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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
15/72

その8 「パフェ3」

 リビングには姉貴と天羽、そして先輩がいた。

 二人は俺が重傷で寝込んでいたにもかかわらず、暢気にバラエティー番組を見ている。

 眼の下に隈を作って身代金を要求されている家族的なノリを期待した訳じゃないが、流石にこれは酷いだろ。

 ほんと、俺の存在価値って何なんだろうなと、アイデンティティーが揺らぎそうになる。

 というかぶっちゃけ崩壊寸前だ……。

 俺は視線を姉貴と天羽が座っているソファーから対面のソファーへ移す。

 姉貴らとは対照に先輩は蓑虫の様に毛布に包まって、すーすー寝ていた。

 こんな状況で寝れるのだから相変わらずマイペースな先輩だ。

 俺は姉貴らに聞こえない様小さく嘆息する。

 まあ、恐らくみんな俺のために色々として疲れたんだと思うから、後で礼を言っておこう。

 ジッとしててもしょうがないので、俺は再び歩を進める。

「あっ、カー君、起きたんだ。体は大丈夫?」

 ゆっくりとリビングに足を踏み入れると、いち早く華蓮が反応した。

 全容が見えた俺はリビングをぐるりと見渡す。

 不思議な事に先に出ていったはずのパフェが見当たらない。

 何処へ行ったのだろうか。

 俺はさり気なく辺りに視線を這わす。

「大丈夫とあまり言いたくはないが、多分大丈夫だろう。――――――ところで、ここに黒髪でポニーテイルの女が来なかったか?」

 体の方は突然融解しそうで怖いが、まあ大丈夫だろう。

 そんな事よりも今はパフェの行方の方が重要だ。

 問題でも起こされたら嫌でもこっちが面倒を見なければならない。

「ん~? パフェちゃんの事? それなら……」

 姉貴は首を傾けながらついっと俺を指差す。

「?」

 指先はどうやら俺の腹部辺りを指しており、俺はつられる様に腹部に視線を下ろす。

 当然の事ながら何もない。

 一瞬どう言う意味だかわからず、呆けていると誰かに後ろからギュッと抱きつかれる。

「!?」

 腹部を見ていた俺には真白の腕がにゅっと生えるとこが見えた。

 一種のホラーだ。

 姉貴に後ろに誰かいると言われなければの話だが。

 いや、誰かも何もパフェに決まっている。

「吾を呼んだか? 主様」

「先に出ていって、なんであとから来るんだ……」

 俺は溜息混じりに振り返る。

 パフェは俺の視線から逃れるように、ぐりぐりと人の背中に額を押しつけていた。

 筋肉痛と相まって物凄く痛い。

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、ますます腕に力を込めてくるパフェ。

 早く止めて欲しい。

「いやすまぬの、ゆく途中にあったトイレというものが気になっての……、知識としては知っているが物珍しくてついつい見てしもうた。許してくりゃれ」

 優しく俺の臍の当たりを撫ぜながら、甘くパフェは囁く。

 その仕草も当然気にはなった。

 が、それよりも俺はなぜにトイレと突っ込みたくて仕方がなかった。

 腹筋が筋肉痛でなければ、叫んでいたかもしれない。

 今は声を出す事さえ億劫だが。

 一応神様と同居している事から、神が排泄はおろか代謝機能すらない事は知っている。

 その割に家にいる奴は風呂へ入ったり、歯を磨いたり飯を食ったりしているが。

 俺は我が家の神剣様に視線を向ける。

 運悪くばっちり目が合う。

「………………」

 運が悪いというより、天羽は俺が見る前から氷の様な冷たい眼差しでこちらを睨んでいたようだ。

 なぜかよく解らないがあれは怒っている顔だ。

 出来れば逆鱗に触れたくないので、俺は流れに逆らわず視線を天羽からスライドさせていった。

「へー、パフェちゃんのいた所にはトイレがなかったんだ」

 姉貴は姉貴で頓珍漢な応答をパフェに返す。

 先程からちゃん付けで呼んでいるが、いったいいつの間に親しくなったのだろうか。

 いや、親しくなくてもちゃん付けで呼んだりするのがうちの姉だ。

 深い意味はきっと無いのだろう。

「まあ、そんなところじゃ、お義姉様」

 俺に抱きついたまま、腰の横からひょこっと顔を出すと、とんでもない事をのたまうパフェ。

 ――今何て言ったこいつ。

 よりにもよってオネイサマ、だと?

