その10 「影」
頼りない電灯が照らす夜道をパフェと二人で歩いていた。
辺りは、最近巷を騒がせている狼事件の所為か、殆ど人とすれ違わない。
若しかしなくてもこれがパフェの言っていた別の終焉神による出来事なのだろう。
横に並んで歩いているパフェを盗み見ると、妙に上機嫌で鼻歌を歌っていた。
鼻歌のくせに妙に綺麗な調べが出ている所がムカつく。
有利な状況でも無いのにこの余裕は何所からくるのだろうか。
そもそも、こいつが出した案からして欠陥だらけなのだが。
パフェが俺達に出した提案はこうだ。
まず、姉貴たちで出来うる限りの結界を我が家に張り、立て篭もる。
次に俺とパフェが奇兵として外へ出て、天羽を探している終焉神を攻撃する。
上手い事ダメージを負わせられたら向こうは自然に撤退する。
というものだ。
最早作戦とかそう言うレベルじゃない。
壁に描いた餅よりも酷い作戦だ。
だが、俺も姉貴もこの作戦を取らざる負えない理由があった。
一つは相手が天羽を見つけれない場合、強硬手段で街を破壊される可能性があると言う事。
魔術で陣や結界を作る時に一番重要なのはその場所だ。
竜脈や方角の要素を地盤ごと破壊されると、いかに強力な結界でも無効となってしまう。
また、縦しんば結界が壊れなかったとしても自分たちだけ安全な場所にいて、街の人を犠牲にするというやり方を姉貴が許容しない。
逃げるに関しても同じ理由で、追ってこなければいいが、追ってこられた時被害が拡大するだけだから廃案となった。
二つ目はどれだけ精度の高い結界を張ろうとも突破される可能性がかなり高いと言う事だ。
これについてはパフェの情報だよりなので真偽が定かではないが、対峙した時のパフェの力から考えると、場所がバレれたら突破されると考えといた方がいいだろう。
これにより、人気のない場所で完全に籠城すると言う選択肢も消えてしまった。
以上より姉貴たちは現在結界作り、俺は病み(?)上がりなのにパフェと奇兵として外へ繰り出されている訳だ。
奇兵と言えば聞こえはいいが、敵の場所が解らない以上殆ど囮だ。
なんでもパフェ曰く終焉神は強い生き物ほど殺したくなるらしく、弱った自分は格好の餌になるらしい。
綱渡りどころか糸の上をバイクで走り抜ける位無謀な賭けをしている。
俺達が上手く深手を負わせれば街も天羽も助かって万々歳。
なのだが…なぁ。
『「で、あんたがそいつに深手を負わせれる成功率はどのくらいなんだ?」
「主様が今の吾に深手を負わせれる数値と同じじゃ」
「いや、それは限りなく零じゃないか? あの時の俺ならともかく、今の俺は常人に毛が生えた程度だぞ?」
「くっく、ならばあの時の主様になるしかあるまい。主役が覚醒して悪役を倒す。王道パターンではないか、吾の時と同じように主様のカッコいいところを見せてくりゃれ?」』
という風な回答が返ってきたのだ。
レベル1で魔王に挑まされる勇者の心境が解った。
どこの世界に覚醒だよりに戦う奴がいるのだろうか…。
もしいるなら言わせてくれ。
お前は馬鹿だ、と。
夜空の月を見ながら溜息を吐く。
俺は渋々目的地である学校への道のりを進む。
敵は神でありながら魔術師でもあるらしい。
そして学校は形式上魔術の生贄の場に使いやすく、遊ぶならまずここを根城にするとのことだ。
冗談じゃない。
そんな下らない事の為に縊り殺されてたまるか。
俺は心のうちでぶつぶつ呟いていると、見慣れた校門が見えてくる。
「ほら、ここが俺の通っている学校だ。あんたのいた所にあったかは知らないが、普通だろ?」
俺はいたって普通な我が校を見上げて言う。
学校自体はそんなに新しくは無いが、数年前に改装したお陰でそこそこ綺麗だ。
「ふむ、いたって普通じゃの」
姉貴に借りた服の胸元がぶかぶかなのを気にしながらパフェは何の感慨も無く呟く。
パフェにとっては胸元のサイズの方が気になる様だ。
真面目に見る気が無いのか、ここは重要じゃないと断じたのか、判断に苦しむところだ。
出来れば後者である事を願うが。
「で、次はどこへ行くんだ? まさかこの街全部の学校を見て回れとか言わないだろうな?」
今度は校門を突いたり、撫でたりしているパフェを尻目に、言葉をかける。
