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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
29/72

その22 「スペア」

水気を帯びた生ものが床に叩きつけられる様な音が部屋中に響く。

フローリングの床は鮮血で浸され、ミキサーにでも掛けられたかのように男の頭部はズタズタに切り裂かれていた。

血が混じりピンク色に染まった脳髄。

最も強固な部位であるはずの頭蓋は切り刻まれた消しゴムの様。

ボロ雑巾の様に残っている皮膚は最早彼が誰だか判別が不能なレベルだ。

何故ここまでするのか。

首を刎ねた時点で即死ではないのか。

と思うかもしれないが、それは彼がまともな人間だったらの話だ。

例えまだ契約が結べない成り損ないの神であったとしても、十分化物に値する。

何故ならその化物に力を与えたのは神の中でも化物と恐れられる一角なのだ。

『―――怖いか?』

突然の声に紅天は弾かれる様に構える。

「…………誰?」

『―――恐ろしいか?』

「……第二神様かな? 大事な下僕が殺されて悔しい?」

「くっく、吾が何に対して悔しがると言うのじゃ」

のっそりと、血塗れた部屋の影と言う影が集まり、形を創る。

やがてそれは一人の少女を創り上げる。

第二神パフェヴェディルム。

決して霞む事無く存在する少女。

その気配はこのスプラッタ染みた部屋でも遺憾なく発揮された。

黒より濃い闇。

それを纏いながら少女は紅天を見下す。

カノンには露ほども見せぬであろう無垢なる非情の瞳。

それは彼女にとって紅天は如何なる価値も見いだせなかったことを意味する。

服についた塵を振り払う事こそすれ、歯牙にかけるなど有り得ないのだから。

「ならそんな怖い顔しないでよ。オンリーワンかもしれないけど似た様なのはそこらにごろごろ転がっている訳だし。別に一つ無くなったところでどうでもいいでしょ?」

そんなパフェに対し、紅天は僅かに後ずさりながら嗤う。

まるでお気に入りのペンを無くした友人をたしなめる様に。

だが彼女は気付いていない。

己が行った事は羊の生贄に自ら志願した事と同じと言う事に。

代えの効くものが無価値であるならば、その代えのスペアも同じく無価値である。

カノンが代えの効くものであるならば、スペアは何所にあるのだろう。

『そこらにごろごろ転がっている』

確かに紅天はこう言った。

それは即ちパフェに最も近い無価値な存在をスペアにすればいいと言っている様なものだ。

「ふむ、そうじゃの。使い捨てれるのがちょうどよく居るの」

一歩、また一歩と遅々と、それでいて優雅に紅天に近づいていく。

パフェは紅天を見ている様で全く見ていない。

交換が必要だと解りながら無価値と断ずるのだ。

それは人にとって酸素の様な物。

必要ではあるがあり過ぎて態々遠くの物を交換しようとしない物。

そんな様子のパフェに紅天は槍を向ける。

「今度はあたしに寄生する気? 残念だけど今のあなたなら返り討ち遭うだけよ?」

「返り討ち? これは可笑しな事を云うものじゃ、ならば何故逃げる。吾より強いと自負しているのであろう、何故すぐに仕掛けようとしない。そこまで解っているのならば何故初めに話しかけた。ちと無駄が多すぎるのではないかな?」

パフェの言葉を受け、じりじり後退していた紅天の足がピタリと止まる。

その時初めて彼女は己が後退していた事に気付く。

このあたしが後退?

何者かに寄生しなければ生きられない今の第二神に?

