2. 花見と他者紹介
麗瞭高校にはコートヤードがあり、そこには満開のしだれ桜が咲いている。桜を見ると暖かい気分にはなるが、やはり寒いもんは寒い。
「は〜い、じゃあ新入生は好きなパートのところ行ってね〜〜〜〜〜〜」
和也が行くのは、そう。中学1年から続けてきたトランペットパートだ。
トランペットパートに集まった新入生は和也を含めて2人。もう一人の新入生はまさかの大宮だ。
(あいつ、どこだか知らんが中学受験してからその後連絡取ってなかったんだよな。まさかこんなところで再会するとは。しかもまさか同じ吹奏楽部に入部してトランペットを希望しているとは。)
上級生は合計4人。一人だけ男子がいるが、やたらと顔が良い。くそぅ。
「じゃあ人数も揃ったことだし、始めよっかー!」
どこか気の抜けた、ふわふわ〜っとした声がかかった。優しそうな人だな。
「自己紹介、、、普通にしてもおもんないから、他者紹介でもしよっか〜。じゃあユーリ、あたしの紹介して〜!」
ユーリと呼ばれた少し怖そうなレイヤーウルフの女性が話し始める。かっこいい。好き。
「ん。彼女は副部長の松尾ひかる。金持ち。初対面は優しそうだと思うし、実際基本的には優しいけど、怒らせたら本当に怖い。声を荒げて怒るとかじゃなくて、この世の全てを蔑むような冷酷な眼差しで静かに怒るんだよね。触らぬ神に祟りなしとは言うけど、本当に末代まで祟られそうな怖さ。私も何回あの目を向けられたことか、、、」
「それはあんたが怒らせるようなことするのが悪いんでしょー。あと新入生と初対面なのにそんな怖がらせるようなこと言わないの!あんた普段周りのことしっかり褒めるタイプでしょ〜?あと金持ちいうな。」
ひかるはニコニコしてるが、和也の経験上(主に姉)普段優しい人ほど怒った時の破壊力が凄まじいのはわかっていた。温厚な人を怒らせてしまったという罪悪感によって、精神的にダメージを負ってしまう。もはや殴ってくれた方が贖罪になると感じるほどだ。
この人は絶対に怒らせたらダメなやつだ。命と精神が危ない。
「ちなみにユーリ先輩は何して怒られたんですか?」
2年生の女子が全く遠慮のない様子で尋ねる。
「小学校の修学旅行で化粧水の中身を水溶き片栗粉に入れ替えた時。」
「いやひかる先輩気付かなかったんですか?」
「うん。気付いなくて流石に可哀想に思えてきたから親切心でネタバラシしてあげたらブチギレた。せっかく教えてあげたのにひどいよね。しかも実際に片栗粉ローションとかあるみたいだし。でも怖すぎたからあれ以来イタズラは控えてる。」
(この人こんなクールな見た目して実際やるイタズラのクオリティがヨウツーバーみたいなのなんなんだ、、、)
和也は心には思ったが、まだそれを言える関係性でもないので、感想は心にしまった。
「はーいじゃあ次はあたしがユーリのこと紹介するね〜。この子は桂由梨奈ちゃん!パートリーダー!見た目通り結構クールぶってて太々しくてちょっと痛くて近寄り難いんだけど、しっかり周りのこと細かく見てくれてるし、頭も切れるんだよね〜。ちなみにあたしらは小学校からの幼馴染でーす!」
「ひかる、恨み隠せてない。」
「あんたの場合は前科が多すぎるの。」
まあ何とも仲の良さそうな。和也はなんとなく身内ノリを感じて少し寒くなったが、一先ず雰囲気の良さそうな2人を見て安堵した。特にユーリ先輩はかなりスラっとしていて隙がない感じがする印象だ。一生見ていられる。
「じゃあ次2年生お願いしよっか〜〜〜」
じゃあ、と言って話し始めたのはイケメン陽キャだ。
「彼女は河原まちる。空気が読めない不思議ちゃんって感じかな。さっきみたいに。ミーティング前に練習してたあれ何だったっけ?」
「ローリングソバットです。いかに体重をかけるかが重要なのです。」
「あなたかけれるほど体重ないでしょ、、、。こんな感じで普段から行動がおかしいんだけど、まあそれも含めてまちるちゃんの良いとこかな。」
くそぅ、この先輩これだけ顔が良い上に話し方も雰囲気も爽やかだ。笑顔が眩しい。
というかプロレス技を練習している女子高生とはいかに。
「彼は向日真和です。まぁ何というか、顔の良さくらいしか取り柄の無い男ですね。あとたまに性根が腐ってるんじゃないかと思う時があります。」
「ひどいなぁ」
イケメン陽キャで性格終わってるって我々インキャの天敵じゃないですか。
淡々とした喋りだったけど、2年生の2人はそんなに関係が深くないのか?
