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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『da capo』
3/72

その2 「狼」

 ここで一つ自分のことでも説明しようと思う。

 俺は日々平凡で詰まらない生活を送ってる何処にでも居る学生と言う学園物の主人公フレーズを持つ人物………では無い、残念ながらな。

 また裏で人々の平和を守っているヒーロー、と言う訳でもない。

 家とその家人はよく言えば古風、悪くいえば時代に取り残された一族で、幸か不幸か今はほぼ勘当中で両親とは別居している。

 誤解の無いように言っておくが、別に俺は犯罪行為をしてこうなったわけではない。

 まあ、お家問題に巻き込まれた、とでも述べておく。

 しかし、一番普通じゃないとこは霊……いや、大多数の人が見えないものが見える、と言う事だ。

 これが俺一人だけなら自分は精神異常者で片付けられたのだが、どうやら俺の一族はそう言う一族らしく、所謂霊能者とか言うものだとか。

 ほら、例えばあそこに浮いている無愛想で澄ましている奴がそうだ。

 俺はつい、と道端に浮かんでいるソレに目を向ける。

 そこには見た事もない、と言うか針金でも入ってそうな形に作られた着物に身を包んだ少女が、宙を浮きながらこちらを見ていた。

「……………出来損ない」

 浮いている少女は俺と視線が合うと、酷く不機嫌そうにしながら俺から視線を逸らして、ポツリと呟いた。

 俺にもそれが酷くはっきりと内容が聞こえる事から、どうやら陰口ではなく正面から堂々と俺を罵倒したいようだ。

 少女のその表情も完全に敵愾心むき出しで、俺に喧嘩を売っている事この上ない態度である。

「神剣様がその出来損ないの俺に何のようだ?」

 俺は苦い顔をし、肩をすくめてみせる。

 普段、コイツの様な存在に会っても俺は無視を決め込むのだが、忌々しい事にこの顔馴染みは例外で無視出来ない。

 何故なら、先輩の言っていた天羽とはコイツの事だからだ。

「好きで来てるわけじゃない。カレンがお使いを頼まなければお前になど会いに来たりしない」

 と、冷ややかな視線を向けてくるコイツは、俺の双子の姉であるカレンの守護霊…いや、守護神みたいなものだ。

 みたいな、と言うのはそもそもコイツは名のある刀剣の神様であって、個人の守り神、と言う訳ではないからだ。

 それが何でそんな事をしているのか、と思うかもしれない。

 正直俺もそう思った。

 なので機会を見ては聞いてみたのだが、何度聞いても無視されるだけで現時点まで明確な答えをもらった事は無いのが現状だ。

 だから俺も理由は知らない。

 もしかすると重大機密だからなのかもしれないが。

 見て解る通り俺とコイツは仲があまりよろしくないので、嫌がらせの可能性が高いと俺は踏んでいる。

 そんなこんななので、俺にとって日常生活でのコイツのご利益は守護神どころか、守護霊すらあやしいレベルだ。

 個人的な意見で言うならば正直背後霊が良い所だろう。

 俺は口に出せないので、好き放題心の中で悪口を言う。

 するとーーー。

「―――お前今、私をそこら辺の雑霊と同じ扱いにしただろ?」

 天羽はさらに目を細めて俺を睨むと、ふわふわ浮遊しながら此方へ近づいてくる。

 言っておくが、コレは別に表情を読まれた訳でも知らないうちに心の声を吐露した訳でも無い。

 こいつは悪意、特に自分と姉貴に向けられる悪意を察知する能力を持っているらしく、この様に邪な事を考えるとバレてしまう訳だ。

 しかし、そこまで精度がいいわけではなく、残念なことに本人の頭があまりよろしくないので特に問題はない。

「いやいや、神剣様を悪霊や背後霊扱いする訳ないだろ? 俺はストーカーみたいだなと思っただけだ」

 俺はいつもの様にカタカナを交えた弁解を試みる。

