26. 打ち上げ
どれくらいの間、なぎさと話していただろうか。
小学校からの思い出話。
由梨奈のことを好きになった時の話。
叶わぬ恋だと実感した時の話。
なぎさは全てを受け止めてくれた。
もう涙も枯れた。
今はなぎさの腕の中で、慣れ親しんだなぎさの匂いに包まれて、心を落ち着かせている。
「ひかる、落ち着いた?」
全てを出し切って、完全に落ち着いて吹っ切れたかと聞かれると、そんなことはない。
でも、もう由梨奈は自分の元を離れた。
ひかるも由梨奈から独り立ちしなくてはならない。
「よしっ!」
自分に喝を入れるために、思いっきり両頬を叩く。
「この痛みは絶対忘れない。あたしはずっと未練タラタラでこの先も生きていくと思う。でももう囚われない。あたしはあたしらしく生きていく!」
「うん。完璧なひかるもかっこよかったけど、弱み見せた方がもっと人間らしくて良いと思うよ。」
「ありがとね、なぎさ!これでようやく前に進めそう!」
過去を顧みない。
その覚悟が固まったひかるの顔は勇ましい。
「(私も、そろそろひかる離れしないとなぁ。)」
なぎさは誰にも聞こえないところで、赤黒い空を眺めながら小さく呟いた。
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「みんなー!打ち上げ行こー!」
ついさっきまで泣いていて目がパンパンに腫れていたひかるだったが、無理やり氷で冷やして腫れを鎮めていた。
誰もそれに気がつく気配はない。
「行きたーい!」
「肉行きましょう。肉。」
「じゃあみんな頑張ったし、豪華に行っちゃいますか!」
まちるの提案が採用され、焼肉屋に行くことになった。
ーー「着きましたね、あそこです。」
言い出しっぺのまちるが嫌々めんどくさがりながら店探しを担当し、学校から少し離れた所にある焼肉屋まで先導した。
早朝から演奏をして文化祭を一日中楽しんでいたので、みんなかなり疲れているはずだが、不思議と足取りは軽い。
「あれ、何してんのこんなところで?」
店に入ろうとした瞬間、誰か知り合いらしき人物に後ろから声をかけられた。
「嵐山コーチ!?」
今日の朝の本番を終えてからすぐに帰宅していたはずの嵐山コーチとバッタリ出くわした。
近所に住んでいて散歩途中がてら焼肉屋で晩御飯といった感じだろうか。
いつもとは違ってすっぴんダル着だ。
(はぁ〜〜〜ん、美人ってすっぴんダル着でもこんな整ってるのかぁ〜。)
和也にとってはいつものバシッと決まったコーチも魅力的だが、そんなコーチに見慣れたからこその今の姿もギャップが感じられて大変趣深い。
「よかったらコーチも一緒にどうですか!?」
ひかるが明るくコーチを誘うが、コーチは腕を組んでうーんと悩む。
「いや、私は大丈夫かな。高校生の中にこんなおばさんいたら気遣わせちゃうからね。みんなだけで楽しんできな〜!」
「別にそんなこと誰も気にしないですって!ね、みんな?」
うんうんとみんな同意して頷く。
「ほら!あたしたちもコーチとゆっくり部活とか音楽とかの話したかったので、一緒に食べましょうよ!!」
「そこまで言われちゃったらもう断る方が君たちに失礼だね。ありがとう、ご一緒させてもらうよ!」
ーー「いらっしゃいませー!」
7人で着席し、メニューを開く。
いつもは対角線上に離れていた由梨奈と大宮も、今となっては仲良く隣同士で座っている。
それを何も知らないコーチ以外は生温かい目で見守っている。
「ここは私が奢るから、みんな好きなの頼みな!」
「いやいやさすがにそれは悪いですよ〜」
確かに焼肉は大人数で行くとかなりの金額になる。
遠慮するのも無理はない。
「君たち、覚えておくといい。相手の親切は素直に喜んで受け取っておいた方が印象は良いんだぞ〜!」
「では、お言葉に甘えましょう。」
こういう時にまちるの無神経さは役に立つ。
どうしても日本人たるもの、遠慮することが美徳だと刷り込まれがちだが、それで良い気分になる人あまりいないのかもしれない。
「どれにしよっかな〜?」
大宮が悩んでいる感を出すが、心の中で思っていることはほぼ全員同じである。
(どれを選ぶのが正解なんだ、、、??)
