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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
13/72

その6 「パフェ1」

 目が覚める。

 ゆっくり瞼が開いてゆき、徐々に覚醒するのではなく、スイッチをオンにされた様にバチッと目が覚める。

 ――何か、やらなければならない事があった気がするが、思い出せない。

 俺は二、三瞬きをすると辺りをぐるりと見渡す。

 見慣れた天井、いつも使っている洋服棚に、パソコンラック、そして使い慣れたベッド。

 部屋はカーテンが閉まっている所為か、真っ暗で殆ど見えないが、見慣れた家具の存在により、ここが自分の部屋だと言う事が解る。

「…………………………………」

 ――今何時だ?

 俺は反射的に現時刻を確認しようとして、目覚まし代わりの電波時計に手を伸ばそうとする。

「痛っ!!」

 その瞬間、筋肉痛の何倍も強烈な痛みが腕に走った。

 ――なんだこれ?

 見に覚えのない激痛に、俺は混乱する。

 俺は先輩の依頼に失敗して大怪我を負ったんだっけ?

 痛みで白む脳内に、ふとメールで先輩に依頼を頼まれた情景が浮かんだ。

 依頼の内容は思い出せないが、そんな事があったような気もする。

 俺は首を少し傾け、己の体を確認する。

 見た所、暗がりで解りにくいが、集中治療レベルの大怪我を負った訳ではなさそうだ。

 ――精々骨が折れた程度だろう。

 俺は体をほぐすように末端から少しずつ動かそうとする。

「参ったな、殆ど……動かない」

 全身金縛りにあったように体が硬直しており、無理にでも動かそうとすると攣った様な激痛が走った。

「はっ、ははっ」

 乾いた笑い声が俺の口から出る。

 まさか、起き上がる事はおろか、手を伸ばす事すらできないとは。

 ――本当に俺は何をしていたんだ?

 俺は必死に朝からの記憶を手繰り始める。

 その間、少しずつ時計に向かって腕を這わせていく。

 ――今朝は姉貴に起こされて、朝飯を作って……。

 激痛を思考する事により誤魔化しながら、俺は何とか腕を頭上へと移動させる。

 そして定位置にある電波時計をやっとこさ掴み、慎重に眼前に持ってきた。

 ――冗談じゃ無く痛い。

 だが、お陰で頭が覚めて、至高が安定してくる。

 ――そうだ、確か紅天に呼ばれて、その後……。

 そこで俺の視界に時計の文字が入ってきた。

 18:30 (月)

 時計にはそう書かれていた。

「……………………ん?」

 俺はそれを見て一瞬固まる。

 ――あれ? 確か俺が紅天と出かけたのは日曜日で……。

 その後何をしたんだっけ?

 今朝どころか昨日の夜の記憶すらない。

『――――――』

 その間の記憶を思い出そうとすると、こめかみに刺すような痛みが走る。

 ――なんだ? 俺は頭もやられたのか?

