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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『da capo』
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第一章 『da capo』 その1

「むかしむかし、ある世界が滅びました」

「……何だ?」

 妙な声に俺は起こされる。

 何やら街が壊滅するとか、SF染みた奇妙な夢を見ていたような気もするが、その詳細を思い出そうとすると、霞のように薄れていく。

 なにか重要な事柄だったような気もするが、所詮は夢だ。

 指したるものでもないだろう。

 俺は直ぐにそう割り切ると軋む体を動かし、まずは自分の状況を確認した。

 片手には読みかけの小説。

 背中には硬い木の感触。

 視線を横に向けると見覚えのあるコンクリートとフェンス。

 そしてこれまた見覚えのある女子が見える。

 状況を見るにどうやら俺は学校の屋上で眠っていたようだ。

 そう認識した途端、俺は自分が授業をサボって屋上に読書をしに来ていたことを思い出した。

 一応言っておくと、別に俺は不良とかの類ではない。

 優等生とは口が裂けても言えないが、これでも普段はまじめに授業も受けているし、毎日遅刻もせずに出席している。

 だが、なぜだか今日は無性にサボって屋上で読書したかったのだ。

 理由を聞かれれば“ただなんとなく”としか言い様がない。

 そんな訳で俺は読書がしたいわけだ。

 俺は視線を小説へと戻す。

 そうしていると、タイミングを見計らったかのように、何処からとも無く再び先ほどの声が聞こえ始める。

「その世界は高度な文明を誇り、度重なる戦争によって荒廃した、わけではなく。

 また、長い年月を経て星の寿命と共に滅びた訳でも無く。

 寧ろ自然と共に生きる不便ながらも平和な世界でした。

 ならば何故、滅ぶような出来事が?

 とあなたは思うかもしれません。

 事実だけを取り上げて最初の出来事を原因とするならば。

 始まりは他の世界の神様がやってきたからです」

 誰に聞かせているかしらないが、この声はどうやらフェンスに向かって語りかけている女子から出ている模様。

 小説の字面を読んでいるはずなのに、何故か女子の声が、言葉が俺の耳に流れ込んできてそれを邪魔する。

 小説を読みたい俺としてはかなり耳障りだ。

「他の世界の神様は言いました。

 ―――汝ら、他人の自由を愛せ、と。

 人々はなる程、と感心しました。

 お互いに相手の自由を尊重する事によって衝突を少なくし、より平和な世界が築けると解釈したからです。

 もちろん初めからそれが解る人は居ませんでした。

 しかし別世界の神様は頑張りました。

 無理にそう信じさせようとせず、問題が起きたときだけ登場し、こうなることを防ぐために自由を愛さなければならないと根強く説きました。

 その甲斐あって世界の多くの人の賛同を得ました。

 多くの人々はその神様を主とし、一つの宗教を作り上げました。

 その宗教と神様のおかげもあって、多くの人に平和が訪れました」

「…………」

 女子の声が止む。

 俺はいい加減お終いかと思い顔を上げる。

 当然だが小説は殆ど読めていない。

 勿論この女子の話に興味を惹かれるわけでもない。

 単純に女子の声を言語として俺の耳が拾う以上、脳内には二種の文章が流れこむことになり、それによって脳内の処理が落ちて小説の話に集中できないだけだ。

 つまりまあ、端的に言うとこの声は、俺にとって邪魔以外の何物でもないのだ。

 だが、そんな俺を嘲笑うかのように再び話が始まる。

「しかし、全ての人が平和だったか、と言われるとそうではありませんでした。

 世界には相手の自由を望まない者が居ました。

 それはもともと自由を持って居ない人達です。

 尊重される自由を持っていない彼らは自由を持っている裕福な人々から迫害を受け始めました。

 他人の自由を尊重する事で多かれ少なかれ発生するストレスが彼らに向くのは火をみるより明らかでした。

 そんな彼らが怒るのも当然で、彼らは人々に復讐しようと思いました。

 しかし、数が数なだけに思うようにいきません。

 そんなとき新たに別世界の神様が登場しました。

 その新たな神様は彼らに言いました。

 ―――人は皆平等でなければならない、と」

 長々と喋っていた女子は、そこで言葉を切る。

 俺が視線を送ると、フェンスを越えて吹き抜ける風と共に彼女はこちらを向いていた。

 煌びやかな橙色の髪が風と共に揺れる。

「この後どうなると思う?」

 遠い目をしながら此方まで歩いてくると、彼女はベンチで読書中の俺を覗き込んできた。

 その眼は猫の様な金の瞳。

 好奇心旺盛で今も、獲物おれをどう料理しようか窺っている。

 そこで初めて俺は、これは自分へ向けた言葉だったのだと理解する。

 どうなる、と聞いてくるのはいいが、こんな長ったらしくてどうでもいい話題を真面目に聞く奴などいるのだろうか?