「好きなの選びな」と言われた手前、文字通り受け取って好きなものを選びたいが、さすがに高すぎるのもよくない。
遠慮のボーダーラインを探すのに戸惑っている。
みんなメニューを選ぶフリをしながら、(誰か先陣切ってくれ〜)と心の中で叫んでいる。
「ええい、めんどくさいですね。すみません店員さん、ここからここまで3人前ずつお願いします。」
まちるが牛肉のメニューが記載されている区画を指差しながら注文する。
その中にはこの焼肉屋で一番高いメニューも含まれている。
「まちるちゃん!?」
恋人の向日ですらヒヤヒヤする注文に、その場の空気もヒヤッとする。
「おぉいいぞ、食べ盛りはどんどん頼め〜。私は酒がありゃなんでもいい。すません店員さん、私ビールで!」
コーチは特に気にしていない様子で一同はほっとする。
ーー「それじゃ、かんぱーい!!!!」
「しかしなんだ、由梨奈と梨江は付き合ってるのか?」
「ブフォッ」
乾杯してすぐに何も知らないはずのコーチがズバッと言い当て、全員が一口目の飲み物を吹き出す。
「そうなんですよー!でもなんで分かったんですか?」
「ん、なんかやたらと百合の香りがして。」
当たり前でしょう?と言わんばかりの平然とした顔で答える。
(その百合の香りとか、前にまちる先輩が言ってた百合の花が咲いてるとかってなんでわかるんだ?)
百合には触れてこなかった和也からすると、女性陣の百合センサーは謎に包まれている。
「コーチも百合作品お好きなのですか?」
同じ匂いを嗅ぎつけたまちるが珍しく食い気味にコーチに話しかける。
今思えば、まちるが一番に由梨奈と大宮の関係に気がついていた。
「好き、、、、ではないかな。」
「そうですか、、、。」
コーチの何か事情ありげな暗い言い方に、まちるの声のトーンも下がる。
「”超大好き”だ。」
「いや好きなんかい」
「まちるツッコミ上手いねー!そうそう、私百合が大好きでね、近所の本屋さんで新作出るたびに百合作品買ってたらさ、最近ついに百合姫コーナーが新設されてね。ほんとに最近の百合ブームは嬉しいな〜。ようやく時代が我々に追いついたか!って感じ!」
空きっ腹に流し込んだアルコールが回ってきたコーチは、今までの姿からは考えられないほど、百合について熱く語っている。
かなりのペースで酒も進んでおり、高校生たちが肉に夢中になっている中、チャンジャとキムチをつまみながらグビグビ飲んでいる。
もう5杯目だ。
和也としてはそんな他愛もない話も楽しいが、せっかくだからプロだからこそ聞ける話みたいなものを聞き出したいと思った。
「コーチ、プロの世界ってどんな感じなんですか?やっぱり結構厳しいんですか?」
「んー?めちゃくちゃ厳しいよ〜。みんなが知ってるような有名トランペッターとか、現場で会うと普通に暴言吐いてくる人いるし、派閥によったら楽器メーカー指定させられるし、一応芸能界に片足突っ込んだ世界だから今でも普通に枕営業とかあるし。私はやらないけどね〜ん。」
他にも業界の闇が出るわ出るわ。
出てくる話がどれも想像を超えてくる。
「一番怖いのは私らってフリーランスだからさ、仕事なくなったら本当の終わりなんだよね〜。業界の偉い人に嫌われたらプレイヤー人生ほぼ終わりって感じ。だから毎日ヒリヒリなんだよ〜〜」
コーチの酒を飲む手が止まらない。
よほど酔ってきたのかテーブルに顔面を突っ伏しながら話している。
「え〜、あたしそんな世界で生きていけるかなぁ?」
コーチと同じ道を志すひかるにとってその業界の闇の数々は余計に不安に感じる。
「まぁひかるは大丈夫よー。すぐ私より上手くなるし。吹部でメンタルも鍛えられてるだろうし。時間とか約束とかも守れるし。」
「そこ守れるのは当たり前じゃないんですか.....?」
「チッチッチ、まだまだ甘いな若者よ。音楽やってる奴らは基本的に時間も約束も納期も守らない可能性があると理解しておいた方がいいぞ。まぁ仕事できてもそういう奴らから淘汰される世界だけどね〜ん。」
酒に酔った人間の言葉は信用できない、とは思うが、コーチの場合は普段から偽りのない人間なので、これは本心なのだろう。
ーー「あたしちょっと外の空気吸ってきますね〜。」
料理を食べ終えた頃、ひかるは席を離れた。
「あ、ボクも〜」
大宮はひかると2人きりになれる瞬間をずっと求めていた。
そして今がその時だ。
「いてら〜〜〜」
コーチはべろっべろに酔っ払っている。
ーー10月ももう終わり。夜はかなり肌寒い。
「みやりん、何かあたしと話したいことでもあるの〜?」
「... はい。ひかる先輩、ユーリ先輩のこと、好き...でしたよね?」
大宮からの思いがけない発言に、ひかるの喉がヒュッと鳴る。
