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25. 文化祭デート③ 〜想いと想い〜

「はぁっ、はぁっ、、、、ここまで来れば大丈夫、、、かなっ、、、」


 由梨奈も大宮も息を切らして会話どころではない。

 2人が逃げてきたのは、新歓でお花見をしていたコートヤードだ。

 今そこには一切人がおらず、遠くから微かに騒ぎの声が聞こえるだけで、ほとんど2人の息の音しか耳に入らない。


(さすがにここまでは追ってこないだろう。まずは呼吸を整えて、あ、梨江怪我してないかな?確認したいけど今すぐ動けない、、、、、)


「ユーリ先輩っ」


 大宮が息を切らしたまま、おぼつかない足取りで迫ってくる。


 両手で顔を固定されて、、、、、キスされた。


(えっ)


 声を出そうにも口が塞がれていて出せない。


 一瞬、、、どころか今現在も何が起こっているのか、由梨奈の頭で処理しきれない。

 顔全体に伝わってくる大宮の手の震え、頬に当たる荒い鼻息、脈打つ鼓動、そして唇を通して共有される体温。

 全てが温かい。冷たさを感じるのは、大宮の手を伝って頬に流れてくる涙だけだった。


「ボクっ、やっぱりユーリ先輩のことが好きです!この間ハグされてからずっとユーリ先輩のことが頭から離れなくて、、、。最初は女同士で恋愛関係になるのが受け入れられなかったんですけど、、、そんなの関係ないって思いました!ユーリ先輩のその周りをしっかり見れているところも、人を褒めるのが上手いところも、ボクを助けるために立ち向かってくれたことも、その声も、顔も、性格も、髪も、、、ユーリ先輩の全部が好きです!だから、、、、だから!ボクと付き合ってくれますか、、、?」


 走って逃げてきた呼吸はもう落ち着いていてもいい頃合いだ。でもまだ呼吸は落ち着かない。

 それどころか心臓がものすごい勢いで高鳴ってきているのを感じる。


 今しか感じることのとのできないこの高鳴りを、深呼吸をして存分に噛み締める。


「ありがとう、梨江。、、、、うん、こちらこそよろしくね。」


 今度のキスは、潤っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どれくらいの間2人でいただろうか。

 10月末なのにも関わらず日中は汗ばむ夏日だったが、日が陰ってくると少し肌寒い。


「あれ、ユーリ先輩と梨江じゃないですか。何してるんですかこんな所で。」


 そろそろ戻ろうかと言おうとした矢先、後ろの扉が開いて聞き覚えのある声が耳に入った。

 振り向くとそこには向日とまちるの姿があった。


「2人ともなんで、、、、、、あっ」


 視線を落とすと、2人の指が交互に交差するように繋がれていた。


(真和先輩とまちるん先輩って普段はサバサバしてるイメージだったけど、しっかり恋人らしいこともしてるんだなぁ。)


 突然まちるが鼻息をスンスンと鳴らして何かの匂いを嗅ぎ始めた。


「んんっ?んんんっ?何やら百合の香りが漂ってきますね、、、。もしやお二人、そういう感じですか??」


「百合の香りって何なのそれ、、、、、え?まじですか?」


 向日の視線の先には耳まで真っ赤にした2人の姿が。

 元より大宮は赤面するのは何となく想像に難くないが、普段クールで感情の起伏がそこまで大きくなかった由梨奈が赤面しているのはかなり珍しい光景だ。


「あ、はい、、、ボクたち、お、、、、お付き合いすることになりまして、、、、」


「やっぱりですか。百合の花は一部にものすごい大きな影響がありますからね。大切に育てないと。で、和也とひかる先輩には報告したのですか?」


「いや、まだだよ。」


「なんと、それはよくありませんね。特にひかる先輩にはすぐに伝えなければ。今linee送るんでちょっと待っててください。」


(そうだ、ひかる先輩のことがあった、、、。どうしよう、ひかる先輩もう何年もユーリ先輩に片思いしてるって言ってたけど傷ついたりしないかな、、、?ユーリ先輩どうするんだろ、、、、、えっ?)


 ひかるの片思いは10年にも渡る。それはそれは重い愛だろう。

 その長年で形成された片思いの幻想が確実に打ち砕かれるとメンタルが心配だ。

 そんなひかるのケアを心配して由梨奈の方に目を向けるが、それはそれはもうデレデレと顔を崩して幸せいっぱいの様子だった。


「ひかるにはもう何年も前から相談してたからね。喜んでくれるといいな。」


(え、この人ひかる先輩の恋心に気付いてなかったの!?!?!?!?!?)