 どうせまた適当な雑誌やネットの情報を読んで変な電波を受信したのか知らないが、謎々遊びをしたいなら簡潔に、もっとわかり易く話せと。

 そんな事を俺は目の前の相手に思う訳だ。

「……ふわ」

 俺の口から思わず軽い欠伸が出る。

 無理やり起こされた形となるので、少し寝足りない所為かもしれない。

 単純に“どちらの話”もつまらないせいでもあるが。

 俺は読みかけの本に栞を指し込み、閉じた。

「――滅びるって最初に言ってなかったか?」

 俺はちらりと彼女を見ると、そのまま視線を大空に移す。

 雲ひとつない真っ青な空……と言う訳でもなく、点々と雲が広がっていた。

 俺は雲を見ながら片目で彼女の様子を盗み見る。

 どうやら少しご機嫌斜めの様子だ。

 恐らく彼女が望む回答を得られなかったためだろう。

「いや、そうじゃなくてさ。この後どうやって滅びるに至ったか、って事」

「……はぁ」

 気の抜けた返事が俺の口から溢れる。

「はぁ、じゃなくて答え。アンサー、分かる?」

 そして似非外国人の様なイントネーションが、妙に癇に障る。

「どうせ、二つの国家が出来てお互いに殺し合って滅びたんだろ?」

 俺は苛立ち気味に、適当にやる気のない返事を返す。

 こんなどうでも好い事に返事を返すあたり、案外俺はお人好しなのかもしれない。

 自分で言うと胡散臭いことこの上ないセリフだが。

「おしい。国家を作るとこまではあってるけど、その後は殺し合ったりせず、お互い不干渉を決め込んで平和に暮らしたのよ」

 はっずれーと言いながら、彼女は俺の頭をクシャクシャと撫る。

 どうやって滅びるに至ったか、と聞かれて答えたのに解答がこれだ。

 ムカつくを通り越して、いい加減付き合いきれない。

「あんたは何が言いたいんだ?」

 人の髪を触り続けようとする彼女の手を振り払いながら、俺は体を起こす。

「架音………、いい加減人を代名詞で呼ぶのやめてくれる? あたしには小霞紅天こがすみこうてんって言う立派な名前があるんだけど?」

 ジトッとやや怒った眼で見てくる紅天。

 金の瞳に射抜かれながらも、俺は逆に彼女を見返した。

「……………………」

 ――小霞紅天。

 身長は女子にしては高め。

 手足が長く、モデルのようにスラっとしている。

 綺麗なオレンジの髪と金の瞳も相俟って絵にはなる。

 うちの学校でも幾人ものファンが居ると言う話だ。

 実際性格抜きにしたら、個人的にもかなりのルックスだと思わなくもない。

 だがそれがどうした?

 そんなことは、今のこの状況の俺と何の関係もない話だ。

 睨み合うこと数秒、俺は本を小脇に抱え立ち上がる。

 硬い木のベンチに寝転がっていたせいで背中が少し痛かった。

「俺があんたをなんて呼ぼうが勝手だろ? 別に嫌みなあだ名で呼んでる訳でも無いし」

 そう言うと俺は会話を一方的に断ち切り、屋上を後にする。

 これ以上頭の痛くなる会話を続けてもストレスがたまるだけだ。

「―――――――こら、まてぇ~架音っ!!! ―――――――」

 閉めた屋上のドアの向こうから、意味不明な言語が聞こえるが気にはしない。

 それと同時に放課後を告げるチャイムが鳴り始める。

 ちょうどいいタイミングだ。

 そう思い、俺は一人階段を下りていった。


 †


「よぉ、ピッタリな帰りだな」

 教室のドアを開けるとドスの効いた低い声が俺を出迎える。

 声の方へ視線を向けると一人の男子生徒が気だるげにこっちを見ていた。

 椅子の背凭れに危なげも無く腰掛け、指輪や髑髏のネックレス、ブレスレット、ピアスと全身銀細工で埋め尽くされている男だ。

 うちの学校の校則がいくら緩いとはいえ、ここまでしてくる奴がいるとは誰が思っただろうか?