そんなことを考える暇もなく和也たち1年生の順番が回ってきた。
「はいじゃあお次は1年せ〜〜〜〜っても流石にまだお互いのことは知らないか。じゃあ1人ずつ自己紹介してってもろて〜」
和也は「じゃあどっちが先にやる?」という意図を含ませた目を大宮の方に向けるが、そんな大宮はこちらには目も向けずに話し始める。
「はい!大宮梨江です!周りにはみやりんって呼ばれてます!」
(こいつ、、、、自己中にもほどがあるだろ、、、!小学校の頃、それが原因で嫌われてたのにまだ直ってないのか、、、)
「実はボクたち同じ小学校で!」
(!?!?覚えてたのか!?、、、え、一人称ボク????)
まさかの幼馴染が昔と変わらずボーイッシュを維持していた上に、ボクっ娘にクラスチェンジしていた。和也にとっても意外すぎる状況だったが、先輩たちはもっと驚いていた。いや、驚きもあったが、「(これからこの子をどう扱うべきなんだろう、、、)」といったことに頭を悩ませている様子だった。
昨今は多様性が口うるさく言われる時代であり、多様性もここまで来たかと内心複雑な気持ちに、トランペットパート全員がなっていた。
(ここまでボーイッシュで一人称がボク。性別が逆ならいわゆる「男の娘」と言うジャンルに分類されるが、これはなんだ?「雄んなの子」とでも言うべきか?しかも大宮は身長が低くて顔も幼いから、これはショタと表現すべきなのか?はたまた実際の性別を考えるとロリなのか?くぅ〜新しい性癖が開発されてる感じがする〜〜〜、、、ってか俺のこと覚えてたのかよ!)
和也の頭の中では今までにない情報が錯綜している。
「エ、ア、ウン、ソウソウ。ヒサシブリ。」
混乱してわけもわからずに雑な返事をした。混乱しているのは先輩たちも同じ様子だった。由梨奈に至っては顔を後ろに向けてプルプル震えてしまっている。
「えーっと、どこから突っ込めばいいのか分からないのですが、みやりんはさっきのミーティングの時は一人称が私でしたけど、今はボクなんですか?」
(まちる先輩、しっかりと空気読まずに掘り返すなぁ。俺だったらあんな初対面大勢の場面であんな発言したら後々恥ずかしくなって死にたくなるんだが??)
「あ、ボク基本的にはこの一人称なんですけど、ちゃんとした場では私って言ってるんです!ほら、男の人が普段は俺って言ってるのにちゃんとした場だと僕になるみたいな?あれと一緒です!」
「なるほど、分かりそうで全く分からんですね」
(まちる先輩、全く同じ気持ちです。)
他の先輩たちも頭にはてなマークが浮かんでいる様子だ。
「まさかこんな所で再開するとは思ってなくて、ね!和也!?」
「まぁそうですね。中学はそれぞれ別の所行ってたんですけどね。実際俺も結構びっくりしてる最中です。」
(でも4年ぶりとなるとどう接したらいいかわからんな、、、)
「へぇ二人は幼馴染なのか。学園ラブコメの王道展開だね。」
「わかりますわかります!女性は幼馴染か泥棒猫の2種類ってラノベの相場で決まってますからね!いや〜その事実だけで白米かきこめそう〜」
ようやく前を向いた由梨奈と向日が興奮して勝手に盛り上がっている。
(この人たちは「こっち側」なのか????というかそのラノベ相場に則ったら、大概幼馴染は負けヒロインになる気が。)
「二人とも落ち着きな〜。さっき4年ぶりに再会したばかりでいきなりそんな関係な訳がないでしょ〜」
ひかるの助け舟に和也と大宮は苦笑いするしかなかった。
「ボク実は吹奏楽どころか音楽経験が一切なくて、でも中学の頃にアニメの『外すな!トランペット』を観てからどうしてもトランペットが吹きたいと思ってこの高校に入学したんです!でも初心者でもついていけるのか不安で、、、。」
