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Demise ~終焉物語~  作者: メルゼ
『Notturno capriccioso』
10/72

その3 「水玉」

「…………はぁ」

 死んだ魚の様な眼をしながら俺は人通りを眺める。

 何もかもが疲れてやる気がでない。

 目の前にはそんな俺とは対照的に、ニコニコしながらパフェをつつく紅天がいる。

 時刻はちょうどお昼をやや過ぎた辺り。

 俺達はオシャレなオープンテラスの店で昼食をとり、今は食後の余韻をデザートとコーヒーで楽しんでいるといったところか。

 俺は再び溜息を吐きながらコーヒーを口に運ぶ。

 苦味が精神的に疲れた体を癒してくれる。

 カップをソーサーに置き、俺は周囲を見渡す。

 紅天がお勧めするここは若者に人気らしく、内外ともに俺達と同じような年齢層の客で賑わっている。

 正直俺は人混みは苦手だ。

 特に椅子取りゲームをしている様な混雑具合の飲食店は、どれだけ美味しかろうとも進んで行こうとは思わない。

 食事と言うものはゆっくり落ち着いて食べるものであり、騒音の中前の客のごみを気にしながら、急かされる様に食べるものではないと思っているからだ。

 そんな俺の心情をかんがみたのか、一応紅天はピーク時を外してくれたようだ。

 ――その代わり、この時間になるまでウィンドウショッピングに付き合わされる羽目になったが。

 俺は砂糖の袋を指で弄びながら、数時間前のことを思い、溜め息を吐く。

 ――ウィンドウショッピング。

 買う気も無い物の永遠と見続け、下らない意見を勝手に言い合う散歩。

 ちょっと前までは時間の無駄だと、俺は即座に断じていただろう。

 元々雑多な場所は人が多くて好きではない、一人身が好きな自分としては当然の帰結だ。

 ――しかし、まあ、なんだ。

 実際に紅天と行ってみると、言うほど居心地の悪い雰囲気ではなかった。

 店に並んでる商品についてあれこれ言うだけでなく、店の雰囲気を作るために置かれた置物がどこに売っているのか、とか、実はオーダーメイドで作られているんではないだろうか、とか、色々下らない事を言い合っているおかげで話題は尽きなかった。

 ウィンドウショッピングとは共通の話題を作るためにする物なのかと、俺は妙に納得したのを覚えている。

 ――ここまでは良かった、ここまでは。

 ここで終われば『いい話』で終わるはずだった。

 何を思ったのか紅天は、女物の呉服屋に俺を引っ張って行った。

 紅天が言うには、何でも服を買いたいのでどれが似合うか決めてほしいとの事だった。

 まあ、時間潰しのついでだと思って快く返事をしたのがまずかった。

 俺は女の買い物が何で長いのか全然理解していなかったのだ。

 数十着の服を片手に、試着室へ向かっている紅天の後ろ姿を呆然と見ていたときから何かがおかしい気がしていた。

 ――あれ、もしかしてこれは凄くやばい状況なのでは?

 そう思った時にはすでに遅く、待つこと数分俺は女物の呉服屋の試着室の前で手持ち無沙汰にしている男、と言う何とも怪しい男を演出する羽目になってしまった。

 店員が明らかに敵意のある目でこっちを見ている、他の客が俺を見てひそひそ何かを言い合っている。

 そんな状況下、紅天を置いて外に出るわけにもいかず、かと言ってこの環境にいるのは地獄で、俺は完全に八方塞になってしまったわけだ。

 ――どうする? どうすればいい?