回れと言われた時のため頭の中でどれだけ時間がかかるか一応計算しておこう。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………計算終了。
断固断るべきだな。
脳内会議全会一致で即否決された。
少なくとも今日中は絶対に無理だ。
一人納得する俺にパフェが振り返る。
「次も何もまだ中に入っとらんじゃろ」
「…………はぁ」
勘弁してくれよと思いながらも、俺は門に向かう。
パフェのいる門前を超え、そして校舎口へと歩き出す。
「主様、まっ待ってくりゃれ!」
後ろから悲痛な叫びが聞こえる。
振り向くとパフェがパントマイムをするように校門の前に張り付いていた。
まるでそこに見えない壁でもあるかのように。
当然俺は先程通れたわけだから、そんなものは無い。
また悪ふざけかと、溜息を吐く。
ふざけるなら帰るぞ、と言おうとして視界の違和感に言葉が止まる。
その違和感を確かめる様に俺とパフェの間に何度も視線を走らせる。
―――無い。
さっきまでそこにある事が違和感だったそれが無い。
そう、黒く鮮明な影だった俺の影が殆ど無い。
時間が時間とは言え、光源があるのに影がほぼ無くなるなんて。
いや、そもそもこの影は光源と関係なく俺とパフェの足を繋げていたはずだ。
そしてこの影は俺とパフェを結ぶ生命線だと言っていた。
即ちこれが薄くなると言う事は……。
脳裏に影が無くなった瞬間人形の様に崩れ落ちる自分の様が浮かぶ。
ゆっくりと汗が額から流れていく。
「…………」
すぐさまパフェの許へ戻るとしよう。
焦っているのがばれない様、若干早歩き気味で校門を超えると磁石の様に俺とパフェの影がつながった。
内心ほっとする。
「……どうなっているんだ?」
「誰かが無意味なほど強固な結界をこの学校に張っておる。しかもある一定のランク以上の神性の持ち主だけを通さないよう設定されておるみたいじゃ」
流石のコイツも焦ったのか、紅潮した顔を隠すようにパタパタと扇子を扇いでいる。
どうでもいいがその扇子、どこから出したのだろう。
まあ、本当にどうでもいい事なんだが。
「―――何か通る手段は無いのか?」
あの概念心具の黒い布で壊すとか、何らかの方法でばれない様すり抜けるとか、色々と手はある様な気がする。
しかしパフェは首を振る。
「本来の力じゃったら或いは……、と言いたいところじゃが、恐らく無理じゃ。これを創ったものは最低三人以上、六人未満、それも吾と同格の力を持っておる。これに干渉するだけで彼奴らが飛んで来て、壊すどこじゃなくなるじゃろう。しかし、なぜこんな事をするのか解らん」
「どう言う事だ?」
「護りたいのなら隠せば良いのじゃ、宝なり、人なり、土地なり、化物なりの。しかしこれは隠すどころか、ここに大切なものがあるとアピールしておる様なものじゃ。一体何の意図があってこんな事をしとるんじゃろうな?」
にやーっと厭らしい笑みを浮かべると、パフェは俺の事を覗き込む。
「自慢してるだけじゃないのか? それで失ったら本末転倒、ただの馬鹿だがな」
「くっく、そうかもの。一つ言える事はこれを創ったのが吾らの追っている神で無い事じゃの」
「なぜ解る?」
「そんなの決まっておろう。彼奴が嫌われておるからじゃ」
侮蔑するようにパフェは鼻で笑う。
流石にその理由は冗談だろうが、パフェがそいつを嫌っている事は解った。
会った事は無いはずなのだが、なぜか俺は少し同意していた。
「と言うのは冗談じゃ。3人集められないと言う時点であながち冗談でも無いが、彼奴がこんな事をする意味が無いのが本当の理由じゃの。彼奴はちゃんと宝物庫を持っておる。それも難攻不落の要塞付きでな」
「難攻不落? 何であんたがそんな事を知っているんだ。隠してあれば解らないんじゃなかったのか?」
「言ったじゃろ? 吾が彼奴を追ってここへ来たと。その道中、彼奴を追っているうちに辿り着いただけじゃ。二度とあんな所行きとうない」
機嫌が悪くなった猫の様にパフェは顔を背けると、再び校門を眺める。
余程嫌な目にあったのだろうか、その目は若干疲れた色を醸し出していた。
「さて、今から中を調べるわけじゃが、注意点がいくつかある」
扇子を勢いよく閉じると、パフェは頭を切り替えたように真面目な顔でこちらを振り返る。
と言うか待て、調べる?