 どうしようどうしようと慌てるが、今更向日たちに事情を説明したからといってどうにもならないし、ひかるへの報告は避けては通れない。



ーー「やっほー!ちょうど今和也も見つけて捕まえてきた!どしたのー?」


 悩んでいると、ものの2-3分で和也とひかるが到着した。

 ひかるの隣には軽音部長でドラムを演奏している、ひかると由梨奈と幼馴染の夙川なぎさもいる。文化祭は2人で一緒に回っていたのだろう。


 誰も何も話さない。というか話しづらい。それぞれが顔を見合わせている。


「どしたどしたなんだこの気まずい空気!」


「あのね、ひかる、和也。実は私と梨江、付き合うことになったんだ。」


 幸せ満面の笑みで由梨奈が伝える。


 和也、大宮、そして幼馴染のなぎさは、ひかるが一瞬、ほんの少しだけピクッと動いて何かを呟いたのを見逃さなかった。


「えー!!まじ!!!!おめでとう!!!!!その様子だと今日付き合ったばっかりって感じだよね!2人きりの時間邪魔しちゃ悪いからあたしたち違うところ行ってるね!なぎさ、行こっか!それじゃあお幸せに〜〜〜〜!」


 側から見たら今のひかるは何の変哲もない、いつもの元気なひかるのように見える。

 ただ、気付いてしまっている大宮、直接想いを聞いている和也、そして由梨奈と同じく幼馴染のなぎさにとって、そのひかるの表情や言動、行動全てがが偽りのものであることはすぐに理解できた。


 扉を閉じる前になぎさがこちらを向いた。その顔は微笑んでいたが、どこか儚げだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「由梨奈、とうとう付き合っちゃったねぇ。」


 なぎさはずっと昔からひかるからも、由梨奈からも話を聞いていた。

 由梨奈の恋愛対象のことも、ひかるが由梨奈に片想いしていることも。

 そして、その恋心に由梨奈が気付いていなかったことも。


「これでいいんだよ、なぎさ。元よりあたしの気持ちがユーリに伝わる未来は訪れないことくらい分かってたんだ。ずっと昔から聞かされてたんだからね。あたし自身も苦しんでるユーリを見てるのがしんどい時もあったんだ。だからこそ、今ユーリが幸せそうな顔をしているのが嬉しいんだ。あたしがず〜〜っと好きだった人が今幸せな顔をしている。それだけで満足だよ。」


 ひかるは気丈に振る舞うが、先ほどの由梨奈たちの前で話した時と比べて、明らかに無理をしている様子だ。

 それを付き合いの長いなぎさが見逃すはずがない。


「ひかるは偉いね。もし私がひかるなら今頃大声あげてわんわん泣いてたよ。ずっと由梨奈のことを1番に考えて、自分の気持ちを押し殺して彼女の恋心を護ってきたんだよね。それが言い方悪いけど、まだ出会って半年くらいの女に奪い取られちゃってさ。自分はそれを望んでたはずなのに、奪われた喪失感と失恋で矛盾だらけの自己嫌悪に陥っちゃって頭の中ぐっちゃぐちゃになっちゃってさ。私ならそんなの耐えらんないよ、、、、、。だからさ、ひかる。ちょっとこっちおいで?」


 俯きながらゆっくりと歩いてきたひかるの腕を少し強引に引っ張り、抱きしめる。


「ひかるっ、、、、あんたほんとによく頑張ったよ、、、、!10年も1人の女性を一途に想い続けた。それだけで立派すぎるのにまだ自分を嘘で塗り固めようとしてる、、、。もうさ、一回楽になろ?じゃないと私、、、私、、、、もうこんなしんどそうなひかるのこと見たくないよ、、、、」


 10年。それはあまりにも長すぎる歳月だった。


「なぎさ、、、、あたし、、、ずっとユーリのことが好きだった!!!!大好きだった!!!!ユーリの瞳が、髪が、手が、優しさが、冷たさが、全部が大好きだった!!!!」


 閉じ込められていた感情のダムが決壊する。


「うん、、、うん、、、」


「ユーリに振り向いてもらえることは絶対にないって理解してたつもりだった、、、応援もしてた、、、、でもいざその瞬間に立ち会ったら反射的にみやりんに酷いこと言っちゃいそうになって、、、、そんな自分がほんとに許せなくって、、、、」


「うんうん、、、、それはひかるが悪いわけじゃないよ。他の誰が悪いわけでもない。ひかるは自分を犠牲にしてまで由梨奈の気持ちを尊重できた。それだけで勲章ものだよ。、、、ひかる、今までずっとしんどかったよね。今日くらいはさ、私に甘えてもいいんだよ?」


 視界の滲みが震えでぐっちゃぐちゃになる。


「うわあぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!」


 ひかるのその望みは本心だった。


 10年。それはひかるの心を蝕むのには十分すぎるくらいに、長すぎた。

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