 なぜ注意されないのか未だに不思議で仕方がない。

「鬱陶しいのが来たからな。アレに俺の場所を教えたのはお前か?」

 自分の席に着き帰り支度をはじめながら、ガン飛ばしているとしか思えない程眼つきの悪い男に、俺は普通に応答する。

 このそこらの不良が道を譲るほど、ガラの悪いコイツは俺の友人の一人だ。

 名を赤城あかしろ 夜行やこうと言う。

 夜に行動する人間。

 俺も人のことを言える名前ではないが、名前からして不良になる要素しかない。

 なのでこうなるのは当然とも言える。

 だが、勉強はそこそこできるようなので、単なる格好だけの可能性も無くは無い。

 ――無くはないが、しかしこれは……。

 俺は赤城の爪先から髪先まで順番に視線を送る。

 見た目で判断して悪いが、俺には何処からどう見てもアレな人にしか見えない。

「おいおい、俺を疑うのか? 俺らの中から情報が漏れるのは大抵、沙良紗からだろ?」

 俺の視線を受けて心外な、とでも言いたい様に赤城は表情を歪ませる。

 歪ませても顔は相変わらず怖いままだが。

「ひどぉっ。やっくん私の事そんな風に見てたの~? 同じ仲良しグループ『KY‘S』のメンバーだと思ってたのに~」

 俺が言葉を返す前に後ろから新たな声が割り込んでくる。

 二人して声のした方に顔を向けると、柔和な笑みを浮かべた女子が敬礼の様なポーズで立っていた。

 敬礼の様な、と言うのも己の額にチョップでもするかのような勢いで片手を叩きつけたからだ。

 俺はこんな自虐な敬礼を見た事が無いので様な、とさせてもらう。

 コイツは如月沙良紗きさらぎ さらさ

 一言で言うなら常時自白剤服用者だ。

 何処からか情報をキャッチすると、すぐ拡散させる特徴があるので俺はそう呼んでいる。

 しかもたちが悪い事に情報収集能力が図抜けているというおまけ付きだ。

 色んな意味で我がクラスの触らぬ神として君臨している。

 因みに『KY‘S』とは如月が勝手に決めた俺たちのグループ名の様なものだ。

 誤解のないように言っておくが、空気よめない奴らの集まりではない。

 今額にチョップした女子が如月沙良紗きさらぎ さらさ

 不良、赤城あかしろ 夜行やこう

 さっき屋上にいた小霞紅天こがすみこうてん

 そして俺、輪廻架音りんね かのん

 ここまでくれば勘の良い人なら解るかもしれないが、メンバーの下の名前がKとYとSで構成されている。

 だから『KY‘S』と言う訳だ。

 本当に馬鹿らしくなるほど単純なネーミング。

 そもそも如月が勝手に自称しているだけなのだが、コイツの声が大きすぎて“俺たち以外には”定着してしまった。

 だから不本意ながら俺達はそう呼ばれている。

 ――主に空気読めよ的な意味の使い方で。

 俺は溜息を吐きつつ、如月から視線を外すが、赤城は向き直る。

「事実だろうが、お前の耳に入れば校内放送になるのと同じくらいダダ漏れするからな。――――後その名で呼ぶな、つってるだろうが」

 椅子をガタガタ揺らしながら赤城は不快感をあらわにする。

 そのまま椅子と共に倒れれば面白いのに、と一瞬思えるほどギシギシと椅子に負荷が掛かっているのが見える。

 普通の生徒が居ればまず逃げだしたくなる光景だろうな、と俺はそれを冷静に見ていた。

「そんなことないよねぇ~? 輪廻くん♪」

 そんな底冷えする赤城のガンを見事に無視し、俺に話しかけてくる如月。

 流石と言うべきか何と言うべきか。

 とにかく怖いもの無しだ。

「そういえばさっきから声がしないが、いつも煩い夢渡あいつはどうした?」

 俺はこの話題には正直関わりたくないので如月の問いをスルーし、赤城に無理やり話しかける。

 なぜ関わりたくないかと言えば前述の通り、如月沙良紗と言う奴は酷く面倒くさい奴だからだ。

 俺が肯定しようが否定しようが会話が長引く展開が容易に想像できる。

 そして且つコイツに長時間会話をさせると聞きたくもなかった黒歴史(自他含む)がポロっと零れてくるので余計にたちが悪い。