冗談じゃない。

そう激昂するように足を踏み鳴らす。

当然の様にフローリングの床は粉砕され、破片が辺りに飛び散る。

「あっそう、OK解った。そんなに殺してほしいのなら、望み通り………死ね」

先程までの後退していた態度が嘘の様に晴れ、殺意の籠った声と共に槍を突き出す。

「?」

パフェは見当違いの方向に突き出された槍に眉を潜める。

が、それも一瞬の事、直ぐにその表情が平時に戻る。

もしここに第三者が存在し、パフェの表情と槍の軌道を目で追えたのなら感嘆の言葉を漏らしたであろう。

それだけパフェの認識能力は優れていた。

右下から直角に折れ曲がる様にしてパフェの心臓めがけて穂先が突き上がる。

いや、折れ曲がる様ではない。

確かに直角に曲がっている。

それもある地点から空間がねじ曲がる様にその場所を通った部分が次々と曲っていくのだ。

故にそれを目にして目を僅かに細めただけのパフェの行動は大したものだろう。

そしてそれを確認しておきながら一切の回避行動を取らなかったことも含めて。

「………何故避けないの? 本当に死にたいの?」

一見自殺行動としかとれない行動を前に紅天は止まる。

その穂先はヒトの心臓の場所に数センチ突き刺さっていた。

敢えて避け様としなかったパフェの行動に釈然としないものを感じたのだ。

だがそれでも優位は変わらないと固辞する様に紅天は穂先を抉る様に少しづつパフェの体へと進めていく。

「――――くっく、あぁ…解るぞ、その恐怖手に取る様に解る『100%勝てる保証が無い』『得体の知れぬものに攻撃し、無駄な犠牲を出したくない』実に小賢しい思考じゃ。その思考こそが吾らを恐れている証左だと言うのにの。解っているのであろう、童…いや第九神」

虚空を、更に奥を見るような眼つきでパフェは語りかける。

まるでその場にいない存在に語りかける様に。

「はぁ? 誰が第九神よ。―――――いやもういい、ご託はたくさん。とっとと殺して終りにしましょ」

流れる様に紅天の力が槍へと伝わる。

何の躊躇も無く穂先がパフェの心臓へと突き刺さる。

…はずだった。

「はぁ?」

1ミリたりとも進まなくなった穂先に眉を潜める。

彼女が先程床を叩き割って見せた様に彼女の膂力は人の範疇ではない。

とするとここでそれを止めたのは目の前の化物でしかない、と紅天は瞬時に判断した。

こんなあっさり第二神がやられるはずが無い。

その思い込みが彼女の思考を単純化させた。

真っ当に考えれば後ろから誰かが槍を掴んで止めたと考えたはずなのに。

この一瞬の判断の誤りが彼女の幕引きだった。

「――その通りだな。とっとと追い払って俺の平穏な生活を取り戻したい。いい加減に範疇外の幻想とこれ以上出会うのも勘弁したいしな」

紅天が振り向こうとした瞬間軽く首元に手刀が叩きこまれる。

「ぁ……!」

小さく悲鳴を上げると、紅天の体は弛緩し崩れ落ちていく。

手刀をした人物は崩れ落ちゆく紅天の両腕を黒い紐で瞬時に縛り、床に横たわらせた。

「遅すぎるぞ主様、若しや計画がばれていたのではないかと幾度冷や汗をかいた事か」

そこには先程紅天によって斬首されたカノンが立っていた。

                †

時は遡り、数十分前。

俺とパフェは表面上は会話していなかったが、思念で会話は続けていた。

「狙い通り第九神につけられたと思うか?」

俺達はここまで尾行を撒く様に大幅に遠回りして帰ってきた。

尾行を狙っているのに尾行を徹底して撒くような真似をするなど矛盾していると思うかもしれないが、これには理由がある。

追跡者と言うものは尾行する対象が警戒すれば警戒するほど、その目的地が対象のアキレス腱だと考えるからだ。

だから俺達はこの部屋が襲撃されて困る場所と思いこませる為に疲れた体を引き摺り、結構な時間をかけた。

が、徹底して尾行を警戒していた分、全く反応が無いと本当に撒いてしまったのでは、と不安になる。

俺の疑問は不安を載せてパフェへと伝わる。

「十中八九跡をつけてきておるはずじゃ。態々吾らを第三神共と鉢合わせてそのまま放置とは考えにくい」

俺の不安をかき消す為か、普段よりゆっくりとした口調で声が返ってくる。

「……そうか」

絶対にそうと決まった訳ではないが、パフェの言葉により幾ばくかの安堵を得て溜息をつく。

俺達は家を出る前の時点から尾行される事を前提で街を歩いていた。

弱ったパフェを見てまず相手がする事と言えば罠かと疑い、尾行し根城を突き止める事だと簡単に予想できるからだ。

その為本当の自宅に連れてこない様、姉貴には一つ下の階、つまり13階。

そこのある部屋の一つに自宅と同じような結界を張ってもらった。

自宅の結界の認識誤認効果も相俟ってここは今普通の人には完全に輪廻家に見える様になっている。

俺とパフェはここで第九神を討つつもりだ。

その為にはこの場所に誘き出す必要があったのだ。

因みにだが輪廻家にはいざという時の為に所持している隠れ家が幾つかある。

この部屋はその内の一つで人が住めるよう手入れが行き届いている。

決して空き家に不法滞在している訳ではない。

「来なかった場合は今は置いておいて、きた場合。俺が契約を結べるか結べないかが戦局を左右すると思う」

「まあ……の、地力に差がある以上相手の無い部分で強化を図らねば勝機は薄いが。して、どうやって戦闘中に契約を結ぶのじゃ、第三神との模擬戦ですら最後までまともに結べなかったのじゃ。まさか相手がこちらの詠唱を無視してくれる事を期待しているとは言わんじゃろうな?」