 その時の俺の脳内には人生カードがぐるぐると回っていた。

 カードの種類は多けれど、取れる選択肢は少ない。

 俺は数少ない選択肢から正解を導き出さねばならなかった。

 そして俺の選んだ道は、試着し終えた紅天をべた褒めする事だった。

 その服を気に入れば、すぐさまこの店から出れると思ったからだ。

 俺は今まで学んだ語学の全てを駆使して紅天を褒めた、とにかく褒めた。

 だが悲しいかな、紅天の反応は意外と淡泊ですぐに次の試着に向かってしまう。

 俺はその時まで、試着室のカーテンを監獄の扉の様な気持で見送る事になろうとは思わなかった。

 しかし、絶望もしてはいられない。

 試着を終わらせなければ地獄は終わらないのだから。

 次こそ紅天に気に入ってもらえるような褒め言葉を、携帯をフル活用して検索する。

 今から考えると本末転倒だが、その時の俺にはそんな余裕はなかった。

 次こそ、次こそ……、と回数を続けているうちに俺はある事に気付いた。

 こいつは俺の意見など始めから聞いちゃいないんじゃないのか、と。

 本当はどれを買うか、若しくは買わないか既に決まっていて確認しているだけではないのか、と。

 俺は、どれだけ言葉を重ねようとも、紅天が全て試着し終えるまでこの買物は終わらないことにやっと気付いたのだ。

 結局俺は一時間針の筵状態で過ごした。

 その後、紅天に水着や下着を見に行こうと言われたが、もう俺は限界で、こうして休憩がてらこっちに戻ってきたという訳だ。

 先程の事ながら振り返ってみると、振りまわすだけ振り回された感が否めない。

 次こいつとウィンドウショッピングする機会があるのなら二度と付いていかないでおこうと心に決める俺であった。

「――――結局一着も買わなかったな、あんた……」

 口から魂が出そうな勢いだった俺とは対照的に、心なしか肌が艶々になっている紅天は、美味しそうにスプーンを口に運んでいる。

「ん~、元々あんまり買う気じゃなかったしね。それにカノンの反応もいまいちだったし」

 パフェの容器の縁に付いたクリームをスプーンでかき集めながら、紅天はつい先ほどの事を想起しているみたいだった。

 俺はその言論と行動にも早突っ込む気も失せ、改めて紅天の手にしているパフェに目を落とす。

「ん?」

 ――なんだこれ?

 先程まで精神的にゆとりがなかったから気にしなかったが、紅天が美味しそうにつついているパフェがどう見ても普通じゃない。

 お約束なら超巨大パフェを一人で全部食べる、みたいな展開なのだろうが、この不景気にそんな巨大なパフェは普通売りに出さない。

 即ち大きさは普通なのだ。

 ならば何が変か、と言えば色である。

 俺だけかもしれないが、目の前のパフェの色は個人的にはあまり食べたいと思う色ではないのだ。

 何色を想像しただろうか?

 茶色や黄土色などの色を想像したかも知れないが、外れだ。

 ――茶色はソフトクリームでもある事だし。

 引っ張ってもあれなんで答えを言うと、パフェが上から下まですべて水色で統一されているのだ。

 ――別に可笑しくはない?

 そんなはずはないだろう。

 “クリーム白玉餡蜜パフェ”が水色なのだ。

 餡やクリームに何を混ぜたのか解らないが、見事な水色……それも毒々しい蛍光の水色に染まっている。

 微妙に染まっている白玉と相まって水玉模様に見える所為か、紅天は水玉パフェと呼んでいた。

 俺は少し気持ち悪くなり、パフェから視線をそらす。

 ――これを無理に水色に染めて何がしたいんだろう。

 まさか本当に水玉に見せるために染めたのだろうか。

 世の中よく解らない事だらけだ。

「どうしたの? 折角奢るって言ってるんだからデザートとか頼まないの?」

「――いや、俺はいい」

 俺は目の前の水色を見ないようにしながらコーヒーを口に運ぶ。

 普通の不味いインスタントコーヒーの味が口の中に広がる。

 コーヒー専門店のコーヒーでも無いのだから当然なのだが、舌が肥えるとロクな事が無いなと、俺は心の中で悪態をつく。

「そう? 別に遠慮しなくていいのよ?」

 そう言いながら次々と着色料の塊であろう水色の物体を口に運ぶ紅天。

 正直な所、横目で見ているだけで胸やけしそうだ。

 俺は再び視線をそらし、道端に視線を落としていると、紅天が立ち上がる気配がする。

 俺は水玉模様を見ないように紅天だけに視線を戻す。

「どうした? その水玉パフェにでもあったのか?」

 俺が冗談めかしてそう言うと、紅天は取りだした携帯を耳に当ながら、手で謝る仕草をすると店内のお手洗いの方に走って行った。

 どうやら電話の様だ。

 別に盗み聞きする気もないし、そのまま取ればいいのに、と俺は思った。

 ――それとも何か聞かれたくなかった話だったのだろうか?