 姉貴の横にいる天羽の機嫌が眼に見えて悪くなっていく。

 一方姉貴は姉貴で――。

「あはっ、カー君おねぇちゃんに義妹が出来たよ」

 とか気にしてない様子。

 そんな雰囲気に更に天羽の機嫌が悪くなっていく。

 姉さん、あんたに新しく出来た義妹は爺婆と孫とかそういうレベルじゃない位年齢が離れていますよ。

「カノン、そこの“影女”にされた傷は本当に大丈夫なんだな?」

 天羽はパフェを睨みながら、影女の部分を強調して俺に尋ねる。

 姉貴がいなければ今にも斬りかかろうとする勢いだ。

 恐らく姉貴をお義姉様と呼んだ事により、完全に堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 だが、姉貴が直ぐに認めてしまって直接糾弾出来ないから俺をだしに使ったと言う所か。

 解りやすいまでに単純だが、それを指摘すると矛先が俺へと向かい血を見ることになるので黙っている事にする。

「吾とそこのユミナと言うものが二人掛かりで修復したのじゃ。大丈夫に決まっておるじゃろ、のう主様」

 パフェは天羽には一瞥すらせず、抱きついたまま腰のあたりから俺を見上げてくる。

 もともと俺が襲いかかった事による、自業自得の怪我だ。

 例え大丈夫じゃなかろうと俺には頷く以外の選択肢がない。

 天羽の顔を見ないようにしながら俺はゆっくり頷いた。

「ほれ見ろ、主様も問題ないと言っておるだろうが。――――――これじゃから“無機物”は困る」

 ピキッと言う音がし、天羽の額に青筋が立つ。

 顔は冷静な体を装っているが、若干引き攣っていた。

 天羽の斜め後ろ辺りにある観賞用の植物の葉が一枚、細切れにされる。

 ――見なかった事にしよう。

 即座に俺は記憶にふたをする。

「お前が傷付けたくせに、その言いぐさ……。反省の色が無いのか?」

 ぼんやりと二人の喧嘩を眺めながら、案外神も子供っぽいんだな、と俺は口にはしないが思った。

 再び観賞用の植物の葉が切り刻まれ宙へと舞う。

 口論の内容は子供っぽかろうが、でる弊害は人間の比じゃないのがネックだ。

 ずるずるとパフェを引き摺りながら、俺は少しずつ前進する。

 パフェが先輩の名前を知っている辺り、やはり俺の知らないうちに皆で自己紹介を済ませていたのだろう。

「反省ならしておる。これからは吾が主様の手となり足となり支えていくと決めておる」

 と手足を絡みつかせ更に密着してくるパフェ。

 柔らかい肌が少し気持ちいいが、その代わりに体がさらに重くなった。

 手と足の代わりと言うか、これでは重石にしかなっていない。

 彼女が命の恩人で被害者な事には変わりないのだから無下に扱うことも無いだろう。

 と、さっきまで思っていたのだが、いい加減振り離してもいいじゃないだろうかと思えてきた。

 なんで筋肉痛の俺がこいつを引きずらにゃならんのだ。

 はぁ、と疲れと共に溜息が出てくる。

「なっ、何を言っている。敵であるお前にそんなことされる必要はない。治したのならとっとと謝って帰れ」

「なんじゃ、吾に居られて困ることでもあるのかや?」

「あるに決まっている。華蓮、やはりこんな危険な奴を家に置く事は、私は反対だ」

 天羽はパフェを指差しながら華蓮に危険性を訴えかける。

 客観的に見れば身内(俺)がパフェによって殺されかけたのだから、危険だと言うのは間違いではない。

 パフェの意思はともかくとして、能力的には核爆弾を自宅に持ち込んだに等しい状況なのだから。

 なら追い出せばいいと言うが、パフェと共生している身にとってはそういう訳にもいかない。

 ここは姉貴の判断次第だ。

 俺達三人の視線が姉貴に集められる。

「ん~、一先ずご飯にしよっか。まずは親睦を深めないと」

 パンと手を打つと、華蓮は有無を言わせず食事の準備に取り掛かる。

 まだ、判断はできないと言うことだろうか。

 姉貴の表情からは一切の思惑が読めない。

 考えている様に見えて考えてない、考えていない様に見えて考えている。

 我が姉、輪廻華蓮とはそんな人物だ。

「だが、華蓮……」

 天羽は苦い顔で華蓮になお食い下がる。

 天羽にとっては姉貴の命とは言え、パフェと親睦を深めるなどと真っ平御免だろう。

「ん?」

 だが、姉貴がにっこり微笑むと、天羽の後の言葉は封殺される。

 何とも姉貴に弱い神剣だこと。

 そんな天羽に追い打ちを掛けるように、パフェが言葉を紡ぐ。

「流石お義姉様じゃ、そこの無機物と違って情勢がよく解っておる」

「ぐぬぬ」

 歯を食いしばって天羽はパフェを睨む。

 天羽とてこれ以上揉めたくないのと、華蓮の意見に従わなければいけない思いがあるのだろう。

 今回は血の涙を流し引きさがっていった。

 可哀想ではあるが、状況的にしょうが無いので俺も流すことにする。

「じゃじゃーん!!」

 そんなこんなしている内に、華蓮は夕食をテーブルに並べていた。

 天羽はまだ睨んではいたが、パフェは気にせず俺からぱっと離れると席に着いた。

 俺もそれに合わせて席につき、目の前の料理を見る。

 ――最近俺が用意していたから、見る機会は無かったが、コレは………。

「……美味しそうだね」

 思わず腹の虫が鳴りそうなくらいいい香りが鼻腔から入り込んでくる。

 もちろん香りだけじゃなく見かけも十分食欲をそそる。

 これだけで今日は気合が入っているのが解る。

 と言うか、俺が起きる時間が解っていてこれを作ったんだろうか?

