9、臣子道彦と闇の世界線インシュビ―との記憶の相違
近隣住民は変わらず作物を育てている。植物が幹となって枝となり葉から実へと成長するためには糞と粘液が必要である。最古では食べた糞が闇で土とされていたように、インシュビ―のように砂となると同時に、自らの体液が水とされる時代が畏怖にもあったのだ。
その原理は臣子道彦が受け継ぎインシュビ―へ還元されていった。
世界線という原動力によって―――
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「水が無ければ土に頼るしかないな。土に含まれる虫へ頼るんだ」
「虫には胎液が含まれている。それが粘液となって土を守ってくれるのさ」
「土は良いな。お陰で種が苗へと成長するよ。彌汲さんトコの息子のようじゃ」
「彼も父親が亡くなった。ワシ等も太陽の様に温めてあげなくては」
「そうやのう、あいつが苗ならやがて葉を伸ばすわな?実りじゃ」
「実がなれば、孝弘君も成人するよ。あの子も役目を遂げてくるだろ?」
「そだね。弘美さんも40過ぎれば次の目標を決めるわね!」
「違いない。我々もそうやって役目を与えられて、次の世代に受け継いでいったからな」
「それは水田じゃな。水を得た魚はもう居ないが、虫が役目を果たし遂げたのじゃ」
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育てる原理は人それぞれで、宇宙式学に沿った湧現が異なる訳でもない。それは遥か昔に、土から何処からか現れた血肉によって苔が生えてきたりして、実りを与えられた。それが後々の世界線へ影響したように農学=脳学として楽しんだ人物が居た。時は刀で食を得ていた時代、草から幹となり、枝を張り巡らせ葉を産んだ時に実が成った。
そのようにして木々と呼ばれるモノと成る花が咲き始め、それが土の中に入ると、別の生命としての草木となる花の種類が増えた。それ等は移動する光によって構成され、色も変われば内容も変化するといった形状変化を与えられたのである。
それから水と肥料を与えられたものの、それも生命たる水と生物から与えられたモノである。形式と常識、常用と通常、そこに育てるという原理が働いたら、宇宙式学に沿った湧現が異なるモノでなく、現に常識と成るのである。
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「そういえば、水田と闇はどの様にして暮らしていたか・・・だが、弘美さん、あんたは治具流さんが亡くなって随分悩まれたのではないか?」
「闇・・・でしょうか?いえ、私は悩みなど・・・決して・・・」
「闇とは、影だ。昔に太陽が木々に重なる頃に、農作物が爽やかな風を湿らした。それが飛来した鳥や動物の運んできた木の実や、虫の運んできた微生物と合わさって、“ボケ”た。どういう意味か、それは夫婦とは縁のあるのに合わさっていない、事態が起きて絆が深くなる・・・という話から始まったのだが、菓子がうまいなァ」
「痴呆症、認知症、併合症、光学極限発作、宇宙選別現象・・・色々と在りました。でも薬は必要ありませんでした。何より孝弘が居る事で、どうにか暮らして往けるのです・・・」
「あんたは、理解が速い。だからこそ、無限なる宇宙の輪に沿って農作物を育てるのも一つの案で在るが・・・ボケたらどうするね?」
「科学者でもボケるんですね。元、でしょうけど言葉合わせは負けませんよ、フフフ・・・」
「今頃は、あの子も臣子さん所の道彦君と遊んでいる頃だろう。遊びとは手加減というが、亡くなる前は全世界の秘書をやっていて、危うく総理大臣の座を奪いかねなかったという実績が在ったほどだ・・・。ああ、茶が美味い・・・なぁ弘美さん・・・再婚なんかは考えたりはしないのか?」
「再婚・・・ですか。それは、ありませんね・・・ズズー・・・ふぅ、」
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“モノゴトリー”という遊びを治具流から教えて貰っていた孝弘は、そのままを道彦へ教えていた。すると記憶と意識の異なる事に気付いた道彦が、孝弘へ「内容の異なる自分が居たら何処の世界に導かれるのか」と返答していた。
それは治具流の予言通りに育ち、科学者となって医療と関り宇宙空間学と共に成る意味で数式を習えば、総理大臣から任された各大統領への返事が出せるのかという、意味合いも含まれていた。