 天羽は俺の言葉を受け一瞬ムッとした表情を取るが、すぐさま頭の上に『?』を浮かべる。

「すとーか? なんだそれは」

 そして澄ました顔を一変させ、眉間にしわを寄せ、途端子供の様に悩み始めた。

 このまま俺が食べ物だと言えば信じそうな勢いだ。

 いや実際天羽なら信じるだろう。

 因みにこの会話はギャグではない。

 俺はともかくとして、少なくともコイツは真面目に受け答えしている。

 何故こんな事になるのかと言えば、こいつは所謂横文字音痴だからだ。

 この国の神だからなのか、刀剣の神だからなのかは不明だが、コイツは何度教えても横文字を受け付けない。

「おい、その『すとーか』だか『すかーと』だか知らないが、絶対悪口だろ?」

 眉を寄せ、天羽は俺に詰め寄ってくる。

 その眼は明らかな疑いの眼差しだ。

 だがまあ、一つ心の中で突っ込んでおく。

 ――絶対と言うが少なくともスカートは悪口ではない。

「いやストーカーと言うのは自分にとって大切な人を陰からずっと見守り続けている奴の事を指す意味だ。お前にぴったり過ぎて笑ってしまったが、別に他意はない」

 俺は真面目に疑ってかかっている天羽の様子を見て、ついつい調子に乗ってからかい続けてしまう。

 後々後悔しそうな気もしないでもないが、どうせ横文字を覚えられないので問題はないだろう。

 それに“嘘は”言っていない。

 ただ聞こえがよくなるよう言っただけだ。

「……嘘では無いようだな。だが、真実でも無いな? 後でカレンに聞くから、覚悟しておけよ」

 ぎろりという擬音がしそうなほど冷たく俺をにらむと、天羽は顔を背けた。

 ストーカーだとか、背後霊だとかバカにしているが、本人の名誉のため言っておくと、一応コイツはその業界ではかなり名の知れた剣で銘を『天の尾羽張』と言う。

 数千年生きた剣らしいのだが、前述通りどう言う訳か姉貴の守護神となっており、姉に天羽と呼ばれている。

 姉貴のネーミングに関しては、天尾とか天張に成らなかった事を天羽は喜んだほうがいいだろうと述べておく。

 姉貴は色んな意味でヤる女だ。

「で……俺はお前とどこの神社に行けばいいんだ? 先輩からはお前の事とバイトと言う単語以外まともな事を聞いていないんだが」

 ずっと脱線していても仕方がないので、俺はとりあえず軌道を修正する。

「……………狼」

 天羽は気に食わないのかそっぽを向いたままぶっきらぼうに呟く。

 その態度はいい、俺自身自業自得な面も多々ある事は自覚している。

 だが、これだけでは何をするか判れというのは無茶ぶりが過ぎるのではないだろうか。

「最近動物園から脱走した奴か? それがどうかしたのか。まさか俺に捕縛しろとか言うつもりじゃないだろうな?」

 もしそうなら保健所か猟友会にパスしたいところだ。

 生憎とうちは何でも屋じゃない。

「最近目撃情報が多く、街で被害者も出たそうだ。だが、誰も襲われた者はいないそうだ」

「矛盾している。もっと詳しく話してくれ」

 天羽は目線を俺から逸らすと、暫し思惟にふける様に眼を閉じる。

 どうやら天羽も受け売りで訊いただけ様で、大して整理できていないようだ。

 言いたくないが、こういう面ではコイツはあまり頼りにならない。

「つまりだ。その狼が人を喰らうのを見た者はいるんだが、その被害者や被害届を出す家族が一人もいないと言う事だ。それを調べるのがお前の役目だ」

 天羽はぽん、と手を打ち、踏ん反り返って俺に説明する。

 正直俺はこの時点でやりたくないという気持ちで胸いっぱいになった。

 だが、そうも言ってられないのが世の中の辛い所。

 嫌な仕事でも働かなければ生きてはいけないのだ。

「はいはい、了解」

 俺はやる気のない返事を返す。

「だが、一つ疑問がある」

「なんだ? 愚痴なら受け付けないぞ」

 表情は無表情だがどこか得意気に浮いている天羽を俺は呼びとめる。

「お前がいるのになぜ俺が必要なんだ?」

「愚痴は受け付けないと言っている」