「あっ、アレ? 輪廻くん……もしかしてスルー?」

 如月の悲痛な声が聞こえるが当然それも無視する。

 それよりもこう言う時、いの一番で騒ぎだす夢渡の行方のほうが俺には興味があった。

 フルネームは創地夢渡そうちゆうと

 こいつも『KY‘S』の一人で、ある意味コイツが一番空気が読めないやつだ。

「ぁ……夢渡? あいつならつがいんとこだろ。―――――あ~、しらねぇか? 深窓の令嬢な感じの女子を」

 面倒くさそうに銀の鎖を手で弄びながら、赤城は俺の表情を読み取って付け加える。

 ――深窓の令嬢?

 うちの学校にそんな奴いたか?

 俺はあまり人の顔を覚えるのに適してない脳を引っ繰り返し、記憶を探る。

「……………………」

 考えること数十秒。

 自分のクラスの女子すらまともに思い浮かばない己の脳髄に溜息が出る結果となった。

「―――いや、初耳だな」

「輪廻くん、そ~言うの興味無さそうだったからねぇ~」

 いつの間にか俺の机に頬杖を付き、うんうん頷きながら如月が会話に加わる。

「………知ってるのか?」

 湧いて出た様な如月の行動に俺は若干引きつつ、尋ねる。

「うーん、顔見知り程度の意味でならねぇ」

 眉間に皺を寄せ、珍しく如月は曖昧な言い方をする。

 先の会話でも解るように如月は知っている事は何でも言う奴だ。

 だから質問に対しては、知っているか知らないかの二通りしかないのが基本……なのだが。

 ――珍しい事もあるものだな。

「あっ、思い出した」

 顎に手を当て何かを悩んでいるような素振りを見せていた如月は突然声を上げる。

「深窓の令嬢をか?」

「違う、違う。先輩が輪廻くんを探してた事を伝えるのを忘れてたぁ~。何でも頼みたい事があるとかないとか、用事が無いならメールしてほしいってさ~。先輩かな~りしたり顔だったから気をつけてねぇ~」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷や汗がたらりと伝う。

 いやな予感しかしない。

 授業に加えてコレもサボタージュしたいとこだが、先輩の場合そうもいかないだろう。

 なんせ“同業者”だ。

 姉貴と行動を共にすることが多い所為で、必然的に顔を合わせる事が多い。

 俺は最低限のものだけ詰め込んだ鞄を手に取り、何とも憂鬱な気分で立ち上がる。

「――了解。と言う事で俺は今から先輩の用事を済ませてくるから、またな」

「――おぅ」

「がんばってねぇ~♪」

 クラブ活動で残る二人に手を振ると、俺は教室を後にした。

 階段を下る間に先輩に用件を聞く旨のメールを送る。

 玄関口で靴に履き替えたところで先輩からメールが返ってくる。

 因みに下駄箱の無いうちの学校では、玄関口が上履きと靴の境目となっている。

 シューズ袋を持ってくる奴もいるが、男子は大抵教室に上履きを置き、登校の際は靴下で教室に来る事になる。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 俺は携帯のメールを見る。


『やっほ~(*^^)v ユミでぇーす♪

 今日の放課後実はバイトに行かなきゃいけなかったんだけど、用事で行けなくなっちゃった(^_-)-☆てへ 悪いんだけどカノン君代わりに行ってくれないかな? 天羽ちゃんを通学路に待機させているのでお願いしますm(__)m


 P,S カノン君の名前って変換されないね(;一_一)』


「………………………ウゼェ」 

 相変わらずのメールのテンションに、俺は一瞬本気で無視しようか考える。

 取り敢えず俺は『ウザい』と一言返信しておく。

 このぐらいのささやかな反抗は許されるだろう。

 だいたい天羽を待機させている時点で、それはもう脅迫以外の何物でもない。

 姉貴と同じで性格の悪い先輩だ。

 俺は大きく溜息を吐くと、校門を出た。


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