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6. コンクールに出ない理由

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これは少し遡った、中学生時代の烏丸和也のお話。


和也が入学した中学は受験で入る学校ではなく、近隣の小学校からまとめて繰り上がる、普通の公立中学校だった。

吹奏楽コンクールはその性質上、部活動の活動制限がなく、予算がたんまり降りる私立の学校の方が良い結果を残しやすい。だが、和也が通っていた公立中学は毎年県大会で金賞を受賞しており、県内では有数の吹奏楽強豪校であった。ただその裏で、結果を残すためにはかなりスパルタ根性論のような無駄な練習方法が多く、和也自身その指導方法には疑問を感じることが多かった。いわゆる「自称進学校」の授業カリキュラムと似た、「自称吹奏楽強豪校」と表現するのが適切だろう。

コンクールメンバーの選出はもちろんオーディション制であり、先輩を差し置いて後輩がメンバーに選出されればそこの関係はギスギスするし、その体力的もしくは精神的なしんどさから、毎日誰かがどこかで涙を流しているような状態だった。

和也自身はその生活に嫌気が差していた。そこで、麗暸高校の定期演奏会に出会った。


「みんな笑顔で演奏していて楽しそう!ここなら中学みたいな苦しさから解放されるかもしれない!」


そう思って入学した。

実際、トランペットパートでの生活はとても楽しい。だがトランペットパートから一歩外に出ると、現実は想像とはかけ離れていた。他パートには生徒指揮を始めとしたかなり厳しい先輩も多く、演奏会でのあの笑顔は作り物の幻想で、普通に裏では陰口が蔓延っていたと知ってしまった。

嵐山コーチに指導者が交代し、ものの数回で少し改善したはいいものの、部活に長年こびりついて継承されてきた汚れはなかなか落ちる気配がなさそうだった。


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コーチが怒って帰った翌日、珍しく二日連続で今日もコーチが学校に来ている様子だった。


「ーーはい、ではミーティングを始めます。」


部長が手を叩き号令をかけると、騒がしかった教室も少しの緊張感を持って静まり返った。


「(、、、何か今日はいつもと違う.....?)」

違和感の原因はホワイトボードにあった。いつもなら書いてあるはずの予定とパート練部屋の割り振りが示されていない。


「今日はコーチの方からお話があると言うことで、初めに時間をとっています。コーチを呼んでくるので、ちょっと待っててください。」


部長はそう言って、隣の教員室へコーチを呼びに行く。


ーーまた何か怒られるのか?昨日の合奏の記憶が部員たちの中を駆け巡る。

より一層、緊張が渦巻く。


コーチが入ってきた。前回のような怒っている雰囲気は無く、かと言って明るい訳でもない神妙な面持ちである。


「ごめんね時間取ってもらっちゃって。まず一つ、みんなに謝罪させて欲しい。本当に申し訳なかった。」


説教が始まると思っていたコーチから突然の謝罪に、部員たちは困惑し、気が抜けたようにコーチの方を見ていた。


「先日の合奏、明らかに私の言い方が悪かった。言い訳をするつもりもないが、顧問....まぁ私の父親からコンクールに出場しない理由や今後の方針について君たち部員が説明を受け、納得しているという前提でコーチを引き受けた。先日の合奏後に部長さんが私の元に来てくれてね、色々今の部活の状況について説明してくれたんだ。そこで私と君たちとの間に認識の齟齬があることに気付かされたんだ。まさかうちの父親が何も説明せずにほったらかしていたとはつゆ知らず、、、。私が部員との話し合いを怠ったのが原因で、反省している。みんな、特に生徒指揮のキミには迷惑をかけたね。本当にすまなかった。」


(そんな大事な説明すっぽかしてたのかあの爺さん、、、)


