その12 「不良」
あらかた校舎の見回りを終えた俺は、踵を返し職員室へと向かう。
予想通り何も見つからなかった。
まあ、隠し扉や幻術などを見破る気も技術も無いので当然と言えば当然なのだが。
ふと窓から中庭にある銅像に目が付く。
うちの学校のデザインの制服を着た少女が建っている。
何でも平和を祈願した像で、ご丁寧にネームプレートに『平和を願う像』とある。
この学校は爆心地か何かかよ。
と、独り語ちながら窓辺により、窓を開ける。
像も像で平和を願う割に少女は苦々しい表情をして俯いている。
そう言えば如月辺りから聞いたことがある。
うちの学園の七不思議のひとつで、この像は世界が平和でないから俯いてるそうだ。
世界が平和になれば笑顔になるらしい。
残り6つは、まあ、ありきたりな奴なので割愛させてもらう。
「しっかし、こうしてみるとあれだな。なぜか親近感が涌くと思ったら、うちの神剣様に似てるんだな」
窓から半ば身を乗り出し平和の像を眺める。
髪の毛はちょうど同じくらいの長さだし、何より苦々しい表情具合が何とも似ている。
「もしかしたらこれが隠している物だったりしてな」
はんっ、と鼻で笑い考えを一蹴する。
こんな不愛想な像、何の価値もありはしない。
「おい、そこで何をしている」
突然、隣から声が掛かる。
窓から一瞬逃げようかと考えるが、もう遅い。
しぶしぶ体を起こし声のした方を見ると、うちの担任が立っていた。
「あ~、ちょっと明日の授業に必要な物を取りに来て、職員室へ鍵を返す途中で黄昏てただけです」
手に持ったプリントと鍵をひらひらさせながら、嘘ではない事を訴える。
担任は訝しむようにジロジロと俺を見る。
昔から教師に良いイメージをもたれた記憶がない。
この担任も例に洩れずそうだ。
「ふん、まあいい。ところで輪廻、お前薬師寺と知り合いらしいな?」
薬師寺?
あぁ、先輩の事か。
久しぶりに先輩の名字を聞いたものだから対応に僅かな間が空く。
その不自然な間でますます担任が俺を疑っている度合いが増す。
「―――えぇ、一応部活の先輩後輩という関係ですけど、それがどうかしましたか?」
「最近生徒指導室に彼女を深夜に目撃したと言う情報が幾つも届いている。何か知らないか?」
じとっと被害妄想じゃなく明らかに悪意の籠った眼で睨まれる。
なにが何か知らないか、だ。
そう言うのは本人かクラスメートに聞けばいい話だ。
仮に俺が話したところで信用する気なんかさらさらないくせに。
「さぁ? 俺は別に先輩の家族じゃありませんから解りかねます。そう言うのは俺なんかじゃなくご家族の方にご連絡なさった方がよろしいのではないでしょうか?」
本当は知っている、あの人が夜な夜な本業をしている事に。
だが、それを俺にどう説明しろというのだ。
それは妖魔と戦っているからです、とでも言えばいいのか?
ふざけるなと怒鳴られるか、精神疾患と判断されるかの二つに一つだろう。
「あぁ、そうだな。彼女の親族には当然連絡をする。しかし私はてっきりお前がまた彼女を連れだしているんじゃないかと思ってな」
思わず舌打ちしそうになる。
姉貴の手伝いの関係上俺は深夜に徘徊する事は少なくない。
本来なら本家から学校へ事情説明等があるのだが、俺は今勘当中なのでそういう後ろ盾すらない。
担任が先輩の事を直接注意出来ないのはそう言う為だ。
要するに八つ当たりがしたいだけか。
下らない。
「何の事か解りかねます。俺と彼女が一緒にいた目撃情報でもあったんでしょうか?」
「…………いや、それはなかったが」
隠そうともせずに担任は残念そうな顔をする。
これ以上コイツと話をしても不愉快でしかない。
とっとと切り上げよう。
「話はそれだけですか? 俺は鍵を職員室へ返さなければいけないのでこれで…」
と、担任の右脇を通り抜けようとする。
「待て、鍵は私が返しておこう。うん? 輪廻、お前その左手どうした」
背筋が一瞬で凍りつく。
今何て言った?
