表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4. 初めての合奏

慣れない授業もようやくチャイムが終わりの時間を告げ、和也は足早に音楽室へ向かっている。ちなみに友達はできていない。休み時間は1人でツイッターでレスバだ。え?言わなくても分かってるって?

初回だった昨日はパート練習だったが、今日から1年生も合奏に参加することになっているのだ。和也は妙にソワソワしてろくに授業に集中できなかった。目標にしていた憧れの吹奏楽部。その一員として一つの音楽を奏でられることに大きな期待感を抱いていた。


音楽室に到着するなり、ひかるが和也に気付き、手を振りながら「こっちこっち!」と声をかけてきた。和也以外のトランペットパートはもう既に全員揃っているようだった。

まちるだけなぜか気をつけの姿勢で瞬きもせずに目を見開き、口をホの字に開けながら転がっている。


(一応声かけてみるか。)


「まちる先輩、何してるんですか?」


「冷凍マグロです。競りの直前です。」


なるほど、わからん。


「お、みんな揃った!ん〜じゃあ和也は1stであたしとまちるんの間で、みやりんは2ndでまちるんとまなとの間ね!」


ひかるの声かけに従い、和也たちは指定の場所へ座り、楽器の準備を始める。



「はいみんな音出し終わりましたかー?じゃあいつも通りチューニングしまーす。」


怖そうな生徒指揮の先輩の声掛けにより、クラリネットから一人ずつハーモニーディレクターに合わせてチューニングをしていく。この一人ずつチューニングしていく方法は、割と全国的にも見られるのだが、和也はその方法に疑問を抱いている。非効率すぎやしないかと。

管楽器のチューニングなんて、その時々で簡単に変わってしまう。全員のチューニングが終わるまで15分くらいかかるが、すぐに楽器は冷えてしまい、チューニングの意味がなくなってしまうし、何より時間の無駄だ。でも入りたての和也にそれを言える勇気はない。そうこう考えているうちに和也の番が回ってきた。


「あーそっか、これ一年生に伝えるのすっかり忘れてたわ。」


怖そうな指揮の先輩がそう呟いて和也のチューニングを中断する。


(え、こわ。俺なんかやっちゃった?)


吹奏楽部に限らず、新しく加入したばかりの組織で始めて何かを指摘されるというのはかなり精神的にダメージがくる。


「姿勢のことなんですけど、椅子には深く腰掛けずに手前3分の1に座ること。背筋は腰骨を立てて真っ直ぐに伸ばして膝は直角に曲げて、隙間は拳一個分だけ作ること。一年生は今後この姿勢で演奏してもらいます。」


はい!!と、一年生が吹奏楽部特有の謎のクソデカ返事をする。


(、、、まてまてまて。おかしくね?え、みんなこの異常性理解できてないのか????身体のつくりなんて男女でかなり違うし、同性でも身長や体重、骨格もかなり違ってくる。というかそもそもプロ観てて姿勢が揃ってるのなんて見たことないぞ?あの人は何を考えて...........)


「あのっ!姿勢を強制するのっておかしくないですか??」


考えを巡らせてると、右の方から大宮の声が上がる。生徒指揮の先輩も突然の一年生の発言に目を丸くしている。音楽室になんとも言葉では言い表しにくいような緊張感が走る。


「身体の構造なんて一人一人違いますし、私初心者ではありますけどプロの方々の演奏はよく動画で観ていて。実際そんな座り方してるプロ奏者なんてほっとんどいないですよ!?個人でその姿勢をされるのでしたらまだ良いと思いますけど、それを強制する必要なんてないですよね??」


(思ってたこと全部言ってくれるやん。というか細かいところまでよく見ているな。すごい。よほど緊張したのだろう。声も震えているし息も少し上がっている。ともあれ、俺にはそれを言う勇気はなかった。素直に尊敬する。)


「あー、これはずっと前からこの吹部に受け継がれてきた伝統の一つで、姿勢が揃っているとお客さんからの見栄えも良いんです。何より、姿勢を伸ばすことで合奏に対する姿勢も改めよう、そういった意味合いも含まれているので、皆さんには協力をお願いしています。」


少しうざそうに説明する生徒指揮の先輩が言うことには一理ある。確かに音楽が揃っていることに加えて姿勢も揃っていたら、お客さんからするとなかなかの迫力となるだろう。ただ、それを求めて「吹きやすさ」を犠牲にしてしまうのは如何なものか。