「ハズトラは吹奏楽やってたら絶対通る道だもんね〜。別に初心者でも全然問題ないよ!ハズトラの主人公の子も高校からの初心者だったし、これからの人生のこと考えたらむしろ高校から楽器始めるのはアドバンテージになるくらいだよ!」
「本当ですか!!でもボク、アニメみたいにコンクール頑張りたくてこの部活入ったんですけど、どうなっちゃうんですかね...」
そうよな。不安だよな。
微妙な空気が流れる。
「ん〜そこんとこは正直あたしらも戸惑ってて、部長が確認中としか言えないかな〜」
「そう....なんですか....」
「先生のことだから何か思惑はあるはずなんだろうけど、今回ばかりはさっぱりだね。」
ひかると由梨奈もさっぱり状況が理解できていないようで、また微妙な空気が流れる。
(あの、俺まだ自己紹介してないんですけど、、、、こんな空気で自己紹介切り出せないんですけど、、、、)
「じゃあ次は和也君に自己紹介してもらおっかー!」
こういう時にひかるの持ち前の明るさは役に立つ。大体気まずい雰囲気から話を無理やり切り替えようとすると、どうしても「無理してる感」が出てしまい、それはそれで別の気まずさが出てしまうが、ひかるにはそれが一切感じられない。
「はい、烏丸和也です。見た通り結構身長デカくて、188cmあります。」
パートメンバーがみんな口を開けて、お〜と言っている。
パート以外からも驚きの視線が飛んできているのもなんとなく背中で感じている。
少し、というかかなり誇らしい。
「まぁ身長高いからといってこれといった特技やモテ要素があるわけではないただのパッケージ詐欺なんですけどね。」
「おぉ〜ネガティブ!」
「僕は中学3年間吹部でトランペットをやっていました。趣味はアニメとか声優さんが好きなので、よくアニソン歌手とか声優さんのライブに行ったりしてますね。」
「お、誰が好き?」
真和が尋ねてくる。
(やっぱりこの人こっち側なのか?いや油断するな。)
「あー色々いるんですけど、最近はウシ娘で声優やってる天空さんとかですかね」
「いいよねあの人の声!低めのハスキーでふわふわ包まれてる感じするのが良いけど、歌った時の力強さは何にも代え難い良さがあるんだよな〜」
(よく理解ってるしめっちゃ語るやん。やっぱりこっち側か。いや、いかんいかん。)
「はいは〜い!オタク話はまた今度2人だけでじっくり話してもらうとして、みんな紹介ありがとね!1年生もこれからよろしくね!、、、ということで、トランペットパート毎年恒例のフルーツポンチをやりまーーーす!」
オタクあるあるの、仲間を見つけると、つい周りを置いて行ったまま会話を盛り上げてしまうというオタク特有のディスコミュニケーションをものともせず、ひかるが話を切り替える。
「やっぱり今年もやるんだ。」
由梨奈が内心少し呆れたように口にこぼす。
「これやらないと一年始まらないからね〜〜、はい、まちるん準備お願い!」
「いや丸投げですか」
そんなこんなでボウルにフルーツ缶やアイスが放り込まれていき、中央のサイダーのキャップが開かれる。
「じゃあみやりんと和也!メントス入れちゃってーーー!」
「あの、これボウル小さくないですか、、、??」
「確かに、、、」
このままメントスを入れてしまっては100%溢れてしまうという状況に、和也と大宮は顔を見合わせる。
「はい迷ってるうちにどーんです」
まちるがどこから出してきたのかもわからない、メントスが10個くらい紐を通して連なったペットボトルのキャップを勢いよく閉めた。
「「「「ああああああああああああああああ!!!」」」」」
もちろん、キャップに開けられた細い穴から天高くメントスサイダーが噴射した。
こうして和也たちの麗暸高校吹奏楽部での生活が、不安と少しの期待感を胸に始まりの音を告げたのであった。




