦笑している事に気が付いた。
あぁ、本当に―――。
こんな状況で笑っている己に呆れながらも第九神を見据えた。
次の言葉こそがパフェを誘い込む為の罠だ。
さて、どう出る?
「――――あなた、本当に……」
ティルロインが言葉を言いきる前に漆黒の杭が360度全包囲から散弾銃の如く怒涛に伸長する。
天羽と華蓮に見せた時の比ではない分裂数に速度。
そして何より一つ一つが大木並みに太い。
複雑かつ不可思議に捻じれ、絡み合う漆黒の杭に隙間などはなく回避は不能。
それ故第九神が取るのも回避ではなく攻撃。
片腕一つで長大のサーベルを振りまわした。
迫りくる枝を空間を断絶するかのように切り取り、その斬撃に触れた領域から彼方へ消し飛ばしている。
回避だけが能ではないと言う事だろう。
やはりこの第九神の概念は厄介だ。
これといった弱点が見当たらない。
道程を無視して行える遠距離攻撃と範囲攻撃を嘲笑うかのような回避能力。
際限なく物を出現させる事によって壁にもなり得、盾としても弾幕としても使える。
そして領域で空間跳躍させる対象を選んでいる所為で、その領域の内外に連なるものを破断する事も出来る無音の斬撃。
小説や漫画などであるならばこう言った能力の持ち主は大抵が本体が脆く、一撃か二撃で死ぬようになっている。
理由は至極簡単で物語の都合上、一・二撃で倒されてもらわないと普通の能力では勝てないからだ。
勿論こいつにそんな弱点はないだろう。
終焉神らしく概念心具以外では全くと言っていいほど削れない強固な体をしているに違いない。
現に今のパフェでは倒せないといった始末。
これに致命の一撃を与えるのが如何に難しいか解る。
「まだじゃ、まだまだこんな物では終わりはせぬ」
第九神の前に姿を現したパフェが俺の小指よりも小さい掌を×字を描く様に重ね合わせ、握りしめる。
それに呼応し、捻じれ唸りを上げる漆黒の枝。
更に細く、数十、数百と分岐し、ヤドリギの様にティルロインを中心に蔦を伸ばしていく。
「勢いだけでダメならば数ではどうじゃ? 防ぎ切れるかの?」
「―――御冗談を」
乱雑にそれぞれが蛇の様に高速でのた打ち回る漆黒を前にティルロインは平然と構える。
それぞれの超絶な神気が空間で混ざり合い、バックドラフトが起こる前の様な奇妙な静けさに包まれる。
互いが互いに切り札を切るタイミングを計っている。
乾坤一擲へと繋げるルートどり。
それ故今まで受動的だったティルロインが先に動いたのは意外だった。
一閃、二閃、三閃―――。
閃光が如き剣檄が長大の刃から走る。
長大の剣が剣先だけを掠らせる様に軌跡を描き、無数の線を漆黒の蔦へと刻んでいく。
決して深く突き刺したりせず速度を休める事無く削り続けるその様は一種の削岩機と呼んでもいいだろう。
だが、立場としてはまるで逆で、削岩機と呼べるのはパフェの漆黒の方である。
うねりを上げ、ますます勢い付き跡形も無く滅ぼそうと徐々に迫り始めている。
打撃、斬撃など瞬間火力で及ばなければ持続火力で闘うよりほかはない。
ティルロインが先に動いたのもその所為だ。
迫りくる漆黒の削岩機の回転数を少しでも己に到達する前に落とさなければならない事に気付いたのだ。
そう言う意味では真に先に動いていたのはパフェだったとも言えよう。
先程の怒涛の攻めと打って変わっての静かなる攻撃。
今までのパフェの攻撃から考えれば一見地味に見える攻撃だ。
が、もとより求心型とはそういう戦い方が本分だ。
逆に遠心型は一撃必殺、瞬間火力を得意とする。
その遠心型に同じ土俵で挑んでも勝てないのは自明の理であったのだ。
それが解っていながらもパフェが只管に一撃を求めていたのは、持続では時間が足りないゆえに瞬間火力による博打に頼らざる負えなかったのである。
故にこの攻撃こそがパフェ本来の攻撃と言える。
と同時にパフェは自分一人で敵を倒す事を放棄した事を意味する。
適材適所、それは即ち初めてパフェが俺に俺達の命運を託したと言う事だ。
俺は頼られているのに見ている事しか出来ない歯痒さに右手を強く握り込む。
「……………くそっ」
悪態をつくが今動く訳にはいかない。
今ここで俺が動いてやられてしまえばパフェの覚悟が無駄になる。
仮にやられなくても足を引っ張るだけだろう。
俺も俺の役割は弁えているつもりだ。
―――だからパフェ、負けるなよ。
はやる気持ちを抑え、俺は二柱の闘いを見守った。