 起きてから訳が分からない事だらけだ。

 俺はのろのろと時計を元の位置に戻すと一気に脱力し、腕を重力に任せる。

 重力に身を任せた瞬間、俺は激痛が走ることを思い出し後悔した。

「んっ」

 ベッドに吸い込まれ、スプリングにより弾むはずだった腕は、乾いた音を立て止まり、温かい何かに当った。

 そのお陰で痛みはあまりなかったが、新たな疑問が生まれる。

 ――今俺が触れたものは何だ、と。

「?」

 俺は試しに軽く握って感触を確かめてみる。

「ぅんっ、くっ……」

 温度はちょうど人肌くらいで、柔らかさはゼリーの様。

 ――なんだろう、こんなものをベッドに置いた覚えはないのだが。

 俺は訝しがりながら首を横に向けた。

 そして黒い瞳とばっちり目が合う。

 眼前30㎝もない距離で少女がこちらを見つめていた。

「遅い目覚めじゃのぅ、調子はどうじゃ? 吾の愛しの主様」

 光沢すら一切許さぬ漆黒の黒髪に、傲慢さとそこはかとなく気品を醸し出す表情。

 そこには相も変わらず意地の悪い笑みを浮かべたパフェがいた。

 悲鳴を上げなかったのはパフェのその様があまりに型にはまっていて、思わず目を奪われたからだ。

 おまけに俺の腕がパフェの控えめな頂の片方に突っ掛かり止まっている。

 何か未知なる物体に当ったと思ったらこれか、と俺は妙に納得する。

 ――そして、俺は昨日のすべての事を思い出した。

「―――っ!!」

 その瞬間、頭痛と共に昨日の殺し合いの映像が、俺の脳内にフラッシュバックする。

 左腕を切り、両足を無くし、腹部を貫通され、それでも俺はこいつを殺す事を選択した。

 そして俺はこいつに、こいつは俺に殺されたはずだ。

 じゃあ、なんだ?

 今俺は死後の世界にいるのか?

 いやでもここは俺の部屋なわけで……。

 記憶が戻ったはずなのに、俺は余計混乱する。

 ――いや、それよりも今俺は絶体絶命の状況じゃないだろうか。

 パフェにとって己の敵討(?)するには絶好の機会だろう。

 俺は混乱する中、じっと俺を見つめたままのパフェに恐恐と視線を戻した。

 ぎゅっと、俺の手がパフェに、握られる。

「―――っ」

 俺は再び死を覚悟した。

 死後の世界で再び死ねるのかどうか知らないが、それでも俺はこいつに殺されるであろう覚悟をした。

 俺はそれだけの事をした、という事を自分でも理解しているつもりだ。

「抵抗はしない、というか出来ないだろうな。まあ、好きにしてくれ」

 完全に投げやりな言葉で、俺は溜息を吐く。

 これから煮たり焼かれたりするかと思うとぞっとする思いだ。

 だが、そんな俺の様子を見て、パフェは鼻で笑った。

「そうか、ならば吾の好きにさせてもらおう」

「あの……、出来ればあまり痛くない方法で……」

「――――主様の事が好きじゃ、吾とつがいになってくりゃれ」

「………は?」

 その瞬間、俺の思考の全てが吹っ飛ぶ。

 微分積分、歴史の偉人、元素記号やその他もろもろの公式が、俺の記憶から一瞬で抹消された。

 今の俺はおそらく小学校低学年まで知力が低下しているだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ――今、なんて言ったこいつ?

 俺の頭のなかで噛み砕けないフレーズが脳内に残り続ける。

 ――栂い? 何だそれ、何処かの高原の名前?

 殺しあったら愛が目覚めるとか、どう言う話だ?

 いや待て、こいつが本気かどうかすらも決まった訳ではない。

 理性的に、論理的に思考すれば答えは見えてくるはずだ。

 だから焦るな、落ち着け俺。

 俺はパフェに解らない程度に深呼吸する。

 まずは相手の観察だ。

 嘘や冗談の場合は大体が態度に表れる。

 俺をからかっているだけだとしたら、その態度に出ているはずだ。

 俺はジッとパフェを見つめる。

 すると――。

「……そんなに、ジロジロ見るでない。流石に、吾も………照れる」

 真白の肌が、ほんのり紅色に染まり、照れる様に目を逸らされた。

 ――ダメだ、これじゃあ俺のほうが直視できない。

 俺は手に汗を握りながら、他に変化はないかと、視線を下げていく。

 細く、手で抱き締めれば壊れてしまいそうな首。

 肉付きの薄い身体つきに、肋が浮き出る様な脂肪の無さなのに、俺の手の近くには小さいながらも主張する胸部。

 ――ん? 胸部?

 そう言えばなんで俺、肋骨とかコイツの肉付きとかが解るんだ?

「………………………………」

 俺は今一度見ていたものを確認する。

 ――なんでコイツ服、着てないんだ?

