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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
30/72

その23 「概念心具第二契約」

『概念心具第二契約Ⅱndセカンド-KARMA-』

その言葉を耳にした瞬間、俺の思考は一瞬完全に停止してしまった。

溢れだす神気。

発光などしていないのに歪み、真白になる視界。

夢渡が第一契約をこの程度と行った理由が解る。

今俺は契約を結んだ余波で意識を持って行かれかけた。

威力がどうとか、範囲がどうとか、そう言う問題じゃない。

存在するだけでコレは世界の悪夢となり得る。

さながらルルイエの浮上の様。

このマンション……いや、ここから半径数キロメートルに存在する生き物が良くて失神、最悪精神崩壊した。

そう確信できる程の神気が純真な邪気として満ち満ちた。

「くっ―――!!」

何とか体勢を立て直そうと体の周りの漆黒を濃くする。

「避けるんじゃっ、主様っ!!!」

この無意識に行った行為がパフェの声に最速で反応する事に繋がり、結果として初撃を耐えきる事に繋がった。

「――――――っ!!?」

歪む視界で捉えた光景はサーフボードの様な太さのつるぎだった。

あまりにも長すぎて視界内では収まりがつかないほど。

それが閃光の様に奔ったと解った時、俺は13階マンションから弾き飛ばされ、上空数十メートルを飛んでいた。

無意識に漆黒の闇と共に盾にした天の瓊矛は弾き飛ばされたのか、粉砕されたのか、跡形もなく消えている。

真一文字に裂かれた体から血が迸る。

漆黒の楯を貫通し、僅かに掠ったのだ。

あと数秒遅れていたら肺と心臓が上下に分割されていたことだろう。

ぞっとする想いで傷口を凝視する。

すると、今し方迸った血が目の前で煙の様に消えていった。

「――痛っ」

皮膚を針で縫われている様な痛みが新たに走る。

傷跡自体は大して深くないがコレは……。

ぶちり、ぶちりと喰われ逝く胸部を苦々しく一瞥する。

「遠心型じゃ。あの剣にはあまり触れぬ方がよいぞ。――――なに、この程度の掠り傷ならば吾に任せよ、直ぐに治す。じゃから主様は主様の役割を果たせ」

俺に付随して飛ばされながらもパフェは手を翳し、俺の胸部へ向ける。

『喰い合いならばどちらか上かの? ―――――喰らえ!』

見えない蟲の大群に食い散らかされているかのような傷跡に漆黒の闇をぶつける。

概念ルールによる更なる上書き。

干渉されてる部位ごと漆黒の闇で包み、相手の概念ルールごと『浸蝕』する。

求心型でありながら、遠心型に見えるのはひとえにこの『浸蝕』と言う概念の性質の所為だ。

この特性故パフェの体の傷は即死でない限り致命傷とならない。

人間で言う急所が存在しない為文字通り肉片の一欠けらまで戦う事が出来るからだ。

踏鞴を踏みながら空中で何とか留まる。

続いて消滅していく結界。

逃がさぬ様牢獄として使う予定だった結界は硝子の様に砕け散っていた。

時間稼ぎどころか楯にすら足り得ない。

当代最強と謳われている姉貴が作った結界がだ。

最早人間が抵抗できる次元ではないのだ。

アレは核を何発撃ち込もうが破壊できる代物ではない。

「アレが概念心具第二契約、要塞系統の概念心具じゃ」

パフェの言葉を半ば受け流しながら、左手のナハトを構えようとして気付く。

先程までマンションから突出していたつるぎが見当たらない。

「――ッッ!!」

曲がりなりにも契約を結んだ化物としての本能が背後に迫る殺気を感じ取った。

―――回避、否……間に合わない。

「「ならばっ―――!!」」

俺とパフェの同じ思念こえが重なり合う。