 俺は純粋な疑問のつもりで言ったのだが、バッサリと天羽は切り捨てる。

 呆れ気味の溜息と共に、これ以上の問答は埒が明かないと判断し、俺は調査に向かう事にする。

 とは言っても別に俺は専門家でも何でもないので、そこらをぶらぶら見て回るだけなのだが。


 †


 黄昏時。

 昼と夜のちょうど境目なる微妙な刻限。

 こう言う時刻に出やすいとはあるが、わざわざ俺が調査をする時に限って出なくてもいいだろうと溜息を吐く。

 本当にこう言う時の勘は無駄に的中するから嫌だ。

 建物を壁にして、臨む視界数十メートル先。

 明らかに縮尺がおかしい狼らしき頭部が飛び出しているのが見える。

 人気が無い場所とは言え、流石にこれは違和感がありすぎる。

 よくもまあ、俺が見つけるまで事件にならなかったものだ。

 そんな愚痴を心の内でボヤキながら俺は現状を確認する。

 こんな奴と遭遇するとは思っていなかったので武器等を持ってこなかったが、これは失敗だ。

 いつの間にか消えた天羽は元々当てにできないとしても、徒手空拳であれとやりあうのはいささか億劫になる。

 とはいえ億劫になるだけで出来ない事は無い。

 一応姉貴たちと同じようにそこそこの修練は積んだつもりだ。

 事情により基礎だけだが。

 先程からほとんど動かない狼をじっと観察する。

 狙うなら後ろからバッサリ一撃。

 若しくは鼻等の急所を攻撃したい所。

 だが、あれが狼の形をしているからと言って従来通りの急所が弱点とは限らない。

 思い込み、慢心が一番足元を掬われる原因となる。

 かといって慎重になり過ぎると返しの一撃で殺されかねない。

 結局ケースバイケースで後から振り返って詮無い事を考えるオチだ。

 俺は気を引き締めながら、狼の死角になるよう進んでいく。

 音はなるべく立てないつもりだが、匂いの方はどうしようもない。

 もし、こいつが見かけ通り狼の妖なら、かなりの確率で奇襲前に気付くか、もう既に気付いていると考えておくべきだろう。

 故に俺はカウンターを一番警戒しなくてはならない。

 その為には位置を正確に悟られては不味い。

「!?」

 思考をまとめ、自分なりに気持ちを研ぎ澄ませていると、突然狼が動き出す。

 焦れて動き出したのかと、思いきや、狼は俺のいる方向とは別の方向に駆け出す。

 俺はしまったと思うが、既に遅く、狼との距離が一気に広がる。

「くそっ!」

 俺はすぐさま体に鞭を打ち、跳ねるよう駆け出す。

 一番起きてほしくないパターンが起こった。

 狼が俺以外の獲物を見つけるパターンだ。

 飛び蹴りを食らわすかのように壁を蹴り、直角に方向転換すると、狼の背中が眼に映る。

 びしゃっ、と液体の飛び散る音が聞こえ、生臭い鉄の匂いが漂ってくる。

 まるで今それをバケツか何かで撒き散らしている様な、そんな音だ。

 狼は、今俺に気がついたように振り返る。

 それにつられて、何かが水たまりに落ちる音がする。

 咀嚼音、水の滴り落ちる音、狼の口の間から何本も伸びる黒い糸の様なもの。

 理性では動きださなければいけないと解っていながら、俺はその食事をただじっと眺めていた。

 広がり続ける血だまりと狼の噛み砕く音が時間の流れを告げている。

 恐怖、怒り、絶望、悲しみ、苦しみ。

 さまざまな感情がごちゃ混ぜとなって俺の中を渦巻いている。

 それは噴火寸前の火山の様。

 高まる心臓が凍ってゆき、思考が醒めてくる。

 そんな硬直を破ったのは、一閃の鈍く光る刃だった。

「――――ふっ!!」

 天羽の腕から伸びる不可視の刃が一寸の狂い無く狼の首に走る。

「――――――――――――ッッッッ!!!!!!!!!!」

 飛び散る鮮血。

 咆哮と共に俺の方へと狼が突進してくる。

「っく…のっ!!」

 硬直して固まったままの体を無理やり捻りながら突撃してくる狼に蹴りを加え、直撃を避ける。