 俺は無言で後ずさろうとして、自分の皮膚に当る感触が今更ながら妙に生々しい事に気付く。

 ――まさか。

 俺は恐る恐る、自分の身体の状態を確認した。

「……………………………………」

 ――なんで俺も下着以外穿いていないんだよ……。

 気が付くの遅過ぎだろ。

 混乱していたとはいえ、こんな状況に気付いていなかった己の節穴加減に呆れてものが言えなくなる。

 ――それに、これじゃあまるで事後の様な……。

 いやいやいや、そんなはずはない。

 俺はありえない考えをすぐさま消す。

「駄目、かの?」

 俺が返答しないのを焦れたのか、パフェが捨てられた子犬の様な眼で此方を見つめてくる。

 ――やめろ、これ以上俺を混乱させる行動はやめてくれ。

「いや、ダメというか、何と言うか………。あんたを殺そうとした俺が、それを受けるとでも思っているのか?」

 混乱する頭を抑えながら、俺は正論で返す。

 常識に照らし合わせていいのかどうか不明だが、少なくとも俺とこいつが恋仲になる要素は、あの殺し合いではなかったはずだ。

「―――初めての吾の中に太くて熱いモノを一本づつ入れた挙句、『ヤる』と言われて無理やり白い物を流しこまれ、それでも尚、吾が優しくしてくれと懇願したのにも拘らず強引にもう一本突っ込んで傷物にしたのに、主様は責任を取らぬと言うのかの?」