「その上で、コンクールに出ない理由について私の口から説明させていただこうと思う。」


「ーーそれは、吹奏楽コンクールだけが吹奏楽部の魅力ではない。それを部員の皆さんに体感してほしいということなんだ。オーケストラやブリティッシュブラス、コンボジャズやビッグバンドジャズ。ジャズの中にはスウィングやラテン、コンテンポラリーなど、それぞれのジャンルにはそれぞれの広がりや奥行きがある。吹奏楽の魅力はその楽器編成の多彩さから、そのような他ジャンルの編成の楽曲でさえカバーできることにあるんだ。

そういった魅力がありながら、この部活を卒業してから楽器を続ける子はかなり少ないと聞いた。そもそも大人が一から楽器を始めたとして、今の君たちのような実力に追いつくには基本的に倍以上の年月がかかるんだ。仕事や家庭でそこまで時間に余裕があるわけではないからね。何が言いたいのかというと、君たちが今そのように楽器を演奏できるということは、素晴らしい才能であり、努力の賜物なんだ。それが吹奏楽コンクールによって失われてしまっている。顧問は長年それを感じてきたようでね。特にコンクール時期は気に病んでしまう学生は沢山いる。私も学生時代はそうだった。コンクールが終わることで得られる解放感、それをやり切った達成感のように感じ、コンクール時期の嫌な思い出は『吹奏楽の嫌な思い出』に変貌してしまう。自分はやり切った、もうあんな思いはしたくない、吹奏楽を嫌いになった。そう勘違いしてしまう。本当は『吹奏楽部の人間関係』が嫌になっただけで、吹奏楽を嫌いになったわけではないのにね。

もう部員にそんなことで吹奏楽や楽器を嫌いになってほしくない、趣味程度でもいい、途中で休んでもいいから楽器を演奏し続けてほしい。吹奏楽を通して何か自分の好きな音楽を見つけるきっかけになってほしい。これが、顧問から君たちに対しての想い。その道筋を示すため、レコーディングで君たちが親しみやすいJ-POPのバッキングやアニメの劇伴に参加している私がコーチに就任したというわけだ。以上がコンクールへの出場を取りやめた理由と経緯になる。」


納得できた人、できていない人、そもそもどうでも良さそうな人。見渡す限りさまざまな感情をした顔が見られる。和也はと言うと、、、正直吹奏楽コンクールに出ないことに安堵している。和也自身中学の吹奏楽部でのコンクール期間の人間関係には疲れていた。もちろんそれを覚悟の上で高校でも吹奏楽部を選んだのだが、コンクールが目的ではなく定期演奏会でのステージに魅力を感じて入部したので、悩みの種だったコンクールに出ないというのは個人的にはかなりありがたいと思っている。絶対に口には出せないけど。


右の方から手が上がった。


「すみません、一点質問よろしいでしょうか?」


やはり大宮だ。コーチのどうぞという言葉の後に話し始める。


「すみません、私まだ納得できてなくて。私はこの吹奏楽部でコンクールに出て全国に出たい、金賞を取りたいと思って進学・入部を決断しました。学年関係なくその考えを持っている部員は沢山いると思います。そんな私たちの決断を大人の考え一つで踏み躙ってしまうのですか?」


(かなり踏み込んだ発言だな。まあ納得できないのも無理はない。もしコンクールではなく定演が潰されてしまっていたら俺も同じ想いだっただろうから。)


「もちろん、その気持ちも重々承知しているよ。理由に関しては今説明した通りで、私の役割としては、コンクールで賞を得ること以上の価値を君たちに提供することに全力を注ぐことだと考えてる。そのために何ができるのか、今一生懸命考えているし、この後そのうちの一つを皆さんに体験してもらう。今は納得できない人も多いかとは思うけど、どうかもう少し私に時間を頂ければと思う。」


コーチは他に質問が出てこないことを確認してから、部長の方を向いた。部長も意図を理解し、


「では、フルートから一人ずつレッスン室に入ってきてください。1人ずつ順に呼ぶので、それまでは個人練習でお願いします。」


そう言って、この場は一旦解散となった。


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