だが、その様になったとしても、同じ質問をされ同じ返答を出せる人物など何処に居るだろうか?教材に対して、勉強をしたとしても「そこが違う、ここが違う」と言って投げ出すような質問であれば、その意見から紡ぎ出す宇宙として活きなくては、何のための“闇”なのか答えられなくなる。
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「闇の中だからこそ、光がある・・・そういう由来は信じられないか、とワシは思うんだ・・・いっそ投げ出したり逃げ出して、怒りを鎮めるよりほかならぬ、愛を情けとして受入れたくてね・・・」
「難しい質問は終わりですよ、元・科学者さん。私は別に仕事に困っている訳ではありませんからね、安心して下さい。お話し相手は何時でもしますので・・・」
時折、孝弘と道彦は海に出掛ける事が在り、長い時間にも地平線を眺める事が起きていた。そこから見える空の宇宙の軌道は、大気濃度が高く自然に虹色であったり桃色であったり、紫色を放ち太陽が隠れて暗くなるという現象が起きていた。それが万が一の預言であるなら、治具流の預言書たる詩集は「当たっているだろう」とお互いが顔を向き合わせて砂の上に漂流した枝で“落書き”をしてしまうのである。
だが、内容は実在しない世界でのテレビ番組の内容から、表しただけの示し道具にしか過ぎなかったことを孝弘だけは分かっていたが、道彦は頭が固くなりどうにも理解を通り越して考えてしまう様であった。そこから記憶違いが生まれる発端となったのである。
◆
「孝弘、闇とは脳とは、古来から存在する農作と異なるモノか?」
「大人になっても知らない事だらけだろ、そんなの。お前の活躍する脳の中身は生命の由来から遠ざかっているだけだ。もう少し図面に集中しろよ、研究者の卵さんよ・・・よし、こんな感じかな?」
「お前は時々、変なメッセージ送って来るから頭が混乱するんだよ・・・よいしょっと、これでいい・・・」
ノートに描いた図面も度々“預言”で在る事は、後に知られた事で在るが、それも随分と大人になってから人工生命体の研究を始めるまでに理解されなかった内容である。
それでも尚、絆が重なる度に記憶違いを消したり、書き続けたりして組み合わせる事でお互いが一致した様な、ノーマルな関係を保ち続けられるかも知れない。
「なぁ、もしもだよ、俺とお前が恋人だったとしたら、吐気のしない関係が良いと思わないか?」
――――――
「良いか悪いか、だろ?恋人だったら特訓や訓練を重ねて鍛える方がいい。そうする事で関係が深まるなら、大変な作業だけど面白いと思うよ。どう変化していたか結果を見られると思うんだ」
「詳しいな・・・へぇ、お前ってそんな趣味があるんだなあ・・・(変態 道彦 参上)」
◆
それは魂の別れ目か。変容したら、別の形へと他の遺伝子として味を覚え、結合されると、異なる性格や、姿となるのだろうというのも、モノゴトリーの遊びとして採用したのが自らの父親である事を孝弘は理解できていなかった。
唯々、勉学と生命の内容を答えて来た道彦だけが理解でき、反応をしていたが、元々は唯の子供であったのに、意志が繋がり離れる度に再生と分解が始まると異なる、意味での語弊が考えられた。
趣味としても楽しみとしても面白さとしても成立するなら、最古の世界線での出来事も、更なるかつての世界線にも沿って変化の兆しを得られるのかも知れない事を、治具流だけが書き残していた。
―ママ、”オレの代わり“にお乳ちょうだい、ブジュルる・・・
『インシュビ―、それは“空”ですよ』
――――――
おい、
ん?
おいってば、
「何だ?」
「道彦、お前さっき変な事、言っていたよな?」
「え?俺、何か変な事言ってた?」
「乳とか空とか、二面用語を話していたぞ?」
「え?あ・・・気にしなくていいよ・・・」
(しまった。俺が実は胸肉が好きで、空を眺めるのが趣味だという事を孝弘にバレそうだった・・・口を防いでおこう・・・)
預言は時に外れるという事を道彦は知らずに過ごしていた。孝弘は、預言書は当たりハズレが在るのに、父・治具流による筆跡には随分と人懐っこい感じで、彼は見つめていた事を感じ取っていた。
それは今の研究と実験によって導かれた代償なのだと気付いたのは、後に亞里亞が理解するのだが、それもそれで異なる変容をきたす事を孝弘は喜んでいたに違いない。
◆
「道彦さん・・・」
「やぁ、リプラ・・・いや、彌汲夫人と、呼ぶべきだね」
あれからどうです?
ええ、いち、研究者として老化現象が起きてしまい、ボケたようです。
あら、そのような事が?私も年からすれば・・・、
ボケ・・・ますね、生命たる由縁と在るならば。
※湧現:大量に現れる。
※ボケる:天才・奇才・異才でも、やがてはボケるという意味。