 目尻に涙を浮かべ、体を震わせながら上目でこちらを見てくるパフェ。

 言ってることは間違ってない。

 傷物にしたのは事実だし、間違ってはいないんだが……。

 ――なんだろう、この悪徳商法に引っかかった様な遣る瀬無さは。

「あの、代わりに左腕と両足をあげたので、それでチャラには……なりませんか?」

 思わず俺は敬語で、超弱腰に返答する。

 するとパフェは俺の弱腰を好機と思ったのか、表情を一変させ俺に馬乗りになるよう乗りかかって来た。

 俺はひどい筋肉痛でされるがままにされるしか無い。

「ならんの、あれっぽっちじゃ吾の腹の虫がくぅくぅ鳴きよる」

 先程見せた涙は何処へやら、パフェは犬歯を見せ、俺に息がかかる距離まで顔を寄せた。

 この世の物とは思えないほど綺麗な漆黒の髪が、流れ落ちて俺の体に掛かる。

 そして――。

「……………」

 俺のお腹には肉付きの薄い臀部の感触が、ダイレクトに伝わってきた。

 筋肉痛の痛みであまりよくわからないが、それでも何か柔らかいものがあることは分かる。

「吾はな、主様のすべてが欲しいんじゃ」

 俺が肉の痛みと感触に戸惑っている間に、深淵のような瞳で此方を覗き込みながら、パフェは耳元でそう囁く。

 そして爪を俺の胸板に突き立てると、文字を刻むように引っ掻き始めた。

 痛すぎず、弱すぎず、絶妙な力加減でなぞるそれは、俺に痛痒い痺れをもたらす。

「…………っ」

 俺は何も言わず、石像になったかのように、ただそれを見ているだけしかできなかった。

 俺が何も抵抗しないことを認めると、パフェはさらに顔を近づけてくる。

 ――まずい。

 そう思っていても俺の口から声は出ない。

 本当に石像になったかのように近づいて来るパフェを見つめ続けた。

「な~んての、冗談じゃ」

 パフェは表情を一転させると、こつんと俺の額に頭突きした。

 そして唖然としている俺から離れると、再びベッドへ寝そべり悪戯っぽく笑う。

 そこでやっと俺は先程までのパフェのそれが演技だったと言う事に気付く。

 俺はホッとすると同時に、少し残念な気もした。

 ――いや、そんなことより話を戻そう。

 重要な疑問が何一つ解決していない。

「今更聞くのもあれなんだが……なんで生きているんだ、あんた? いや、俺自身が生きているのが一番おかしいんだが」

 俺は少し思考を落ち着かせてから、一番の疑問点を切り出した。

 一応あれは心中覚悟でやった事だ。

 あわよくば生き残っても、左腕や両足は無いものだと思っていた。

 だが、現実俺の体は“五体満足”で存在する。

 こいつはともかく、俺が生きているのは偶然じゃない事は、まず間違いないだろう。

「くっく、主様が中途半端にやるからじゃ、お陰で生きているのか死んでいるのかわからん状態になるとこじゃったのじゃぞ?」

 パフェは愛おしそうに俺の腕を一撫ですると、お陰でこんな事になってしまったんじゃからの、と笑った。

 会話の内容的にはどうでもいい事だが、主様という呼び名は続行される様だ。

 むず痒い呼び方だが、ちょっと嬉しい自分がいるのも否定できなかった。

「――それと俺が生きている事にどう言う関係が?」

 お陰での件に一抹の疑問を感じつつも、俺は話を続ける。

「なに、簡単な話じゃ。あの時、吾の肉体には損傷はなかったが、生の概念を消失した所為で生命を維持出来なくなっていた。このままでも吾は死ぬ事は無かったが、主様たちの言葉で言う、『植物状態』になるのは嫌だったのでな、死に逝く主様に肉体を貸して、代わりに主様から無理やり生の概念を共有する事で、互いに生命を維持したわけじゃ」