 足に電柱を全力で蹴りつけたような痛みが走り、背中から壁にぶち当たる。

「何を空けている、出来そこない。あのまま食われるつもりだったのか?」

 噎せている所を、天羽に胸倉を掴まれ引き起こされる。

 本人は助けているつもりかも知れないが、もう少し優しく助けてもいいのではないかと。

 そんな自分勝手な事を俺は思いながら辺りを見渡す。

 そこには俺によって進行方向を変えられた狼が壁に減り込んでいた。

 直撃を受けた場合を思うと背筋がぞっとする。

「当る寸前に微妙にずれたか……。中途半端に運がいい奴だな」

 不可視の刃に付いた血を振り払い、天羽はそう呟く。

 見かけは生意気な餓鬼と変わらないが、曲りにも天羽は神だ。

 俺が勝てると思える様な相手など話にもならないだろう。

 事実、俺が瞬きする様な間に天羽は狼の頭を刎ね飛ばしていた。

 今度は一切の抵抗も許さずに、断頭台の様な鋭さで。

「これだから俺が来る意味があるのかと聞いたんだ」

 溜息交じりに愚痴を零すと、俺は未だ狼を見ている天羽の横に並ぶ。

 見ても解るように天羽には俺は逆立ちしたって勝てやしない。

 そんな俺が天羽と一緒に退治するなど邪魔にしかならないのは一目瞭然だろう。

「………華蓮の指示だと言ったはずだ。弱いから心配されるわけだ。心配されたくなかったらもっと強くなれ」

 不機嫌そうな顔で狼を見つめていた天羽は小さな声で言葉を紡いだ。

 人間離れしている姉貴と比べるのは正直やめてほしい所だが、正論なので黙っている事にする。

 俺達が見守る中、狼はあらゆる痕跡を残さず、消滅する。

 奴らの様な『幻想』の生き物は、この『現実』に残滓の様な状態でしか干渉する事が出来ない。

 故にこの『現実』にとどまるために生き物を食わなければ維持する事が出来ない。

 そして力を失うと『現実』と言う名の何かによりこうして消去される。

 壊れた壁や食われた人は元に戻らないのにも拘らずだ。

 俺は食われた人の事を思い出し、少し遣る瀬無い気持ちになる。

 せめて黙祷くらいはしていこうと思い、辺りを見渡す。

「……どう言う事だ?」

 俺の言葉で天羽も振り返える。

 眉を寄せ怪訝な顔で俺を睨んでくるが、俺はそれどころじゃない。

 無いのだ。

 食われて死んだはずの……、恐らく女性であろう人物の血痕はおろか、服やバッグなどのその他もろもろの痕跡が一切ないのだ。

 なんだこれは?

 一体どういう事だ?

 一人で悩んで答えの出る問題じゃないと俺は判断し、ますます不機嫌になっている天羽に説明する。

「成程……。理由は解らないが、これで報告と矛盾なく繋がるわけだ」

 天羽が学校の近くで言っていた事を思い出す。

『被害者を見た者はいるが、被害届を出した者がいない』

 これが今俺達の前で成立したわけだ。

 だが、その意味が解らない。

 撒き餌や幻覚などの可能性は枚挙にいとまが無いが、その必要性が現段階では何も繋がらない。

「兎に角だ。この依頼を出してきた神社に向かうとしよう。この場に留まっていても埒が明かない。―――――何より他人に見つかるとお前は不味いだろ?」

 難しい顔をしているであろう俺を鼻で嘲ると、天羽はふわふわ動き出す。

「―――ああ、そうだな」

 天羽は見ての通り幽体なので常人には見えないが、俺はれっきとした(?)人間なので他人の目に映る。

 それでいてこのめり込んだコンクリートの側に立っていれば警察沙汰になるのは火を見るより明らかだ。

 俺は急いで天羽に追従しようと駆け出そうとする。

 しかし直ぐに天羽は止まった。

「この事を華蓮に報告してから行く。お前は先に向かっていろ」

 一方的にそう告げると、俺に何も言わせずに天羽は目の前から消えさった。

「―――本当に勝手な奴だな」

 そう独り言つと俺はそそくさと神社に向かうのであった。

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