左手…だと。
こいつは何を言ってるんだ。
俺は家を出る前にこの左手が見かけ上一切普通の手と違和感がないのを確認して出たはずだ。
左手に素早く視線を送る。
赤城と揉めた時に何か汚れでもついた可能性も瞬時に考慮する。
瞬き程の間に己の手を確認する。
汚れなどの特徴は見受けられない。
「ふん、光の加減による見間違いだったようだ。忘れてくれ」
俺から鍵をひったくると担任はすたすた歩いて行ってしまった。
本当に見間違いだったのだろうか。
もし見間違いなどではなく俺の反応を見てこの左手が異質なものと判断したのなら。
もし奴がこの結界を張った奴の一員か俺達が追っている終焉神だとしたら。
これが致命的なミスにつながる可能性がある。
可能性は低いだろうが、考慮したほうがいい。
いや、今俺の一存だけで考えても仕方がない。
パフェの考えを聞くために取り敢えず学校から出る事にしよう。
俺は監視されていても不自然に見えない様学校を出た。
†
「くっく、ビンゴじゃ。主様よ」
俺の校内での出来事を聞くとパフェは愉快に笑う。
学校を出てパフェとの約束の時間から10分ほど余っていた俺は取り敢えず学校から直接見えない位置まで避難した。
あまり自信はないが尾行もされていないはずだ。
「どう言う事だ?」
「吾は主様と一体になる際に左手だけ僅かに力を宿して眠ったのじゃ。つまりじゃ、もし吾の神気を知る者なら僅かばかりの違和感を感じ反応する訳じゃ。もちろん微弱過ぎて警戒する気すら起きないレベルじゃから安心するが良い」
「……………………」
「主様が校内であったと言う三人は怪しいのぅ。特に最後の担任とやらは殆ど黒じゃ。残りの二人はまあ、灰色ってところじゃの」
あぁ、そう言う事か。
今更ながら納得する。
始めから俺を囮として校内に入れさせたな、この野郎。
こいつ、いや俺達の目的は始めから敵さんを釣る事だ。
なので説明がないのは当然と言えば当然だ。
始めから囮として中に入っていれば会う奴会う奴俺は警戒しただろう。
百歩譲ってそこはいいとしよう。
問題なのはこいつが校内に入る前に宝があるなど興味がある素振りを散々しといて結局演技だったってことだ。
………………。
ん?
自分で言ってて少し矛盾している事に気付く。
なんだ?
俺は納得してたはずだ。
なのになんでこんなに胸がムカつくのだろう。
パフェの手の上で踊らされていたからだろうか。
「―――むきゅ!」
俺は無言でパフェの頭をチョップする。
突然の出来事にパフェは目を白黒させ、痛くも無いであろう頭を抱えた。
これで少しは胸のムカつきが晴れると思ったが、どうやらそういう問題じゃないらしい。
「囮で潜入させるなら始めからそう言え」
取り敢えず本音と八つ当たりのいい訳が混同する台詞でも吐いてみる。
己の未熟さゆえ頼られないのは仕方ないとしてもだ。
知らないうちに命の危険に晒されて黙っていられるはずがない。
勿論その場ではあれが正しかったのかもしれないが、その後文句を言う位は許されるはずだ。
チョップしたのはただの憂さ晴らしに近いが…。
「いや、出来れば隠された財宝も欲しかったり……むきゅ!」
再びチョップするとパフェの頭はゴム鞠の様に凹んだ。
痛くも無いくせに目尻に涙を浮かべてこっちを睨むパフェ。
これは冗談………だよな?
だんだん演技と思えた校門でのやり取りも怪しくなってくる。
そんな雰囲気の所為だろうか。
俺はうっかり自分でも気付かない振りをしていた本音を漏らしてしまったのは。
「取り敢えず、俺達は運命共同体なんだろ? なら、命をかける局面でさっきの様な事はなしにしよう。―――――一応俺はあんたの相方のつもりなんだから」
自分で言ってて恥ずかしくなり、最後の一文はそっぽを向きぼそぼそしゃべる形になってしまう。
あぁ、失態だ。
数秒前をやり直したい。
横目でちらりと見ると、獲物を見つけた肉食獣の様な厭らしい笑みでパフェはこっちを見ていた。
「そうか、そうかぁ、主様は吾に騙されたと思って悲しかったと、もっと頼ってほしかったかと」
「主様それは勘違いじゃ。吾は主様を騙してなどおらぬ。何故なら」
わざわざそこで言葉を切り、俺に抱きつくパフェ。
何となく展開が読めた。
「吾は主様を愛しているからの。アレくらい何も言わなくても主様には脅威足りえんと信じておるからじゃ」
(キリッ、とか付きそうな言葉を俺の耳元で囁く。
カッコいい事を言ってるつもりかも知れないが、結構ハチャメチャな理論だ。
声の質からパフェは恐らくは満面の笑みで笑っている事だろう。
その声を聞いているとどうでもよくなってきた。
諦めとも自嘲ともとれる溜息を吐く。
我ながら振り回されっぱなしで情けなく思う。
「愛って言えば何でも許されると思ってるだろ?」
「当然じゃ、愛とは未知で千差万別で不定形じゃ。じゃから『愛ゆえに』とか、『愛なら仕方ない』などという言葉で全て解決する事が出来るものじゃ」
ここへきて愛万能説を唱え始めるパフェ。
その言う『愛』は人を傷付け、挙句殺している所しか見た事がない。