 何かさらっととんでもない事を言っている気がするが、俺はこの際よしとしておく事にする。

「…………文脈から読み取るに、俺達は共生してやっと生きている、って事でいいんだよな?」

「あぁ、それで構わぬ。主様の左腕と両足が存在することが何よりの証じゃ」

 パフェに言われて、俺は改めて左手を見た。

 ――見たところあまり変わりはなさそうだな。

 そう思いながら俺は、手を開いたり閉じたりして調子を確かめてみる。

「あんまり手を動かさん方がよいぞ、まだ馴染みきれておらんから融ける可能性がある」

 パフェがそう言った瞬間、俺の左手が逆関節に270度くらい曲がる。

「………みたいだな」

 ――痛みは無いが、これは見ていてあまりいい気分じゃない。

 左手を何とか元の形に戻しつつ、俺は意識を会話に戻した。

「さて、まだまだ色々と聞きたい事があると思うが、次は吾から聞いてよいかや?」

「構わない。―――――――趣味でも言えばいいのか?」

 冗談めかした俺の口調を意に介せず、パフェは言葉を続ける。

「なぜ吾を襲ったのか、いや、もっと具体的に言ってやろう。なぜ吾を“殺そうとした”のか」

 パフェは鬱陶しそうに髪を耳へ掻き上げ、静かな眼光で俺を射抜く。

 先程の緩んだ空気とは一変し、刃物の様な鋭く触れると切れそうな空気が満ちてくる。

 それは一握りの者が持てるカリスマの魔力。

 それを持つ者の感情に反応し、辺りがそれに合わせて感情を変えざる負えなくなる魅了の力。

 才能のみを必要とする魔法と言うべきだろうか。

 この空気の前で下手な誤魔化しなど効きはしない、そう思わせるだけの何かがあった。

 どうしたものかと俺は思案した。

 半端な嘘では直ぐに見抜かれてしまうだろう。

 かと言って信用して全て話すのもどうかと思う。

 俺はこいつに街を壊させないがために命をかけたのだ。

 再び俺が原因で街が壊れる事態になるのは避けたい。

 だが、もう契約が途絶えている所為か、ノイズから読み取った情報も、その他契約に関する情報も殆ど思い出す事が出来ない。

 街を壊す話だって、字面の通りの意味しか解らない。

 光景や恐怖がそれに付随しているならまだしも、街を壊すという不確定な結果しか今の俺には解らなくなってしまったのだ。

 そうなった以上信用するのはともかく、あれ程までに彼女の事を殺そうとは、もう俺には思えない。

「………………」

 ならば、彼女と友好的に接して、街を破壊しないよう懇願する方が得策ではないだろうか。

 パフェの言葉を信じるなら、俺とパフェは運命共同体だろう。

 即ち俺が死ねばパフェもそれに準じる状態になるはずだ。

 ――交渉としては悪くない手札。

 ならばやはりここはパフェに従って、信用を得る方がいいと俺は判断する。

「――――声が聞こえたんだ。あんたがこの街を破壊するって言う声が。いや、正確には声なんて生易しいものじゃなかった。直接脳内に情報を流しこんでる様な、そんなノイズが聞こえたんだ。それで本能的にあんたを止めなくてはと思い、ノイズに導かれるままに第一契約を結んだ。後はあんたの知っての通りだ」

 今でこそなんでノイズ(そんなもの)を信じたのか自分でも解らないが、その時は100%ソレが正しいのだ、言う確信が俺にはあった。

 あのノイズは、あの時の俺は、一体何だったのだろうか。

 そんな事を思いながら俺は、その時の状況についてパフェに思い出せる限り説明する。

「……………」

 俺の説明を聞き終えて、パフェは暫く考える素振りを見せた。

 俺は静かに待ち、そっとそれを見守る。

「干渉……、それもかなり強力な干渉じゃの。汎用性の高い魔術とは違う、専用の概念による直接的な干渉じゃ」

「干渉……つまり俺にあのノイズをおくった奴がいるってことか」

 俺の独白に近い問いかけにパフェは頷く。

 ――何のために?

 いや、俺の取ったその後の行動を見れば一目瞭然か。

「動機はあんたの排除ってとこか?」

 俺は自分の推論を口にする。

 だが、パフェはすぐ首を振り、否定した。

「いや恐らく違うの、寧ろそやつの言った事は正しい。吾は主様に殺されなければ遅かれ速かれこの街を破壊していた可能性が高いからの」

 勿論今はそんな気はないがの、とパフェはウィンクしながら付け加える。

 現状俺にはパフェが嘘を吐いている様には見えない。

 つまり、一応街の安全は確保されたわけだ。

 ならば、今は俺にノイズをおくった人物像を考えた方がいいだろう。

「…………」

 俺は目を閉じ、瞑想する。

 ノイズを送った奴にどんなメリットがある?

 パフェを殺す以外のメリットがどこに?

 単なるお遊びか?

 引きとめ、警告、囮。

 目的はいろいろ考えられるが、現時点では考えるだけ詮無い事の様な気もする。

 だが、動機としてはパフェに怨恨を懐いた可能性が一番高いのではないだろうか。

 パフェは違うと言ったが、俺にはそんな気がしてならない。

 向こうはどんな理由かは分からないがパフェが邪魔だった。

 だから事実を知ればパフェを排除せざる負えなかった俺を利用した?

 いや……、と俺は自分の考えを否定する。

 そもそもの前提がおかしいのだ。

 俺を操った所でパフェをどうにか出来る確率など万に一つもない。

 今回パフェがやられたのだって、パフェが手を抜いた上で幸運が重なったお陰であり、何か一つでも掛け違えば死んでいたのは俺だけだっただろう。

「…………………」

 ふっ~、と俺は息を吐き、頭を振ると考えをリセットした。

 いずれにせよ情報が少なすぎる。

 今の段階では可能性程度に色々考えておくのがベストか。

 俺の沈黙をどう取ったのか、パフェはバツが悪そうに口を開く。

「き、気を悪くしたのなら済まんの。じゃが、一つ勘違いしてほしくない。吾は別に街を破壊するためにここへ来た訳ではない。吾の素性は後で詳しく話すから省くとして、結果としてこの街を破壊せざる負えない事態になる可能性が高いからこう言った訳じゃ。じゃから……」

 初めて見る慌てた形相でパフェは捲し立てた。

 その様は、眉に皺を寄せ、どう言えば自分を解って貰えるか、見かけ相応の乙女のように悩んでいるように見える。

 ――なんだろう、俺に悪い印象を持ってほしくない、からか?