 そうだとしたら末恐ろしい姉である。

 姉貴の場合、味はいつもどこかの有名料理店の様な味付けで美味しいが、見かけが適当な事が多いのだ。

 鍋など入れてかき混ぜる系はいいのだが、盛り付けるタイプになると悲惨だ。

 サラダは野菜ジュースになる事があるし、ハンバーグなどは外に盛り付ける野菜まで、そのまま中に入れられる始末だ。

 一番ひどかったのはオムライスだった記憶がある。

 全て同時進行させようとしたのか、卵とチキンライスがぐちゃぐちゃになっていて言葉には表現できない感じになった。

 料理とは化学反応だと誰かが言っていたが、それは味的な問題だけの話だと言うのがよく解る。

 俺達が見ている前で姉貴はテキパキと五人前用意した。

 うちのテーブルは一家に三人しかいないのに6人、無理すれば8人テーブルに着けるようになっている。

 五人(?)各々が席に着く。

 俺の横にパフェ、その前に天羽が座っている。

 姉貴は一番動きやすい天羽の横の席に座り、俺の前の席も埋まる。

「「いただきます」」

 手を合わせ、ふと俺は前を見る。

 そこには先輩がナチュラルに箸をご飯に伸ばしていた。

 余りもその仕草が自然過ぎて、俺は驚くに驚けなくなってしまった。

 幻覚かと思い、先程まで先輩が寝ていたソファーに視線を向けると毛布が丁寧に折りたたまれていた。

 思い返してみると誰の発言かわからない発言が一個混じっていたのを俺は思い出した。

「―――――先輩、よく眠れましたか?」

 で、掛ける言葉に迷い、つい出た俺の言葉がこれ。

「…………………………そこそこ」

 先輩は一瞬こちらを一瞥すると、特に気にした風もなく焼き鮭の切り身を口に入れる。

 俺も真似して一口サイズに切り分けた鮭をご飯と一緒に頬張る。

 出来たて熱々のご飯と、焼き立ての魚を口に運ぶ瞬間は、日本人に生まれてよかったと思える瞬間だ。

「カノン君、体、大丈夫……だった?」

 ふと思い出したように先輩は顔を上げ、箸を銜えたまま上目遣いで此方を見つめる。

 一般的に銜え箸はマナー違反とされているが、今の先輩の仕草で気分を害する人が居ない位、とても自然に見えた。

 有り体に言うと綺麗なのだ。

 マナー違反だろうが、無表情だろうがその所作が。

 姉貴もそうだが、そういう所はずるいと思う。

「お陰様で生きて戻る事が出来ました。ありがとうございます」

 若干照れが入りながらも俺は先輩にお礼を言う。

 こう見えて、この人は治癒術の事なら日本で十指に入る位すごいらしく、俺や姉貴はたびたび利用させてもらっている。

「そう、ならいいの」

 それだけ言うと、興味を無くしたのか先輩は再び箸を伸ばし始めた。

 俺は今度は隣にいるパフェに目を向ける。

 てっきり先割れスプーンやフォークで食べているかと思いきや綺麗に箸を使っている。

 俺が流麗なその箸使いに暫し目を奪われていると、パフェがこちらに気付く。

「どうしたのかや? 吾のスモークサーモンが欲しいのかや主様。主様が欲しいのならいつでもあーんを……」

 と、桜チップで燻製にされたサーモンを危なげなく箸で俺の口の前まで持ってくる。