「調べるって、その神と関係ないと踏んでるんじゃなかったのか? だいたい、それ以前に入る手段は無いんだろ?」
コイツ自身さっき口から無理と言う言葉を出している。
そんな、メリットが解らず、デメリットだけが数えるほどある案件は合理的にも心情的にも遠慮願いたい。
「確かに、直接的な関係はないが、よく考えて見れば解るじゃろ? 彼奴は神器や宝具蒐集家じゃ、こんなあからさまに何かあると教えてる場所を見て、狙わんとは考えにくい。 それどころか、彼奴はここが目的でこの世界に来た可能性だって考えられる。ならば奴も同じように何らかの方法で侵入している可能性が高いはずじゃ」
やや、興奮気味に語るパフェを見て、俺は何か引っかかりを覚える。
俺がその神なら宝があるかどうか解らない場所を、それも自分と同格の神三体以上が守る場所を狙うだろうか?
確かにそれだけの神が守っている場所なのだ、それに見合うだけのものがある可能性は高い。
だが、それがそいつにとって見合うかどうかはまた別の話だ。
ならパフェはなぜその神がここを狙うと結構な確信を持っているのだろうか。
ちらっとパフェを見る。
顔をほんのり赤らめながらちらちらと校舎の方を見ている。
まるでクラスの気になる異性を見つめる乙女の様だ。
………もしかしてこいつ、自分がそれを欲しいだけじゃないのだろうか。
「可能性の話をするのはいいが、入る手段はどうなんだ? 本来の力のあんたでも無理なんだろ?」
思考を一旦切り替え、一先ずパフェの様子を見る事にする。
「うむ、吾の力ではここに入る手段は無い。吾一人だけではの」
「俺一人だけ探らせるつもりか? 確かに俺だけなら潜れると思うが……」
と言って俺は目線を自分の影に向ける。
これがある限り、俺は紐を結びつけられた飼い犬と同じだ。
ある一定の半径内しか進めない。
「安心せい、吾も主様を一人で行かせるつもりは無い。まあ、しかし、主様一人で探らなければならないのは正しいがの。 ――――――要はじゃの、吾は一時的に主様の中で完全に眠る、その間吾は一時的にじゃが主様と同体になる。時間は……そうじゃの、一時間もあれば十分じゃろ? それ以内に校内を探し、再びここへ戻ってくるのじゃ。吾は一時間後きっかりに眼が覚める様眠る。何か質問はあるかや?」
有無を言わさず俺が行くみたいな雰囲気になっている。
俺は頭の中に校舎の地図を思い浮かべる。
二十分あれば一通り見て回れる。
まあ、確かに自分の学校の安全を確認するのは悪くない、か。
取り敢えず前向きに考える事にする。
「もし、一時間以内に出れなかった場合。どうなるか解るか?」
「瞬時に吾だけはじき出されるか、内から押しつぶされるか、最悪捕まり厄介な奴らが飛んでくるじゃろう」
どちらにせよそんな状況になるのは避けたいの、とパフェは言う。
それは俺もごめんだ。
だいたい十分前には出れるよう、余裕をもって回る事にしよう。
俺はパフェに了解、と頷く。
パフェは一瞬何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わず、ずるずると俺の足下へ溶けていった。