そうこうモヤモヤと考えているうちに全員のチューニングが終わり、怖そうな生徒指揮の先輩はすぐ隣の音楽教員室へコーチを呼びに行った。



生徒指揮の先輩が程なくして、コーチと思しき女性を連れて音楽室に戻ってきた。年は20代後半くらいだろうか。スタイルの良さは由梨奈に負けず劣らずで、ロングの黒髪はサラサラツヤツヤだ。おまけに顔もいい。素晴らしい。


「おっしゃー合奏始める前に軽く自己紹介しとこうか!」


やけに元気がある人だな。


「今年度、この吹奏楽部のコーチを担当することになった嵐山だ!普段はスタジオミュージシャンを生業としてて、トランペットでサポートをしている。本業の方もあるから部活の方に頻繁に顔を出せるわけではないが、可能な限り君たちと音楽を紡いでいけたらなと思ってる!どうぞよろしく!」


部員から拍手が巻き起こる。


、、、、、、、スタジオミュージシャンってなに????と、おそらくその場にいた全員が思ったであろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

説明しよう!

スタジオミュージシャンとはその名の通り主に音楽スタジオでのレコーディングを専門としており、アーティストの原盤に必要なバッキング演奏からライブツアーの帯同、更にはアニメや映画で流れる劇伴音楽やゲーム音楽の演奏を行うアーティストのことである!

吹奏楽やオーケストラで演奏しているプロ奏者は基本的にホールでの演奏会やレッスン等、対面・対人なのに対し、スタジオミュージシャンは基本的にマイクに向かって演奏する。自分の演奏が機材を通す事によって響き等がカットされるため、特にピッチやリズム、マイク乗りがかなりシビアに認識されやすい。求められるレベルが非常に高いぶん報酬は高額となるが、それだけでご飯を食べていけるレベルになるのはひっじょ〜〜〜〜〜〜〜に困難なのである!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「とまあ挨拶はこの辺にして。実は後ろからさっきの姿勢の話聞いてたんだが、あれそこのボーイッシュの子が言ってたこと何も間違ってなかったけど、なぜその意見を伝統という言葉だけで一蹴したんだい?」


生徒指揮に鋭い指摘が飛び、彼女の表情がたじろぐ。だが嵐山コーチの指摘は止まらない。


「確かに姿勢が一つの決まった形で揃ってるのは見栄えが良い。実際に吹奏楽コンクール学生の部では姿勢をピッタリ揃えて全国大会金賞を取ってる団体もいる。ただそれは姿勢を揃えていることが直接的に、もしくは間接的に結果に繋がっているのだろうか?気持ちが揃うって意見もあるかもしれんが、残念ながらそんなことで大して演奏の質は変わらないし、お客さんも分からない。なんなら自分に合っていない姿勢を続ける事で体に与える影響はあるし、どちらかと言うと負の側面の方が大きい。先輩からの伝統が重要と言う気持ちも理解できんことはないが、それに盲目的になって自分で考えることを放棄してはダメだぞ。」


コーチの指摘は最もすぎる。生徒指揮の先輩は小さくなってしまい、目を合わせようともしなくなった。


「そしてしっかり自分の意見を表現してくれたキミ。1年生、しかも初心者という立場ながら全体の前で意見を表現することができるというのは、非常に勇気の要る行動だったと思う。ぜひ今後も強い意志を持ち続けてくれたら嬉しいな。」


コーチからの優しいフォローに、大宮は少し恥ずかしそうに視線を下に落とした。


「じゃあ合奏を始めようか!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい、じゃあ今の合奏で指摘したことを次回までに改善してくるように!」


部員の大きな返事と共に合奏が終わった。何か特別変わった合奏をするわけではなく、むしろ普通すぎるくらいだった。

ただ、生徒指揮の先輩はかなり怒り心頭な様子だった。


「なんであたしだけあんな言われなあかんの??今まで通りやってきただけやのに急に私だけ怒られてさ!!しかも今までのあたしらのことなんて微塵も知らん奴が!!!!もうほんまわけわからん!」


しまいの果てには泣き出してしまい、周りの先輩が慰めに入っている。

吹奏楽部でよく見る光景だ。和也はそんな先輩を横目に見ながら楽器にスワブを通して水分を拭き取り、ここでもか、とため息をつきながらケースに楽器を片付けた。


(あ、教室に教科書忘れてたわ。ついでにトイレも行っとこ。)