 だが俺はここでふと思う。

 ちょっと待て、と。

 初めて会ったときから何か違和感があった気がしたが、その正体が今わかった。

 漫画や映画でそういう光景に慣れ過ぎた所為かも知れない。

「あんた、その知識と技術どうやって修得したんだ? 見るからにこの国の神、いや……この世界の神と言う気がしないんだが」

 パフェは普通に始めから日本語を話し、衣服の着方や、髪留めの使い方、そして現在箸の使い方やスモークサーモンの存在まで知っている。

 はっきり言ってコレは異常なのだ。

 こんなことが可能なら文化摩擦は起きはしない。

 ――いや、よく考えればそれだけではない。

 俺はこの家についてからのパフェの行動を思い返す。

 そう言えばこいつ、このリビングの品を見て何一つ驚いたと言う顔をしなかった。

 トイレを見たことがなく、驚いていたというのに、だ。

 ここまで来ると日本古来の神と言われても流石に胡散臭い次第だ。

「ん、なんじゃ、今更な質問じゃのう。まあよい」

 もぐもぐとスモークサーモンを食べながらパフェは箸を置く。

「神と言う生き物には様々な特典とでも言うべきものが付くが、その中に『神域言語』と言うものがある。ルビは各々自由に振ってくれ」

「――で、じゃ、字の通りなのじゃがこれは神が使う言語、と言うよりは言葉が存在しない時代に使われた意思伝達技法じゃな。これを使えば他の世界の言語だろうが、他の動物、植物、果ては惑星とまで会話することが出来る。詳しいシステムは省くが、要するに主様らの様な音を利用して意思疎通を図るのではなく、直接相手に思いや感情を伝達又は受信する訳じゃ。まあ、送受信共に伝わり過ぎたり伝わらな過ぎたりする所為で加減が難しく、それを相手が受け取るかどうかは相手次第なので今ではあまり使われんがの」

「なるほど」

 得意げに語るパフェを尻目に、俺は一応納得した素振りを見せる。

 こんな話を聞くと詳しい機構が聞きたくて仕方がないが、今は必要な事だけ聞こう。

「では、その箸使い等の知識と技術は?」

 パフェは一瞬目を逸らし、答えるべきか答えないべきか、そんな悩む素振りを見せる。

 それは疑心からくる表情ではなく、今それを話すべきかどうか、そんな事を考えている表情に見えた。

「……吾にはその土地の歴史や技術を習得する能力がある。ただそれだけじゃ」

 先程の説明に比べるとかなり短めな回答が返ってくる。

 その表情からはこの件については、これ以上は述べないと明確な拒絶の意思が表れていた。

 なので、話したくなくてこんな文章になったのか、最大限話せる文章を話してこうなったのか、俺には判断が付かなかった。

「済まぬ、別に主様に隠し事をしたい訳ではないのじゃ。じゃが、状況が解らぬ以上、今これ以上は話しとうない」

 俺の表情を察してか、ばつが悪そうにパフェは謝る。

 誰だって言いたくない事の一つや二つはあるだろう。

 俺はそれで十分だと礼を言い、食事に戻った。

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