今、『愛などいらぬ』とかいって拒否すれば間違いなく殺されるだろうな。
などと考えフッと微笑を浮かべる。
無論試さないが。
「ところで主様よ」
「……どうした?」
「主様は友人が多い方かや?」
「…………自慢じゃないが2桁切る」
「じゃあ、これは主様の友人希望者かや?」
パフェはぐるりと辺りを見渡す。
「違うな、恐らくは俺の馬鹿野郎の友人希望者だ」
俺もうんざりした表情で辺りを見渡す。
体中に生傷の絶えない連中がぞろぞろと俺達の周りを囲んでいた。
数にして数十人。
どいつもこいつもへらへら笑っていて気持ち悪いことこの上ない。
赤城が最後に言った言葉はこう言う意味か。
本当、なんで俺はあいつと友人やってるのだろうか。
心底うんざりする。
「ねぇ、君。中葉学園の生徒?」
金髪でピアスで耳を穴だらけにしている如何にも不良って感じの男が俺の制服を見ながら話しかけてくる。
口から洩れる煙草の臭いが臭くて吐き気がする。
「まあ、そうですけど」
「へー、じゃあ赤城夜行って知ってる? 俺らそいつに用あるから、ちょっと呼んできてほしいんだけど」
俺が敬語使った事に優位性を見出したのか、接近しつつ高圧的な態度で見下してくる。
俺はこいつらの馬鹿さ加減より赤城の傍迷惑さ加減で頭を抱えたくなった。
よりにもよって学校で籠城するなよ、俺以外の奴らがこいつらに捕まったらどうするんだ。
「さぁ? クラスか学年が違うから知らないですね」
「ぁ? 君が知ってるとか知らないとか関係ないんだけど? 呼んで来いつってるのわからない?」
つかつか近づいてきて胸倉を掴み上げる不良A。
口臭が直に伝わってきてますます気分が悪くなる。
「あ~、はいはい、呼んでくればいいんですね?」
不良Aの手を振りほどくと、パフェを連れてこの場を去ろうとする。
正直このままトンズラしてもいいが、ほかの学生の迷惑になるので赤城を呼んでかたずけさせよう。
あの赤城夜行が万に一つもこいつらに負ける事など無いのだから。
「おい、待てよ」
まだ何かあるのかと思い、振り返るとにやにや笑いに変わった不良Aがパフェの手を掴んでいた。
パフェは一瞬キョトンとするが、すぐにその腕を振り払い、俺の後ろへと隠れる。
俺はパフェがこいつらを殺してしまうのではないかと思ったが、杞憂だったようだ。
「――何か?」
小動物を彷彿させる仕草で、俺の袖をギュッと掴むパフェを視界の隅に収めながら不良Aと向き直る。
「その彼女は置いきなよ。君に逃げられたら俺ら困るでしょ、心配しなくてもいいよ、ただの保険だから何もしないって」
下卑た笑いを浮かべながら周りの奴らも同調する。
ちょっと意外だ。
逃げられるかもしれない、と考えられる脳はあるのか。
或いは下半身直結の本能故にかもしれない。
メモっておこう。
それにしても、何だ?
俺がお使いに行ってる間に告白でもするのか?
終焉神相手に?
思わずお好きにどうぞと出かかった声をそのまま飲み込む。
一瞬でもその光景を想像してしまうととてもじゃないがそんな事は言えなかった。
嫉妬心とかじゃなく流石に死傷沙汰にしかならないからだ。
「主様よ、吾は主様と離れとうない」
パフェを再び見ると上目遣いでこちらを見上げていた。
さっきから大人しくしていると思ったら、無力な少女を演じているつもりのようだ。
それを見た周りの奴らがますます盛り上がる。
下手に反抗するより煽ってるこいつは間違いなく確信犯だろう。
前言撤回、やっぱり置いていきたい。
「いいからさぁ、とっとと彼女置いて行ってきてよ。君もさぁ、彼女の前でぼこぼこにされたくないでしょ? そこの彼女も彼氏がぼこぼこにされるのみたい? 見たくないで、しょッ!!」
不良Aが喋りながら近づいてくるとそのまま俺に膝蹴りを入れた。
つもりなんだろうが、正直全然痛くない。
まあ、所詮はそこらのチンピラ以下なので当然と言えば当然なんだが、友人関係で明らかにおかしい奴らがいるので感覚がおかしくなってしまったようだ。
「もう一発食らいたいの? とっとと行けよ」
反撃も何も俺がしない事をいい事にますます調子付く。
パフェは俺の後ろに隠れて傍観(野次)を決めるみたいだし、この際こいつらでパフェからもらった心具を実験してもいいんじゃないかと思ってきた。
そんな時だった。
第三者の声が響き渡ったのは。
「ストップ、ストップ、スト~~~~ップ!!!」
明らかにボリュームコントロールを失った声の大きさにその場にいる奴ら全員が耳をふさぐ。
そこへ颯爽と小柄な少年が飛び込んでくる。
「その喧嘩ちょ~~~っと待った!! 弱い者いじめかっこ悪い。お互い言葉があるんだから話し合いで解決しようぜ」
髪は不良と同じ金髪だが、こっちは不良のように染髪した不自然な色合いで無く綺麗なブロンドヘアー。
その髪を後ろで髪留めで束ね、ライオンの尻尾の様な形状をしている。
「「げっ」」
奇しくも俺とパフェは同時に同じ言葉を漏らす。
パフェが何に驚いたか気にはなるが、今は乱入者の方が重要だ。
よりにもよってここでこいつに会うとは思わなかった。
KY`Sが一人、創地 夢渡と会う事になるとは。