「あちゃー、気付いちゃってたかぁ。やっぱり今日のコートヤードの時かな?」
ひかる自身もあそこで足早にその場から逃げてしまったのは、わざとらしかったかもとは思っていた。
「いや、夏祭りの時です。」
「まじで!?なんで気付いたの!?」
数ヶ月前の記憶を掘り起こすが、一つもバレる要素が見当たらない。
「あんな目されたらそりゃあ分かりますよ。ボクも一応は女ですから。」
「ふぅん。それで、申し訳なくなってあたしに話しに来たって感じ?」
「いや、そんなことは、、、、。すみません、嘘です。その通りです。」
「ははは、ごめんごめん!今のはあたしの言い方が性格悪すぎたわ!みやりんはそこまで考えてくれてたんだ。優しいね。」
「こうやってひかる先輩に話しに来てるのも、結局は自分の罪悪感を解消するために我が身可愛さなのかもしれません......でも何も話さずにいるのもそれはそれで違うかなって思って..........本当に何が正解なのか分からなくなっちゃって。」
不本意ながらも被害者ポジションのような話し方をしてしまっている自分自身を更に嫌悪する。
「みやりん、そんな離れてないでこっちおいでよ。」
「わぷっ」
ひかるに腕を引っ張られ、胸の中に抱きしめられる。
「あたしのことはもう気にしなくて大丈夫だよ。みやりんは人一倍責任感が強いからこうやって直接話に来てくれたってのも理解してるし、あたしはそれが堪らなく嬉しい。」
「ひかる先輩、、、」
視界が滲んでくる。
外はかなり肌寒いが、ひかると共有された体温で、心まで温かくなってきた。
「確かにあたしはユーリのことが大好きだった。でもそれは今日でおしまい。ユーリはユーリの幸せを見つけたし、あたしはなぎさに全部吐き出して今はもうスッキリしてるよ。いつまでも過去に引きずられるのもよくないからね。だからさ、みやりん。あたしが10年間愛していた以上にユーリのこと愛してあげてよね。それだけがあたしのお願い。約束できる?」
もう振り返らないと決めた。
今は「次」に託す時だ。
「ひかる先輩......さすがに10年はボクには重すぎますよ...」
「ふふ、かもね。」
ーー同時刻、焼肉を食べ終わって談笑中の和也たち
コーチも半分寝てしまっているようで、そろそろ話のネタがなくなってきた。
時折、無言の間が生まれる。
「ブッ」
通常、尻からしか出ない音に反応し、半分寝ていたコーチも含めて全員の視線がある1人に集中する。
「いや僕じゃないですって!!」
前科があることをバラされてしまっている向日が、視線が自分に集まったことを感じ、焦って否定する。
「すみません、ワタシです。屁です。」
「だっはっは!!」
コーチだけ大爆笑しているが、他のメンバーは若干引いている。
「まちるちゃん!?女の子なんだからもうちょっとさあ!!」
「真和、今は令和です。女に女の子らしさを求めるのは時代遅れですよ。」
キリッとした顔で言うが、全然かっこよくない。
あと臭い。
「だからってさあ!?」
「ハッ!!」
まちるがネタツイを思いついたツイッタラーみたいな顔をし、ニヤけている。
いや、ニチャけている。
「放屁の神、ヘデス。」
「だぁ〜っはっはっはっはっ!!!!!!」
コーチは大層お気に召したようだ。
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「コーチ、ご馳走様でした!めちゃくちゃ美味しかったです!」
「おうよ!あ、これ他のみんなには内緒ね〜。私の財布が枯れちゃうから〜。」
先ほどまでベロベロに酔っ払っていたコーチだったが、割と酔いも冷めてきたようで、1人で帰宅できそうな様子だった。
別れてから駅まで向かうが、由梨奈と大宮は人目も憚らず恋人繋ぎをしている。
(俺もいつかは...!)とは思う和也であったが、その願いが叶うのは果たしていつになるのだろうか。
いかがだったでしょうか?
一旦ここでこの作品は区切りとさせていただきます!
この作品が私にとって初めての執筆だったのですが、楽しんでいただけたら幸いです!
とりあえずラノベ一冊分、10万字書いてみよう!ということで始めましたが、キャラや世界観が成長していく過程や、私自身の文章力も向上していく感覚があって、とても楽しく執筆できました!
ちなみに私のお気に入りキャラはひかると芦屋川さんです。
もし気に入っていただけたら、評価や感想等どしどし送っていただけると、とても喜びます!
モチベーションにも繋がります!
今後はちまちまとエピソードを追加しつつ、新しい作品のプロットに取り掛かろうと思っています!(思っているだけでまだアイデアすら浮かんでない。)