「それこそまさかだ。そんな状況を期待するくらいなら俺は何も起こらない事を期待するさ」

俺の冗談めいた口調にパフェは微笑の思念を送ってきた。

表面上は瞑想しているかのように黙っているパフェの器用さに関心する。

「第三神の時に気付いたんだが、あんたが契約を結べば恐らく俺も契約を結べる。共鳴だがなんだか知らないが、恐らく引っ張られるのだろう」

「知っておる。寧ろ一体化しておる吾に引っ張られて尚契約を結べぬなど論外じゃ。じゃから結べる事には対して疑問を持ってはおらん。問題は……」

「結ぶまでにかかる時間、だろ? 解っている、失敗も含め数分も掛かる代物を敵前でどうやって結ぶか。第三神の時は蹴られたり殴られたりしただけでまともに結ぶのも怪しくなったからな」

思い出すだけで苦笑いが浮かびそうになる。

いや、今それを思いかえすのは止めよう。

一度瞬きすると若干ずれた会話を元に戻す。

「そんな訳だから何者かがここに来た場合、俺達は何とかして時間稼ぎをする必要がある」

予め契約を結んでおくという方法もあるが、何時まで連続して使用できるのかもわからないし、何より24時間襲われる事を警戒して結び続けるなんて事を出来るとは思えない以上取るべき策ではない。

「方法は考えておるのか? アレは終焉神であると同時に優秀な魔術師でもあると聞くぞ。能力だけで押し切らず小細工を使う側故小細工が効きづらい。終焉神としては対して強くないが、ゆえに第三神や第七神と違って慢心や油断と無縁の輩じゃからの。じゃからこう言った手合いは窮鼠の危険性をよく知っておる。逆転の芽は見つかればすぐさま摘み取られると思っておいた方がよい」

最も慢心し、油断していたであろうパフェが己と逆の輩の危険性を語る。

こうして弱体化したパフェが言うのだから説得力としては十分だろう。

ならばどうするか。

逆の立場で考えてみよう。

俺ならどうするか。

まずは結界の種類を見極めようとする。

常人に見えないタイプならば誰か尋ねた時点でほぼ敵だと決定する。

幸いここの結界はそう言うタイプではない。

けれどまったく違う訳でもなく、形式としては極限まで結界と解らない様なタイプ。

日常生活を大事にする魔術師がよく張るタイプだ。

つまり、この結界に気付いて不審な行動する奴が敵。

と言いたいところだが、そんな迂闊な行動をとる相手ではないだろう。

常人に場所が見えるのだから普通の人間が尋ねてくればどう対応するのか、と様子を見るのが普通だろう。

その上で一番尋ねてくるのが有り得そうな人物。

よって……。

「敵の能力がいまいち未知数である以上推測だが、うちのクラスメートの誰かを操るか、成り済ますか、して侵入しようとしてくるはずだ。強行突破もあり得るはずだが、そんな事をする奴が態々ここまで手の込んだ行動をしてくるとは思えない。正攻法って言うのはある意味最終手段だ。正規のルートを辿る訳だから当然相手に読まれてしまう。それすらも関係なくゴリ押し出来るのなら最良の一手だが、出来ないのであれば相手と真っ向から削りあってしまう羽目になる。俺もそうだが慎重な奴ほど裏道を探す。だから最もリスクのかからない洗脳操作で来ると思う」

「ふむ、ありそうな手じゃが、流石に今の吾らでも洗脳されただけの人間に負けるほど弱くはないぞ? 確かにリスクはないがその分のメリットも薄い、吾らを殺そうとするのであれば少し甘い手ではないかの?」

確かにパフェの言うとおり罠を警戒するだけならまだしも、奇襲の有利を捨ててまでする手ではない。

殺すという目的であるのなら成り代わりの方が確実だ。

眠る様に目を閉じる。

思い出せ。

ノイズが見せた光景が正しいのなら、あの時あいつはどうしてた。

どう言う類の概念を使用していた?