 人類をはるかに凌駕したこの神以上の存在が、俺なんかに?

「ぷっ」

 俺は思わず噴き出してしまう。

 だって信じられるだろうか?

 あんなに人を殺すのをなんの躊躇もしなかった奴が、少し沈黙しただけで人の顔色を窺うんだぞ?

 俺はパフェの人となりが少しわかった気がした。

 パフェは噴き出した俺を訝しげにじろじろとこちらを見てくる。

「本気出せば、余波でこの街吹っ飛ぶんだろ? あんたの力の底は解らないが、それが簡単に出来る存在だと理解しているつもりだ」

 昨日戦って思ったが、こいつは相手が自分に勝てる上限ギリギリ位の力しか出そうとしなかった。

 それが制約なのかただの趣味なのか驕りなのか解らないが、無意味に破壊行為を繰り返す奴ではない事はわかる。

「いいのかや? そんなに物わかりのいい体で信じても」

「違うのか? こちらとしては街を破壊する事を目的に出来る程度の強さが限度ならありがたいんだが」

 俺とパフェの目線が斬り結ばれる。

 そして互いにフッと笑みがこぼれる。

「くっく、主様と話すのは楽しいの。こんなにも己の感情が制御できんでありんす」

 パフェがじとっと熱のこもった眼で俺を見る。

 流石にこれは演技だと解るが、やはり恥ずかしいので俺は目線を逸らす。

 それを見てパフェはまた笑う。

 知らず知らずのうちに俺の口元にも笑みが浮かんでいた。

 この様子だと、当面パフェの事は信用してもいいのかもしれない。

 ――半分程度は、だが。

「二つ目の質問、よいかや?」

「あぁ」

「主様は人か? それとも神なのかや?」

 俺は一瞬質問の意図を掴みかねて、人間だと即答しそうになる。

 だが、こいつはそういう事を聞きたいのではないはずだ。

 俺がこいつを化物扱いしたように、当然こいつも俺が普通の人間とは思えない、つまりそのあたりの事を説明してほしいのだろう。

 ――まあ、その読みは当たりだが。

「一族が有名な霊能力者集団で、何処かの神の血族と言われているが、一応は人間だ。何割か混じってるって姉貴が言ってたから完全な、とは言えないがな」

 当然と言えば当然だろう。

 混じってもいない純粋な人間、っていうのは進化した猿人だ。

 こいつら神からすれば家畜と変わらないだろう。

 幾ら姉貴が天才だからとはいえ、そんなものに天の尾羽張が扱えるわけが無い。

 普通の一般市民では『現実』に毒されている、という言い方はおかしいが、『現実』の支配下にあり過ぎなのだ。

 だから魔術師や俺たちみたいな霊能力者はまず『現実』から脱却することを第一目標とする。

『現実』から離れれば離れるほど、日常生活を送ることは不可能になるが、それに比例して自身の能力も跳ね上がる。

 しかし、言葉にすれば簡単なように見えて意外と『現実』から離れるのは難しい。

 拷問、殺害、共食い、人体解体。

 どれもおぞましいものばかりだが、これを行っても当然のことながら『現実』の範疇。

 歴史を紐解けば、こんな物ごろごろと出てくるような事柄だ。

 もっと言うと、真っ当な史書に残っている事柄を試したところで『現実』から外れる事は難しい。

 ならば、どうすればいいのか。

 やるべきことはいたって簡潔だ。

 質がダメなら量を試せばいい。

 一人殺した程度なら探せば刑務所に掃いて捨てるほどいる。

 ならば十人は? 百人は? 千人は?

 素手で万人殺した人物は歴史上にいたのだろうか?

 重火器で国中の人々を皆殺しに出来た人物はいたのだろうか?

 大事なのは殺した数ではなく殺し終えるのにかかった時間とプロセス。

 膨大な時間と常軌を逸した方法を持ってやっと『現実』は超えられる。

 しかし、まあそんな面倒くさい方法で『現実』を超える奴など、稀にしか居ないだろう。

 ならば霊能力者や魔術師達はどうしているのか?