 そんな事を考えながら再び美味しくも無いコーヒーを啜る。

 何度飲もうがやっぱり美味しくはない。

 俺は砂糖とミルクとコーヒーに入れながら、再び意識を外へと向けた。

「なぁなぁ、ベイグ。このパフェ美味しそうと思わん?」

 そんな時だった、こんな関西弁が聞こえたのは。

 店内なら聞こえはしなかっただろうが、俺が座っているのは先程も言ったように、通りに面しているオープンテラス。

 外の喧噪も集中して聞けば、何を話しているかくらい聞き分けれる。

 ――だが、しかし何だこれは?

 辺りの気温が5度以上下がった様な濃密な気配を、声のする方から感じる。

 気になって目線と意識をそちらに向けると、俺達とそう年齢が変わらないであろう少女がサンプルの水玉パフェを指さしていた。

 薄氷色アイスブルーの髪の少女。

 目を見張るのはその服装と言うか帽子一点。

 ウサギのロップイヤーの様な垂れ下がった耳の形をしている帽子を着けているのだ。

 気配はいたって普通。

 ――違う、コイツじゃない。

 俺はその近くに視線をずらそうとすると、濃密な気配其の者から声が聞こえる。

 ――コイツだ。

「あぁー? んなこと知るかよ。そこらの食ってるやつにでも聞け、馬鹿が」

 少女の横にいたベイグと呼ばれた長身の男が、獲物を探す猛禽類の様な眼を辺りに向け始める。

 ゆっくり、ゆっくりと、舐るように動いている視線が俺の近くへさしかかる。

 どくんと心臓が高鳴るが、俺の視線は男に固定されたまま。

 このままではまずいとわかっているのに、俺の視線は動こうとしない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように固まったまま。

 このままでは視線が交差する。

 その時――――。

『――――――――――――――――』

 かすかに脳にノイズが走る。

 それに伴い脳内に聞いたことも見たこともない言語が、情報として俺の中へ流し込まれる。

 ――なんだ?

 言葉には出来ない、不愉快なナニが俺の頭の中に流し込まれ続ける。

『――――――――――――――』

 なんで俺は“こいつとぶつかった先の結果”が解るんだ?

 なんで俺は“このままいくとこいつに敗北する”事が解るんだ?

 何か電波を受信したかのように、漠然と浮かんだ言葉が胸の中にスッと下りてくる。

 相手はただの人間かもしれない、若しくは俺と同じ霊能力者かもしれない。

 起こる前は万事が杞憂で収めれる。

 だが、なんと言うか違うのだ。

 言葉では言い表せない既知感があるのだ。

「―――っ!!」

 寸前で俺は二人から目線を逸らす。

 それにワンテンポ遅れる形で背筋がぞっとする視線を感じた。

 まるで刃物を背中に当てられているかのような、そんな類の視線だ。

 明らかに真っ当な生き方をしていないものの気配。

 だが、次の瞬間その視線は消える。

 どうやら直ぐに興味を失ったようだ。

 俺は慎重に視線を二人へ戻す。

 二人は俺に背を向けて、どこかへ歩き始めていた。

 俺は無意識に握りしめていた手を開き、周りに聞こえないくらい小さく息を吐く。

「うちはベイグに聞いてるねん。会話のキャッチボールも出来んやつやなぁ」

 俺の緊張をよそに少女は友人と下らない世間話をするかのようにベイグと呼ばれた男に話しかける。

 パタパタ揺れる着け耳とアイスブルーの髪が、少女が動くたびにぺチぺチと男の背中に当たっていた。

 その行為は明らかに男をいらつかせていたが、少女は一向に気にした様子はない。

 俺には少女からは男の様な狂気は感じられず、そのアンバランスさが逆にその少女を不気味にさせていた。

 狼と羊が添い寝をしているような違和感。

 少しも雰囲気が穏やかに成らず、むしろ際立たせている組み合わせの悪さ。

「っ――――!!」

 その思考を遮るように耳鳴りがし、急に電波の悪くなったテレビの様に視界が歪む。

 二人の会話が擦り切れたカセットテープの様にブツ切りになり、言語として聞こえなくなる。

 全てをシャットアウトするかのように俺の思考は一旦そこで停止した。


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