パフェを貫く黒い槍、突如現れた男。

ハザードランプの様に現れては消え、消えては現れた。

ここで俺はあのベイグウォードと呼ばれていた男を思い出す。

あの男も確かに同じ様に消えた。

だが、ベイグウォードと第九神は少し毛色が違う気がするのだ。

「疑問なんだが、第九神の概念は第七神と同じタイプなのか?」

俺がそうパフェに質問すると、考え込む様な気配が伝わってくる。

「実際に見た訳ではないが、恐らく違う筈じゃ。少なくとも高速で動けるだけではあそこまで逃げ回れるとは思えぬ。それこそ主様があの時聞いた様に空間跳躍でも出来ぬ限り、の」

空間跳躍。

そう言えば第九神は己だけでなく黒い槍……そう、天の瓊矛も何処からとこなく出現させた。

これを可能にする概念を考えれば空間操作系か時間操作系……、少し苦しいが隠密や迷彩関係の能力だろう。

「空間跳躍以外であり得るとしたら時間操作系か?」

「理論上は可能じゃが、現実的ではないの。他人の時間を遅延させると言う事は必然的に遠心型じゃ。他の者ならいざ知らず、吾を数秒止めるとなると生半可な神性では出来ぬ筈じゃ」

「となると空間操作系が一番妥当な線、と言う訳か」

普通に考えれば空間操作の可能性が一番高い。

だからと言って決め付けていいものだろうか。

可能性が高いからと言って完璧にそれと決まった訳ではない。

違いましたでは済まないのだ。

どうする?

時間は有限どころか、いつ襲ってきてもおかしくはない状態だ。

「……主様よ。対等と言う契約を忘れたのかや? 吾らはパートナーじゃ、吾の力に知力が無いと思ってくれぬなよ」

今まで無表情だったパフェがふっと笑うとウィンクする。

そこで初めて俺は少し焦っていた事に気付く。

必ず自分の思い描くシナリオ通りに事が進まなければならない、と思い詰めてしまった。

そこで生まれる完璧な計画と言うものこそ最も脆いと言う事を知っていたのに。

軽く頭を振り、思考をリセットする。

「取り敢えず一番確率が高そうな知り合いが尋ねてくるパターンで想定したい。その場合の足止めなんだが、心具で俺の偽物とかを創り出せたりしないか? 作り出せる部位によってはかなりの時間が稼げる」

「心具では無理じゃが……」

パフェはそこで一旦言葉を切ると、何処からともなく扇子を出す。

普段……と言っても最近だが、よく取り出している謎の扇子だ。

「ある方法を使えば出来なくもない。―――主様も疑問に思っている様じゃが、コレは心具ではなく、普通の扇子じゃ。何処から取り出しているのかと言うと……」

パフェは掌を天に向けるともう一方の手をその上に重ねる。

何をするのか横目でじっと見ているとそのままゆっくり重ねた手が持ち上がってくる。

まるで手品でも見ている気分だ。

「この通り、吾の体の中から出している」

と、見覚えのある筒を取り出して見せた。

「あの時の湯呑か」

パフェが概念心具の実演をした時に飲み込まれた湯呑だ。

確かにあの時パフェに取り込まれたとはいえ、何故取り出せるのだろう。

「吾の体はちと特殊での、ある期間以内に取り込んだものはこうして取り出す事が出来るのじゃ」

と言いながら再び沈んでいく湯呑。

しかし、コレと俺の偽物を創り出す事とどう言う関係があるのだろうか。

まさか等身大人形に顔写真でも貼り付けて完成、とでも言うつもりではないだろうな。

パフェに訝しげな思念を送る。

「案ずるな、ちゃんとリアリティを追求した逸品を創り出して見せる」

自信満々なパフェを前に一抹の不安を感じながらも何時交替するかを話し合った。

                †

―――その結果がこれか。

俺はスプラッタな光景になった自分の頭部を視野に入れる。

紅天に茶菓子を出す際に偽物と交替し一度見たが、見れば見るほど出来の良さに気味が悪くなった。

何なのだろう、これは。

取り込んだものを取り出せるとは言っていたが、俺の体がここにある以上何か一工程省かれているとしか思えない。

取り敢えず今は時間稼ぎが成功した事を喜ぼう。

右手にはずしりと質感のある天の瓊矛が握られている。

コレがあると言う事は即ち第九神が来たと言う事だ。

「悪い、契約を結ぶのに思った以上に手間取ってしまった」

パフェと同じ黒い布を体の周りに揺らめかせながら、俺は謝罪する。

「それになんじゃ? 気絶させるだけなどと生温い手を使いよって。乗っ取られているにせよ、操られているにせよ、そこまで支配を許しておる時点で其奴はゲームオーバー、生かしておいても次の搦め手に利用されるだけじゃ。殺せとは言わぬがせめて四肢の腱と骨を破壊する位の事はしてもらわねば困る」