それと同時に背中から翼の様に刃が生える。

思考と動作のシンクロにより、予想を遥かに上回る速度と精度で完成した。

この条件、このタイミングでの最高のカウンター。

もう一度同じ事をやれと言われても出来ないであろう絶妙の妙技。

突発的に生えた翼の鎌は背後にいる敵を攻撃ごと切断しようと撓む。

迫る攻撃と刃がぶつかり合う。

「……ふっ」

嘲笑かただの呼気かそれすら判別できぬ刹那の中、まず背中に焼かれたような痛みが走る。

そして次の瞬間、爆風の様な大気をその身に浴びながら流星の様に地面へと落下していた。

「―――ぐッ!!」

即興とは言えかなりの精度で作りだした翼は背中ごと切られ、そのまま叩き落とされたのだ。

それも羽虫の様に。

音より速く地面へと落下する最中――。

「―――主様っ、下じゃ!!」

パフェの叫び声が聞こえるが、とても下など見る余裕はない。

だが、まだ見ぬ脅威が下で待ち構えている事ははっきりと感じ取れた。

パフェの言葉と見えない恐怖も相俟って必死に漆黒の闇を操る。

漆黒の闇を蜘蛛の巣の様に展開し、強制的に体を空中で静止させた。

恐怖のお陰で恐らく俺は先程の同調を除けば今まで一番うまくこの漆黒の闇を操れた事だろう。

「はぁ……はぁ……」

体を反転させ、息を整えようとしようとした瞬間眼前に再びあのつるぎが迫っていた。

「ぐッ!!」

運動を停止しようとしていた体を無理やり捻り、無様に転がる。

先程まで俺がいた地点を刃が通過する。

掠る事すら油断できないと言うのに神出鬼没の概念ルールを相手取らなければならないのか。

ジワリジワリと実感してくる絶望感に呼吸が荒くなる。

漆黒の巣は切られると同時に消え、影となって俺達の周りに戻ってくる。

反撃はおろか、今一瞬一秒生き残る事すら危うい。

こんな事でとてもパフェの言った事を実行できるとは思えなかった。

――そう、第二契約を使わずに持ち直す事なんて。

                †

「第二契約を使用しないとはどういう事だ?」

大まかに作戦を立てた後、俺は最後の確認をしようとしていた。

最終局面、第九神が第二契約を結んできた時の対処法だ。

俺が第一契約を結んで幅が変わるのは相手が第一契約の時のみだ。

流石にそこまで行けば後はそれまで与えたダメージに縋るよりほかはない。

と言うよりもパフェも同じように第二契約を結ぶしか選択肢がないので、形式上の確認でしかないはずだったのだが。

パフェから珍しくまじめな顔で思念が送ってきたのだ。

『第二契約は使わぬ』と。

流石にこの言葉には難色を示さずにはいられない。

「落ち着け主様、使えぬとは言っておらぬ。彼奴が第二契約を結んでも直ぐには使わぬと言っておるだけじゃ」

思わず口に出してしまいそうになった俺を一瞥しつつ、思念で咎める。

色々言いたい事はあったが、無理やり溜飲を下げた。

「―――それで、使わずに勝ち目はあるのか?」

一抹の期待を込めて、パフェを見つめる。

「まずそこが勘違いじゃ。勝ち目があるから第二契約を使わない、ではなく勝ち目が無いから第二契約を使わない、が正しい。主様よ、吾と彼奴を互角だと思ってはおらぬか? 前に言ったじゃろ、『今の吾ではどうあがいても勝てぬ』と、アレは誇張でも何でもない単純な問題なのじゃ。何故なら、吾の第二契約を維持できる時間と吾の概念ルールのみで第二契約状態の彼奴を削り殺せる時間とでは後者の方が圧倒的に長いからの」

「だったらどうしろと?」

第二契約でも勝てないのに第一契約状態で何をすればいい。

より死期が早まるだけにすぎない。

「珍しく思考停止かや? 結ばれて詰むのであれば結ばせなければよい。――――まあ、無理じゃろうがな。さて、問題じゃ主様、第二契約を結ばれてしまったらどうすればいい?」

