真っ直ぐ過ぎた彼女
いつも誰かの視線を感じた。
気味が悪い。そう思いながらも辺りを見回すと、決まっていつも同じ人物が居る。
ああ、視線の主は彼女だったのかと思っても、とても声を掛ける気にはなれない。彼女は俗に言うストーカーとかいうものだろう。そういった奴には声を掛けないのが一番だと何かの本で読んだような記憶がある。
だけども、練習室で練習しているときだって視線を感じるから落ち着かない。とても練習どころではない。落第したらどうしてくれるんだ! と告げてしまいたいが、それは彼女を喜ばせるだけで終わるだろうと思い、思いとどまる。
試しに練習室を変えてみたが、どうやら彼女は既に僕の音を覚えてしまっているようですぐに見つかる。
まったく、音楽科の練習室のくせに音が外に漏れるとはどういうことだろう。
とにかくそのせいで彼女に居場所がばれてしまうんだ。
一体何故僕がこんな目に遭わなくてはいけないんだ?
そう思って、彼女が何者なのか、同じ科の人に訊いてみる。返っていた答えはなんとも不可解だった。
あいつは学部一のひねくれものだよ。ひねくれすぎていて何も真っ直ぐには考えられりゃしないのさ。
だけども僕にはそうは思えなかった。ひねくれた人間が、ここまでしつこく一人の人間を追いかけてくるだろうか。
音楽科の奴だって気付かない演奏者ごとに微妙に異なる音を聞き分けられるだろうか?
違う。彼女は真っ直ぐ過ぎたんだ。
だれも気付かないほど真っ直ぐで純粋なくせにそれを人に気付かせたくないが為に隠そうとする。
その結果があのひねくれもののレッテルだろう。
怖い。
そう思った。
多少ひねくれている奴ならまだ説得や対策のしようがある。だけども彼女にはそれが通用しないのだ。
まるで盲信だ。
正義を信じる軍隊のように彼女は既に社会や倫理などそういったものを見れずに、ただ自分の幻想だけを信じている。
一体僕のどんな行動が彼女のその幻想を生み出してしまったのだろうか。
気がつけば彼女が居る。
それほど遠くない距離に。
彼女は常に一定の距離を保つようにしている。
僕が練習室に入ればすぐ隣の練習室に居たり、そこで下手くそなピアノを弾いていたり。
気を惹こう。そうしているのが見えてしまう態度。
だけども、周りはそれに気付いていない。
ひねくれ者がまた妙なことを始めたと思っている。
怖い。
気がつけば後ろから感じる視線が。
彼女の気配が。
一体……
僕が何をしたというのだろう?
何が悪かったのだろう。
それすらも解からないまま、ひたすらあの視線に、気配に怯えながらも耐えなくてはならない。
怖い。
一体、いつになったら彼女の視線と気配から解放されるのだろう。