折りたたんだ扇子を棒の様に俺の鼻へ突き付けるパフェ。

頬を膨らまし、子供っぽく怒るパフェに俺は苦笑しながら只管謝罪するしかなかった。

「―――で、何時までそこに隠れておるつもりじゃ?」

俺達は同時に部屋のある一点を睨みつける。

「これはこれは……、何時からお気付きで?」

ゆらりと蜃気楼の様に白いスーツの男が現れる。

男は礼儀正しく一礼する。

その間殺気に近い視線を受けていながら、男は人のよさそうな笑みを顔に張り付けていた。

間違いない、こいつだ。

ドクン、と心臓が高鳴り、こいつがあの時の第九神だと告げる。

パフェを含め今まであった終焉神と比べるとやや劣るものの、それでも超然とした神気を放っている。

疑い様が無く終焉神だ。

こいつも偽物フェイクと言う線はこれで消えた。

「確信が持てたのはつい先ほどじゃ。如何に終焉神と言えど認識外の結界の外から概念を中へ発現させれば精度が落ちるからの。それを動く槍の通過点にピンポイントで発現させれば室内におる事を疑うのは当然じゃろ?」

「なるほどなるほど……、これは迂闊でした。しかし、一つ腑に落ちない事があります。どうして私が来ると解っていたのでしょう。普通は私、或いは別の人物が成り済ましている、と考える所ではないのでしょうか。あなたの推論だと私を含め何者かが成り変わっている可能性が初めから考慮されてないように見受けられますが。なにぶん若輩者である私に後学のために御教授してくださいませんか」

男はもみ手をしながら再び頭を下げる。

敬っている様でその実空虚な笑みには空恐ろしさを感じる。

やはり厄介だ。

この状況においてもコイツは冷静に戦況を見極めようとしている。

当初の予定としては俺の契約の精度を上げる為少し時間稼ぎをする予定だったが、コレは逆効果だったか。

パフェに思念で覚悟を送る。

これ以上の時間稼ぎは向こうを有利にするだけだと判断したからだ。

「――考慮されてないんじゃない。どちらも考慮し、結果あんたが釣れただけだ。足元のコイツが第九神の可能性もあんたが最初の奇襲のドサクサにまぎれてこの部屋に入ってくる可能性も考え付く限り色々とな。―――態々一つの可能性にかける理由なんてどこにもないだろ?」

俺は一歩前へ出て、相手からパフェの体が隠れる様に立つ。

震える指を隠す様に拳を握りしめ、第九神を正面から見据える。

怖くない訳が無い、逃げたくない訳が無い。

俺は正義の味方でも英雄でも無い。

それでも尚ここに俺が立つのは俺が強いからじゃない。

寧ろその逆、弱いから俺はここに立っている。

右手が千切れる痛みを知っている。

左手が割かれる痛みを知っている。

そんな耐えがたい苦痛を味わう位ならいっその事楽に首を潰された方がましだ。

俺はこの道が一番楽であると知っているがゆえにこうして立っているのだ。

「確かに、その通りですね。思った以上に聡明な方だ、流石第二神様が選ばれただけの事はある。ところで……」

連続する銃声によって男の声はかき消される。

男の姿は掻き消え、そこにいた痕跡を表すかのようにその後ろの壁に6発もの銃弾が減り込んでいた。

「時間稼ぎは構わないが、俺達はあんたに能力自慢しに来たわけじゃないのでな。本気で殺しに行かせてもらう」

俺はゆっくりと体の向きを変えると、いつの間にか再び現れていた男に銃口を向ける。

先程の銃声の隙にパフェと融合し、姿は既に戦闘形態となっており、黒い衣に包まれている。

震えは止まった。

後は全力疾走するだけだ。

「……いい顔じゃ主様」

デフォルメ化されたパフェがちょこんと俺の肩に座る。

楽しそうなその顔が心強い。

「――――解りました。そこまで言われると仕方ありません。私も本気で対応するとしましょう」

俺とパフェの様相を見て第九神は笑いを嗤いへと変える。

そして高らかに宣告じみた詠唱を始めた。

「概念心具第二契約『Ⅱndセカンド-KARMA-』」

罪より業へ―――概念ルールはシンカする。

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