幼子を見つめるかのような瞳でパフェは俺へ問いかける。

まるで答えを既に己が口にして気付くのを待っているかの様。

「それは―――」

パフェの言葉を思い出しながら、彼女が何を言わせたいのかを考える。

そして俺は二、三言い淀みながらもある選択肢を口にした。

                †

「思った以上に反応が良いですねぇ。元人間とはとても思えませんよ」

宙に出現した第九神は電柱の様な長さのつるぎを片手に佇んでいた。

口元に相変わらずの嗤みを浮かべながら眼は静かに俺のダメージ具合と身体能力を観察している。

これだけの差があってもコイツは油断も慢心もしていない。

強すぎず弱すぎず、確実に抗い様の無い性能差を押しつけて殺すつもりだ。

ここで俺に求められているのは一発逆転の奇策ではなく、背水の陣による飛翔。

レベル1の勇者にそれでは魔王に勝てないから魔王と戦いながらレベルを上げろと言うのだ。

無謀にも程がある。

小細工を弄さず、ただただ奇跡を願う。

必要なのは祈りではなく時間。

どれだけ粘って経験値を稼ぐかと言う事。

コイツの概念ルールは空間転送だ。

あの心具に触れたものを何処か別の地点に消し飛ばしているのだ。

本来であればその特性故触れた部位は裂ける様に、真っ二つに消し飛ぶのであろうが、漆黒の闇とルールが競合する所為でこの程度ですんでいる。

二度も喰らったのだ、まず間違いないだろう。

終焉神バケモノであるお前にそんな事を言われても嫌味にしか聞こえないな」

「敵同士とはいえ、称賛を受け入れて貰えないとは存外に悲しいものです。―――まあ、いいでしょう。ならばこれならどうでしょうか?」

第九神はつるぎを地へと突き立てる。

突き立てた場所から大量のマナが溢れだし、辺りに循環し始める。

パフェの情報共有からコレが何をしようとしているか理解する。

空間転移の醍醐味。

即ち、全包囲からの大量召喚。

高音のハウリングと共に大気が震える。

「―――来るぞ」

パフェの声と共に全力で後方へ跳ぶ。

一度に使えるマナと漆黒の闇を総動員させ、背中へと集中させる。

それにより出来上がった巨大な外套が俺達を覆う。

―――これで不意打ちによる正面以外からのダメージを激減させれる。

安堵するもつかの間。

一瞬遅れて俺達を追尾する様に雪崩の様な大量の武器が発射される。

それぞれの武器がかち合い、ぶつかり合おうとも物ともせずただただ対象を圧殺するかの如く矢次に飛び交う。

後方へ加速していたベクトルを捻じ曲げ、足場代わりに創り出した漆黒を踏み、跳躍する。

急な方向転換の余波により辺りの景色は弾け飛ぶ。

外套をはためかせ、飛翔する様に上へと逃げる。

幾ら離れていようが空間を自由に行き来できる存在を相手に油断はできない。

そもそもそれは法外の化物である終焉神には決してしてはいけない事だ。

普通の人間の感覚で俺が跳躍してから数瞬後。

爆発を伴う大地震。

例え地に足が付いていなくてもアレは地震だと解る。

ミサイルが落ちたかのような衝撃と共に巨大な谷を街に現出させた。

「……ちっ」

――どくん、と心臓とは別のナニかが波打つ。

最悪だ。

なんて不愉快な気分なのだろう。

俺は今あの地点にいたであろう何十人、何百人の命を見捨てたのだ。

もしかしたら奇跡的に誰もいないかもしれない。

そんな巫山戯た逃避を考える間もなく、俺は本能的に多くの魂が散華した事を察知した。

これが契約を結んだ特典オマケなのか、パフェからの歳暮ギフトなのかは判断はつかない。

重要なのは今、この瞬間化け物同士の理不尽な争いで大勢の人が死んだ、と言う事だ。

防げる攻撃を消耗したくないと理由で俺は避けたのだ。

許される行為ではない。

それは理解している。

緊急避難だと弁明もしない。

もっとはっきり言おう、俺は見殺しにした。

だが、俺は後悔も謝罪もしない。

俺は英雄や勇者じゃない。

他人の大切なものまで抱え込めるほど大きな腕は持っていない。

だからソレ以外に優先順位をつける。

腕から零れ堕ちたモノは取り戻せないと知っているがゆえに。

どれを零れ落したくないか解っているがゆえに。

俺が死ねばパフェや姉貴たちが危険にさらされるのだ。

俺はこんな罪悪感で本当に大事なものを失う訳にはいかないのだ。

例え何人を見殺しにしたとしても。

――だからせめて……。