 実は完全に、ではないが、もっと簡単に『現実』を脱却する方法がある。

 その方法の一つが異種交配。

 動物などとではなく、神や精霊、悪魔や妖怪と言われる人外との間に子を儲け、『幻想』の血を取り入れるのだ。

 そしてその血を手に入れた者同士で交配し、世代ごとに血を濃くしていく。

 ――選民思想、純血至上主義、貴族主義。

 これらすべての発端と言えばこの方法がいかに流行り、世界中に満盈まんえいしたか解るだろう。

 要するに、現在神器だの呪物だのを扱っている輩は、少なからず人外の血が混じっている事が殆どだと言う事だ。

 勿論脱却する方法はこれだけではない。

 先程とは別に自ら人間をやめて至る事も出来る。

 その方法は様々だが、大抵は悪魔などと契約して何らかのものを生贄とし、その人外の力を己の体に取り込むパターンがオーソドックスだ。

 だからと言うか、当然なのだが俺にも人外の血が流れている。

「ふむ、主様のマナの量を見てもそんな感じじゃの。じゃが、それじゃと納得できん事がある」

「人間如きが自分を殺すなどと?」

 パフェはすぐには答えず、飽きたとでも言うように俺の腕を離してベッドから体を起こし、目線だけこちらに向ける。

 足元まで届きそうな見事な黒髪が、広がり背中を覆う。

 パフェのその眼は、何か真意をはかっている様な、そんな眼だ。

「そうじゃの、結論からいえばその通りじゃ。吾を殺すには神であることが最低条件じゃからの。だから、主様の力は“在り”得ないんじゃ」

「有り得ない? そりゃあ、あんたとは格が違うかもしれないが、神を殺した人間なら幾らでもいると思うが。それを有り得ないと言う事はどう言う事なんだ?」

 パフェは半眼で溜息をもらす。

 どうやら若干呆れているようだ。

「そやつらは己の体一つで神を殺したのかや? 違うじゃろ。必ず神器や宝具と言った類の武器や装飾品、或いは別の神の加護に頼っていたはずじゃ。人の世界でも同じじゃ、幾ら格闘技のチャンピオンでも重火器を持てば女子供に殺される。主様が言っていることはそれと同じじゃ」

「なら、俺がそれ、もしくはそれに準ずるものを持っていないとたどりついた理由は?」

「くくっ、理由じゃと? 持っていないも何も、主様は第一契約を結び、己の創りだした神器で吾を殺そうとしたではないか」

 先程からパフェとの会話に違和感を感じる。

 まるで俺が正解を口にするまでのらりくらりと会話を引き延ばしている様な。

 俺の胸中に少し苛立ちが芽生える。

「さっき言った通り、俺はあの時変なノイズに……」

「よく聞け主様よ。主様は覚えておらぬかも知れぬが、主様が結んだ第一契約とはな、神でしか結べん、いや、逆じゃの。“第一契約を結べることが神としての証”なのじゃ」

「だから俺はノイズに操られて……」

「よく聞けと言っておるじゃろ、例えどれほど強い神であろうと、第一契約を結べない者を無理やり結ぶことなんぞ、無理なのじゃ」

 深く暗い瞳で俺の中を曝け出そうとするかのように、パフェはこちらを覗きこんでくる。

 その様に俺はえも言われぬ焦りを生じた。

「……………俺に何を言わせたい」

 自分でも聞いたことのないほど低い声が出た。

 ――あぁ、眩暈がする。

 俺はこの先を、こいつに言わせてはいけない気がする。

 決定的な何かが崩れるような、そんな予感がする。

 途端頭痛が酷くなった。

「くっく、解りにくかったのなら解りやすく言ってやろう。人の身でありながら第一契約を結んだ主様はいったい何モノじゃ、とな」

 笑いながらそう言ったパフェの言葉が、渦を巻いて俺の中へ吸い込まれていった。

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