和也は忘れ物を思い出し、4階にある教室まで取りに戻った。


「しかしなんで吹部にはこれだけ女性が多いのに俺は彼女どころか女友達さえ作ることができないんだ?個人的にはユーリ先輩とかめちゃくちゃスタイル良い上にしっかり周りのことも見えててちゃんと褒めてくれるし魅力的だけど、なんか高嶺の花って感じがしてむやみに近づき難い感じするし、、、。いや全然好きとかそういうのじゃないんですけど!?、、、そういえばユーリ先輩って何かと大宮のこと避けてる気がするのは気のせいか?他はみんな名前で呼んでるのに大宮のことだけ苗字で呼んでるし。なんとなく違和感感じるんだよな。」


そうこうぶつぶつ独り言を言いながら忘れ物も回収してトイレも済ませ、音楽室に向かう角を曲がろうとしたところで話し声が聞こえてきた。


「ねぇあの子めっちゃ面白くない?あのトランペットの子。よく初心者って立場であんな全体の前で文句言えるよね〜。」


3年女子2人の悪口大会に遭遇してしまった。

(あ、まずい。てかこんな誰が聞いてるかも分からんところで悪口言うなよ、、、)


「ほんと、初心者なのにカッコつけちゃっててイタいしダサいんだけど〜。まぁそもそもトランペットは2,3年が頭おかしいからね。あのくらいイカれてなかったらやってけないのかもね〜。」


「パート練中もずっと笑い声聞こえてくるしね。ろくに練習してないんでしょ。ほんとに同じようなろくでもない人間ばっかり集まってるんだね。」


人を馬鹿にしたような笑い声も聞こえてきて、和也自身、怒りを通り越した情けなさでため息が出る。ため息を吐いた瞬間、後ろから誰かに肩を触られて思わず声が出そうになった。

バレたか!?と思ってゆっくり後ろを振り向くと、そこにはいつもの優しそうな顔とはかけ離れた、感情が一切感じられないほど真顔のひかるの姿があった。一体いつから聞いていたんだろう。


「ひかr、、、」

「ほんとごめんね。ちょっと待ってて」


ひかるはそう言って躊躇する素振りも一切見せずに角を曲がった。


「で?なんだって?」


今まで和也がひかるの口から聞いたことがないような低い声だ。怒っている様子でも、呆れている様子でもない、一切の感情を読み取ることのできないような声だ。

ひかるの問いに女子部員2人の返答はない。


「言いなよ。うちの子が何だって?しっかり聞いてやるから目見て言いなよ。」


「あ、いや、、、」


女子部員2人はまさかひかるが出てくるとは予想していなかった&いつもは温厚な様子のひかるが本気で怒っている様子を察知して、何も言うことができない様子だ。


(今ひかる先輩はどんな顔をしているのだろうか。気にはなるけど怖すぎて絶対に見たくない。でも、あのひかる先輩が大宮やトランペットパートのことを想って立ち向かってくれていることだけは確かだ。その事実がわかっているだけで本当に頼もしい。)


「あんたらがあたしらの事をどう思うかなんて勝手だし別に文句は言わない。けどこんな誰が聞いてるか分からない公共の場でそんな悪口大会するってどう言う神経?本人が聞いてるかもしれないとか考える頭もないわけ?しかも馬鹿にする対象が音楽始めたての一年生って。さっきイタいだのダサいだの言ってたけど、それはこんな状況がバレて一切反論することすらできていないあんたらの事じゃない?」


「....」


「あたしらはあたしらがやりたいように音楽をやる。そこにあんたたちが介入できるスキマなんて無い。もちろんそれで全体に迷惑がかかるようなことはしない。これで分かった?.......そう、それじゃさっさと帰りな。」


「、、、ごめん」


2人の小さな謝罪で終わったようだ。ひかるがまた角を曲がって和也の方に戻ってくる。


「ごめんね〜和也。あんまりこういうとこ見せたくなかったんだけど。悪いんだけど、パート、特にみやりんにはこのこと黙っててもらっていいかな?」


「あ、はい。」


(こんなに目立つところで普通に陰口言われているなら、知らないところでも相当言われているんだろうな、、、)


少し疲れていそうだが、いつもと同じ喋り方に戻ったひかるに和也は安心感を覚えた。だが、また一つ、不安が生じてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