空へと上昇する中、僅かな時間に黙祷する。

一瞬とはいえ致命的な隙だったが、パフェは何も言わなかった。

「――――ッ」

再び大気の震えを感じ取る。

それも今度は俺を中心に球状に展開されている。

360度全包囲死角なしの一斉射撃。

文字通り逃げ場無しの死地で俺は第九神の位置を確認する。

―――思った通り動いている。

どの程度のレンジかは解らないが、少なくともこの街全てを覆える範囲ではないと言う事だ。

一瞬思案すると、斜め上後方へ跳躍する。

それと同時に機関銃の様に次から次へと360度全包囲から此方へ向けて一斉に発射された。

『―――捻じれろっ!!』

外套の一部をドリルの様に螺旋を描かせ、進行方向へと覆う。

狙うは一点突破。

「―――つぅッッ!!!!」

衝撃。

漆黒と神器の雪崩がぶつかり合い、弾け飛んでいく。

『浸蝕』とは他を侵し、削る事。

即ちこの場においてパフェの概念ルールは最大限に効果を発揮する。

轟々と竜巻じみた風を纏いながら漆黒は進んでいく。

幾重にも砕け、弾け飛ぶ数多の神器。

しかしそれよりも遥かに多い数が次から次へと押し寄せてくる。

傘を差しても雨を全て遮れないと同じ様に、俺達の体にも次々と小さな打撲や裂傷が生まれる。

コレは俺達を殺す為の攻撃ではない。

消耗させる為の攻撃だ。

それでも、いやだからこそここで止まる訳にはいかない。

総力での消耗戦ならば圧倒的に相手に歩があるからだ。

「づぉおおおおおおおッ!!!」

はち切れそうな位に全身に力を込め、一歩一歩宙を踏み抜いていく。

濁流を逆に進みながらも僅かずつ加速していく。

パフェは俺の背後からたまに来る神器を叩き落としていた。

―――このペースならあと数秒で……。

そんな事を思い浮かべた矢先だった。

「…………え?」

不意に漆黒から圧力が消える。

顔を上げた俺の目に飛び込んだのは球の表面状に展開された複数の魔法円。

―――曰く大魔道。

『六つ織り成す天陽』

光から影が出来るのが嫌ならば全包囲から覆えばいい。

新たなる太陽を6つの太陽から作ると言ういかれた魔術。

全身を焼かれる様な閃光と熱が俺達を6方向から出現する。

そして俺達が対策を練るより速く爆発した。

絶叫すら描き消えて灼熱の波が舐めつくす。

密度でいえば大灼熱地獄も斯くもといった勢いで俺達を気化させようとする。

漆黒の闇で爆炎を削り取りながら耐え忍ぼうとする。

しかしそれが判断ミスだった。

直ぐに消え去ると思っていた爆炎は何時まで経っても留まり続け、俺達を球の中心へと押しこもうとする。

そう、コレは爆炎による攻撃ではなく俺達を閉じ込める為の太陽の牢獄なのだ。

故に耐えるのではなく突破するのが正解だったのだ。

俺達は今まで必死に避けていた訳ではない。

相手に避けさせられていたのだ。

無理して深追いせず此方のマナと心具の消耗を狙っている。

即ち、一発逆転の奇跡の為の賭け金チップを無くしてしまおうと言う訳だ。

「ここは無理にでも突破した方が得策じゃ。―――――例え抜け出た先が地獄であろうともな」

パフェの思念が届く。

確かにそれが今できる最善手。

足を切られたら逃げられないから罠だと解っていても腕で守るしかない。

でも―――――。

答え様の無い違和感がしこりの様に残る。

街の人たちを見殺しにした時から果てしなく膨らんできている。

果たしてこれでよかったのだろうか、と。

後悔ではない。

俺の選択した道と今現在歩いている道に齟齬を感じるのだ。

今のままでは絶対に勝てない。

コレは必然だ。

契約の深度が違う。

心具の性能が違う。

概念の純度が違う。

抵抗は出来るが対抗は出来ない。

俺はあいつに勝てる様に進化する必要があって、その為には時間を稼ぐ必要があった。

だから俺のしてきた事は間違いではないはずだ。

ならばこの違和感は何所を源泉としている?

俺は何に戸惑いを感じている?

『SINとは―――』

パフェの声が甦る。

――そうだ。

あの後の言葉をよく思い出せ。

字面ではなく言葉の意味を理解しろ。

俺が何を履き違えてしまったのかを。

その瞬間、時が止まったかのように停滞し、あの時の光景が脳裏に浮かぶ。

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